16話「傷負う少女と七色の虹」
ウォリック城内。
琉璃架はともかく、麗佳とバーナードにとって古竜程度では相手にならない。
鍛え上げた龍機兵ならともかく、『騙る者』に操られている状態では、獣を相手にするのとほとんど変わらないのだ。
それだけに、実はこの古竜たちのうち、龍機兵だった者たちの中から伝承竜に至る者が出るかどうかが問題なのである。
『騙る者』の配下となった状態を維持したまま、伝承竜の力を得る可能性があるからだ。
『神の供物』たる三匹も、相当な力を持つが、他の伝承竜の力を持つ龍機兵まで敵になると、今後苦戦は免れなくなる。
今、『騙る者』の支配を撥ね退けている者たちはあまりにも数が少ないからだ。
「今、仲間と言える人たちだけで、戦っていかなくてはならないのよ」
「それはまことに辛い状況ですな」
「ウザいのじゃー……」
そんな、できるならば考えたくない可能性について話し合いながら、麗佳、琉璃架、バーナードの三人は場内を走っていた。
「だから、アーサー兄様やミスター・アーキンのお気持ちを考えるまでもなく、佐倉くんは敵に回したくないのよ」
今の状況で、『創界の王』の力を持つ真が敵に回ってしまうとさらに戦いがきつくなる。
真には何とか仲間になってほしいのである。
ただ。
「シン殿は家族を護ること、そして平和を成すことを行動理念としております」
「ほら吹きといい勝負なのじゃ」
どうやら琉璃架は『騙る者』をほら吹きと呼ぶことにしたらしい。
間違ってはいないが、当人にとっては不愉快極まりない呼び名だろう。
もっとも、琉璃架が呼び方を変えることはないだろうが。
それはともかく。
「ただし、シン殿は人の意志を奪ってまでとは考えておりませぬ。支配というよりは統括に近いでしょうな」
統括とは、バラバラになっているものを調整しつつ一つにまとめるといったことを意味する。
意志を奪って人形にすることとはわけが違う。
その点で考えれば、真は人の心を軽んじてはいないということができるだろう。
『傲慢の化身』ではあるが、決して全てを自分の意に染めたいということではないのだ。
自分の願う『平和』のために力を使い、周囲に理解させるということである。
かなり荒っぽくはなるだろうが。
ただ、力を使うとはいえ、相手の心に理解させようとするという点では『騙る者』とは大きく異なる。
『騙る者』は感情を捨てさせ、全てを一つの意志に染めることが結果として争いのない世になると考えている可能性が高い。
それは『神の供物』となった者たちを見れば明らかだろう。
操り人形だけの世界ほど気味の悪いものはない。
それは決して人の世ではないと麗佳や琉璃架は思う。
「配し支える。支配とは本来は相手を思いやって行われるものだと聞きます。人の心を自分の意志に染めることは決して支配ではありません。それこそ大罪たる『傲慢』でしょう」
「まったくですな。ただし、より正確に言うのであれば『傲慢』というより……」
「間抜けじゃ」
「琉璃架さん?」
「なーんもわかっとらん、ただの間抜けじゃ。別々に生まれたもんは決して一つには成れんじゃろ?」
これは一本取られたと麗佳もバーナードも感心してしまう。
要は、琉璃架の言うとおりなのである。
別々に生まれた個体が一つになることは決してありえない。
一卵性双生児を同じ環境で育てても、まったく同じにはならないのだ。
それこそが心であると言えるだろう。
「お見事と言わせていただきますぞ」
「もっと褒めてよいのじゃ♪」
「調子に乗らないようになさい」
そう言いつつも、麗佳は少しばかり優しげに笑っていた。
そして城内を走り続けた麗佳、琉璃架、バーナードの三人は阿由がいるという部屋の前まで来る。
「某めが先行しましょう」
「ミスター・アーキン」
「レイカ殿、ルリカ殿は竜化せぬようお願い致します」
「ええ」
「わかったのじゃ」
バーナードがこう言ったのは、麗佳や琉璃架が龍機兵であると阿由は知らないからだ。
竜に怯える阿由を少しでも安心させようというのだろう。
同時に、阿由が麗佳や琉璃架から逃げ出さないようにするための気遣いでもあった。
確実に阿由を保護し、ウォリック城から出る。
そうすることで、うまくすれば麗佳が『ジズ』戦に参加できる。
少しでも勝率を上げるための戦術でもあった。
「行きますぞ?」
「問題ないわ」
「逃げる準備はバッチリじゃ」
それはそれで問題だろうと言いたい麗佳だが、この場で琉璃架に戦われても困るので、ムリヤリ納得する。
そして、扉を開けたとたん『グガァアァァッ!』と、雄叫びを上げて襲いかかってきた古竜をバーナードは迎え撃つ。
素早く足を払い、バランスを崩した瞬間を狙い、すかさず首を押さえて廊下に向かって投げ飛ばした。
部屋から引きずり出してしまえば、後は問題ないとばかりに。
入れ替わるように中に入った麗佳と琉璃架は、設えられたベッドの上でじっとしている阿由を見つけた。
「間違いない?」
「あたいが見たロリはこの子じゃ」
「だからそれはやめなさい」
思わず突っ込む麗佳に対し、琉璃架は平然としたものだった。
それはともかく。
「サクラアユさんね?」
向き直った麗佳はできるだけ優しい声音で阿由に話しかける。
阿由がコクリと素直に肯いてくれたことで、バーナードの策がうまくいったことを理解した麗佳はホッと息をついた。
「あなたを迎えに来たの。お兄さんが待ってるわ」
だが、そう声をかけたとたん、阿由の表情が強張る。
何か間違ったことをいってしまっただろうかと麗佳は疑問を感じた。
「わたしのお兄ちゃんはもう死んじゃったよ?」
「えっ?」
「お兄ちゃんは竜に殺された」
どういうことだと麗佳もさすがに疑問に思う。
阿由の兄であるはずの真は、今、阿由のために戦っているではないか。
何より、この場にいても感じる『創界の王』の威圧が、真が顕在であることを雄弁に語っている。
だから、阿由の言葉の意味がわからない。
そうして麗佳が固まっていると、琉璃架が気を利かせたのか口を開いた。
「お兄ちゃんの名前知っとるかの?」
「……しん、さくらしん」
その名前を持つ少年ならば、今は諒兵と戦っている。
間違いはないはずだと琉璃架は麗佳に問いかけた。
「執事が言った名前と同じじゃしの」
「ええ」と、肯いた麗佳は、冷静さを取り戻し、改めて阿由に問いかけた。
「あなたのお兄さんなら、ちゃんと生きてるわ」
「……アレじゃない」
「えっ?」
「アレはバケモノがお兄ちゃんのマネしてるだけ。でも全然違う」
まるで肉親の敵について語るような、はっきりと憎しみの篭もった眼差しで、阿由はそう語る。
このままでは埒が明かないと感じた琉璃架は、阿由に別のことを尋ねてみた。
「おんし、お兄ちゃんの写真か何か持っとらんかの?」
どうやら阿由が兄と呼ぶ人物の姿を確認するつもりらしい。
もしかしたら、本当に真と阿由は兄妹ではないのかもしれないと考えたのだ。
「……私たち、彼の顔を知らないわよ?」
「知っとるんが外におるじゃろ?」
麗佳の言葉に琉璃架はあっさりと答えた。
確かにバーナードは真と面識があるので、確認することができるだろう。
そんな会話をしていると、阿由はくまのぬいぐるみの中から、ピンク色の携帯情報端末を取り出した。
大事に持っていたらしい。
「これ」
片腕でも、慣れた手つきで画像を探し出し、二人に見せてきた。
そこに写っていたのは阿由と仲良さそうに笑う、穏やかそうな表情の少年だった。
阿由と『同じ』髪の色、そして瞳の色をしている。
阿由の髪の毛は栗色、そして瞳も同じ栗色だ。
一般的な日本人らしい色と言えるだろう。
「そんじゃ、執事を呼んでくるかの?」
「大丈夫よ」と、それだけ言って麗佳は龍玉をバーナードにつなげ、今見ている画像を送った。
すると、驚くべき答えが返ってくる。
[顔立ちはそのままですが、髪と瞳の色がまったく違いますぞ]
(えっ?)
[シン殿は闇色と言っていいほどの漆黒の髪をしております。それに瞳は炎の如く赤いのです]
(なッ?!)
[確かに、そのお写真では別人と言っても良いやもしれませぬ]
そう答えてきたバーナードの言葉に麗佳は思案する。
本当にまったくの別人だというのだろうか?
だが、バーナードは顔立ちは同じだと言った。
そして阿由はバケモノが真の真似をしていると言った。
さらに、全然違うとも言っている。
それで、気づいたことがあった。
「どしたのじゃ?」
「黒と赤……、『創界の王』の色なんだわ」
「どういうことじゃ?」
「佐倉くんは手にした竜の力が外見に出てしまっているのよ」
『創界の王』は漆黒の身体に赤い眼を持つ。
それが、今の真の姿にそのまま出てしまっているのだろうと麗佳は推測する。
「そんなことがあるのかの?」
「あるのかもしれない。あなたはどうなの琉璃架さん?」
「生まれたまんまじゃ」
「私もよ。だから何とも言えないのだけれど、有り得ないとは言い切れないわ」
こればかりは真のみが知る事実なのだろう。
ゆえにこの場にいる者たちには推測することしかできない。
そのため、麗佳は先ほどよりも強い口調で阿由に話しかけた。
「アユさん、私たちと一緒に来てくれないかしら?」
「何で?」
「あなたじゃないと確かめられないのよ。お兄さんが死んでしまったのかどうか」
手にした竜の力の色が外見に表れる。
これまで、そんな龍機兵は麗佳ですら聞いたことがない。
今、諒兵と戦っている佐倉真を名乗る少年が、本当に阿由の兄であった少年なのか確かめる必要があると麗佳は感じていた。
麗佳たちが阿由を連れ出すことに成功した頃。
その上空では、鈴、ライラ、明が必殺のタイミングを計り切れずにいた。
『うにゃぁっ、古竜が多すぎよっ!』
『的を絞らせないつもりかッ!』
『ジズ』だけを相手にしようとしているのに、古竜の群れが次から次へと三人に襲いかかってくる。
古竜の中には操られているだけの龍機兵もいる以上、本気で落とすわけにはいかない。
これではブレスを吐くタイミングが掴めないと三人は焦りを感じてしまう。
ゆえに、明は一つため息をついた。
『仕方ありません。落としましょう』
『円くんッ?!』
『ヴォロくんの言うとおりです。このままではこちらが落とされますよ?』
『彼らは被害者かもしれません。でも、このままでは敵の思う壺です』
『だが……』と、逡巡してしまうライラにメーちゃんが声をかけてきた。
『悩み苦しむのは大事ですが、今は余裕がありません』
そう言ってメーちゃんが語り始める。
『ジズ』を倒す前にこちらが力尽きてしまったらどうなるか。
一番危険なのは諒兵だ。
仮に鈴やライラが命を落としたとしたら、『赤の竜』として本気で暴れだす可能性がある。
おそらくは『騙る者』も滅ぼされるだろうが、そうなればこの星の未来そのものが消滅してしまう。
そんなことにしてはならない。
『エキドナがよく言っていました。誰しもが生きる上で他者の命を背負う。それが『自然』という罪だと』
『メーちゃん……』
『だから、この世に善なんてものはないと私は思うんですよ
何故なら、他者の命を奪うことが悪だというのなら、命を食べなければ生きていけない生物たちは全て悪になる。
だが、それ以上の悪がこの世には存在するとメーちゃんは語る。
『生きるということは背負った命に責任を持つことです。私に言わせれば、それを放棄した者こそが真の悪です』
責任を放棄し、命の営みそのものを絶やす。
その先にあるのは破滅だ。
全てが死に絶えた世界だ。
その光景が、今、眼前にあるとメーちゃんは語る。
『見てください。彼は古竜たちを巻き込むことにためらいがありません。『騙る者』の意志に沿った行動に対し、罪の意識がまったくないからです』
さらに言えば、操られている古竜たちも、巻き込まれ、落とされることに怒りを感じていない。
それも異常なのだ。
『破滅した世界とは、心が無い世界なんだと思います。だからあなたたちは自分の行動に罪を感じてください。責任を感じてください。その上で、次の世代に命と想いをつないでください。未来はそうしてできていくものだと思いますから』
それが古の時代から生きてきたメーちゃんの想いなのだろうと鈴、ライラ、明は思う。
メーちゃんがまるで女神のようだと感じた一同である。
ゆえに。
『メーちゃん、何か変なものでも食べた?』
『あんな食いしん坊と一緒にしないでくださいっ!』
鈴の心配そうな言葉に対し、必死になって喚くメーちゃんの様子を感じ取って、一同はホッとする。
駄女神はやっぱり駄女神じゃないと不安になってしまうのだ。
そして。
『では、いきましょう』
『うんっ!』
『わかった』
古竜を落とすことになっても、必ず『ジズ』を倒そうと決意を固めた三人は、一気に空を舞う。
そして、まずは最初に言い出した明が力を解き放った。
『雲よ』
呟くような言葉を発すると、明の身体の周囲の黒い雲、すなわち雷雲が一気に広がっていく。
鈴とライラを巧く酒ながら広がっていく雷雲は、『ジズ』の近くまで到達すると、ある変化を見せた。
『何ッ?!』
既に語っているが、『ジズ』の周囲は高気圧となっており、乱気流が発生している。
当然の結果として雷雲は周囲に流されていく。
そして流されていった雷雲は、『ジズ』の周りを飛ぶ古竜にまで到達し、凄まじい雷を発生させたのだ。
『大逆の天』が生み出す雷雲の雷は、小さな古竜では耐えられない。
結果、何匹もの古竜が落とされることになった。
『同士討ちを誘うとは卑劣なッ!』
『あなたには言われたくありません。平然とお仲間を巻き込んでいたではありませんか』
『主の意志に従う同胞は命を惜しまない』
仮に『ジズ』であるオリヴァー自身が、仲間の攻撃に巻き込まれて死んだとしても、仲間を恨みはしないだろう。
だが、それは仲間意識があるからではない。
恨むという感情そのものが消えていると言ってもいいのだ。
しかし、まるでそれが喜びであるかのように『ジズ』ことオリヴァーは謳うように語る。
『我らは礎。死しても、この身は主が創る人の良き未来を永久に支えるのだ』
『それを創るのは自分でしょっ!』
いきなり、そう反論したのは鈴だった。
周囲が驚くのもかまわずに、ドラゴン・フェイスを引き連れ、空を華麗に舞いながら叫ぶ。
『自分の未来は自分にしか創れないんだからッ!』
『人は間違えることがある。人自身に人の良き未来を創れるとは限らない』
そんな鈴の叫びに対し、オリヴァーはどこか呆れた様子で答えた。
確かに間違えない者などいない。
常に必ず正しい答えを出せる者などいるはずがない。
だけど、だからこそ人が未来を創ることにこそ意義がある。
悩んだ末の答えだからこそ、大切な気持ちなのだから。
そんな想いを込めて鈴は叫んだ。
『私だってッ、諒兵だってッ、みんなだってッ、自分が欲しい幸せな未来のために頑張る権利くらいあるもんッ!』
そんな叫びと共に放たれたのは、七色の閃光のブレス。
まるで虹のようなその閃光は、『ジズ』に向けて橋をかけるかのごとく、まっすぐな鈴の想いと共に空を駆けたのだった。




