14話「二人の少年と地獄の業火、太陽の光」
時間は少し戻る。
オリヴァーを追って空に上がったライラが見たのは、青い金属の身体を持った成竜体の龍機兵だった。
その色は、スカイブルーと言うのが一番近いだろう。
特筆すべきは、とにかく大きな翼で、楽に身長の三倍はある。
ライラが真竜体になってようやく片方の翼の全長に届くくらいの大きさだった。
ソレが、突風と共に飛行してきた。
「クッ!」
周囲に凄まじい乱気流を発生させながら突撃してくるその『敵』をライラは必死に距離を取って避けた。
そして思う。
アレを相手にする以上、生半可な覚悟ではこちらが撃墜される、と。
其処に。
「うわおっ、何アレおっきいっ?!」
遅れて飛び上がってきた鈴が驚きの声を上げる。
実際、成竜体としては破格の大きさだろう。
そして翼だけが大きいというのは異様だとも言える。
鈴が驚くのも無理はない。
「アレが『ジズ』のようだ」
「翼だけ異様におっきいじゃない」
「伝承の影響でしょう」
と、そう言って最後に飛び上がってきた明が解説してきた。
「そういう伝承なの?」
「はい。『ジズ』は翼を広げると太陽を覆い隠すほどの巨大な鳥とも言われますから」
「良く知っているな?」
「自分にも関わることですから、竜の伝承については勉強していますが?」
「諒兵にも見習わせたいなあ」
明があっさりそう答えるのを聞き、鈴はため息混じりにそう呟いた。
諒兵はそういった伝承についてはまったく興味を持たないし、勉強もしないのである。
「諒兵君は基本的にバトルジャンキーでしょう?」
「うにゃー……」
「全然否定できないのが辛いな」
明の言うとおり、諒兵は格闘技や武器関連はまじめに調べたりするので、もう少し他のことも勤勉になってほしいと思う鈴とライラである。
「それよりも、妹さん探しは東堂さんとアーキンさん、そして藤波さんに任せてきました」
「へっ、麗佳さんはあっち?」
「藤波さんがいるので」
「……そういうことか。確かにミス・レイカでなければ抑えられまい」
「あっ、そういうことなのね?」
万が一だが、琉璃架が暴走したときには麗佳か明でなければ抑えられない。
そして麗佳は、この点は以前にも語ったが、空戦は其処まで得意ではない。
実は麗佳は飛竜や飛ぶ古竜を相手にするときは、龍機兵団の龍機兵たちと同様に対空砲台のような戦い方をするのだ。
しかし、『ジズ』相手にそれは難しい。
対して明は『大逆の天』の力を持つため、空でもそれなりに戦える。
『大逆の天』と呼ばれるヴォロマーティ自体が、雷雲を操る力を持つためだ。
空を飛ぶというより空に浮かぶのだが、それでも麗佳よりは空に慣れている。
そのため、明が飛んで麗佳が残ったのだろう。
「心許ないかもしれませんが、私たちで『ジズ』を撃退するしかありません」
「いや、よく考えられた配置だと思う」
「でも、心許ないって言うからには、このままじゃダメってことよね?」
「はい。鈴川さんとバンブリッジさんには、真竜体に化身してほしいのです。私はまだ成竜体にしかなれないので」
同時に、時間をかけずに撃退したいと明は言ってきた。
長期戦になると。
「古竜の数に負けます」
「……確かに」
そう肯いたライラも、既に夜空に無数に浮かぶ古竜の群れを睨みつける。
それだけではない。
「あの黄色い光も気をつけないと」
「はい。ですから短期決戦です。邪魔をさせないようにしましょう」
明の言葉に鈴とライラが肯くと、オリヴァー、否『ジズ』が冷たい声を発した。
『嘆かわしい。神種ともあろう者が魔王種などと』
「それがどうした」
ライラはそうきっぱりと言ってのけた。
神だの魔王だのといった区別に意味はないと今は考えているからだ。
「共に戦うかどうかは、私が心を許せる相手かどうかで決める」
『人がそれを決めるべきではない。それは傲慢という罪だ』
「私のことは私が決める。貴様たちの言葉に従うつもりは微塵もない」
最早、完全にオリヴァーを敵と見做すライラだった。
実のところ、其処にはかつて同胞であった者に対する悲しみもある。
だが、自分の意志を捨て、『騙る者』に従うことこそ不幸だとライラは思う。
「だから、私が引導を渡してやる」
『ならば、裁きを受けるがいい』
それが、開戦の号砲となった。
メーちゃんが移動した直後から、上空で凄まじい風が巻き起こる。
それが『ジズ』と鈴、ライラ、明の戦いなのだとわかった諒兵だが、今は信じるしかないと眼前の真を見据える。
そして、炎を纏った爪を振るった。
「クソッ!」
悪態を吐いて真は爪を避ける。
先ほどまでよりも、距離を取って避けるのは、炎の熱さがわかっているからなのだろう。
爪をクレイモアで受け止めようとせず、弾くところからもそれがわかる。
これがバーナードやアーサーなら、上手く受け流すこともできるのだろうが、真は其処までの技量はないらしい。
力任せに弾くことしかしなかった。
それでも。
(性に合ってんのか)
真の剣技は荒削りと言えるレベルですらないが、剣を振るという動きが、真の性格、そして戦い方に合っているのだろう。
今は右手のみで振り回しているが、開いた左手を防御やクレイモアとの連携攻撃に使っており、剣に振り回されているという印象はない。
ただしアーサーの教えを受けたわりには、騎士や剣士という印象は強くない。
一番近いのは。
(野武士か傭兵だな)
思わず笑いたくなる。
真のクレイモアはあくまで戦うための牙なのだ。
道を極めるためではなく、獲物を仕留めるためにあることが諒兵には理解できる。
力を、正義や大義、理想ではなく、自分のエゴのために使う。
つまり、根っこのところは自分の同類だ。
『傲慢の化身』と呼ばれる『創界の王』
真もまた、自分同様にこの時代に生まれるべくして生まれた異端児なのだと諒兵は感じていた。
一方、ウォリック城内部にて。
麗佳は髪を竜化させ、そしてバーナードは現在残っている左手を竜化させて剣を創り出し、迫ってくる古竜を撃退していた。
「左手でも戦えるんですか……」
「如何なるときも戦えるように己を鍛えるのは、執事の嗜みですぞ」
物騒な嗜みもあったものである。
だが、古竜相手なら十分撃退できるというのは、この場では助かる。
今、琉璃架がようやく根の張り方を実践しているところだからだ。
今は胡坐をかいて床に座っている琉璃架は、額から頬にかけて鱗を生やしている。
そして、その背中から十本の蛇を早し、床に突き刺していた。
「くぅっ、かったぁい……♪」
「悩ましい声を出さないでっ!」
思わず麗佳が顔を真っ赤にして突っ込んでしまうような艶っぽい声を出す琉璃架。
だが、実際、今の琉璃架の実力では、石で組まれた古城の床や壁は本当に硬い。
本来、琉璃架が生やす蛇は、固い岩盤や鉱石すらも孔を開けられるのだが、あくまでマジメに鍛錬をしたとしての場合だ。
基本的に怠け者の琉璃架では、根を生やすこと自体がかなりの苦労になってしまう。
その上で、石の中を掘り進むのは並大抵の苦労ではなかった。
もっとも、だからといって艶っぽい声を出す必要はまったくないのだが。
「ちょっとしたジョークなのじゃ」
「アホなこと言ってる暇があったら、ちゃんと根を伸ばしなさい。今のあなたでは十本が限界なのだから」
「出すだけなら三十本はいけるのじゃが……」
「それを操る力が今のあなたにはないのよ。言っておくけど、ヒュドラ型で十本の頭を操れるだけで相当なものなのよ?」
麗佳の言うとおり、ヒュドラ型の中には二桁以上の頭を持つものもいるが、たいていは二、三本すら操りきれない。
ヒュドラ型最強の丈太郎はもともと自分の頭以外だと七本しか頭を持たないが、七本を完璧に操れるようになるまでは年単位で修行したという。
そういったことを考えれば、今の段階で十本を操れる琉璃架はけっこう凄かったりする。
だが、やはり琉璃架は怠け者なのだ。
「集中するのが、どうにもメンドくさいのじゃ」
「しなくていいわ」
「ほへ?」
「頭を出した数だけ、意識を割いていく必要があるのよ。だからむしろ集中しないで」
「どっ、どうするのじゃっ?!」
「意識を分散させていくのよ」
頭それぞれに意識を分散する、もしくは分割する。
はっきり言えばかなりの高等テクニックで、完璧にこれができるのは丈太郎とローベルトになる。
ローベルトの竜の力であるゴルィニシチェはズメイ型であり、真竜体だと三つの頭を持つのだ。
「おっさんも?」
「おじ様は本来は大学教授よ。非常に優れた頭脳をお持ちなのよ」
丈太郎と違い、無意識に作ることができる数は二つと少ないが、その分だけ力は強い。
そしてそれぞれの頭を完璧に操ることができたのだ。
「私は龍機兵に成ってからのおじ様は知らないけれど、それでも相当な実力者であったことは間違いないわ」
「それで、おっさんはその意識の分散とかをやっとったのかの?」
「これは先生に聞いた話なんだけれど、頭が多いタイプの竜の力を操るときは、一つ一つに集中するんじゃなくて、自分の意識をふんわりと広げていくそうよ」
自分の肉体を中心とした自分の周囲の自己世界。
その自己世界を広げていくのだという。
その際、少しだけ自分が創り出した頭に意識を割く。
其処を中心としてさらに自己世界を広げていくことで、かなりの広範囲を認識できるのがヒュドラ型であり、ズメイ型の竜となる。
そして頭を動かす際には一つ一つ考えるのではなく、一つ一つに簡単な思考パターン、AIを設定するのだ。
認識したものに対し、どう行動するかを予め設定し、自動で動かすのである。
「それを難しく言うと『思考、もしくは意識の分散』になるのよ」
「ふむ。目で見える範囲全てをぼんやりと見るような感じなのですな?」
「はい。その中で、近くにいる自分、つまり竜や蛇の頭から入ってきた必要な情報を、本来の頭で処理し、処理後の行動を竜や蛇の頭に送り返して、他の頭の動きを決めているそうです」
これを突き詰めると一つ一つに人格を設定し、まったく別個の己自身として動かすことができる。
これができるのが丈太郎とローベルトなのである。
琉璃架には到底無理な話なのだ。
「まずは集中しないでふんわりと自分の意識を広げてみて。動かしている蛇から見える情報の中で、おかしく感じるモノを認識したらいったん動きを止めて自分の頭で考えればいいわ。わからなければこちらに情報を渡してくれればいいから」
そうすれば麗佳がアドバイスできる。
琉璃架ではまだわからないことも協力できるということだ。
「だから、まずはアユさんを探すことを考えて」
「わかったのじゃ」
「戦いは某らにお任せを」
「さすがは執事なのじゃ。頼りになるのじゃ」
「……ミスター・アーキンはけっこう特殊な部類の執事だと思うけれど」
世の執事がみんなバーナードのようであったら、そのうち執事ナンバーワンを決める執事大戦でも起きそうな気がする麗佳だった。
諒兵と戦い続ける真は、自分の力の未熟さを痛感していた。
炎を纏った両腕を恐ろしいとは思わない。
だが、その両腕が見事なワンツーを繰り出してくること。
足技とも連携して動き、的確に攻撃してくることを恐ろしいと思う。
また、自分の知識では、竜が口から吐くブレスを身体の別の場所から出せるのはバーナードのレイピアくらいだ。
両腕に炎を纏わせ、炎の拳、炎の爪として使ってくる相手など知らない。
だが、出来ないわけではないことは知っている。
だからこそ、理解できる。
諒兵は戦い慣れている。
自分より遥かに。
それが恐ろしい。
すぐに手が届く相手ではないと理解できてしまったことが恐ろしく、そして悔しい。
だからこそ思う。
(このままじゃ勝てないッ!)
理解できるからこそ、このままでは勝てないということがわかってしまう。
だからといって、このまま諦めたくないのだ。
(こいつに勝ちたいッ!)
目の前の相手に勝ちたいと思う。
勝てるだけの力が欲しいと願う。
諒兵は自分が倒すべき敵ではなく、追い越さなければならない競争相手だ。
自分の先を全速力で走る厄介すぎる競争相手だ。
ならば、こいつより早く突っ走るしかない。
今のままの全速力では足りない。
自分の中にあるすべての力を掻き集め、光の如き最高速でこの世界を駆ける。
その力が、その『光』が、もう自分の中にあることを、真は理解している。
自分が願う平和な世界を創るための力が。
だから。
「その力を寄越せぇぇえぇぇえぇぇえぇぇエェエッ!」
真は己の中に輝く光を強引に掴み取った。
真の雄叫びを聞いた諒兵は、何が起きたのかをすぐに理解した。
自分のときと同じだからだ。
自分が、自分の中の火を掴んだときと同じような、力の奔流を感じたのだ。
その証拠に、真の身体が大きく変化を始めた。
全身から黒い金属の鱗が生えていく。
瞳は変わらず真っ赤に燃える火のような赤のまま、竜の眼に変わっていく。
黒い金属の身体に大きな翼を持ち、燃えるような赤い眼をしたドラゴンへと真の姿が変わっていく。
それは創造主に背きし逆徒。
それは夜明けに瞬く金色の星。
それは闇を統べる太陽の光。
ソレは『傲慢の化身』と呼ばれ、『創界の王』という二つ名を持つドラゴン。
『ガァアオォォォオォオオォォォオォォオォンッ!』
雄叫びを上げしモノの名は『ルシファー』
神に最も近いところに居ながら、神から最も遠いところへと堕とされた堕天使の名を冠する最強の竜である。
その最強の竜の顎が開き、凄まじい閃光が放たれた。
「ちぃッ!」
舌打ちしつつ、諒兵はレーザーブレスの射線から離れる。
その判断は正解だっただろう。
射線上は大木すら焼き払われ、まるで道ができたかのように開かれた。
まさに王が征く道であるかのように。
「面白え、やってくれんじゃねえか」
いきなりブレスを吐いてきたことを考えても、真が『傲慢』の感情に呑まれていることが理解できる。
ここにいるのがアーサーだったならば、自分のときの丈太郎のように上手く加減して暴走を止めるのだろう。
だが、今、彼は石像となって眠っている。
ならば、真を止めるのは自分の役割だ。
しかし、それだけではない。
凄まじい威圧を放ってくる『創界の王』を前にして、血が沸き立つのを諒兵は感じてしまっていた。
戦いたいと、己の『竜の血』が叫んでいるのだ。
「きゅいい?」
「出てくんなよ。此処は俺だけで戦る」
ちょろっと姿を現したアウェンティヌスに諒兵はそう答える。
より真竜体に近い二つ首の状態であれば、『創界の王』と互角以上に戦えるだろう。
だが、それでは面白くない。
自分の力で、自分の力だけで、『創界の王』と戦いたいと諒兵は思う。
「きゅいっ!」
その強い思いがわかったアウェンティヌスはすぐに消えた。
「ちっと荒っぽいけどよ、文句言うんじゃねえぜ?」
眼前の『創界の王』を見据え、諒兵はそう呟くと雄叫びを上げた。
『グルァアァァァアァァアァアアァアアァァアッ!』
全身全てが血のように赤い金属の鱗で覆われている竜がその場に姿を現す。
大地を焼き払うほどの凄まじい熱気と威圧が辺りに満ちる。
それでも漆黒のドラゴンは怯まない。
むしろ、戦意を高めているのが伝わってくる。
『オ前ニ……勝ツッ!』
『十年早えよ』
そんな短い会話と共に、地獄の業火と太陽の光が激突した。




