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赤の竜―Dragon of Wrath―  作者: 枯田
荒ぶる刻の赤の竜
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12話「少年たちと『神の供物』の正義」

漆黒の闇夜の中、諒兵は振り下ろされてきた漆黒の大剣を竜化させた爪で弾いた。

「クレイモアってヤツか」

「よく知ってるな?」

そう真が感心するのも無理はない。

昨今ではファンタジーの小説やゲームなどでもよく名前が出てくるクレイモアとは、中世スコットランドで広く使用された両手持ちの大剣である。

刃渡り一メートルほどあるが、当時としては小振りな剣に属するため、叩き切るのみではなく、素早く振り回すことも可能な剣だ。

意外とスピード重視の剣なのである。

出自を考えれば、イギリスの地で見るのはむしろ当然とも言えた。

「格闘技とか武器は好きだかんな」

「そのわりには爪を使うんだな」

「ああ。だからこんなマネもできるぜ?」

そう言って、諒兵は右脚を竜化させると、蹴りの連撃を繰りだした。

足の爪が無数の雨のように真に襲いかかる。

「ぐッ!」

「襲いかかってくるヤツに容赦はしねえ。覚悟しろよ、佐倉」

「苗字で呼ばれるのは好きじゃない。女みたいだからな」

「じゃ、真って呼ぶか。俺のことは諒兵でいい」

「そうする。倒す相手の名前くらい覚えておこう」

そう答えて、真はクレイモアを構える。

見たところ竜化できるのはまだ両腕だけらしい。

よく見ると顔も右半分を覆うように歪に鱗が生えている。

竜化自体、まだ完全に修得していないのだろう。

それでもそう言い切るところが、諒兵は気に入った。

「上等だ。持ってる武器に気合い込めろよ。俺の爪は簡単には折れねえぜ?」

「言われてくてもわかってる。覚悟してもらうぞ、日野諒兵」

再び、今度はより力を込めて振るわれた真のクレイモアを、諒兵は気合いを込めた爪で受け止める。

(余計な口出すなよ)

『わかってますよ。ただ、気をつけてくださいね』

(お前はあっちを気にしてろ。『ジズ』とかって奴がヤバそうなら、アドバイスに行ってくれ)

『了解です』

龍玉の中にいるメーちゃんにそんな言葉をかけながら。



イギリス上空。

飛び上がった、鈴、ライラ、麗佳、琉璃架、明、そしてバーナードの六人は、諒兵がいるはずの場所から発生した衝撃波に、思わず動きを止めてしまう。

「どんな威力のトイレじゃッ?!」

「そんなわけないだろうッ、戦ってるんだッ!」

琉璃架のボケにライラが思わず突っ込む。

他にも驚いている様子の鈴や麗佳に対し、明とバーナードは冷静だった。

「ミスター・アーキン?」と、麗佳。

「あの近くに気配があったのですよ。ただ、あまりに微弱でしたけどね」

「……シン殿は龍機兵となってまだ二週間ほど。竜化すら未熟ゆえ、わかりづらいのです」

気づいていた明、そしてバーナードがそう答える。

つまり、諒兵は今『創界の王』と戦っているということだ。

「それなら止めないとッ!」

「いえ、なりませぬ」

再び麗佳が叫ぶが、バーナードがきっぱりと止めてきた。

止められた麗佳どころか、バーナードをよく知るライラも驚いた表情を見せる。

「アキラ殿はもう気づいておられますな?」

「この状況で真って人が私たちを襲ってくる。考えられるのは人質でしょう」

「おそらく。シン殿の妹であるアユ殿は、行方知れずとなりしのち、何者かに捕まった可能性が考えられますな」

それがもっとも正しい答えであろうことは、その場にいた全員が理解していた。

アーサーを守っていたという真が、バーナードが一緒にいる諒兵たちを襲ってくる理由がないのだ。

ならば、妹の阿由を人質にとられ、従わせられているとしか考えられない。

もっともそんな行為をする相手に怒りを抱かないはずがない。

「卑劣なッ!」

「王道的な悪役じゃのう……」

ゆえに、ライラ、そして琉璃架がそんな感想を述べる。

少なくとも、自身で戦いを挑んできたパーヴェルのほうがまだマシだとライラや麗佳は思う。

だが、そうなると諒兵のサポートをすべきではないだろうか。

まだ未熟とはいえ、相手は魔王種『創界の王』、下手に覚醒して暴走したら、相当に恐ろしい相手である。

「ほとんど訓練してなかったあたいでも、アレだけ暴れられたんじゃ。『創界の王』も似たようなもんじゃろ?」

「威張って言うな」と、ライラが突っ込む。

だが、実際、サボり魔で怠け者の琉璃架でも、本気で暴れれば相当な被害を出す。

少なくとも同レベルの被害が出る可能性があるのだ。

だが。

「そっか。だから私たち全員に行けって言ったんだ……」

そんな鈴の呟きに、全員の視線が集まった。

「鈴川さん?」

「まず、そのアユちゃんって子を探して取り返そうよ」

「だが、リン。このままリョウヘイを放っていっていいのか?」

「あなたが一番心配してるでしょう?」

そんなこと、ライラや麗佳に言われなくてもわかっている。

いや、ライラや麗佳が心配していないとは思わないが、それでも鈴は諒兵のことを案じている。

だが、だからこそ。

「急いでその子を取り返すの。そうすればシンって人も戦うのを止めてくれると思う」

「それは間違いありませぬ。シン殿は戦いを忌避する性格ではありませぬが、無益な戦いを好む性格でもありませぬ」

少なくとも、この場にいる中で真を一番良く知っているのはバーナードだ。

それだけに言葉には説得力があった。

「なら、そうするほうが早いよ。ただ……」

「なるほど。鈴川さんも気づきましたか」

「円くん?」

「彼の妹さんは、おそらく『ジズ』のもとにいるはずです。つまり、私たちで『ジズ』と戦わなければなりません」

『ジズ』、すなわちオリヴァー・ウィングフィールドが阿由を捕まえているのだとすれば、取り返すためには彼と戦う必要が出るだろう。

ここにいるメンバーで。

そうすることで、麗佳にも見えてきたらしく、確認するように呟く。

「そう、そうね、そういうことなんだわ」

「どうしたのじゃ?」

「おそらく『ジズ』が一番倒したいのは諒兵くんのはずよ。その相手をしている状態なら、私たちが他に行ったとしても『ジズ』は気にしないでしょうね」

その解説に鈴が、そしてライラが肯いた。

「うん、だから諒兵は残ったんだと思う」

「仮に私たちを取り逃がしたとしても、リョウヘイを倒したなら『ジズ』は文句を言わんだろうしな」

「それがわかったんでしょう。彼らしい優しさです」

そう明が苦笑しながら言ったように、諒兵を相手にしている状態の真が、この場にいる者たちを逃がしたとしても『ジズ』は文句を言うまい。

もっとも敵視しているのは『赤の竜』なのだから。

「だから、私たちでアユちゃんを助けだすしかない。でも……」

「シン殿が覚醒に至らない保証がありませぬ。何しろ相手はリョウヘイ殿。『赤の竜』と『創界の王』は伝承において互角の敵とも言われますゆえ」

「そうなの?」と鈴。

こういうところはわかっていないらしい。

「そのシンって人の竜の力、つまり『創界の王』の名はルシファー。宗教的にも有名な魔王よ。諒兵くんのサタンと同じように語られるわ」

「あたいらもいろんな場所で魔王と呼ばれちょる伝承じゃけど、サタンとルシファーは出典が近すぎるのじゃ」

この二体の魔王は時に同一視され、時に敵同士とも言われる。

だが、竜としては別々の個体となった。

そうなれば、戦うことが運命なのかもしれない。

そうして戦い続けてしまうと、諒兵と真の二人ともが覚醒に至る可能性が出てくるのだ。

「ならば急ごう。相手が『ジズ』だろうが、蹴散らすまでだ」

故国イギリスでこのような卑怯な真似をすることが、相当に許せないらしい。

ライラがそうはっきりと断言すると、全員が肯いた。

「絶対、敵の思い通りにさせないんだから」

「そうですね。『ジズ』には痛い目に遭ってもらいたいですし」

「こういうのはさすがに気に入らんのじゃ」

「若いですなあ。もっとも、某めも相当に頭にきておりますが」

「卑劣な行為をしたからには相応の償いをしてもらいましょう」

その言葉と共に、鈴がすぐに広範囲策敵で『ジズ』の場所を探り当てる。

場所はウォール・オブ・ユナイテッド・キングダムではなかった。

「ウォリック城か。城壁にいるかと思ったが……」

「城壁を落とした後、『ジズ』は何故かウォリック城へと向かいましたな」

ウォリック城はロンドンから約一時間ほどの場所にある古城の一つである。

今は、観光地としても知られる場所だった。

城壁があるドーバーからはけっこう距離がある上に、イギリスでも内地に存在する。

「考えてみれば、『騙る者』が古竜を操れる以上、前線にいる必要がないわね」

「それでそっちに移動したんかの?」

「推測だけれど……」

「其処は気にしてもしょうがないよ。それより急ごう」

今は阿由を助け出し、真を止めることが最優先だと鈴は全員を促す。

其処にいる敵が邪魔をするなら、倒すのは自分たちの役目だと決意して。



強い。

飛び上がっての二段回し蹴りを繰り出してきた諒兵の一撃目を避け、二撃目をクレイモアを使って弾いた真はそんな感想を抱く。

真は目の前の赤い龍機兵が、本当に強いと理解できた。

自分と同い年だが、自分よりも早く竜と戦ってきた少年は、経験を積み重ねて強者へと成長している。

だが、それが『赤の竜』の力だとは感じなかった。

確かに自分の『竜の血』が、目の前の少年を敵だと感じさせるのだが、その強さは諒兵自身の力だと真は感じていた。

(ヤツが言うような感じじゃないな)

真の脳裏に『ヤツ』と会話したときのことが蘇る。




阿由を保護していると告げられ、行った先はウォリック城だった。

其処にいたのは、真にとっては許せない仇でもあった。

「阿由を放せ」

ゆえに、その場を訪れた真の第一声はそれだったのだが、相手はまったく気にしていない。

ただ、阿由が怯えている様子が感じ取れる。

当然だろう、傍にいるのは自分たち兄妹を保護してくれた人たちを襲った『敵』なのだから。

「その言い方はおかしい。我々はこの子を保護しているだけなのだが?」

その『敵』、すなわちオリヴァー・ウィングフィールドは、本当に不思議そうな様子で首を傾げる。

それが、凄く気に入らない。

ゆえに真は自分の考えを正直に伝えた。

「アーサーを襲ったお前が、阿由を傷つけないなんて思えない」

「バンブリッジ卿は人の良き未来のための犠牲として選ばれた」

「犠牲?」

「そうだ。竜に怯えることなく、人が生を謳歌できる未来だ。バンブリッジ卿は高潔な人格者だが、竜を解き放った罪人でもあった。その罪を購わなければならない」

それは、アーサー自身が言っていたことだ。

全ての竜を滅ぼし、人が襲われることがなくなれば、自分たちも命を絶つつもりだったと。

それが贖罪だと。

「それが正しいとは言わないけど、アーサーは自分で自分に始末をつけるつもりだったぞ?」

「それもまた傲慢な考えだ」

「何でだ?」

「如何に竜の力を得ても卿は人に過ぎない。主の意志に従えば、人の良き未来のために戦うこともできた。だが、卿らはそうしなかった」

自分の意志で、自分の罪を購おうとしたこともまた罪だとオリヴァーは語る。

導くことが出来る者の裁きを待つべきであった、と。

「人である立場を弁えなかった。それが卿らの新たな罪。だが、それでも主は犠牲としてお選びになったのだ。その慈悲を喜ぶべきだろう」

「人を殺すことが慈悲なわけがないッ!」

「それが救いになることもある。龍機兵というバケモノとして生きるよりは」

「それはあんただって同じだろうッ!」

「我らは『神の供物』となった。竜の力をもって主のために生き、主のために死す。くだらない感情を捨て、人の良き未来のための礎となる」

迷いのない目でオリヴァーは断言する。

自分の命は主の目的のためにあり、そのために死ぬことも厭いはしないと。

真にはわからない。

理解できない。

誰かのために戦うことを真は否定しないが、それは自分の意志で決めることだ。

平和な世界を創りたいという真の願いに反してしまうなら、できないということでもある。

だが、目の前にいるオリヴァーには、その意志がないように思えた。

どんなことであっても、主の意志に沿う。

其処にはオリヴァー自身の心が感じられないのだ。

ゆえに、何を言っていいのかわからない。

すると。

「この少女は主が導くべき人だ。我々が傷つける理由がない」

「阿由は絶対傷つけないっていうのか?」

「当然だ。人を傷つけることを主は望まない」

だから、主の力に従う古竜たちは人を傷つけていないのだという。

確かに、今の古竜が一般人を襲う姿を見ていない。

自分やバーナード、そしてアーサーには襲いかかってきていたが。

つまり、今の古竜にとっては龍機兵が敵であり、さらに言えば古竜は龍機兵が主の敵だから襲っているのだとオリヴァーは語った。

「だからだ、シン・サクラ。君の考え違いを正そう」

「考え違い?」

「この少女は我々が保護しているのであって、捕らえたのではないということだ。そしてこの少女の傍にいるのであれば、君が主の意志に従えばいい」

「何だって?」

「主の意志に従い倒すということだ。君の敵なる者と」

「俺の……敵?」

「人も竜も滅ぼす者『赤の竜』、名をサタン。君だけではない。我々の敵でもある」

『赤の竜』

そう聞いたとたん、真は自分の『竜の血』が騒ぐのを感じた。

名を聞いただけで自分の敵だと理解できた。

「わかるだろう。君は『創界の王』なのだから」

「何だそれ?」

「君の名だ」

「そんな変な名前じゃない」

「否、それが君の名だ。覚えておくといい」

話の流れからして、自分はどうやら伝承竜の力を持っているらしいと真は判断する。

ならば『赤の竜』とやらにも勝てる可能性があるということなのだろう。

今はオリヴァーの言葉に従うしかない。

実のところ、真は今の話の間中、ずっと機会を伺っていたが、オリヴァーが阿由を解放する気配がない。

今のまま、阿由を取り戻そうと戦いを挑むと、阿由が傷つく恐れがある。

オリヴァーの言うとおり『赤の竜』とやらを倒すしかないと真は腹立たしい思いを抱きつつも肯いた。

「わかった。そいつを倒せばいいんだろう?」

「そうだ。主に従い、人の良き未来のために戦う者を、主は拒まないだろう」

何処となく引っかかる物言いだが、今はその言葉に従うしかないと真は自分に言い聞かせる。

「そいつは何処にいる?」

「どうやらイギリスまで来たようだ。今はバンブリッジ卿の処にいるらしい」

気配でわかるとオリヴァーは説明する。

『赤の竜』は竜を滅ぼす竜。

その存在が放つ威圧は、竜の力を使いこなせるようになるほど強く感じ取れるようになる、と。

「あそこか。わかった、行ってくる」

「主の導きがあらんことを」

そう言葉をかけてきたオリヴァーに背を向け、真はその場を後にする。

(主だか何だか知らないが、正義ごっこなんか、そっちで勝手にやってくれ)

そんなことを思いながら。




そして今、真は目の前に立つ『赤の竜』、否、諒兵の強さに高揚していた。

「甘いぜ」

「ぐッ!」

竜化した左腕で真のクレイモアを弾いた諒兵は、そのまま人間体のままの右脚を蹴り上げる。

流れるような動作を避けきれず、真は脇腹に喰らってしまった。

たたらを踏み、真は脇腹を押さえながら必死に距離を取る。

それでも、戦意は失わなかった。

「いい根性してんな」

そういって諒兵はニヤリと笑う。

今の諒兵は真に合わせているかのように両腕しか竜化していない。

だが、戦い慣れていることがいやというほどよくわかる。

挨拶代わりの蹴りの連撃以降、竜の力を防御にしか使っていないからだ。

本気を出せば、今の真なら何分もかからずに倒せるのだろう。

だが、遊んでいるという印象は感じなかった。

諒兵は、もっと強くなるために、あえて自身に制約を化した上で本気を出していると真には感じられる。

だが、だからこそ、それが悔しい。

コイツにもっと全力を出させたい。

そう思うのだ。

ゆえに。

(アーサーの言葉を思いだせッ!)

真はそう自分に言い聞かせる。

真がアーサーから戦闘を教えてもらったのはわずか二日だ。

それでも、一番大事なことは一番最初に教えてもらった。

戦闘を学ぶための仮の武器として創り方を教えてもらったクレイモア。

だが、この武器にはアーサーの教えが込められている。


『道具も竜の力も使うモノではない。己が身と心得よ』


このクレイモアは剣ではない。

自分の爪であり牙だ。

剣を振るうのではない。

爪で引き裂き、牙を突きたてるのだ。

それが龍機兵の戦いだ、と。

(上手く使おうと思うなッ、自分の本能に任せろッ!)

およそ剣術とは言えないような力任せで、真はクレイモアを片手で振り下ろす。

その刃が弾かれると同時に、空いたもう一方の手で下段から諒兵の脇腹を狙って突き刺す。

「ケッ、面白え。さっきよりヤベえとこ突いてきたな」

「今のも止めるかッ!」

「けど甘いぜ。剣がふらふらしてやがる」

「何をッ?!」

「お前の剣は爪か?それとも牙かよ?」

「何を言ってる?」

「爪と牙は違うもんだぜ?」

当然だと真は思う。

たいていの肉食獣にとって、爪は獲物を引き裂き、身体を押さえつけるためものだ。

対して、牙はその肉を噛み千切るためにある。

だが、それで『光』が見えた。

「ここだッ!」

「ちぃッ!」

片手で諒兵の腕を掴み、強引に引き倒すと背中に突き立てるようにクレイモア、否、己の牙を振り下ろす。

「やられるかよッ!」

倒れそうになりながらも、諒兵は身体を捻るようにして、爪を振るい、真の牙を弾き飛ばした。

そのままバック転するように両脚を蹴り上げ、追撃しようとした真を蹴り飛ばす。

「くッ、器用なヤツだな」

「このくれえできねえようじゃ、生き延びらんねえよ」

強い。

でも、決して気に入らない相手ではない。

諒兵に対して、そんな感情を抱く真は、自分の中に『光』があるのを感じ始めていた。






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