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赤の竜―Dragon of Wrath―  作者: 枯田
荒ぶる刻の赤の竜
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4話「軍人と少年と女神」

赤く染まった鋭い爪を振り下ろす。

だが、『ベヘモト』、先ほど琉璃架が叫んでいたのが名前だろうパーヴェルは片手であっさりと受けると、空いたほうの腕の爪を振り上げてきた。

『ちィッ!』

そう声を漏らしつつ、スウェーでかわしながら、そのままバック転をするように両脚を蹴り上げる。

だが、予測されていたのか、パーヴェルはあっさりと下がってかわし、再び距離を詰めてきた。

ならばと諒兵は尻尾を振り回すが、パーヴェルは自らも尻尾を操って応戦してみせる。

それどころか尻尾を絡めて、こちらの動きを制限してこようとするので、諒兵は慌てて距離を取った。

(こいつ、強え)

『でも、竜というより人の動きみたいですけど……?』

(もっと言やあ軍人の動きだ)

そうメーちゃんの疑問に答える諒兵の言うとおり、パーヴェルの動きは非常に洗練された軍人の動きだった。

もともと軍出身なのだろう。

丈太郎からマーシャル・アーツを学んだおかげで何とか応戦できているが、格闘戦だと確実に相手が上だと理解できた。

ウィルフレッドとは別の意味で戦い慣れている。

爪や牙で力任せに暴れても、パーヴェルに勝つのは難しい。

そう判断した諒兵は、両腕に炎を発現する。

(あり?)

『どうしました?』

(いや、やけに楽に出せたと思ってよ)

『人間体で『白い火』を出せたことがいい経験になっているんです。成竜体なら今まで以上に火を操れるはずです』

(ありがてえぜッ!)

メーちゃんの説明を聞いた諒兵は、火がこれまで以上に自分の力として扱えていることに感謝しつつ、パーヴェルに向けて火を撃ち放った。

『むッ!』

ほとんど口を開かず、パーヴェルは諒兵が放った火球を避ける。

『ぬ?』

だが、今は竜となったその顔が歪んだ。

『これほどの熱量を持つか』

わずかに避けるだけでは、熱気でダメージを受けることが理解できたらしい。

続いて放たれた火球を、今度はオーバーアクションで避ける。

熱気の範囲から離れなければならないと瞬時に理解したのだ。

この恐ろしいほど冷静な判断力が、『ベヘモト』の力を持つパーヴェル・サドムスキーの恐ろしさである。

そのことを、対峙する諒兵が一番理解していた。



二匹の竜が戦う姿を、少女たちはただ呆然と見つめていた。

下手に手が出せない戦いだと理解できたからだ。

無論、助力することはできるだろうが、『赤の竜』、つまり諒兵から放たれる雰囲気が介入を許さないことが理解できたのである。

「……諒兵、鬱憤溜まってたみたい」

さすがに、鈴にはすぐに理解できた。

はっきり言って今の諒兵は感情駄々漏れだからだ。

鈴の言葉でライラや麗佳にも理解できた。

「ああ、そういうことか。考えてみれば、ドクターをやられたときの怒りは、まだ何処にもぶつけていない」

「そうね。『リヴァイアサン』を相手にしていたのはリーヴィス隊長だったし」

以前に語ったが、仮に諒兵がルイスと戦った場合、『赤の竜』への完全覚醒が始まっていただろう。

だから、戦わないことが正解だったのは間違いない。

だが、諒兵自身の気持ちとしては、ルイスは自分が倒したかったはずである。

それができなかったことが鬱憤として溜まっていたのだ。

そんな状態の諒兵が戦うとなると、敵以外では介入できないだろう。

つまり、倒される覚悟をしろということになる。

さすがに鈴たちとしてはそんな戦場には入れなかった。

そんな会話を疑問に思ったのか、琉璃架が声をかけてきた。

「ドクターって誰じゃ?」

見れば、落ち着いてきたのか、『惑乱の根』としての竜化が止まっていた。

胸への恨みはいったん置いておくことにして、麗佳が答える。

「ドクターはおじ様と同じ五人の龍機兵の一人よ」

「ローベルトさんから、『バン』って名前聞いたことない?」

鈴がそう尋ねると、琉璃架は思案するような顔をしつつ、呟く。

「聞いた覚えがあるような、ないような、どうでもいいような……」

「待てコラ。さっきまでのやる気はどうした?」

ライラが思わず突っ込んでしまう。

さっきまでの暴れっぷりを考えると、別人といえるほどだらーっとしてしまっている琉璃架。

だが、むしろこれが『堕落の化身』としての本質だった。

「パーヴェルはあたいが殺したいが、『サタン』にはケンカ売りたくないのじゃ」

「……『惑乱の根』としての本能はどうなってるのかしら?」

「おんしと同じじゃ。魔王種としては戦意はある。じゃけど、あたいは『堕落』なのじゃ。戦わんで済むなら戦いたくない。というか、勉強も鍛錬も嫌いじゃもん」

「威張って言うな」と、ライラが突っ込みマシーンと化してしまっていた。

要するに琉璃架は、本質的には何事に対してもやる気がないのである。

ならば何故、先ほどまでは『ベヘモト』を倒そうと躍起になっていたのか?

そう疑問に感じた鈴が尋ねると、琉璃架は素直に答えてきた。

「あたいは家族にも見放されてるのじゃ」

「えっ?」

「もともと、ロシアには大襲撃直前に姉者の語学修得の旅行にくっついてやって来たんじゃがな」

この姉というのが、琉璃架と違って非常に出来が良い上に努力家だった。

親といっても人間だ。

出来が良くまじめで努力家と自慢したくなるような娘と、やる気がなくて年中だらだらして遊んでばかりいる怠け者の娘のどちらを可愛いと思うか。

普通は前者であることのほうが多いのだ。

「あたいは龍機兵になったとき死んだと両親にも姉者にも思われちょった」

「そうなのっ?」

「鉄が何本も突き刺さって生きちょると思うほうがおかしいじゃろ?」

竜の襲撃から避難している最中に起きた出来事なのだから、そう感じるのも当然だった。

ただ。

「家族はあたいの死をあっさり受け入れよった。死んだのは仕方ないとのう」

「不満があるのね?」

「せめて遺体を探すとか考えてもいいと思わんかの?」

「死んだという報告を聞いて終わりか」

それは実は今の時代には良くあることだった。

報告だけで終わってしまう。

それは竜に喰われた人間の身体がほとんど残っていないからだ。

それでも、身内なら探したい、見つけたいと思ってもおかしくはないだろう。

「あっ、そうですか。おっさんが言うにはそれだけで終わったそうじゃ」

「……生きるのに必死だと他のことまで考えてらんないことはあるけど」と、鈴は呟く。

今の時代、拾った命を守らないと、自分が死ぬことになる。

だから、気持ちを切り替えるということは必要なことだ。


問題は、琉璃架の家族は死んだことになったことを受け入れたわけではなかったということだ。


話の流れでピンときた麗佳が口を開く。

「……あなた、龍機兵になったことを家族に伝えたのね?」

「……そうじゃ。そうしたら、死んだことになってるけど、此処で頑張ってけとあっさり放り出されたのじゃ」

当初はさすがに家族の反応が淡白すぎると琉璃架自身も思ったらしい。

だから、連絡を取り、実は生きていたと家族に明かした。

だが、琉璃架が自らが手に入れてしまった『惑乱の根』としての力についても話したとき、ならば『山脈』で保護してもらえと家族に放り出されたのである。

「厄介払いされたのじゃ、あたいは」

既に家族がいない鈴。

逆に兄アーサーやバーナードに大事にされてきたライラ。

二人には琉璃架の気持ちが理解できるとは言えない。

ただ、麗佳は。

「私も似たような経験があるわ」

「そうなのかの?」

「私が龍機兵になったことを知った両親は、私の存在をその心から消してしまったもの」

現実から逃げた両親は、今でも過去の記憶の中で生きている。

それもある意味では放り出されたようなものだろう。

「魔王種は同じようなものなのじゃな……。じゃが、おっさんは違ったのじゃ」

「えっ?」と麗佳が疑問の声を上げる。

「おっさんは、あたいがどんなにダメダメでも、見捨てようとはしなかったのじゃ」

それは罪悪感かもしれないし、責任感かもしれない。

でも、ローベルトは出会ってから今日まで、ずっと琉璃架に本気で向き合ってくれたのだ。

「おっさんがな、言うてくれた言葉がある」


「生まれる場所を間違えただけで、お前は俺の娘だ」


「おじ様らしいわ」と、麗佳は微笑んだ。

鈴もライラも同様に微笑む。

ローベルトは、琉璃架にとって一番必要な、そして一番大切なことを告げてくれたのだ。

だから、琉璃架は此処で、魔王種の竜の力に呑まれずにいたということができる。

だが。

「そんなおっさんをパーヴェルは殺した。それも、あたいを庇ったおっさんが倒れる姿を見て「手間が省けた」と言い捨てよったのじゃ」

もともとウィルスを打ち込まれそうになったのは琉璃架のほうだったらしい。

ローベルトはそんな琉璃架を庇った。

如何に魔王種と言えど、琉璃架はまだ戦闘慣れしていないからだ。

もっともパーヴェルとしてはローベルトにも打ち込む予定だったが、まともに戦えばそんな隙を見せるようなローベルトではない。

ゆえに『手間が省けた』ということだ。

「じゃから許せん。アイツだけはあたいが殺す」

再び、ビキビキと琉璃架の身体から金属の鱗が生え始める。

それほどの怒りを抱いたということなのだろう。

気持ちが理解できるだけに止めにくい。

それは特にライラが一番思う。

実の兄であるアーサーも被害に遭っているからだ。

しかし、このまま再び琉璃架を『惑乱の根』として暴れさせるわけにはいかない。

そう判断した鈴が声をかける。

「ホントかっ、おっさん助かるのかっ?!」

「今、諒兵と一緒にいるメーちゃんって人が石化したの。その人がワクチンも作れるらしいから、しばらくは眠ったままだけど助けられると思う」

「というか、メーちゃんって誰じゃそれ?」

名前というか、本人がそう呼べと言っているので、此処にいる者で本名を知る者はいない。

麗佳は知識があるおかげでひょっとしたらとは思っているが、確証はない。

ローベルトに聞いておけばよかったかと思う。

何しろ『メーちゃん』では、どう聞いてもふざけているようにしか聞こえないからだ。

ゆえに、ライラが判明している素性から説明し始めた。

「……『竜の血』を創った人のことは聞いているか?」

「おっさんがエキドナじゃと教えてはくれたがの……」

「どうしたのかしら?」

「気に触ったならすまんが、たいていは悪女の名前じゃろ、『エキドナ』って」

「「「全然違う」」」

「おぉい」

「「「一言で言えば駄女神」」」

「えー……」

鈴、ライラ、麗佳の三人が異口同音に言うので、さすがの琉璃架も呆れ顔になった。

だが、それが正しいのだからどうしようもなかったりする。

「ちなみに言えばメーちゃんとやらはエキドナの姉だそうだ」

「ほほう」

「どうやら『赤の竜』を生み出したのは彼女らしいわ」

「それは凄いのじゃ」

「でも、駄女神の姉だからやっぱり駄女神なの」

「……あたいらに流れる『竜の血』は大丈夫なのかの?」

琉璃架の純粋な疑問の眼差しに対し、三人娘はそっと顔を背けるのだった。



ちッ、と、諒兵は内心で舌打ちした。

めくら撃ちのように両腕から火球を放つが、パーヴェルは熱気の範囲からも確実に逃げ、すぐに距離を詰めようとしてくる。

諒兵は、獣のような野良の古竜や小型の伝承竜を相手にするときと違って、狙いが大雑把では攻撃が当たらないことを痛感していた。

バーヴェルはとにかく冷静で、常に敵に対してどう対処するかを考えて戦っている。

逆に言えば、戦場においてそれしか考えていない。

敵を倒す。

ただそれだけで戦っており、他のことなどまったく考えていないだろう。


戦う機械。


それが『ベヘモト』の力を持つパーヴェルに対する印象だった。

それだけに、距離を開けての攻撃だと狙いが大雑把な今の諒兵では攻撃を当てにくいのだ。

接近して確実に当てる必要がある。

だが、格闘戦でもパーヴェルが上だ。

そうなると捕まる恐れがある。

そのうえ、格闘戦の実力は一朝一夕では上がらない。

しかも、パーヴェルとの戦いは倒すか倒されるかの殺し合いだ。

後ろには鈴を筆頭にライラと麗佳、そして琉璃架という魔王種の少女がいる。

自分が倒されれば彼女たちの命も危うい。

そう考えると無謀な挑戦はできなかった。

その思考が、諒兵に思わぬ隙を生んでしまった。

『喰らうがいい『赤の竜』』

『んだとッ?!』

諒兵が疑問の声を上げるや否や、パーヴェルは大地に両腕を突き刺し、四足の獣のように構え、顎を開く。

『ブレスですッ!』

(んなこたあわかってるッ!)

問題はどんなブレスなのかということだが、答えはすぐに判明した。


『ヴゥルァアァアァァァアァアァァアァァッ!』


雄叫びと共に放たれたブレスは、大気を凄まじく震わせてみせたのだ。

必死にかわした諒兵だが、ブレスが掠った部分の金属の鱗がいきなり砕ける。

並みの威力ではない上に、今まで見たことがないタイプのブレスだった。

『クエイクブレスですっ!』

(何だよそりゃあッ?!)

『『ベヘモト』は震動ッ、正確には地震を操りますッ!ですが震わせることができるのは大地だけではありませんッ!』

本来は地震を操る『大地のベヘモト』だが、その震動を大気にぶつければ大気を揺らすことができる。

結果、空間を揺さぶり、超振動で敵を砕くことができる。

それが『クエイクブレス』だ。

成竜体でも高い威力を誇るが、真竜体で放たれれば、文字どおり凄まじい大地震を起こすことができる。

それが『神の供物』たる竜の一体、『大地のベヘモト』の力なのである。

『まともに喰らえば真竜体の鱗でも砕かれますッ!』

(さっきのでよくわかったぜ……)

撃ち合いだと、下手をすればブレスそのものを砕かれる恐れもある。

さすがに諒兵の本気のファイアーブレスであれば相殺できるだろうが、その後が続かなければ意味がない。

(火をもっと自在に操んねえとダメだ)

ただ撃つだけではなく、操る。

それができればただの遠距離攻撃ではなくなる。

そうすればパーヴェルに隙を作ることができるはずだ。

だがどうすればいい。

どうやって操るのか。

そのイメージがなかなか湧いてこず、諒兵は苛立つ。


だが、答えはある。


問題は、それを伝えると諒兵が一気に『赤の竜』こと『サタン』へと近づいてしまうことだとメーちゃんは考える。

この成長スピードだと、完全覚醒まで本当に時間がないかもしれないと思う。


『諒兵が『サタン』と化しても、自意識を保っていてくれる保証がない……』


ただの兵器と化すか、人の心を維持できるか。

さすがに諒兵でそんな無謀なギャンブルはできない。

そう思うと、伝えることができないとメーちゃんは思う。

だが『ベヘモト』の力を持つパーヴェルは強敵だ。

このままだと倒される可能性もある。

一か八かを試すべきか。

何とか不意を突き、パーヴェルを撃退するのを待つか。

メーちゃんは難しい決断を迫られていた。






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