11話「赤い竜と『赤の竜』と漆黒の少年」
その地に足を踏み入れたとき、辺りは暗かった。
時差の存在を忘れていた一行は、少し驚いてしまう。
「そうか。中国とイギリスではけっこう時差があるんだった。まだ夜か」
「嫌な時間帯に来てしまったわね」
ライラの言葉に、麗佳がそう呟く。
確かに昼間のほうが戦う上ではありがたい。
夜戦となると、特に視界という問題が出てくるためだ。
見え辛い状況では戦いにくくなる。
「……明、お前夜目利くほうか?」
「問題ありませんよ。諒兵君はどうなのです?」
「見える」
「えっ?」と鈴が諒兵の答えに思わず疑問の声を上げてしまう。
普通に『見える』はずがないからだ。
「物の形とかははっきりわかる。暗えけどよ」
「私は暗視スコープを付けているような状態で見えていますから、同じように見えているのでしょう」
諒兵と明がそう答えると、麗佳が納得したように肯いた。
どうやら暗視に関しては男のほうが能力が高いらしい。
「私も暗視スコープで見ているような状態よ。それなりに遠くまで見えるわ」
「私は人の目で見ているのと変わらないな」
「全然見えんのじゃ」
麗佳はどうやら一番見えているらしい。
ライラは多少夜目が利く人間レベルで見えているようだが、琉璃架はほとんど見えていないという。
「鈴さんはどうなのかしら?」
「……えーっと、ライラ聞きたいんだけど」
「何だ?」
「ホントに夜なの?」
「は?」
「がっつり見えるんだけど……」
「「「ええっ?!」」」
聞いてみると、鈴はてっきり昼間だと思っていたほど、くっきりはっきり見えているらしい。
さすがに他の者たちはそんな見え方などできていないため、呆然とするしかない。
何故なのか、メーちゃんが推測を立ててくれた。
「他の顔が?」
『おそらく。しちめんちゃんも成長してるということでしょう。創り出していなくても他の顔はあります。その他の顔たちで視たもの全てを頭の中で結像しているんです』
それも、ただの結像ではない。
ドラゴン・フェイスの視覚から得られた情報を分析した上で脳内で結像しているため、日中で見ているのと変わらない映像が視えているのである。
「そのせいなんだ……」
『しちめんちゃんの情報分析能力が成長しているということでもあるんでしょうね。龍玉をつなげて配信してみてください』
「うん、わかった」
そう答えた鈴が全員に情報を送ると、一同がどよめいた。
「ここまではっきり見えるのか……」
「凄いわ。七面天女の力を使いこなしてる……」
「おーっ、これは便利なのじゃっ♪」
ライラ、麗佳、琉璃架が歓声を上げているのに対し、諒兵と明は何故か考え込む。
「おい」
『はい?』
「このままでバンブリッジの兄貴が探せるのか、鈴は?」
「へっ?」
「鈴川さんが策敵にドラゴン・フェイスを使うと、このように見るのは難しくなるのではないでしょうか?」
「あっ!」
『……確かにそのとおりですね。策敵に顔を使ってしまうと視界が悪くなるはずです。それでも暗視スコープくらいには見えるでしょうが』
今、鈴が見ている映像は、ドラゴン・フェイス全てで見ていることで結像できているものである。
そうなると、ドラゴン・フェイスを他の目的に使った場合、視界が悪くなるのは当然とも言える。
「この視界に慣れるのは危険です。素晴らしい能力ですが、今はバンブリッジ卿を探すことに集中していただいたほうがよろしいでしょう」
そう明が意見すると、鈴が残念そうな表情を見せる。
「うー、せっかくみんなの役に立てると思ったのに……」
後方支援型の鈴は、戦闘になるとあまり役に立たないと本人が思い込んでいるからだ。
「貴方が役に立っていないなんてことはないわ、鈴さん。むしろ今回の件では一番役に立っているのよ?」
「お前じゃなきゃアイツを見つけらんねえんだ。バンブリッジの兄貴を探すほうを優先してくれ」
「そうだな。頼む、リン」
其処まで言われては鈴としても頑張らないわけにはいかない。
だが、皆が言うとおり、鈴は戦闘以外のところで一番役に立っている。
「自分を卑下することないんじゃないかのー?」
別に今の自分を恥じることはないのだと、あんまり役に立ってない琉璃架がフォローしてくれるが、鈴としては実は微妙な気持ちだった。
「そんなつもりはないけど、みんな強いんだもん」
「お前の強さはわかりにくいだけだ。誰も弱えなんて思ってねえよ」
「褒めてるの、それ?」
鈴は苦笑するものの、諒兵がそう言ってくれたことで何だか嬉しくなってしまうのだった。
それはともかく。
鈴が広範囲策敵を行い、アーサーのいる位置を割り出すと諒兵たちは直行した。
実は傍にいるだろうバーナードの位置をかなり正確に見つけ出すことができたのである。
先刻の一件といい、鈴もしっかり成長していた。
もっとも成長していたと言えるのは割り出された場所までとんでもない勢いで飛んでいったライラも同じだ。
諒兵たちが辿り着いたころには、鬱蒼と繁る森の中で倒れているアーサーの手を取り、涙を堪えていたのだから。
「遅いぞッ!」
「わりい」と、ライラの少々理不尽な文句に対し、諒兵は素直に謝った。
力なく横たわるアーサー、額に汗してウィルスに抗しているバーナードを見ると、相当に苦しんでいたことがすぐに理解できたからだ。
「アーサー兄様……」
そう悲しげに名を呼んだ麗佳は、ライラの反対側に腰を下ろすとアーサーの手を取った。
「懐かしいなレディ……、大きくなったものだ……」
「アーサー兄様たちのおかげです」
「ライラから……話を聞いた……。私の言葉を覚えていてくれたのだな……」
「えっ?」とライラが疑問の声を上げる。
「東堂家の研究所にいたころだ……。ライラ、お前の話をレディに聞かせたことがある……」
「年も同じだし、元気になったらイギリスに来て友だちになってほしいと言われたことがあるのよ」
「そうだったのか……」
五年の時を経て、その約束は果たされていた。
それは、アーサーにとって喜ぶべきことなのだ。
だが、のんびりと話をしている場合ではないことは、アーサーの様子を見ればすぐに理解できる。
『ウィルスによる身体の破壊が進んでいます。急ぎませんと』
諒兵の龍玉から出てきたメーちゃんが、あくまで冷静にそう告げるとアーサーも肯いた。
「迷惑をかけてすまんな……」
「気にすんな。後は何とかする」
「……『俺が』とは言わんか。少しは成長したようだな」
そう言ってアーサーが笑うと、諒兵はそっぽを向いて頭を掻く。
無意識に出た言葉だったのだが、其処に諒兵の成長を感じ取ったらしい。
頼れる仲間ができたことを諒兵自身が受け入れているということだ。
「一つだけ言っておこう……」
「何です?」と明。
「敵についてだ……。彼らは『人の良き未来』という正義のために戦うという……」
「うわ言みてえに言ってやがるな、それ」
「何か小難しくって良くわかんない」
「良くある大義名分なのじゃ」
諒兵、鈴、琉璃架がそれぞれ感想を述べる。
実際、よくある大義名分なので、たいした問題ではない。
だが。
「そうだな……、だが、異常なのは其処ではない」
「それでは何が異常だと思っていらっしゃるんですか?」と、麗佳が問うと、アーサーははっきりと告げた。
「その正義のための行為に……、『罪はない』と信じ込んでいることだ」
人は、生きるだけでも他者の命を喰らう。
それはエキドナが良く言っていたことだ。
其処に本当に罪はないのか?
その問いに、『罪はない』と答えられる者がいるとしたら、それは異常者だろう。
無論のこと、生活していくための食事にいちいち罪悪感を持っていたら自分の精神が潰れてしまうので、普通は目を背けている。
だが。
「彼は……、正義のための犠牲は正しいと迷いのない目で言った……。罪の意識そのものがない……」
「壊れてますね」と、明。
「そうだ。人は罪を犯し、購いながら生きると私は思う……」
「それはそれで極端なんじゃ……」
「そうだな……」と、アーサーは鈴の言葉に苦笑を見せる。
「だが、それも一つの側面だ……。我々は皆、他者の命を背負っている……」
「でしたら、どう購っていると仰るんですか?」と、麗佳。
「より良い未来を作ることだと思う……」
「それだと敵が言ってることと変わらんのじゃ」と、琉璃架。
「わかりやすく言えば……、幸せになろうと努力することだ……」
自分も含め、背負った命の分まで精一杯生きて幸せになることだとアーサーは語る。
捨て鉢な人生も、逆に贅を尽くしたような人生も、他者の命を背負っていることに気づかないという、言わば自分勝手でしかない、と。
「一気にわかりやすくなりましたね」
と、明が苦笑するが、それは他の全員も同じだった。
アーサーもまた、苦しげにしながらも微笑む。
「真実とはわかりやすいものだ……。理屈は所詮飾りにすぎん……」
「だから、みんなで幸せになれってか?」
「そういうことだ……。『ヒノリョウヘイ』お前もその一人と自覚しろ……」
「あんたに名前で呼ばれるのは初めてだな」
今までは『赤の竜』としか呼ばなかったアーサーが、諒兵の名を呼んだ。
それだけで十分に、アーサーが諒兵を認めたことが理解できる。
「ゆっくり寝てろ。目え覚ましたころには、のんびり生きられんだろ」
「期待せずに待とう……。では頼む……死者の守り手よ……」
『気づいてましたか。今はその秘密を抱いて眠っていてください』
死者の守り手と呼ばれたメーちゃんは、動じることも泣くアーサーを深い眠りに就かせたのだった。
日本に向けて孔を開け、アーサーを運び込む。
その間、琉璃架は。
「おーろーすーのーじゃぁーっ!」
「黙ってなさいな。ライラさんを困らせたくありませんから」
麗佳の髪の毛で縛り上げられ、宙に持ち上げられていた。
それはともかく。
「残るのかバトラー?」
「ほっほっ、まだまだ若い者には負けませぬぞ」
戦闘態勢だったのか、肩から先が竜化したままの右腕を見せつつ、いつものように笑う。
だが。
「無理はよくありません」
「ほっ?」
「諒兵君」
「ああ、やっぱそっか」
そう言って、明の言葉に従うように諒兵がバーナードの右腕を軽く小突くとガラガラと音を立てて崩れる。
「バトラーっ?!」
「気づかれていましたか。お恥ずかしい」
「器用な真似をなさいますね。お爺さん」
明がそう評価したように、バーナードは破壊された腕の代わりに金属の鱗で義手を作るという器用なことをしていた。
もっとも、簡単に崩れてしまったところからもわかるように張りぼてに過ぎない。
戦闘の役に立つはずがなかった。
「……『ジズ』なのですか、ミスター・アーキン?」
「不覚を取りましてな……」
アーサーにウィルスを打ち込んだ『ジズ』を殺すため、容赦なく毒を注入しようとしたバーナードだが、逆にブレスで腕を破壊されたという。
「バトラーが避けきれないほどなのか?」
「……『ジズ』はウィングフィールド卿です。ライラお嬢様」
「まさか……」
「知ってるのライラ?」
「……私も何度か稽古を付けてもらったことがある。日本に行く前のことだが」
アーサーに憧れるようにドラゴン・ナイツに入ったオリヴァー・ウィングフィールド。
その男が『ジズ』となった。
信心深く、正義感が強い。そして実力も一線級と、かなり評価の高い龍機兵であったとライラは説明する。
「ドラゴン・ナイツではトップクラスの実力がありました。ご主人様の後を引き継いで騎士団戦闘部隊の隊長にもと考えられておりましたぞ」
「それは相当なものですね」
「井波の旦那みたいな感じになるとこだったんか……」
感心する明の言葉を受け、諒兵がそう呟く。
確かにポジション的には、龍機兵団の戦闘部隊隊長を務めていた誠吾と同じと言えるだろう。
「確かに以前のウィングフィールド卿は、セイゴ・イナミ殿を好敵手と見ておりました。今は……」
「今は?」と鈴が先を促すと、バーナードはしばらく言葉を探した末に呟くように答える。
「張りぼてのようですな。口調も性格もウィングフィールド卿なのですが、芯が失われておりますゆえ」
「他の連中もそんな感じだったな……」
「諒兵くん?」と麗佳が尋ねる。
「強えし、全員性格とかは別だったけどよ、なんか根っこのところは全部同じもんに感じた」
「同じ?」と、ライラ。
「同じヤツが別々の人形を動かして話してるような感じだ。正直、気味悪かったぜ」
ルイスもパーヴェルも、一見すると別人だ。
しかし、話していると何処か違和感があった。
見た目や性格はまったく違うのに、諒兵は何故か同じ印象を受けていた。
『それが『神の供物』です』
「メーちゃん?」と、鈴が問いかけると彼女は続ける。
『彼らは『騙る者』の代弁者。人としての意志はとっくに捨ててしまっています。わかりやすく言えば腹話術の人形です』
人として一番大事な心の根っこの部分を、神の僕になることで捨ててしまった者。
それが『神の供物』であり、今はただ『騙る者』の意志を実行するだけの機械に過ぎないという。
「哀れですな……」
『そうですね、バトラーさん。ある意味、龍機兵の中で一番哀れな存在です』
だが、だからこそ倒さなければならないという。
道具としての人生に、意味などないからだ。
「倒してやるさ。あいつらが崇める主ってヤツと一緒にな」
拳を固めて断言する諒兵に、その場にいた全員が肯いていた。
バーナードはまともに戦える状態ではないことで、あくまでアドバイザーとして同行することになった。
そもそも、一番の問題についてまだまったく触れていないのだ。
バーナードがいないと、次の行動が決まらないのである。
それはつまり。
「此処にいるはずの魔王種はどこいった?」
「アーキンさん見つけたときも、近くに反応がなかったの。何か知ってるんでしょ?」
諒兵が、そして鈴が問いただしたように、この場にいるはずの魔王種『創界の王』が影も形もない。
近くにもいないのだ。
いったい何処にいったのか、気になるのは当然だろう。
「バトラー、『創界の王』は兄様が稽古をつけていたと聞いていたが、死にかけていた兄様を放っていくような恩知らずなのか?」
ライラが額に白い金属の鱗を生やしながら、問い質す。
返答次第なら、『創界の王』もまとめて倒そうという気概を感じさせた。
「そうではございませぬ。ご主人様がシン殿の背中を押したのです」
「えっ?」と、ライラのみならず、麗佳までもが不思議そうな顔を見せる。
「……『創界の王』の力を持つシン殿には妹御がおられましてな。一緒に保護していたのですが、この混乱で逸れてしまい、行方が知れませぬ」
「じゃあ、ソイツは妹を探しに行ってるのかよ?」
「シン殿は某めと共に、ご主人様を守っておりました。ですが、妹御、アユ殿はまだ幼い。心配でならなかったはず。その気持ちを汲み取ったご主人様が『行け』と背中を押されたのです」
「妹想いの優しいお兄さんなのですね」
そう言って、明が爽やかに微笑むが、琉璃架が見事に台無しにしてくれる。
「シスコンは兄キャラの基本じゃからの」
「待て。私の兄様まで巻き込むな」
実のところ、あまり外れていないのだが、兄アーサーの尊厳を守るためにライラが必死に突っ込んでいた。
いずれにしても、『創界の王』が悪人ではないことは理解できた。
そしてアーサーをとりあえず保護できた今、やるべきことは決まっている。
「お前ら、爺さんが顔覚えてんだろうから、その妹ってのを探せ」
「それがいいかも。妹さんを保護できれば、その人も安心するだろうし」
諒兵がそう意見すると、鈴が納得したように肯いた。
だが、ライラは逆に引っかかるものを感じたらしい。
「というか、その言い方だと私たちだけに行けといっているようだぞリョウヘイ」
「あー……、トイレだ。済ませてから追っかける。俺の鱗持ってけ」
「「「ばかっ!」」」と、鈴、ライラ、麗佳が顔を真っ赤にして声を揃える。
「カッコつかんヤツじゃの」
対して、琉璃架は呆れた顔を見せた。
仕方なく、諒兵を置き、一行はその場を後にする。
そんな仲間たちを見ながら、諒兵は明に声をかけた。
「明、急いで見っけろよ」
「はい。気をつけてください」
「……頼みましたぞ」
諒兵の言葉に、何故か明とバーナードはそう答え、そして離れていく。
そして数分後。
「お前が『赤の竜サタン』か」
「俺の名前は『日野諒兵』だ。おかしな名前で呼ぶんじゃねえ。お前は何てんだよ?」
「俺は『佐倉真』だ。『創界の王』ってヤツらしい」
「何の用だ?」
「恨みはないが、『ヤツ』の言うとおり、俺の『竜の血』が叫んでる。お前を倒せと」
闇色の髪に燃えるような赤い目の少年が、竜化した手に漆黒の両手剣を持って現れたのだった。




