13話「白い竜の怒りと『惑乱の根』の決意」
ウォリック城。
中世イングランド内乱でも有名な『バラ戦争』の舞台にもなったと伝えられる古城である。
イギリスにはこうした古城が多く、中にはホテルとして使われているものもある。
何より、いまだに王城として使われるウィンザー城も、分類上は古城だ。
その点で見れば、イギリスは歴史のある国だということができた。
それはともかく。
ウォリック城の前に降り立った鈴、ライラ、麗佳、琉璃架、明、そしてバーナードは確信しているような表情でその城を見上げていた。
「……リン」
「うん、『ジズ』かな。けっこう威圧が大きい。それに古竜もかなりの数がいるみたい」
「やっぱり選り分けるのは難しいのかしら?」
「ちょっと無理っぽい」
「人の気配はありますかな?」
「場所が特定できないんだけど、人の気配もあるよ。ちっちゃいのが一つ」
此処にいるだろう『ジズ』と無数の古竜の気配の強さに、鈴は顔を顰めながらそう答える。
「古竜たちは倒すのかの?」
「古竜の中には龍機兵だった方もいますから。しかも竜の力に呑まれたわけではありません。『騙る者』に操られている被害者です」
「気を遣っていただき、心より感謝致しますぞ」
明の言葉に、バーナードがそう謝辞を述べる。
実際、操られている龍機兵を倒すわけにはいかないと考えたいる者がほとんどだった。
自分の意志で敵になったというのならともかく、否応なく従わされている者を倒せるほど、彼らは冷徹にはなれない。
それがいいところであり、悪いところでもある。
時には冷徹さも必要なのだが、そんな意志の強さを持つには、彼らは若すぎる。
ゆえに、バーナードは内心では苦境の際には仲間を殺すことも覚悟していた。
だが。
「招かれていないのに入るのは失礼だと教えられなかったのか?」
それぞれの覚悟を胸に、内部へと足を進めた一行の前に現れたのは『ジズ』だった。
「いきなりですか」と、明が呆れたような表情を見せる。
『ジズ』ことオリヴァーは、どこか見下すような、厳しい眼差しで一行を見据えている。
「アーキン殿、年長者として若者を正しく導くべきでは?」
「なればこそ、此処へと導いたのですが如何致しましたかな?見つけられては困る秘密でもございますかな?」
オリヴァーの嫌味に対し、しれっと答えるバーナード。
このあたりは、やはり年の功が出る。
特に、今にもピストルを出そうとするライラははっきりと怒りの形相を見せていた。
既に額から白い鱗が生え始めている。
兄アーサーを傷つけられた怒りをぶつけようとしているのだ。
だが、すぐに戦闘に入ってしまってはこの場所にいるはずの真の妹、阿由を見つけにくくなる。
ゆえにバーナードが対応しているのである。
「秘密などあるはずがない」
「この城から人の反応があるのですが、居住区でもないのに何故なのでしょうな?」
「迷子になっていた少女を保護しただけだが?」
バーナードが追求しようとすると、オリヴァーは逆にあっさりとそう答えた。
秘密だと思っていないらしい。
あるいは、本当に保護していると思い込んでいるのだろうか。
自分の行動が正しいと、罪の意識そのものがないとアーサーは言っていた。
そうなると、自分たちの行動に問題があるとは微塵も思っていないのかもしれない。
厄介な相手だと一同は思う。
「某らは行方知れずとなった少女を探しておりましてな。確かめたいゆえ、会わせてはいただけませぬかな?」
「ならば主の意志に沿えばいい」
「主の意志とは?」
「人は主の下に集う。少女は人だ。我ら龍機兵とは違う。ならば貴公らは主の意志に沿うという考えを示すべきだろう?」
「ほう」
今の問答で、オリヴァーが真に対してもどう言ったかが理解できた。
考え方によっては仲間になれと言っているようにも聞こえるが、実際には『騙る者』の命令に従わない限り、こちらの言葉は聞かないということだからだ。
「では、その主の意志とは何ですかな?」
「今の主の望みは主の敵を滅ぼすことだ」
「敵?」
「主の敵『赤の竜』を……」
オリヴァーが言い終わるよりも早く自分に向けて放たれた弾丸を竜化した腕で弾く。
「今の貴様や『騙る者』の戯言に貸す耳などない。自分を処すこともできないなら、私が引導を渡してやる」
もはや殺意を隠そうともせず、純白の銃口をオリヴァーに向けて、ライラはそう言い放った。
その姿を見て、先ほどまでとは違い、オリヴァーは怒りを顕わにする。
「数日とはいえ稽古をつけた私に発砲するとは……、バケモノに感化されたか」
「私の意志だ」
「主の意志に背く愚者よ。ならば主に代わり私が罰を与えよう」
そう言って成竜体に化身し、天井を突き破って飛翔するオリヴァーを追うように、ライラも化身して飛び上がる。
「ライラッ!」と、叫ぶ鈴の耳に、わりとのんきな声が聞こえてくる。
「あっはっは、これはどうしようもありませんね」
「ライラお嬢様は激情家ですからな……」
明は笑い、バーナードはため息をついていた。
「ちょっと円くんっ?!」と、麗佳が嗜めるが、明は気にしない。
それどころか。
「鈴川さんは私と一緒にバンブリッジさんのサポートをしましょう。相手は『神の供物』、真竜体でなくとも強敵です。先に行っていてください」
「へっ、あっ、うんっ!」
一瞬、ぽかんとしてしまった鈴だが、すぐに化身して飛び上がる。
それを見た明は次の指示を出した。
「東堂さんは藤波さんとアーキンさんと一緒に、妹さんを見つけ出してください。鈴川さんはバンブリッジさんの戦闘サポートから外せないので、独力でお願いします」
「うじゃー、メンドくさいのじゃー」
「それなら今からおっぱい揉みしだきましょうか?」
「全力で見つけ出しますっ、サーッ!」
さすがにこの状況で、というか、別の状況でもそれはイヤだと感じたのか、琉璃架はいきなりビシッと敬礼してみせた。
爽やかな笑顔でアホなことを言ってのけた明をバーナードが呆れ顔で眺めていたが。
「それでかまいませんか、東堂さん?」
「えっ、ええ……。問題ないわ」
そう答えた麗佳に対し、明は龍玉をつなげた。
(あと一つ)
(何かしら?こっちで話すことなの?)
(琉璃架さんが暴走したときには対処をお願いします)
(なるほど。だから私をこちらにしたのね?)
気にすることはないかもしれないが、琉璃架に聞こえるように話すことでもない。
此処では琉璃架にも働いてもらわなければならない。
竜の力を使わせないわけにはいかないのだ。
そうなると抑え手が必要になるが、ライラは絶賛暴走中。
鈴はサポートから外せないし、『ジズ』が相手なら麗佳よりも明が参戦したほうがいいだろう。
『大逆の天』はシェンロン型であり、雷雲を操る明は空での戦いに向いているのだ。
対して『淫果の蛇』はオロチ型で、麗佳は地上では無類の強さを誇るが、空を飛ぶことは出来ても空戦に向いているとは言いがたい。
「おそらく『ジズ』は空戦に強い。少しでも空での戦いに向いている人が行くべきかと思います。万全ならアーキンさんも飛んでほしかったのですが」
「申し訳ございませぬ」
「悔いても仕方ありません。ベストが無理ならベターで対処しなければ」
「なかなか大人でございますな」
胸を揉むという一言が無ければ、感心できる少年だと思うバーナードだった。
だが、其処に麗佳が口を挟んでくる。
「でも、円くんは暴走する可能性はないのかしら?」
明も同じ魔王種。
当然暴走すればとてつもない被害を出す。
だが。
「……『己を鞘に納めよ』、私が一番最初に学んだ教えです」
「九垓お爺様の言葉ね……」
「貪欲だからでしょう。私に一番必要な言葉だと老師は仰いました。ですから、あの程度の人の言葉では何とも思いません」
「さらっと思っきしアイツをバカにしたのじゃ」
実際のところ、相当嫌っているらしく、明の言葉は皮肉がたっぷりと篭っていた。
「では、私も飛びます。こちらはよろしくお願いします」
「ええ」
「お任せを」
「さらばなのじゃー♪」
「東堂さんやアーキンさんがダメだしするようでしたら、おっぱい揉みにきますからね?」
「しつこいのじゃっ!」
わりと本気で気に入っているのか、琉璃架の胸を常にロックオンしている明だった。
琉璃架としては迷惑なことこの上ないが。
真の斬撃をかわしながら、諒兵はその勢いを利用して左脚の後ろ回し蹴りを繰りだした。
「このッ!」
「けッ、上手く避けやがんな」
スウェーバックというより、仰け反るようにして真は諒兵の踵をかわす。
真は反応がかなり良かった。
龍機兵として、『創界の王』としての身体能力の底上げはあろうが、戦闘時に身体を使いこなせるかどうかは意識の問題だ。
その点で、真はかなり戦闘向きの意識を持っている。
暴れるのが好きだというより、強くなる目的をしっかり持っているタイプだが。
其処を考えると諒兵は真とは正反対になる。
単純に、身体を動かしていることが好きなので、結果として龍機兵として暴れるのも半ば趣味になっているところがあるのだ。
「おらあッ!」
「うおぉッ!」
両脚が接地した瞬間、諒兵は飛び込むような勢いで右ストレートを繰りだした。
今まで爪を振るっていた動きとは違うことに、真は一瞬戸惑ったが、すぐに手にするクレイモアの刃で受け止めた。
普通、こんな止め方をすれば、拳は真っ二つだ。
だが、諒兵の拳は多少傷がついた程度で切れる気配がない。
「ぐッ!」
「研ぎが足んねえよ」
そう言ってニッと笑った諒兵は、左フックを繰り出してくる。
「はあッ!」
裂帛の気合いと共に、真は右拳を振り下ろすようにして、諒兵の左拳にぶつけて弾く。
身体が反応するのに任せた防御だが、十分に効果はあった。
すぐに二人とも距離を取る。
「マジで勘がいいな」
「そう簡単にやられてたまるか」
そう言って真はニヤリと笑った。
研ぎが足らないという言葉を、そのまま受け取るほど真は龍機兵について理解していないわけではない。
物理的に研いでいないのではなく、相手を斬るためにクレイモアを鍛えられていないということだ。
創り出す際のイメージが、まだ甘いということだと真は理解した。
だから笑う。
自分はまだ強くなれると感じて。
そんな真を見た諒兵もまたニッと笑った。
其処に突然メーちゃんの声が割り込んでくる。
『諒兵っ、しちめんちゃんとぐぅいばーちゃんとヴォロくんが『ジズ』と交戦状態に入りましたっ!』
当然と言えば当然なのだが、戦闘能力の高いライラはともかく、基本的には後方支援型の鈴が『ジズ』相手の戦いに参戦しているいうのは、諒兵としては気に入らない。
正確に言うと心配で仕方がない。
明が一緒だというのが、唯一の救いだろうか。
いずれにしても、真の妹探しを考えると、バーナードは参戦できないし、訓練自体を怠けていた琉璃架は論外だ。
麗佳には参戦して欲しいところだが、万が一、琉璃架が暴走した際の止め役が必要だろう。
つまり、麗佳にも参戦は望めない。
そうなると、このメンバーがベターだと言える。
(しゃあねえな。明んとこ行ってサポートしてやってくれ)
『こっちは大丈夫ですか?』
(何とかするさ。こいつ悪いヤツじゃねえし)
実際、諒兵としては、真は戦う相手としては未熟だが、戦っていて嫌な気分ではなかった。
バカがつくほど正直な戦い方をしてくるからだ。
悪人ではないということが、拳を通して伝わってくる。
『それでも気をつけてください。『創界の王』は高い戦闘力を持ちますから。覚醒されると危険です』
(ありがとよ。向こうは頼んだぜ)
『では行ってきます!』
そう言ってメーちゃんが自分の龍玉から移動したのを感じた諒兵は、竜化した両の拳を打ち合わせる。
「何ッ?!」
「驚くんじゃねえよ。俺は火の龍機兵だ。こんくれえできる」
だが、初めて見る真が驚くのは無理もない。
竜化した腕から炎が噴き出すなどという光景は。
「お前の竜の力なのか……」
「そういうこった。今のままなら、てめえ焼肉になっちまうぜ?」
「なら、もっと強くなるだけだ」
そう答えた真の瞳は決して戦意を失っていない。
虚勢ではないということがそれで理解できる。
だから。
「だったら全速力で強くなるんだな。モタモタしてんなよ」
「当然だッ!」
気合いと共に剣を振ってきた真のクレイモアを、諒兵はしっかりと受け止めるのだった。
さて。
そう呟いた麗佳は、まっすぐに琉璃架へと向き直る。
「何じゃ?」
「アユさんを探すにはあなたの力が必要なのよ、琉璃架さん」
「なぬ?」
「さすがに城の中を虱潰しに探してはいられないわ。あなたの蛇を使います」
「ほう?」と、バーナードも麗佳の言葉に興味を示した。
『惑乱の根』と呼ばれるマーラは、五行属性の木を属性として持つ。
ブレスは毒だが、動物が作るものではなく植物が作る毒なのだ。
つまりは毒花の竜なのである。
ゆえに、琉璃架の身体から生える蛇は蛇の形をしているが、正確には植物の根に相当するモノなのだ。
「大地に根を張り、養分を吸って毒を精製する。それが魔王種マーラの竜の力」
「まさか、毒を撒けと言うちょるのかの?」
驚いた様子で問いただす琉璃架に、麗佳はあっさりと肯いた。
「最終的にはそれも必要になるかもしれないけれど、まずは根を張ってほしいのよ」
「何処に?」
「此処に」
「へっ?」と、琉璃架が思わずマヌケな顔を晒してしまうが、その会話でバーナードには麗佳の意図が読めたらしい。
「ふむ。ミス・フジナミが根を張れるのは、大地のみではないのですな?」
「さすがに鋭いですね、ミスター・アーキン。その通りです」
「どの通りじゃ?」
「あなたはその気になれば、硬い岩盤や鉱石の塊にも根を張れるようになれるわ。建造物くらいなら今の状態でも十分に根を張れるはずよ」
つまり、この古城に根を張り巡らして阿由を探そうということなのだ。
上手くやれば、部屋を虱潰しに探すよりもはるかに早く見つけられるだろう。
ただし、それを行うのが魔王種どころか龍機兵でも一番の怠け者の琉璃架であるということが最大の問題なのだが。
「メンド……」と、いつものセリフを言いかけた琉璃架だが、黙り込んでしまう。
正確には、黙らされてしまった。
麗佳の放つ威圧に、声を出せなくなってしまったのだ。
その様子にバーナードも息を呑む。
もっとも長く魔王種の龍機兵として生きてきた麗佳は、本気を出せば間違いなく最強の龍機兵なのである。
「あなたがやるのは、一人の少女を助けること。無用な戦いを強いられている少女のお兄さんを止めること。それができないのかしら?」
「……自信ないのじゃ」
それが琉璃架の本音だった。
出来る、出来ないを決めるのは努力だけではないと理解してしまっているのだ。
頑張りが無駄な努力になることが怖いのだ。
出来るようになるためには、己の望みを叶えるためには、努力だけではなく才能と環境が必要になる。
その全てを持っている者だけが望んだモノを手に入れられる。
間近に姉という、その全てを持っている者がいただけに、琉璃架は望んだモノを手に入れられないと理解してしまっていた。
だから、適当にやって手に入るモノで満足する。
それは『堕落』の、言わば悪い側面だ。
琉璃架が『堕落の化身』となったのは、そのためだということができるだろう。
だが。
「それでもやるしかないわ。だからこそおじ様はあなたを見捨てなかったのだと思うもの」
「何故、其処でおっさんの話が出るのじゃ?」
「おじ様はあなたのことを悪い娘じゃないって言ってたもの。怠け者で、ダメダメでも、人として歪んではいないって信じてたのよ」
だから、ローベルトは琉璃架に正面から向き合い続けた。
決して見捨てようとしなかった。
一番大切なモノは決して失ってはいないと信じていたからこそ、自分の娘だとまで言ったのだ。
「此処でアユさんを見捨てたなら、おじ様の目が節穴だったってことになるわ。そんなこと私が許さない。おじ様に愛された娘のあなただからこそ」
その言葉を聞いた琉璃架は、悩むように俯き、仰ぎ、そしてまた俯くと口を開いた。
「やる」
その答えを聞き、麗佳も、そしてバーナードも優しく微笑む。
「ありがとう、琉璃架さん。お願いするわね」
「まずはアユ殿を見つけてくださいますよう。その後、戦う必要があれば、某めが露払い致しましょう」
「わかったのじゃ」
そう答えた琉璃架は、いつになく真剣な眼差しを見せていた。




