9話「雷雲と炎と『貪欲の化身』」
再び時間は少し戻る。
ロシアから中国へと孔を開けた諒兵は、一番にその島、すなわち海南島に足を踏み入れた。
直後。
裂帛の気合いと共に竜化した腕を振るい、炎を放つ。
「諒兵っ?!」
「気い抜くんじゃねえ。大層なお出迎えだぜ?」
その行動に、思わず叫んでしまった鈴の声に、諒兵はそう答える。
眼前には、古竜の群れが雄叫びを上げるという、戦場ならではの光景が広がっていた。
「鈴さんっ、九垓お爺様を探してくださいっ、ライラさんっ、琉璃架さんっ、竜化して迎撃をッ!」
「うにゃー、いきなりメンドくさいのじゃー」
「死にたくなければ戦えッ!」
麗佳の指示に不満を漏らす琉璃架に対し、すぐに竜化し、白いピストルを連射するライラ。
まさかいきなり戦場のど真ん中に飛び込むことになるとは思わなかった一行だが、古竜程度に怯むようなメンバーではない。
ただ、伝承竜の力を持たない龍機兵も古竜の群れの中にいるということが、全力攻撃をさせない抑止力となっており、戦いにくいのだ。
「リンっ、区別できないかッ?!」
「数が多すぎるのっ、選り分けてられないわッ!」
「ダメージを与えて追い払うようにしましょうッ!」
区別できないわけではないが、この状況で龍機兵のみ手加減するというのは幾らなんでも難しすぎた。
そのため、できるだけ即死攻撃はしないように心がける。
「手足の一本もげたくれえじゃ、ガタガタ言わねえだろ?」
「そりはさすがにお前だけじゃないのかの?」
『諒兵はワイルドですねえ』
「ワイルドというより大雑把なのよ」
諒兵の言葉に突っ込む琉璃架。
感心するメーちゃん。
其処に突っ込む鈴。
見事な三段オチである。
もっとも冗談を言いつつも、やるべきことはやっている。
鈴はすぐに、少し離れた場所にある要塞のような建物の中に、強力な伝承竜の存在を見つけた。
しかも。
「これかな?黄龍だから間違いないかも」
「其処までわかるの鈴さんっ?」
はっきりと九垓の竜の力である黄龍、ホァンロンの存在を特定したのだ。
まさか、其処までとは麗佳が驚いてしまう。
だが、ちゃんと理由があった。
「いや、鈴がもともと紅龍だからだろう。伝承が近いから判別しやすいんだ」
『ですね。シェンロン型同士でもありますし』
「そういうことなのね。親戚みたいなものなのかしら?」
『そう言っても差し支えありませんね』
そうメーちゃんが答えたように、近い伝承を持つ竜同士は親戚ということができる。
その点で言えば、青竜の誠吾も同じシェンロン型で、しかも日本の竜伝承なので親戚と言っても間違いではないのだ。
もっとも、今論じるべきは其処ではない。
「黄龍の傍に大きいのがいるわ。うん、魔王種で間違いない」
「……『大逆の天』か」
「どんな感じなのじゃ?」
「何か、守ってるみたい」
「そうですか……」
少なくとも、『貪欲の化身』と呼ばれる魔王種の龍機兵は悪人ではない。
そう一同は感じ、安堵の息をつく。
ならば、すぐに合流して安全なところまで逃がすべきだろう。
「飛んでくか?」
「そうですね。古竜を倒しながらでは時間がかかりすぎますもの」
「合流を優先すべきだな」
諒兵の言葉に、麗佳やライラが同意する。
実際、この状況では合流を優先するほうがいい。
邪魔な古竜の群れがいるとはいえ、このメンバーなら飛んで戦っても負けることはない。
空においては最強たる天空の覇者、すなわちグウィバーのライラがいるのだから。
「先行しよう。飛んできた古竜は私が叩き落す」
「お願いします、ライラさん」
そう言って麗佳がライラに頭を下げると、其処に琉璃架が口を挟んできた。
「あいきゃんふらいじゃなっ!」
「それ別の意味になっちゃうでしょっ!」
いわゆるネットスラングにおいて、あまりいい意味ではない言葉である。
「……うるせえなあ……」
『苦労しますね、諒兵』
「お前が一番、頭痛えんだかんな?」
姦しい娘たちに呆れる諒兵だが、一番の悩みの種は自分の龍玉の中にいたりする。
「きゅい……」
「お前に気い遣われると妙に堪えるな……」
心配そうに見つめるアウェンティヌスに思わずマジメに答えてしまう諒兵だった。
中国、海南島、法行竜人隊基地、『広利城塞』最上階。
左腕と両脚を失った姿の老人と、額から頬にかけて金属の鱗を生やし、頭からいわゆる龍の角を伸ばしている少年がいた。
「雲よ」
少年がそう呟くと、部屋の周囲を覆うように雷鳴を轟かせる雷雲が現れ、獣の如く顎を開き、雄叫びを上げる古竜の侵攻を阻む。
『大逆の天』ヴォロマーティは、非常に大きな雷雲を操る能力を持つ竜であり、少年はその力で自分と老人を守っていた。
「訓練が役に立ったのう……、円明……」
「はい。でも、すみません老師。もっと良いものを食べていただきたかったのですが」
「この状況では贅沢は言えんわい」
老師と呼ばれた老人、九垓は苦笑いしながら明の言葉にそう答える。
突如、天空から降り注いだ黄色い光。
それは明を狙って放たれた攻撃だと九垓は直感し、とっさに成竜体に化身して明を庇った。
其処には傲慢もあったのかもしれない。
成竜体でも、九垓は龍機兵たちの中でも最強クラスの存在だ。
そんな自分の身体を破壊するほどの攻撃など、そうはないのだ。
だから問題ないと思っていたのだが、予想に反して黄色い光の攻撃は自分の身体を半壊させた。
両腕両脚は失われ、胴体や頭まで損傷を受けるほどだったのだ。
明がすぐに九垓を運び、軽く食事をさせたことでようやく右腕を生やすところまで回復できたのである。
「お前には苦労をかけるのう」
「お父っつぁん、それは言わない約束でしょ?」
「ネタが古過ぎじゃぞ」
「老師は立派に老人ではないですか」
微妙に緊張感がない二人である。
だが、状況ははっきり言って最悪である。
野良の古竜ばかりか、龍機兵たちで伝承竜の力を持たない者まで操られるように襲ってきたのだから。
しかも、法行竜人隊には、伝承竜の力を持つに至れる者がまだ出ていなかった。
あと少しというところまできていた者はいたが、手に入れる前に事態が急変してしまった。
結果として、まともに動けるのは九垓と明のみとなってしまったのだ。
「先ほど、アメリカの方々から教えていただいたことを考えると、これは敵の攻撃なのですね?」
「じゃろうのう……」
「エキドナとやらではないと言っていましたが……」
「感じていたのじゃ」
「何をですか?」
「わしらを見る目が二つあったのじゃ」
「二つ?」と、明は首を傾げる。
どうやら九垓は、他の龍機兵たちと違い、何か深いところで感じていたモノがあったらしい。
最強と呼ばれるのは伊達ではないのだろう。
「一つはわしらを放任する目、もう一つは監視する目があったのじゃよ」
「放任……、監視……」
「放任はエキドナじゃろう。よく言えば自由を与える意志があった」
「でも、言い換えると何をしても責任は自分で取れということですね」
「そうじゃな。そして今襲っておるのは監視じゃ。真っ当に生きよという意志がある」
「それを言い換えると、少しでも外れた者は排除するということですか……」
どちらにしても、行き過ぎれば人を苦しめることになる。
エキドナは極端であることを自覚していたが、それでも普通の人々から見れば迷惑な面がある。
そして、今襲っている者もまた同じだ。
極端さが、この状況を作り出してしまっているのだ。
「どちらも極端じゃわい。中庸の道を取れておらん」
「バランスが悪いですね」
「それが人間なのかもしれんがのう……。いずれにしても、竜が解き放たれたかつての状況も、何者かが操る今の状況も人にとっては迷惑なだけじゃ」
生物は世界に生かされていると九垓は語る。
どんなに頑張っても、世界を創り変えるほどのことはできないという。
「人は今を必死に生きるしかないのじゃ」
「説教臭いですよ」
「年寄りじゃからのう」
と、九垓が苦笑いを見せるといきなり状況が変わる。
古竜たちが明が創り出した雷雲を集団で突破しようとしてきたのだ。
集団になることで、犠牲を出しつつ、本体を突っ込ませる考えなのだろう。
「くッ!」
「無理をするでないぞッ!」
だが、九垓は今のままでは戦うのは不可能だ。
そうなれば明が化身するしかない。
だが。
「なッ?!」
「何じゃッ?!」
ドガァンッという轟音を響かせて建物の天井が崩れ落ち、其処から『炎』が降りてきた。
「うおらあッ!」
雄叫びをあげた『炎』は、血のように赤い竜の拳を振るい、古竜をまとめて吹き飛ばす。
その姿に明は、自分の血が戦慄するのを感じ取る。
目の前に現れたのは、自分たちの敵だと感じたのだ。
そんな『炎』は、古竜の群れに睨みを聞かせたまま、声をかけてくる。
「邪魔して悪かったな」
「まったくです。これから私の華麗な逆転劇が始まるところでしたのにぃっ?!」
どおっという音と共に、明は倒れてしまう。
上から随分と軟らかい『者』が落ちてきたのだ。
そんな明のことを目の前の『炎』は目を点にして眺めていた。
明が『炎』だと感じた者、すなわち諒兵は眼前の光景を呆れた様子で眺めていた。
明の上に落ちてきた者、琉璃架は、ガバッと上半身を起こすと怒鳴り散らす。
「だから飛ぶのはめんどーなんじゃっ!あたいは慣れてないのじゃっ!」
「先に言えっ!」
「ていうか、見事に落ちたわねえ……」
「お爺様っ!」
続けて降りてきたライラは叱り、鈴は呆れ、麗佳は重傷の九垓に駆け寄った。
「姦しいのう」と、九垓は苦笑いを見せる。
だが、その姿は明らかに重傷どころではないケガ人だ。
ゆえに麗佳は眦に涙を浮かべてしまっている。
「ごめんなさいお爺様。もっと急いでくるべきでした……」
「ほっほっ、久しぶりに可愛い孫娘に会えたのじゃ。この程度、何とも思わんわい」
「すぐに日本に運びます。まずは養生なさってください。私の親友たちや仲間となってくれた人たちもいますから」
「すまんのう。厄介になるぞい」
「先生やアル兄様、おじ様やアーサー兄様は……」
「近くに敵がおったのじゃ。仕方あるまい。眠るはめになったあやつらの分まで助言くらいはするでの。まあ、あまり期待はせんでくれんかの?」
「いいえ、お爺様がいてくれるならばとても心強いです」
実際、九垓だけでも会話ができるというのは心強い。
この後、向かう予定のイギリスのアーサーも石化させなければならないのだ。
精神的な支柱がほとんどない状態と言える中、九垓だけでもいてくれるというのは心強いだろう。
そのためにも、すぐに日本に運ばなければならない。
「諒兵くんっ!」
「ああ」と、諒兵が答えるよりも早く、琉璃架の呆れたような声が聞こえてきた。
「……おんし、さっきからあたいのおっぱい思いっきし揉んでるのは何故じゃ?」
「これほど立派なおっぱいを揉むなというのは残酷だと思いますけど?」
「さすがにそこまで断言されると恥ずかしいのじゃ。というか、いい加減やめい」
「せっかくのチャンスですし、もう少しこの立派な感触を楽しみたいのですが」
楽しんでいる場合ではない、と、その場にいた一同の思いが一つになる。
というか、風紀的に非常によろしくない。
「さっさと離れればいいだろうっ!」
そう言って、ライラが慎ましやかな胸を持つ代表として琉璃架を立ち上がらせ、明から引っぺがす。
「助かったのじゃ。何と言うか、離れてはいかんような雰囲気を感じてしまったのじゃ」
「いや、アンタおっきいからって気安く揉ませちゃダメでしょ」
「気安く揉ませたつもりはないのじゃ……」
上に落ちたのは琉璃架自身の飛行能力が未熟だったためだが、落ちてきた琉璃架の胸を揉んだのは明自身の意志としか考えられない。
つまり琉璃架自身に非はないのだが、鈴の言葉に少しばかりしょげてしまう琉璃架である。
其処に。
「いえ、それだけ立派なおっぱいをお持ちなのだから、もっと胸を張りましょう。自信を持ってください」
「待てい。それだとあたいの価値がおっぱい『しか』ないみたいなのじゃ」
「安心してください。あなたの立派で大きなおっぱい『には』素晴らしい価値があります」
「フォローになってないのじゃっ!」
琉璃架が思わず突っ込んでしまうという稀有な光景がその場に広がっていた。
「オジイサマ?」
「……アレが『大逆の天』なのか?」
「無駄に爽やかに巨乳スキーをカミングアウトしたわねアイツ」
「すまんのう……。明は己の欲望に素直なのじゃよ」
慎ましやかな少女たちの言葉に、九垓が申し訳無さそうに謝る。
『なるほど、『貪欲の化身』だけはありますね』
「……『貪欲』ってそういう意味なの?」
メーちゃんの言葉に、鈴は思わず突っ込んでしまっいた。
とはいえ、琉璃架の胸『だけ』を称えた明の姿は、たしかに欲望に素直と言えるだろう。
だが、『貪欲の化身』たる魔王種というより、ただのラッキースケベな少年にしか見えなかった。
(頭痛え)
ちなみに、諒兵はギャグ空間に巻き込まれたくないため、ひたすら黙っていた。
すると。
『諒兵、古竜の本能が抑制されてきてます』
「んあ?」
『完全に操るつもりです。『赤の竜』の威圧でも抑えられなくなります』
「そういや、唸り声が強くなってきたな」
そう言って、一人だけギャグ空間から逃れた諒兵は、周囲の古竜が再び近づこうとしているのを感じ取る。
どうやら、敵はこのままおとなしく引き下がる気はないらしい。
ならば、と、諒兵はまず鈴に声をかけた。
「鈴、近くに古竜の群れがいねえトコあるか?」
「へっ?あっ、うんっ、探すねっ!」
「麗佳、爺さんは日本に運ぶんだろ?」
「あっ、はいっ!」
「ライラ、藤波を連れて飛んでくれ。あと、そのアホを見張ってろ」
「任せてもらおう」
「藤波、毒を撒き散らすなよ。こっちまでやられる」
「そもそも撒き方がよくわからんのじゃ」
「ダメじゃねえか」
力の使い方をほとんど理解していない琉璃架に、思わず突っ込んでしまう諒兵である。
そして。
「んで……、そういや名前聞いてなかったな。俺は日野諒兵だ。お前、名前は?」
「自分から名乗るとは意外と礼儀正しいのですね、サタン。私は円明。明でかまいません」
「人の名前間違えんな。サタンなんておかしな名前じゃねえよ」
「すみません。失礼致しました。では諒兵君と呼びますが、かまいませんか?」
「それならいい。お前は戦えそうだな。こいつらを吹っ飛ばして飛びてえんだが、爺さん抱えてられるか?」
「問題ありません。老師は私が守ります。私が欲しい世界に必要な家族ですからね」
はっきりと、真剣な眼差しでそう答えた明に、諒兵はニヤリと笑う。
おかしなところもあるし、かなり欲深さを感じさせることを言うが、男としてはなかなかの器の持ち主だと感じたからだ。
まあ、女性の大きな胸を素晴らしいと断言できるあたり、別の意味でもなかなかの器の持ち主かもしれないが。
それはともかく。
「私の雲の水分量を上げました。君の炎をぶつけてください諒兵君」
「んあ?」
「外側に爆発させます」
「なるほど、水蒸気爆発ね?」
「そういうことです」
さすがにこういった知識は麗佳のほうが上らしく、明の考えをすぐに読み取った。
水が高温の物質と接触することで起きる強力な気化による爆発現象を水蒸気爆発という。
その点でいうと、諒兵の炎は物質とは言いにくいが、そもそも火力が半端ではない。
水蒸気爆発を起こすだけの力は十分にある。
「君の炎が弱ければ消されるだけですけどね」
「上等だ」
陳腐な煽りだが、明には龍機兵としてそれだけの自信があるということなのだろう。
こういうタイプは嫌いじゃない。
「諒兵っ、三時の方向に二十キロ飛べば古竜はいないわッ!」
鈴が場所を探し出したことで、全ての準備は整った。
「うし、行くぜ」
そう呟いた諒兵は、竜化した腕から炎を噴き出し、周囲の雲にぶつける。
そして、凄まじい爆発音と共に、その場にいた全員が一気に飛び立った。




