6話「少年と少女たちと異国の者たち」
戦闘を終えた諒兵は驚くほどあっさりといつもの様子に戻った。
その理由を自覚してはいるが、口に出す気はない。
(鈴たちの声で引き戻されたとか言えるかよ)
ぶっちゃけ、こっぱずかしいのだ。
パーヴェルが逃げた今、ロシアに長居する必要はないし、琉璃架を日本に送ってしまえば、他にやることはない。
その後、すぐに中国に移動すればいい。
ならば、突っ込ませずに話を進めようと言い訳を考えていた。
だが。
「諒兵っ、大丈夫っ?!」
「身体に変調はないか?」
「ちゃんと人間体に戻れているの?」
さすがに鈴、ライラ、麗佳が心配そうな表情で駆け寄ってきた。
その後ろからだらーっとした様子で琉璃架も近寄ってくる。
諒兵のことが心配だというより、今、自分たちから離れることは得策ではないと考えたのだろう。
そんな少女たちを見ながら、ため息を一つついた諒兵は答えた。
「問題ねえ。あの野郎がくだらねえこと言いやがったからムカついただけだ」
「でも……」と、鈴たちは心配そうな表情のまま近寄ってくる。
それを見ながらため息をつき、諒兵は改めて問題ないと告げる。
「ちゃんと戻れてるから心配すんな」
「いんにゃ、戻れとらんじゃろ?」
そう口を挟んできたのは、遅れて近づいて来た琉璃架。
疑問形ではあったが、ほぼ断言するようなセリフに諒兵は訝しげな視線を向ける。
「戻れてるって言ってんだろ?」
「ほんじゃ、ソイツは何じゃ?」
と、琉璃架が指差したのは諒兵の右肩だった。
何か付いているのかと思い、視線を向ける諒兵の目に、おかしな存在が飛び込んできた。
「きゅいい?」
「何だこりゃあっ?!」
思わず大声を出してしまうほど、諒兵は驚いてしまう。
小動物のような声を出してこちらを見ているのは、ドラゴンというより龍に近い形状をした小さな赤い竜だった。
諒兵が驚いたままでいると、他の少女たちも呆然とその竜を見る。
説明してきてくれたのはメーちゃんだった。
『一本目というか、正確には二本目ですね』
「んだと?」
『あなたの、というか『赤の竜』の首の一つです』
『赤の竜』こと魔王サタンは七つの首を持つズメイ型の竜だ。
真竜体は七本の首が生えた炎の竜と化す。
諒兵自身の首が一本目になるので正確には二本目になるのだが、今、諒兵の肩にいるのは間違いなく一本目の『赤の竜』の首だった。
「かわいい♪」
「火でできているんだな。そこそこ熱い」
「意外とおとなしいわね」
「こんなもんが出るとか、つくづくハーレム系主人公じゃのう」
「待てコラ」
琉璃架の言葉に思わず突っ込んでしまう諒兵である。
もっとも、鈴、ライラ、麗佳の反応もおかしいと言えばおかしいのだが。
こういう状況だと意外とマジメなメーちゃんが説明を続けてくれた。
『それは一応あなたの分身ですから、自在に動かせますよ』
「どう使えってんだよ?」
『あなたから百メートルくらいは離れられるので、偵察とかに使ったらいいんじゃないですか?』
「あー、そういう使い道か」
『以前、自分の鱗で人形作ってましたけど、アレを与えれば戦うこともできるはずですよ?』
「意外と便利かもしれないな」とライラが感想を述べる。
確かに便利かもしれないが、何と言うか自分のキャラクターには合わない気がする諒兵だった。
「名前つけないとねっ♪」
「待て鈴、ペットじゃねえ」
「でも、ないと呼びにくくないかしら?」
「呼んでどうすんだよ」
「この先長い付き合いになりそうだし、大事にすべきだろう?」
「ただの分身だっつの」
「チビキャラのパートナーは大事じゃぞ?」
「マンガじゃねえよドアホ」
あくまで自分の分身なので、適当に動かせばいいだろうというか、むしろ普段は引っ込んでてほしい諒兵だったが、何故か少女たちは楽しげに名前を考え始めた。
頭を抱えたくなった諒兵である。
んで。
「アーちゃん?」と、意見を提示してきた麗佳の言葉に鈴が首を傾げた。
「アウェンティヌス、古代ローマ建国の礎になった七つの丘の一つよ」
「皇帝のほうではないのか?」
「人の名前はどうかと思って」
以前にも語ったが、七つ首の赤い竜、魔王サタンは古代ローマの七人の皇帝や、七つの丘を象徴しているという。
いずれにしても諒兵自身が一本目なのだが、それだけに人の名前よりは丘の名前のほうが無難ではないかと麗佳は説明してきた。
「古代ローマって有名な暴君もいるし、わりと微妙なのよ」
と、麗佳は苦笑した。
諒兵としては正直に言ってもう勝手にしてくれと言いたい気分だ。
「きゅいい?」
「何でお前に心配されてんだ、俺?」
首を傾げながら心配そうに自分を見る小さな竜に妙な仲間意識を抱き始めた諒兵だった。
そんな自分の分身であるはずのアーちゃんと共に諒兵がたそがれていると、いつの間にやら少女たちが次の行動を決めていた。
「んあ?」
「琉璃架さんは同行させます。このまま中国に向かいましょう」
「日本に行かねえのか?」
「戦力が必要なんじゃそうじゃ」
そうは言うものの、琉璃架は鍛錬も勉強も嫌いと言い切るような怠け者である。
ぶっちゃけ戦闘力はとても期待できない。
「今後を考えて鍛える必要もあるからな」
と言うライラのセリフを考えると、どうやら鍛錬させるために連れて行くということらしい。
「鍛錬するなら後回しにしたほうがいいんじゃねえか?」
実際、激戦区を回ることになるのだから、同行する者はできるだけ戦闘慣れしているほうがいい。
戦場を経験しているのがベストだが、訓練をしているならいいとは思う。
何しろ、琉璃架は『惑乱の根』ことマーラ。
手に入れた竜の力は、麗佳同様に凄まじいものがある。
だからこそ、今は大事に育てる時期ではないかと思う。
だが。
「……今、日本に送ると逆に怠けそうなの」
鈴の言葉に諒兵は首を傾げるばかりだ。
何と言うか、遠い目をしている姿が妙に哀愁を誘う。
もっとも、そんな鈴、それにライラや麗佳の気持ちなど、琉璃架は考えてくれないらしい。
「当然じゃろっ、あたいがロシアでどれだけガマンしてきたと思っとるんじゃっ!」
「ガマン?」
「日本のマンガやアニメが見たいのじゃっ、ラノベが読みたいのじゃっ、ゲームがやりたいのじゃっ、ちょーだらだらしたいのじゃあっ!」
「ダメ人間じゃねえかっ!」
きょちちを揺らして力いっぱいだらけたいと叫ぶ琉璃架に、諒兵は思わず突っ込んでしまう。
「食って寝て遊ぶのは人間の本能じゃっ!」
「威張って言うんじゃねえよっ!」
これが自分の同類たる魔王種だとは思いたくない諒兵だった。
「とにかく、すぐに中国に向けて道を開けてくれないかしら、諒兵くん」
わりと泣きそうな声で麗佳が言う。
諒兵以上に、琉璃架を自分の同類とは思いたくないのだろう。
『そうは言っても『赤の竜』以外は全員エキドナが生み出しましたからね』
「言わないでください……」
「大丈夫だ、ミス・レイカ。私たちは心の友だ」
「何があっても親友だからね、麗佳さん」
「ありがとう、二人とも……」
妙なところで友情が深まった三人娘である。
何処で、とは聞かないほうがいいと直感した諒兵は、素直に中国に向けて孔を開けるのだった。
時間は少し戻る。
日本の東堂家直轄区は東日本の某所に存在した。
もともと東堂家自体が東国武士の直系の子孫であり、その中でも商才に長けた者が大きくした家なので、地元ほど影響力が強いのである。
また、其処に住むのは、東堂財閥で働く者たちであり、今は日本各地の居住区を維持する役割も担っていた。
それはともかく。
直轄区の中心にある東堂家の屋敷にて。
「あい、りょーかい。おじさんとおにーさんたちにはそう伝えとくね」
今は本来のメイドとしての役割以外に、一般人と龍機兵の緩衝材としての役割も果たしている凛那が宙に向かってそう答えていた。
その様子を智巳が見守っている。
凛那は今、龍玉を使って通信していた。
「こっちは大丈夫。私がいるからねん♪」
「……」
「そこいら辺にはちょっかい出し始めてるっぽいから、爺様と相談して根回ししてるよ。さすがに居住区の維持や管理やってる東堂家には手を出しにくいみたいだけど」
「……」
「気にしないでいいって。それよりアーサーさんとこ早く行けるように移動しなよ。急がなきゃならないんでしょーが」
凛那がそう告げると、「ありがとう」と相手は最後にそう言って通信を切った。
一息ついた凛那が振り向くと、智巳が微笑んでいる。
「どしたの?」
「最後だけ私にも聞こえるように言ってきた」
「麗佳はそういうトコ細かいからねん♪」
いひひっと凛那が笑うと、智巳も微笑む。
麗佳との付き合いは長いだけに、彼女の性格はよく理解していた。
其処に。
「Hey、プリティガールズっ、此処にいたのかい?」
「通信していたみたいだけど、相手は東堂さんなのかな?」
そう声をかけてきたのは、アメリカでは見られなかった組み合わせの二人。
ウィルフレッドと誠吾だった。
「おっ、ちょうどいいや。麗佳から伝言。ロシアの子はこのまま中国とイギリスに同行するってさ」
「大丈夫なのかい?」と誠吾。
「相当な怠けもんだから麗佳たちが実戦で訓練積ませるらしいよ。日本に帰ったらとことんダラダラしたいとか言ってるらしいし」
凛那がそう答えると、誠吾もウィルフレッドも困ったような顔をしてしまう。
「まさに『堕落の化身』だって」
「いや、其処で『まさに』とか言われても……」
智巳がドヤ顔で言うので、誠吾は余計に情けなく感じてしまう。
確かに堕落という言葉が合っているのだろうが、この状況で怠けられても困るのだ。
「Oh no……、魔王種は一癖あるボーイズ&ガールズってわけかい」
「みたいだねん♪」
「何か、残りの二人がどんな子なのか不安になってくるよ……」
中国にいるという『大逆の天』
イギリスにいる『創界の王』
どちらにしても問題児な気がしてならない誠吾である。
「言っちゃ悪いんだろうが、問題児だからなのかもしれんからな」
そう言って声をかけてきたのは義隆だった。
苦笑を浮かべているのは、話が聞こえてしまったからだろう。
「春馬さん、会議してたんじゃないんですか?」
「俺は休憩だ。ジョンソンは東堂会長と共にアメリカ政府と会談してる」
「What、プレジデントが何か言ってきたのかい?」
「逆だ。東堂会長がアメリカの龍機兵をこのまま放逐するようなら、支援を打ち切ると伝えたのさ。だから向こうの政府が慌てて今後の基地運営について政府の方針を伝えてきた」
「それは……」と誠吾は再び苦笑する。
会談ではなく脅迫と言ってもいいだろう。
もっとも、この程度の駆け引きは民間レベルでもやっていることなのでたいしたことではないが。
「中国、イギリス、ロシアにも伝えてあるそうだ。各国政府としては、今の状況を利用して国内から竜を一掃したいらしいが……」
「できますか?」と、誠吾。
「できる者がいるようだが、むしろその方が脅威だからな」
「だろうねん。その気になれば世界征服できるよ」
義隆の説明に対し、凛那が適切な言葉を付け加えた。
実際、古竜を操れるだけでも相当な脅威なのに、野良の伝承竜すら操ることができるとなれば、最強の戦力を独り占めできるということになる。
そんなものに対抗する力を持つ国など今はないのだ。
ならば、世界そのものを手に入れられるということになる。
「楽しいとは思えないけど」
「You’re right、世界はごった煮だから面白いもんさ」
呆れた様子の智巳の言葉に、ウィルフレッドも同意する。
世界を征服して、その後どうするのか。
そこまでを考えた征服者がいただろうか?
いまだかつて誰も成功していないのは、世界征服のその先を見据えた者がいなかったからだろう。
ゆえに、世界征服とは、この世でもっとも意味がない行為なのかもしれないと、その場にいた全員が思う。
「そんなことを考えても仕方がない。問題は蛮場の言葉だ」
「……日野君の『敵』が、日本にいるということですね?」
「That's right、ドクターははっきりそう言ったぜ」
丈太郎の言葉だけではない。
現在、竜が日本に集結しつつあることを考えると、メーちゃんが『騙る者』だと説明した強力な力を持つ何者かが、日本にいるのは間違いない。
「何を考えているのか知らんが、少なくとも俺たちを快くは思っていないだろう」
「私たちにとっても敵?」
「考えたくはないけどね。竜を操る『騙る者』は、竜を兵器として見ている可能性が高い。反抗的な兵器なんて目障りなだけだと思うよ」
智巳の疑問に答えた誠吾の言葉は本音であった。
実際、他の者たちと違って、操られる様子がない自分たちのことを、竜を操る何者かは疎んじていてもおかしくない。
だからこそ、敵が大戦力になりつつある今、仲間は一人でも増やしておきたいのだ。
それでなくても、丈太郎やアラステア、ローベルトにアーサーは既に完全な戦線離脱が決まっている。
辛うじて九垓がいるが重傷だ。
経験の少ない者や年若い者たちだけで、この難局に立ち向かわなければならない。
それでも。
「僕たちは兵器じゃない。心がある。だからこそ竜に立ち向かう力を手に入れたんだ。それを否定されたくはないよ」
そう告げる誠吾に対し、義隆や凛那、そして智巳が真剣な顔を向ける。
「Youは意外とHotだねえ。頼りにしてるぜ?」
「ははっ、頑張ります」
陽気に笑うウィルフレッドに対し、誠吾は照れくさそうに笑うのだった。
東堂家の屋敷の地下室に、今は四体となった石像が横たわっている。
かつては人として、そして龍機兵として生き、戦ってきた者たち。
つまり、エキドナ、アラステア、ローベルト、そして丈太郎だった。
そして丈太郎の傍には。
「ばか……。生きてたからよかったけど、そんなんじゃ話もできないじゃないか……」
冬子が泣きそうな表情で丈太郎の石像を見つめ続けていた。
彼女を含め、兵団詰所の職員たちで希望した者は東堂家の屋敷で働かせてもらっていた。
屋敷に匿われた龍機兵たちの食事作りということで仕事にそれほどの変化はない。
ただ、一般人の中には龍機兵を恐れる者がいる。
まして、日本は今、竜が集まってきているのだ。
パニックになってもおかしくない状況なので、冬子たち職員の存在は龍機兵を匿う直轄区にとっては重要だった。
もっとも、日本に集まってきている竜たちは、何故か一般人は襲わないのだが。
それでも緩衝材の存在は重要なので、詰所にいたときと変わらない給料と身の安全を保証されていた。
とはいえ、冬子が此処に来た理由は丈太郎が死にかけたという話を聞いたためなのだが。
「鈴やライラたちに縋るしかないなんてねえ……」
竜の血を呑めば、自分も戦う力になれるだろうが、丈太郎がそれを望まない。
冬子には人のままでいてほしいと丈太郎が望んでいることを冬子は理解している。
だから人のままで、でも、傍にいる。
傍にいることだけは譲らない。
「早く目を覚ましとくれ。今度は何処にも行かさないからね……」
そう呟いた冬子の耳に、足音が聞こえてきた。
恐る恐るというか、おどおどとした様子で、地下室の扉から二十歳くらいのメイドが覗き込んでくる。
「あっ、あのっ、浅海さんっ、そろそろ皆さんのお食事を……」
少し緑がかったような色の黒髪のセミロングのウェーブヘアで、やたらとスタイルだけはいい童顔の女だった。
「ああ。わかったよ。呼びに来てくれてありがとね」
「いっ、いいえ……」
「怯えなくても此処にいる連中は何もできないよ。なんせ石像になっちまってるからね」
そう答えて、何事もなかったかのように、冬子は地下室を出る。
「アンタも大変だね。濱田さん」
「あっ、いえっ、大丈夫です。あと、名前でいいですよ。苗字で呼ばれるの、慣れてないので」
「小夜さんだっけ?なら、アタシのことも冬子でいいよ」
「あっ、はいっ、冬子、さん……」
メイドの名前は『濱田小夜』
東堂家に仕えるメイドの中でも、わりと長く働いているため年長組に入るので、一応は凛那の先輩に当たる。
もっとも、気が弱く上がり症であるため、メイドとしての能力は凛那のほうが上だったりする。
そんな彼女は前を歩く冬子の背を見て思う。
(怖くないのかな。バケモノなのに……)
小夜は、龍機兵や竜を恐れるごく普通の一般人だった。




