5話「怒りと炎と『赤の竜』」
諒兵とパーヴェルの戦闘を見ていた鈴、ライラ、麗佳のちっぱい三人娘ときょちちの琉璃架。
「何か失礼なことを言われた気がする」
「ああ、物凄くイラッとしたな」
「奇遇ね、私もよ」
「おかしな電波でも受け取っとるのか、おんしら」
思わず突っ込んでしまった琉璃架に、気を取り直して麗佳が声をかける。
「蛇や鱗は引っ込められる?」
「できるが、それがどうしたのじゃ?」
「なら、引っ込めておきなさいな。そのままだとお腹が空くわよ?」
いずれにしても、あの戦場に介入するのは難しい。
そうなると竜化したままでいるのは、無駄にエネルギーを消費することになる。
さすがにそれが理解できたのか、もともとやる気がない性格のためか、琉璃架は素直に人間体に戻った。
その姿を見て一息つくと、全員が諒兵とパーヴェルの戦闘に目を向ける。
そしてライラが口を開いた。
「正直に言って予想外だ」
「……アイツ?」と、鈴。
「ああ。軍人としても龍機兵としてもかなりの高レベルだ。倒すとなるとリョウヘイも含めて全員で戦術を練る必要がある」
「そうね。『ベヘモト』の力をかなり扱えてるわ」
ライラの意見に麗佳も同意してきた。
まだ成竜体の姿ではあるが、実力は間違いなく一線級だろう。
ロシアでも指折りの実力者であったことは間違いない。
「アイツはもともと軍人じゃからな。軍でも『リョート・チェロベーク』、日本語じゃと『氷人間』の異名を持ってたとおっさんから聞いた」
「ぴったりかも。諒兵とは対極っぽい」
実際、戦闘を見ているととにかく嫌味なほど冷静なパーヴェルに対し、熱くなりつつある諒兵が立ち向かっているという印象だった。
「諒兵くんが負けるとは思いたくないけれど、劣勢になったら私たちのブレスで『ベヘモト』を吹き飛ばしましょう」
「怒んないかなあ?」と、鈴。
「そのときはわかるまでじっくりお説教するわ。まだ次があるのよ?」
麗佳の言うとおり、中国にもイギリスにも行かなければならないのだ。
其処までワガママは聞いていられない。
ましてや、諒兵が倒されたら鈴たちはノヴォシビルスクに放置されてしまうし、アーサーや九垓も助けられない。
其処まで言ってわからない諒兵ではないだろう。
「あれで情に篤いところがあるからな」
「『憤怒』の感情が暴走さえしなければ大丈夫だと思うわ」
「そか。確かに蛮兄の仲間とも言える人たちを見捨てたりはしないよね」
実際、アーサーはそれなりに知り合っていると言える関係なので見捨てる気はないだろうし、九垓のことも見捨てたりはすまい。
その点は、妙に信用できる諒兵だった。
ただ。
「優等生のお嬢様が問題児にじっくりお説教とか、エロゲのシチュじゃのう♪」
「そそそそそそそそそそそんなことするわけないでしょうっ!」
「「落ち着け」」
琉璃架の言葉にびっくりするほど動揺してしまった麗佳に、思わず突っ込んでしまう鈴とライラだった。
件の問題児は。
腕だけではなく、身体全体から出すイメージで火球を放つ。
どうやらこのくらいは楽に出来るようになったらしく、イメージした場所から撃ち放つことができた。
もっとも、わずかにパーヴェルの不意をついたくらいで、ダメージを与えるまでには至らない。
パーヴェルが持つ戦場に対する適応能力、敵に対する対応能力が高いからだ。
隙を突く。
不意を打つ。
そんなレベルではなく、自分の戦い方そのものを変える必要があると諒兵は考える。
(今までと違うことをするしかねえ)
まずは、と、腕から放った火球を翼で煽ることで軌道を変えてみる。
だが、パーヴェルは先ほどまでと違う対処を見せてきた。
『ぬんッ!』
避けるのではなく、竜化した右腕で弾いたのだが、その際、火球が粉々に砕けたのだ。
クエイクブレスと同じ効果だと諒兵には理解できる。
(こいつッ、腕も震動させられんのかッ?!)
『諒兵の戦い方を学んだ可能性がありますッ!』
(ちィッ!)
相手の戦い方を見て、吸収し、自分の戦い方を変化させるというのは諒兵が得意とすることだ。
それを敵にやられるとは思わなかったと諒兵は舌打ちする。
それ以上に、そうされることでより強くなって来ることに脅威を覚える。
思っている以上にパーヴェルは恐ろしい敵だった。
『ベヘモト』の力を手に入れたことが、単に幸運だったと言うより、本当に神に選ばれたようだと思える。
『そんなもんに生き方を決められたくねえんだよッ!』
相手の身体をぶち抜いてやる。
そうイメージし、左手で前に突き出した右腕を掴むと握った拳から炎をレーザーのように収束させて撃ち出した。
火球よりもはるかに速く、さらに威力の高い火がパーヴェルに襲いかかる。
『ぬッ?!』
その威力を予測したのか、パーヴェルは逃げに徹し、凄まじいダッシュで炎のレーザー、火線から逃れてみせた。
だが、諒兵は逃げに徹したパーヴェルを翼を広げて追い、右腕の爪から巨大な炎を噴き出させて振り下ろす。
ガインッという金属音を響かせ、炎の爪と震動の爪がぶつかり合った。
『グルァアァ……』
『ヴゥルアァ……』
互いに唸り声を上げて己の爪を押し込もうとする二匹の竜。
諒兵の腕は震動でどんどんひびが入っていき、逆にパーヴェルの腕は炎に焼かれ、熱で真っ赤になっていく。
命懸けで痛み分けでは損だと考えたのだろう。
尻尾を振り回し、諒兵が避けた隙にパーヴェルは一気に距離を取った。
それを臆病だと考えるほど、諒兵は愚かではない。
『『ベヘモト』の彼は判断が早いんですね……』
(無駄な力比べはしねえってか)
メーちゃんの言葉にそう感想を漏らしつつ、諒兵はひびの入っていた右腕を直す。
単純に強いのではない。
常にその状況におけるベターなアクションを考え、即座に行動に移す。
それがパーヴェルという男の強さだ。
性格さえ良ければ、戦っていて面白い相手だとも思う。
だが、その性格が、どうにも気に入らないのがパーヴェルでもあった。
同じような印象をルイスにも感じていた。
ただ、ルイスはそれを上手く隠していたと思う。
人間的な感情で上書きしていたとでも言うべきか。
そのため、どっちも好きになれないタイプなのだが、距離を取って付き合えるとしたらルイスになる。
仮にパーヴェルが仲間だったとしたら、事務的な会話しかすることはないだろう。
ルイスと違って、隠していない潔さはあるが、同時に取り繕いもしないので付き合う気にもなれないタイプだ。
ただ、ルイスにもパーヴェルにも感じる苛立ちはいったい何かと諒兵は思う。
『今はとにかく彼を撃退しましょう。中国に先に行く以上、イギリスにつくまで時間がかかります』
(わりい)と、嗜めてくるメーちゃんの言葉に素直に謝る。
意地でも倒そうとしたり、余計なことを考えて時間をかけるわけにはいかない。
特にイギリスはアーサーがウィルスを打ち込まれている。
到着してからも時間がかかってしまうのなら、なおさら此処で時間をかけるわけにはいかないのだ。
『後ろの子たちと連携して『ベヘモト』の彼を吹き飛ばすことも考えてください』
(……わかった)
此処でわがままが言えるほど諒兵は自分勝手にとなれなかった。
鈴、ライラに麗佳のブレスが合わされば、パーヴェルといえど無傷では済まないだろう。
自分はそのための隙を作る役目をすればいい。
(しぇうがねえな。あいつらにブレスの準備をするように伝えてくれ。俺にゃ、あいつらと話してる余裕がねえ)
『はい』
メーちゃんが素直にそう答えてくれたことで、諒兵はパーヴェルとの戦闘に集中する。
今度は翼を広げ、其処からパーヴェルに向けて無数の火球を放った。
『ぬぅッ?!』
いわゆる範囲攻撃だ。
もはや、身体の何処からでも炎が出せるようになっているため、四方八方に撃ち込むよりも、パーヴェルが離脱できないくらいに広範囲を火球で潰そうと考えたのである。
さすがに逃げ切れず、パーヴェルは先ほどのように、今度は両腕を震動させて自分に向かってくるものと、周囲を潰そうとする火球を砕き、ムリヤリ安全地帯を作り出した。
さすがの判断力である。
それでも、多少なりとダメージは与えられたらしい。
火球そのものは潰せても、周囲から襲いかかる熱気までは防げなかったのだ。
(火線のほうがイケるな)
手応えを感じる諒兵に対し、パーヴェルは脅威を感じたのだろう。
向こうから声をかけてくる。
『やはり魔王種の中で最も危険なのは貴様か』
『んあ?』
正確には、聞こえるような独り言だったらしく、諒兵の態度にかまうことなくパーヴェルは続けた。
『貴様はこの世を滅ぼしかねん『悪』だと主は仰られた。この戦いで自分もそう確信した。恐ろしいほど成長が早い。まさに竜であって竜ではないバケモノだ』
『ああ、そうかよ』
いつも言われていることなので気にすることはない。
それに、自分の周りにはわかってくれる人もいるので、敵が自分のことをなんと言おうが気にすることはない……はずだった。
『貴様はこの世に在ってはならない。人の良き未来のためにも『倒されるべき運命』にある者だ』
その言葉を聞くまでは。
その瞬間、麗佳は自分の中に何かが入り込んできたというか、何か飛ばされてきたものを受け止めてしまったような感覚を覚えた。
『諒兵っ、ダメですッ!』
頭の中に響いた声に、麗佳は驚いてしまい、思わず名を呼んでしまう。
「メーちゃんさんッ?!」
「えっ?!」
と、さすがに鈴も、そしてライラも驚いてしまう。
いつもは諒兵の龍玉に間借りしているはずのメーちゃんが、麗佳の龍玉にいきなり移動してきたのだから。
メーちゃんは麗佳だけではなく、鈴やライラにも聞こえるように話す。
『諒兵の龍玉から弾き出されましたッ!』
「何故だッ?!」
『諒兵の怒りのボルテージが急激に上がってるんですッ、あの彼が諒兵の逆鱗に触れたみたいですッ!』
龍機兵として、『赤の竜』としての悪口は言われ慣れてしまっているために、たいていのことは気にしない諒兵だが、どうにも我慢できない一言がある。
それだけは決して譲れないという一言がある。
パーヴェルの言葉は其処に触れてしまったのだ。
「諒兵ッ!」と、叫んだ鈴の視線の先には、既に全身から炎が噴き出している血のように赤い竜の姿がある。
「冗談じゃろ……。シベリアの永久凍土が蒸発しちょる……」
凍れる大地が、溶けるどころか、あまりの熱量で蒸発を始めてしまっている。
此処までの怒りは、この場にいるメンバーの中で一番長く一緒にいる鈴ですら見たことがない。
怒りの感情が、そのまま顕現したような姿は、まさに『憤怒の化身』であった。
『皆さんスタンバってくださいッ!最悪の場合ッ、諒兵にブレスをぶつけますッ!』
「本気ッ?!」
メーちゃんの言葉に鈴は信じられない者を見るような表情になった。
『赤の竜』を生み出し、諒兵自身のことを本気で心配してくれているようなメーちゃんが、この場にいる全員のブレスを諒兵にぶつける準備をしろというのだから。
『たるてちゃんの本気のマントルブレスでも耐える可能性があるんですッ!今の状態で吐けるブレスだと四人でも足らないかもしれませんッ!』
「本当ですかッ?!」
麗佳が思わず声を荒げてしまう。
其処まで諒兵の持つ『憤怒』の感情が暴走しているとなれば、『赤の竜』サタンへの完全覚醒が始まってしまっているということができる。
『諒兵の中から出ようとしているモノがあります。その数によっては……』
「何だそれはッ?!」と、問いただすライラの声を遮るように、鈴の叫びが響いた。
「諒兵の火の様子がおかしいッ!」
『いけないッ、出ますッ!』
メーちゃんのがそう叫んだ直後、全身から火を噴き出していた諒兵の怒号が響いた。
『俺の人生をッ、『運命』なんぞで勝手に決めつけんじゃねえぇえぇぇえッ!』
怒号と共に凄まじい勢いで立ち上る火柱が姿を変える。
『グルァアァアアァアァァアァアアァアァアァァアァァッ!』
雄叫びと共に、姿を変えた火柱はそのまま竜の首へと変化した。
炎の竜が諒兵の身体から生えてきたのである。
間違いなく、その炎の竜は自分の意思があるかのように動いている。
炎が形を変えたというだけのものではない。
諒兵の分身として生み出された、怒りの化身そのものだった。
「メーちゃん……、アレって……」
『アレが『赤の竜』がもつ七つの首の一つです』
黙示録に曰く、憤怒の化身たる赤い竜とはローマ帝国の七人の皇帝や、象徴たる七つの丘を指すという。
七つの首と十本の角を持つ赤い色の竜。
それが『憤怒の化身』たる魔王サタンの姿だと。
『諒兵自身の首を除けば六本。六匹の炎の竜が諒兵の中から出てきてしまったとき、『赤の竜』は完全に覚醒します』
「まだ一本だぞ。それなのにこの辺りの空間一帯に焼け焦げるような威圧が満ちている……」
凍れる大地が灼熱地獄へと変化し始めているかのような、凄まじい熱気にライラも呻いてしまう。
「あたいらの『敵』だと言われた理由がわかるのう……」
「認めたくないけれど……、私たちはかつてアレと戦ったのね……」
魔王種である琉璃架、そして麗佳にとっては、かつて相討ちとなった最強の敵である『赤の竜』
でも。
「あそこにいるのは諒兵なのよ」
「鈴さん?」と、麗佳。
「『ベヘモト』を倒すために炎の竜が出てきたんじゃない。諒兵自身を否定されない限り、諒兵があんなに怒るはずない」
だから、『赤の竜』を止めるのではなく、諒兵を、諒兵の心を助ける意識でない限り、諒兵を止められないと鈴は思う。
それは、決して間違いではないはずだと。
「……力を合わせるぞ、リン」
「助けましょう。大切なひ、「仲間」だもの」
「さすがにこの場じゃサボれんのう。あたいも頑張るのじゃ」
鈴の想いに、ライラ、麗佳、そして琉璃架までがそう答える。
攻撃としてではなく、戻ってきてほしいという想いをぶつける。
そうすれば、きっと戻ってくる。
意外と聞き分けはいいのだから。
そういって無理に笑顔を作る鈴に対し、ライラ、麗佳、そして琉璃架は力づけるような笑顔を向けるのだった。
永久凍土を焼き尽くすような熱気と炎。
ただ其処に在るだけで、そんなものを撒き散らす眼前のバケモノにさすがにパーヴェルも戦慄してしまう。
『やはり、在ってはならぬバケモノなのだな』
だが、戦慄してなお、彼は冷静だった。
この場でできるベターを探し、少しでも勝機を見いだそうとする。
しかし、今のパーヴェルのレベルで『赤の竜』に対抗しようと考えること自体が自殺行為だった。
『テメエハ死ネ』
驚くほど静かな声で『赤の竜』はそう呟き、大地を焼きながら駆ける。
あの炎の塊と正面からぶつかるのは危険だと判断したパーヴェルは、両腕を震動させつつ、地面に叩きつけた。
局地的に地震を起こし、『赤の竜』のバランスを崩させたのだ。
案の定、『赤の竜』は地震を避けるために空に飛び上がる。
ならばクエイクブレスをぶつけて、『赤の竜』が身に纏う炎を吹き飛ばし、震動を最大まであげた爪で切りつける。
其処までを考えて、違和感を抱いた。
『ぬ?』
先ほど『赤の竜』から噴き出した炎の竜が、いつの間にか消えている。
これほど突然に消えるはずがない。
そう考えた直後。
パーヴェルの真下の地面を突き破り、炎の竜が襲いかかってきた。
『ぬぉおッ?!』
その炎の牙は掠っただけで『ベヘモト』の身体を焼いてくる。
さらに、好機と見たのか、『赤の竜』が顎を開いていた。
極大のファイアーブレスで焼き尽くす気なのだろう。
今の自分のクエイクブレスで何処まで対抗できるかはわからない。
しかし、まともに受ければ灰も残らない可能性がある。
この場の最善は生き残ること。
そう判断したパーヴェルは、自らも顎を開こうとして。
『主よ……』
黄色い光に包まれ、『赤の竜』のファイアーブレスから守られた。
『クソガッ!』
対照的に、『赤の竜』に向けて、黄色い光が大地に落とさんとばかりに降り注ぐ。
着地した『赤の竜』に炎の竜が再び一体化すると、さらに激しい攻撃が迫ってくる。
だが。
『何ダッ?!』
その黄色い光は、赤い光、強烈な竜巻、そして巨大な火球、さらには毒々しい色のガスに阻まれた。
『諒兵ッ!』
赤い光を放った少女が自分の名を呼ぶ。
『リョウヘイッ!』
『諒兵くんッ!』
その声に続くかのように、自分を守ろうと力を放った少女たちの声が聞こえてくる。
何故か。
『其処のハーレム系主人公っ!』
というおかしなセリフが最後に聞こえてきたが。
だが、そんな声を聞いているうちに『赤の竜』がその身に抱いた炎が鎮まっていく。
そして。
「ちッ、あの野郎、逃げやがったか……」
人間体に戻った諒兵が空を見上げたころには、パーヴェルの姿も黄色い光もなくなっていた。




