10話「『大逆の天』と『赤の竜』と二人の少年」
広利城塞から三時の方向、つまり東に二十キロ飛ぶと、其処は緑豊かな草原だった。
驚くことに、乳牛や肉牛が放牧されており、平和そのものの光景が広がっている。
「驚いたな……」と、諒兵が思わず呟いてしまうほどに、其処は別世界と言ってもいいくらいだった。
「此処は、私が整えた放牧地なのですよ。私の鱗を埋めて微弱な結界を張ってあるので、余程お腹を空かせた竜でない限り、伝承竜でも滅多に入ってはきません」
「あなたが此処を創ったというのっ?!」
さすがに麗佳も驚いたらしく素っ頓狂な声を上げてしまう。
だが、九垓以外の者たちは、麗佳同様に驚きを隠せなかった。
「何故だ?」と、ライラが問い質すと明は事も無げに答える。
「私は素晴らしい世界が欲しいのです。そのために世界を良くするのは当然でしょう?」
物も自然も豊かで、誰もが満ち足りている世界。
明はそれを手に入れたいと平然と言ってのけた。
そのために世界を良くする努力をするのは苦ではないと。
『確かにあなたは『貪欲の化身』ですね。誰も彼も満ち足りるなど、まず不可能ですよ?』
「でも、挑戦もしないで諦めるのは、好きではないので」
無謀なことを言いながら爽やかな笑顔を見せる明に、少女たちは絶句してしまう。
だが。
「面白えな、お前」
「そうですか?」
「どんなことだってやってみなきゃわかんねえ。壁にぶつかったら、そんとき何か手え考えりゃいいだろ?」
「同感です。私は理屈をこねるのは好きではないですし」
「計画が上手くいく保証なんざねえからな。結局何だろうがいきあたりばったりさ」
「面白そうとか、やってみたいと思ったことをやってみて、失敗したら悩めばいいと思いますね」
どうやら本質的には似たモノを持っているらしい。
わかりやすく言えば馬が合うのだ。
そのせいか、明はきっぱりと言い切った。
「最初は『竜の血』が敵だと感じさせましたが、あなたとは仲良くなれそうです」
「ま、俺もお前みたいなヤツは嫌いじゃねえよ」
そう言って諒兵と明はニッと笑う。
だが、少年たちの会話に少女たちは呆れ顔を隠せなかった。
「絶対、二人とも女を苦労させるタイプだと思う」
「同感だ」
「困ったことにちょっとカッコいいのよね……」
「メンドーな男どもじゃのう」
傍にいる少女たちにとっては、迷惑なことこの上ないのだ。
ただ、麗佳の呟きどおり、魅力的な面もあるせいで、離れがたくも感じてしまう。
もっとも。
「問題児同士で意気投合してしまったようじゃなあ」
『先が思いやられますね』
いわば年長組と言える九垓とメーちゃんが揃ってため息をついていた。
とりあえず、九垓は重傷なので、すぐに日本に運ぶことにする。
諒兵が開けた孔から顔を出してきたのは、麗佳の龍玉ならば遠距離でもつなげられる凛那と智巳の二人。
「凛那っ!」
「はいよー、おにーさんたち運んでくれる?」
「了解した」
「俺はもうおじさんだがな」と、そう言って顔を出してきたのはロドニーと義隆だった。
九垓が重傷だという連絡を受け、担架を用意してくれていたらしい。
「すまんのう。世話になるぞい」
「その姿で気にされても困るのだが。王老師」
「丈太郎たちは石となっておると聞くからのう。助言くらいじゃが少しは働くぞい」
「頼む。こちらは戦力不足だからな」
そんな会話の後、ロドニーと義隆はすぐに九垓を乗せて東堂家の屋敷内の一室へと運んでいった。
それを見送ってから凛那が状況を報告してくる。
「こっちはさっき『リヴァイアサン』が来たよ」
「何ですってッ?!」と、麗佳。
「いなみんさんが追い払ってくれたよ。問題ないから大丈夫」
「井波の旦那が戦ったのか?」
さすがに誠吾が戦ったとなれば、けっこうな大事になってしまうので、諒兵としても気になる。
だが、たいしたことはなかったと凛那は説明してきた。
ルイスはあっさり逃げていったというのだ。
さすがに真竜体まで化身できる誠吾と本気で戦うことは避けたらしい。
ただ。
「私が殺したかった……」
「気持ちはわかるが次の機会を待て」
「わかるのかよ」と、戦えなかったことが不満なのか、しょんぼりしている智巳を慰めるライラに、思わず突っ込む諒兵である。
また。
「放すのじゃぁーっ、日本に帰ってだらだらするのじゃぁーっ!」
「まだダメって言ってるでしょーがっ!」
孔に飛び込んで日本に逃げ込もうとする琉璃架を鈴が必死になって止めていた。
琉璃架の胸がぶるんぶるん♪と揺れるほどなので、本当に帰ってだらけたいらしい。
呆れた怠け者である。
次に。
「初めまして。円明です。明と呼んでくださってかまいません」
「あっちで胸揺らしてんのがマーラだったっけ。じゃ、アンタがヴォロマーティ?」
「そうなります。よろしくお願い致します」
そう言って礼儀正しく頭を下げる明を見て、智巳が尋ねた。
「けっこうやる方?」
「どうでしょうね?」
その答えで、明がかなり鍛錬を積んでいることを理解したらしい。
智巳は戦闘狂らしい笑みを見せてきた。
凛那としては、そのあたりにはあまり興味ないらしいが。
逆に明のほうは。
凛那と智巳の姿を見てから、麗佳のほうへを振り向く。
「この方々が東堂さんの親友ですか?」
「ええ、メイド姿の子が朝陽凛那、パンツルックの長身の子が智巳・ウッドワード。私とは長い付き合いになるわ。あと、呼び方は麗佳でいいわよ?」
麗佳がそう答えると、明は再び智巳と凛那のほうへと振り向く。
そして何度か確認するように肯くとさらに再び麗佳へと振り向いた。
「こちらの立派なおっぱいを持つお二方と友情を築くのは苦労したでしょう」
「OK、今、物凄く本気でブレスを撃ち込みたくなったのだけれど、人間体で受け止めなさいね?」
「止めてください、死んでしまいます」
「大丈夫よ。諒兵くんは受け止めてくれたわ♪」
「ちっぱい愛に溢れているような彼と一緒にしないでください」
「人におかしな性癖付けんなドアホ」
そんな漫才を見て、凛那が楽しそうに笑う。
余程ツボに入ったらしく、お腹を抱えるほどだった。
「おんもしろーい♪魔王種って楽しいねーっ♪」
「ただのエロ変人」
胸を見られるのがあまり好きではない智巳は、凛那とは逆に不満げな表情をしていた。
で。
凛那が人数分の大きな包みを出してくる。
明らかにお弁当とわかる包みだった。
「冬子さんから差し入れ。イギリス行く前に食べといたほうがいいよ」
「人数分あるのね」
「余計に作ってあったんだよ。いずれにしても連戦なんだから腹拵えしてけば?」
「そうね。とりあえず此処はそこまで危険ではないから、こっちでいただくわ。みんなもいい?」
「バトラーの言葉どおりなら、イギリスには『ジズ』がいるし、厳しい戦いになる。私は賛成だ」
麗佳の問いかけにライラがそう答えると、同意するように大半の者は肯いたのだが……。
「あたいはそっちで食いたいのじゃっ!」
「だからダメだと言ってるだろうっ!」
隙あらば日本に逃げ帰ろうとする琉璃架を今度はライラが止めていた。
完全に孔が閉じるまで琉璃架を抑えていた鈴とライラと麗佳は、無駄に体力を消耗してしまっていた。
「何故じゃぁー、早く帰りたいのじゃぁー……」
「わりと本気で冬子さんに感謝したい。めっちゃお腹空いた……」
落ち込み、嘆く琉璃架の隣で鈴が疲れた声でぼやくと、ライラと麗佳も肯いた。
もっとも、話の流れからすっかり忘れていたのだが、明は日本に行く気はなかったのだろうかと諒兵は思いつく。
『そう言えば、誰も聞きませんでしたね』
(一応聞いとくか)
個人的には、思った以上に冷静に戦闘ができるので、イギリスには同行してもらいたいと思うが、九垓との関係を見る限り、彼の傍にいたいと思っているのではないかと考えられる。
ならば、無理に同行させる気はない。
「お前はいいのかよ。このままだと一緒にイギリスに行くはめになるぜ?」
「正直に言えば複雑なんですが、行かないというのも気に入らないのですよ」
「んあ?」と、諒兵が聞き返すと、明はまず複雑と言った理由から説明してきた。
「まだ、この地を離れたくないという思いがあります。ここまで良くしてきたという愛着があるので」
『確かに、この場所は驚きましたね。エキドナの理想に近いかもしれません』
そう言ってメーちゃんがポンッと姿を現した。
そんな彼女の言葉の真意を知りたく、諒兵が尋ねる。
「そうなのかよ?」
『人の手が入りつつ、でも、不必要に全て人工物にはしていません。だから、人も動物も落ち着けるんじゃないですかね』
「そう言えば、あなたのことをまだよく聞いてませんね?」
『メーちゃんはメーちゃんです。それ以外のどんな美女でもありませんよ?』
メーちゃんの言葉を聞き、明は苦笑し、諒兵は頭を抱える。
微妙なところで美女だと言い切るあたり、イイ性格をしているとしか言えないメーちゃんだった。
「そう言うがの、ある程度のインフラ整備は必要なのじゃ。ネットも何もできん環境はつまらんのじゃ」
「その点は同感かも」
と、鈴が琉璃架の意見に同調する。
実際、電気もガスも水道もなく、まともに通信もできない環境では、生活が大変な上に、今の時代では楽しみが何もないとしか言いようがない。
はっきりそう言われてしまうと、ライラや麗佳も同意見だった。
だが、メーちゃんはあっさりと否定してくる。
『だからこその居住区なんだと思いますよ。人が暮らす場所を限定しつつ、その中の環境は今の時代に合わせてるんですから』
「勢力圏ってことか……」
『はい。生活できる場所以外のところまで自分たちの領域としていることが問題だと、エキドナは感じたんですよ』
明が作った放牧地は牛たちのためだけではなく、普通の動物たちはおろか、古竜まで空腹なら入ってくる。
その中で起きる生存競争。
つまり食べるための殺し合いは否定できないと明自身が考えているからだ。
それを否定しようとすれば、大きな歪みとなって破壊が起きてしまう。
ある程度は受け入れる。
全て自分の思い通りにしない。
その寛容さこそが、人が生きる上で一番大事なものではないかとメーちゃんは説明してくる。
『あなたは素晴らしい世界が欲しいと言いましたね?ヴォロくん』
「呼称を直すつもりはありますか?」
『ありません』
どぎっぱりと言い切ったメーちゃんに苦笑いしつつ、明は彼女の言葉に肯いた。
『でも、あなたは具体的には何も言っていなかった。無論、あなたの理想はあるのでしょうが、別の考え方を否定しないのでしょう?』
「そうですね。私の考えが全て正しいとは思いませんから」
『其処は決して否定できない部分です。あなたの持つ『貪欲』さは、ある意味では寛容とも言えます。相手や世界を型に嵌めたがっているわけではありませんから』
様々な存在の意志が入り混じり複雑に構成された上で、素晴らしいと言えるようなより良い世界が欲しいと明は望んでいるのだ。
それは、一つの考え方としてアリかもしれないと言える。
『どんなものであっても、欲しいと思ったものが欲しい。それが『貪欲』です』
「そうなると、円くんの考えもあっていいわけ?」と、鈴が尋ねると、メーちゃんは肯いた。
『この場所を見れば、否定はできないでしょ?』
「……そうね。いい場所だわ」
「落ち着ける場所になっているな」
麗佳が、ライラがそう感想を述べると、鈴も琉璃架も複雑そうな顔をしつつも肯く。
諒兵は別に何とも思わないのだが、ただ、此処を壊したいとは思わなかった。
『あなたたちは龍機兵なので余計にそう思うでしょうね。でも、普通の人でも此処に強烈な嫌悪感は感じないと思います』
「まあ、そうじゃろな」と、琉璃架が肯く。
『この場所は、未来を考える上での一つの答えになるかもしれません。居住区以外にこうした場所を増やしていくことは間違いではないと私は思います』
「そう言っていただけると光栄ですね」
『そして、それだけの場所を創ったあなたが、此処に愛着を持つのは当然でしょうね』
「そういや、そんな話だったか」
メーちゃんが口を出してきたことで、明がこの場所に愛着を持つ理由を語るのが長くなったが、納得はいった。
そうなると、『行かないというのも気に入らない』という言葉の意味が気になってしまう。
「自分の場所は自分で創ればいいと思いませんか?」
「思うぜ。お前が創ったとこが俺に合ってるとは限んねえし」
「ですが、古竜を操っている『敵』は私が創った場所を横から掻っ攫おうとしたのです。それが気に入りません」
「なるほどね。『騙る者』が、円くんの場所を襲ってきたことに怒ってるんだ?」と鈴が尋ねると明は肯いた。
「操られた古竜は有無を言わさずに襲いかかり『広利城塞』を乗っ取りました。幸い、此処はまだ入ってきていませんが、私が今日まで暮らしてきた場所を奪われました。それは倒すには十分な理由でしょう?」
「だな。生きてく場所は大事なもんだしよ」
「私もそう思います。だから君たちに同行します。まずは『ジズ』とやらに痛い目に遭ってもらいましょう。老師を襲った者は、そのあとに思い知らせます」
どうやら明は九垓が重傷になったことに対し一番悔いており、かつ、一番怒りを感じているらしい。
『騙る者』は明の逆鱗に触れていたのだ。
琉璃架と違って、心強い仲間ができたと一同は思う。
そんな明は、何故かいきなり無駄に爽やかな笑顔で琉璃架に声をかけた。
「藤波さん、おっぱいを揉ませてくれるなら、イギリスではあなたをおんぶして歩いてあげますよ?」
「なっ、何て魅惑的な提案をするのじゃ外道っ!」
「「「アホな提案するなッ、そして悩むなッ!」」」
ちっぱいな少女たちがアホな漫才に突っ込む姿を見て、諒兵は一人頭を抱えてしまう。
「きゅいっ!」
「励ますな。マジで悲しくなる」
頭を撫でてくるアウェンティヌスの行動に対し、諒兵は力なくそう呟くだけだった。
次の行動を決めた一行は、今のところ古竜が来ないということで、この場で食事をする。
さすがに食べやすく、消化しやすいものでまとめられており、冬子がこちらを気遣ってくれているのがよくわかった。
「戻ったらまた厨房手伝わないとなあ」
そう言いながら鈴が冬子お手製のお弁当を食べ進めていると、琉璃架が尋ねかけてくる。
「おんし、料理するのかの?」
「リンはもともと食堂勤めだったそうだ。美味しい料理を作ってくれるぞ」
「そう言えば、エキドナにも作ってほしいって言われてたわね」
「元気になったら作ってあげたいかな♪そう言えば、麗佳さんは料理作るんだっけ?」
「人並みよ。ただ、お菓子作りには自信があるわ」
「何とっ?!」と、思わず琉璃架が口を挟んでくる。
見た目がまさにお嬢様である麗佳なら、料理は使用人任せだろうと思っていたようだ。
相当、意外に感じているらしい。
「エキドナのために作ってて覚えたのよ。たいていのスイーツなら作れるわ」
「うわお。食べてみたい♪」
「是非、食べさせてほしい」
「あたいにも作るのじゃっ!」
「日本に帰ってからよ」
と、麗佳は苦笑しているものの、まんざらでもないらしい。
こういう話自体、なかなかできるものではなかったので、麗佳としても楽しみなようだ。
そんな光景を眺めつつ、明が感想を述べる。
「いいですね。華やかで」
「のんびりしすぎてる気がしねえでもねえけどな」
それでも、こういった時間こそが守るべき日常でもあると諒兵は思う。
次に行くべき場所には、ロシアで戦った『ベヘモト』ことパーヴェルと同じ『神の供物』がいる。
敵が逃げるか、倒しきるまで戦いは終わらないだろう。
また、ライラは実兄であるアーサーにウィルスを打ち込まれており、今は気にする素振りは見せないが、内心では心配なはずだ。
早々に決着を付けたい。
だから。
「力借りるぜ、明」
「力を尽くしますよ、諒兵君」
そう答えてくれた明に、諒兵はニッと笑うのだった。




