15話「赤と黒と金」
ウォリック城内。
古竜が怯えるかのように動きを止めた。
少しずつ後ずさりしていることを見ても、それがわかる。
もっとも、戦っていた二人、そしてアユを探すもう一人には何故なのか理由がすぐにわかったが。
「マズいわね。『創界の王』の覚醒が始まったわ」
「凄まじい威圧ですな。これほどのものが本気で暴れたらイギリスが焦土と化しますぞ」
実際、威圧が此処まで届いてくることを考えても、『創界の王』は相当な力を持っていることがわかる。
本気で暴れたらイギリスが焦土と化すというのもあながち言い過ぎでもないのだ。
さらに。
「しかも『赤の竜』も化身してるようじゃ」
「ええ。諒兵くんの威圧も高まったわ」
「感じるのは初めてなのですが、相当なものですな……」
『創界の王』に応戦するため、諒兵が『赤の竜』へと化身している。
バーナードにしてみれば、以前日本で感じたときよりも大きいのだ。
いい意味でも、悪い意味でも成長してしまっているということなのかもしれない。
「サタンVSルシファーなのに竜じゃからなあ。良く描かれてる美麗さがないのじゃ」
そう言って琉璃架は項垂れた。
むしろ二大怪獣大激突といったほうが近いので、どうやら残念に感じているらしい。
もっとも、そんなことを言っている場合ではないと麗佳が嗜める。
「急いでアユさんを見つけてちょうだい。あまり時間はかけられないわ。そろそろ慣れてきたでしょう?」
「確かに。出し入れがスムースになってきたのじゃ♪」
そう言ってニカッと琉璃架は笑いながら、自分の蛇を近くの床から出してきた。
だが。
「言い方がいちいちいやらしいのよっ!」
麗佳が顔を真っ赤にして突っ込んでしまう。
実はそっちをすぐに想像してしまうほうがムッツリスケベなのだということは彼女は知らないほうがいいかもしれないと、バーナードは明後日の方向を向いていた。
ウォリック城上空。
白き飛竜と紅き龍が舞う。
対峙する空色の翼竜を相手に。
さらに。
『まっきんきん』
『まさか金龍だとは思わなかったな……』
『そうですか?』
鈴とライラがそう感想を述べるのも当然だろう。
明の成竜体は、何と金色の金属の鱗に覆われていたのだ。
眩いばかりの黄金の身体は畏怖すら感じさせる。
『伝承通りなのですが』
『ごーじゃすな伝承なのね』
鈴の感想はいささか的外れということができる。
中国の伝承において、実は龍には様々な色がある。
青龍。
白龍。
黒龍。
赤龍。
それぞれ、方角ごとに色が変わる。
中国における四神伝承、本来は龍以外に白虎、玄武、朱雀となっているが、元は龍であったという伝承があるのだ。
そして、四方を守る龍に対し、中央に配される龍が黄色の龍、すなわち黄龍である。
黄龍は中国の伝承において、天帝の乗り物とも、天帝自身とも伝えれらる、言わば神と言える存在だ。
黄色と伝えられるが、むしろ『黄金』の黄だと考えるほうが無理がない。
そして、明の竜の力『大逆の天』ことヴォロマーティ、すなわち『波羅摩梯龍王』とは不順を為す悪龍の王。
言わば黄龍の対極の存在と言ってもいいだろう。
『そのため、伝承において黄龍に対抗できるであろう『波羅摩梯龍王』は『黄金』の対、つまり金龍らしいのですよ』
『ややっこしいなあ』
『わかったような、わからないような……』
『まあ、細かいことですから。それよりホストが痺れを切らしましたよ?』
のんきな明の声に呼応するかのように、『ジズ』がその翼を羽ばたかせる。
それだけで、凄まじい乱気流が起こった。
『きゃうっ!』
『クッ!』
『ぐぅッ!』
鈴、ライラ、そして明が呻き声を上げつつ、その乱気流に耐える。
驚いたことに、近くにいた古竜を巻き込んだまま『ジズ』は乱気流を起こした。
そのため、落とされた古竜が何匹もいるのだ。
『味方ごととは驚きますね』
『それが『騙る者』に操られるということなんですよ』
『メーちゃんっ、こっち来たのっ?!』
突如聞こえてきたメーちゃんの声に、鈴やライラは驚いてしまう。
唯一、冷静なのは明だけだ。
メーちゃんとしては、そんな対応は面白くないらしい。
『驚いてくださいよ』
『諒兵君の性格だと、ガチバトルに口を挟まれるのは嫌いだと思いますし』
『……あぁッ、酷いです諒兵ッ!』
『気づいてなかったのですか……』
実は体よく追い払われてしまったのだと気づき、思わず声を上げてしまうメーちゃんに対し、明、それに鈴やライラも苦笑いするばかりだった。
『仕方がないので、皆さんにアドバイスします……』
『イヤ、こっちはこっちでマジメな戦いだからな?』
まるで愚痴をこぼしているかのようなメーちゃんの言葉に、ライラが思わず突っ込んでしまっていた。
眼前の漆黒のドラゴンは、ドラゴンとは言っても成竜体の姿であって、四足のドラゴンではない。
それでも、放たれる威圧は並外れていた。
『創界の王』は最強のドラゴンと呼ばれるだけあって相当な戦闘力を持つのは確かだ。
しかし、それは真の力というわけではない。
何故か?
実は、同じ魔王種の成竜体でも、明はそれほど威圧を与えない。
鈴やライラが一緒に戦えるのはそのためだ。
だからと言って明が弱いわけではない。
九垓の教えが、明の中で生きているからだ。
『己を鞘に納めよ』
すなわち感情に呑まれることなく自分を律するということであり、不必要に威圧を撒き散らし、周囲を畏れさせるなと言っているのである。
ゆえに、実力で言えば真より明のほうが高い。
ただ。
『凶暴さは間違いなく上だな』
と、諒兵は笑う。
漆黒の腕を振るって襲いかかってきた真を殴り飛ばしながら。
男の場合、真竜体は竜そのものになるため戦い方はまさに獣だ。
竜としての力に依存した戦い方しかできなくなる。
実は、それが問題となっている。
特に格闘技を修めている龍機兵の場合、成竜体までならば人に近い体付きをしているため、竜の力と人の技を上手く組み合わせることができるのだが、真竜体へと化身すると人の技が使いにくくなるのだ。
これは五人の龍機兵も変わらないどころか、その点では一番苦労していたと言うことができるだろう。
せっかくの技術が使えないのだから。
ゆえに、実は男の龍機兵は真竜体に化身することが少ない。
余程、大きな伝承竜でもない限り、化身するほうがハンディキャップになるからだ。
以前、誠吾や丈太郎が化身したのは、相手が大きすぎたためである。
そうでない場合は、成竜体のままで戦うほうが巧い戦い方ができるのだ。
『ガアァァアッ?!』
真が何をされたのかわからないとでも言いたげな雄叫びを上げる。
諒兵が、炎を纏った足で空中二段回し蹴りを繰り出してきたためだ。
さらに、着地するや否や、後ろ回し蹴りを繰り出して真を蹴り飛ばす。
足の関節自体は既に獣に近い状態だが、人の動きを再現できないわけではない。
成竜体で戦うことに慣れている諒兵は、この姿でも蹴り技を繰り出すことができるのだ。
『簡単に勝てると思うんじゃねえぜ?』
『絶対ニ勝ツッ!』
諒兵の煽るような言葉に、真が吠える。
だが、それは決して負け犬の遠吠えではなかった。
『ガァオォオォォオッ!』
雄叫びと共に、真は成竜体になったときに消えてしまった漆黒のクレイモアを再び創り出した。
その大きさは先ほどのクレイモアの軽く三倍はある。
成竜体と成った自分に合わせているのだろう。
今の真自身が、既に三メートルほどの大きさになっているからだ。
そのクレイモアを右手で持って担ぐと、大地を蹴った勢いを利用して、袈裟懸けに斬りかかってきた。
『喰ラエッ!』
『身体が覚えてるってか。面白えッ!』
振り下ろされる真の牙を、諒兵は己の爪を振るって受け止める。
それだけで、周囲が爆発するような衝撃波が起こった。
ウォリック城にて。
城の壁が揺さぶられるのを感じて、麗佳は思わず戦慄してしまう。
「……ミスター・アーキン、確かドーバーにいましたよね?」
「はい」
「ここまで衝撃波が届くなんて……」
諒兵と真が戦っている場所は、もともとアーサーとバーナードがいた場所だ。
麗佳の言うとおり、そこはドーバーの『城壁』近くだった。
其処からイギリスでも内地と言えるウォリック城まで衝撃波が届く。
『創界の王』にしても、『赤の竜』にしても、並大抵の力ではないことが、それだけでよく理解できる。
もっとも、驚くべきところは其処ではなかった。
「ん?」と、琉璃架は小さな疑問の声を上げると、目を閉じて一本の蛇の頭に意識を集中する。
其処から見える光景を理解するために。
「思ったより普通の部屋じゃの」
「えっ?」
「見っけたのじゃ。クマの人形を抱いたロリがおる」
「そこは少女と言いなさい」
いくらなんでもな表現に麗佳は思わず突っ込んでしまう。
だが、麗佳やバーナードが諒兵と真のぶつかり合いを感じる中、琉璃架はそれをあっさり無視して阿由を見つけだした。
阿由を探すということのみを考えて行った成果であると言えよう。
その成果を称賛しつつ、バーナードが確認のために問いかける。
「その少女の姿がわかりますかな?」
「……一番わかりやすいところじゃと、腕が一本足りんのじゃ」
「アユ殿に間違いありませぬ」
そう言ってバーナードは阿由が『城壁』に保護される前、竜によって腕を喰われたらしいということを伝えた。
その内容に悲しげな表情を見せる麗佳だが、今はそのことを思い悩む場合ではないと意識を切り替える。
「その場所は?」
「ここから左斜め上に三十メートルくらいなのじゃ」
「上の階なのね。他に何かある?」
「古竜が一匹。近くにおるのじゃ」
普通に考えれば、阿由を襲おうとしていると思うところだが、琉璃架の蛇からの情報では、部屋の端で立っているだけだという。
「襲う気配が感じられんのじゃ」
「ボディガードというわけですかな?」
「……『騙る者』は確かに人は襲わないみたいね」
人の良き未来のためという彼らの言葉を信じるならば、人である阿由は襲う対象ではなく、護る対象だ。
その意志を古竜が実行しているということなのだろうかと麗佳は思う。
「でも、ロリは怯えちょるっぽい」
「それが普通よ。まして被害に遭ったのならば……」
竜に襲われ、身体の一部を失うほどの大ケガをした阿由が、竜を恐れるのは当然のことだろう。
そんな阿由は唯一の肉親である真が龍機兵となったことをどう思っているのだろうかと思い、麗佳はバーナードに尋ねてみた。
「……アユ殿はほとんどと言っていいほど喋りませぬゆえ。その心内は某にもわかりませぬ」
「そう……」
「どうする気なのじゃ?」
「できるだけ穏便に連れ出しましょう。私たちに抵抗する可能性もあるから気をつけないと」
ただし、その点を考えると竜化しない限り麗佳や琉璃架は其処まで恐れられることはないだろう。
単純に同性であるというだけだが。
正直なところ、麗佳としては鈴にこの場に居てほしかったと思ってしまう。
「そうなのかの?」
「リン殿は、その性格からか気さくで人懐こいですからな。アユ殿も心を開いてくれましょうぞ」
琉璃架の疑問の声に、バーナードがそう答えたように、鈴は人懐こく、そして人に好かれる性質だ。
阿由のように竜に怯える一般人でも、仲良くなれる可能性が高い。
だが、鈴は今『ジズ』との戦いに参戦している。
居ない者に期待しても仕方がないのだ。
「いずれにしても急ぐわよ。琉璃架さん、蛇をしまってちょうだい」
「やっと解放されるのじゃ……」
「此度のルリカ殿の労苦に心より感謝致しますぞ」
バーナードの労いに対し、さすがの琉璃架も苦笑いを見せたのだった。
再び、ウォリック城上空。
竜巻をまとって突撃するライラだが、『ジズ』の周囲の乱気流に阻まれて本体まで届かない。
『クッ!』
まるで見えない壁があるようで、苛立ってしまう。
だが、これまで何度突撃してもダメだった。
竜巻の弾丸はおろか、ブレスすらも気流に阻まれて届かない。
戦い方を変える必要があるとライラは思う。
その気持ちは鈴や明も同じだった。
『あの乱気流、厄介ですね……』
『メーちゃん、アイツ、ライラと同じで風を操るの?』
『いいえ。『ジズ』が操るのは風や気流といったものではなく大気圧です』
大気圧。
単純に気圧と呼ばれることもある。
通常の生活では気づきにくいが、空気も物質ということができる。
当然、物質ということは質量があるのだ。
質量があるということは圧力があり、一定空間内の空気密度が低ければ圧力は低くなり、高ければ高くなる。
たいへん大雑把ではあるが、天気予報などで使われる高気圧、低気圧と言った言葉はこの空気の圧力を示している。
水が高いところから低いところに流れるように、空気、すなわち気体も高いところから低いところに流れる。
これが気流、つまり風となる。
部屋の中に居て感じることがあるだろう。
暖かい部屋に居ると、冷たい空気が入ってくることがあるが同じ理屈なのである。
『おそらく、今は自分の周囲の気圧を上げているんでしょう』
『そういうことですか。自分が高気圧なら、気体は周囲に流れる』
『それがあの乱気流か』
苦虫を噛み潰したような表情を見せるライラ。
ライラの竜の力であるグウィバーは、竜巻を起こすことができるのだが、気流を操るということであるため、相性があまりよくないのだ。
『あの乱気流を押し退けられるとすれば、強烈な『光』でしょうね』
そうメーちゃんがアドバイスしてきたことで、明に見えたものがあった。
『三でいきますか』
そう小声で呟く明に、鈴が声をかけた。
『円くん?』
『鈴川さん、全力でブレスを吐いてください。七面天女は『光』を操れるはずです』
『へっ?』
『そうだな。鈴のレーザーブレスなら、気流を押し退けて『ジズ』届くかもしれない』
メインで『ジズ』を倒せないのは悔しいが、それでもわがままをいっている場合ではないことをライラは理解している。
ならば、レーザーブレス、つまりは『光』を放てる鈴が適任だろう。
だが。
『それだけではおそらく届きません』
『何?』
『鈴川さんに乱気流を押し退けてもらうのです。その直後にバンブリッジさんがブレスをぶつけてください』
『なるほど。光で道を作るんですね?』と、メーちゃんが感心したような声を出した。
要は、鈴が『ジズ』を護る乱気流に孔を開け、その孔を通してライラが本命の一撃を喰らわせるということだ。
『了解っ、がんばるからねライラっ!』
『ならば、私のブレスで確実にヤツを倒す』
気合いを入れ直す鈴とライラ。
一人ではないからこそ、見える勝機がある。
それぞれ違う心を持っているからこそ、手を取り合うことで生まれる想いがある。
その想いが敵を倒す力になることを少女たちは理解した。
そして、『ジズ』を倒すための更なる一手を明は進言してきた。
『バンブリッジさん、私が自分の雲の電気密度を上げますからブレスに巻き込んでください。巧くすれば竜巻が雷を纏うかもしれません』
『了解だッ!』
そう叫び、ライラは羽ばたいた。
その後を追って、鈴と明も飛び上がる。
『騙る者』の意志に従うだけの存在を倒すために。




