3話「少年と『ベヘモト』と犠牲の意味」
ロシアで保護されていた魔王種の少女、藤波琉璃架。
彼女が持つ力はヒュドラ型・魔王種『惑乱の根』マーラ。
『堕落の化身』と呼ばれる存在である。
そんな彼女の眼前で、ローベルトは『ベヘモト』という竜の力を持つパーヴェルにウィルスを打ち込まれた。
倒れていくローベルトを、普段と変わらない冷徹な目で見るパーヴェル。
そんな光景を見ては、さすがに堕落の化身と呼ばれる力を持つ彼女でも怒らないわけがない。
怒りのままに力を爆発させた琉璃架は、一気に竜化が進み、全身から無数の金属の蛇をまるで植物の根か触手のように生やして暴れだした。
自らの手で、パーヴェルを殺すために。
そんな彼女に対し、パーヴェルは操られた古竜を扇動した。
その結果、『山脈』は崩壊し、ノヴォシビルスク居住区も戦火に包まれることとなった。
幸いなことに職員たちはすぐにシェルターに移動し、難を逃れているが、戦闘が終わる気配はいまだにない。
当然であろう。
彼女はまだローベルトの仇を見つけだしていないのだから。
そんな彼女の前に現れた三人の少女とオマケ。
邪魔をするように立ちはだかった三人の少女を鬱陶しく感じた彼女は感情のままに叫んだ。
それが、少女たちの逆鱗に触れることになるとは知らずに。
襲いかかってくる琉璃架の蛇に対し、麗佳は自らの髪の毛を竜化させて応戦する。
麗佳はオロチ型だ。
無数の蛇を操ることはできない。
だが、ある程度ならその姿に干渉することができる。
頭を増やすのは不可能だが、尻尾を分かれさせるくらいなら可能なのだ。
ゆえに、麗佳の髪の毛は一つの蛇の頭と、無数の蛇の尻尾に分かれていた。
「先刻の言葉を撤回なさいッ!」
「うるさいのじゃッ、あたいの邪魔をするならお前も殺してやるのじゃッ!」
「それならッ、胸の差が戦力の差ではないことを教えてあげるわッ!」
実際、戦力の差であるはずがないのだが、琉璃架の胸はほとんど凶器の領域であった。
男に対しては。
ライラは襲いかかる蛇を鮮やかにかわし、さらにはレイピアで弾いていた。
「手荒く行くぞッ!」
接近し、琉璃架自身にダメージを与えれば、ショックで落ち着くと考えているからだ。
決して一発ぶん殴ってやりたいわけではない。
そんなことはあるはずがない。
『ぶるんぶるん♪』と揺れる胸が視界に入るたびにライラの額の青筋が増えるが、決して気にしていないのだから。
「力を制御できない自身を恥じろッ!」
「勝手に育ったんだからどうしようもないじゃろッ!」
「大きい奴はみんなそう言うんだッ!」
微妙に会話が食い違っている気がしないでもないが、ライラは決して気にしていないはずだった。
鈴はドラゴン・フェイス三体で琉璃架と周囲の状況を観察しつつ、残る三体でブレスを吐きながら無数の蛇と戦っていた。
鈴は六つのドラゴン・フェイスを操ることができるため、ヒュドラ型の琉璃架相手でも多少は戦える。
しかし、如何せん鈴自身が後方支援型なので、前衛はライラと麗佳に任せていた。
その観察の結果、気づいたことがあった。
「増えてる……?」
琉璃架が全身から生やしている蛇の数が少しずつ増えているのだ。
既にふざけた数としか思えないほどの蛇の頭が生えているが、いまだに増え続けている。
「麗佳さんッ、あの子の蛇の頭が増えてるッ!」
「真竜体に近づいてるのよッ、蛇が百七つになったら完全に覚醒するわッ!」
なるほどそういうことかと鈴は納得した。
ヒュドラ型である『惑乱の根』は、百八つの頭を持つ大蛇と化す。
琉璃架自身の頭を引くと蛇の頭は百七つ。
全身からそれだけの蛇が生えたとき、『惑乱の根』は完全に覚醒するのである。
「真竜体になると今より巨大化するわッ!」
「まだ大きくなるのッ?!」
そんなものは絶対見たくない。
絶望の山脈など見たくないと鈴は暴れまわる蛇の頭を捕捉しつつ、頭を潰していく。
大きくなるのは身体であって一部分ではないのだが、そんなことは鈴にとって些細なことだった。
そんな三人娘の奮戦と暴れまわる琉璃架の姿を見ながら、諒兵はため息をついた。
『頑張ってますねえ』
「まあ、助けようとはしてるみてえだな。……てか、そう思いてえよ」
どう考えても胸の恨みをぶつけているとしか思えないのだが、助けようとしているはずだと諒兵は思いたい。
正直に言うと、物凄く突っ込みを入れたいところだが、何故か、あの戦場に介入するのは伝承竜の大群と戦うよりも命の危険を感じて仕方なかった。
「てか、アイツ『堕落』だろ。やけに頑張ってるじゃねえか」
『普段はだらだらしてるんでしょうね。でも、人は爆発した感情に引きずられますからね』
ローベルトか、他に大切な人がいて傷つけられたかでキレてしまったのではないかとメーちゃんは解説する。
実際、「パーヴェル」と名指しで敵の名を喚いているのだから、単に暴走したというよりも、怒りと復讐心で行動していると考えるほうが正しいだろう。
「気持ちはわかんねえでもねえけどな……」
そう呟く諒兵は、丈太郎、アラステア、そしてエキドナにウィルスが打ち込まれたときのことを思いだす。
丈太郎が目の前で倒れて、諒兵が怒らないわけがない。
あのとき、もしウィルフレッドがルイスを外まで殴り飛ばさなかったら、その場で確実に『赤の竜』として覚醒が始まっていただろう。
逆に言えば、ウィルフレッドは諒兵が怒りで暴走しないようにするために、自分がルイスの相手になったのだ。
さらに暴走した麗佳の相手を諒兵に任せたのは、女相手に八つ当たりするような性格ではないとわかっていたからだ。
結果として、その判断は正しかったと言える。
「癪に障るけどよ」
『ファフナーの彼は人間関係に聡いですね。バランス感覚がいいんですよ』
確かにそうかもしれないと諒兵は思う。
ウィルフレッドは仲間意識が強いぶん、自分がいる場所の人間関係にも聡いのだろう。
ロドニーは常にビジネスライクに物を考えるようだが、別に気にならなかった。
余計なことを言ってこないという点では、むしろありがたい。
どちらも嫌いなタイプではなかった。
対して、『リヴァイアサン』であったルイスには、引っかかるものがあった。
君が『赤の竜』になったときは斬り捨てる
そう断言する誠吾に似ているのかと最初は思ったが、根本的な部分ではまったく正反対だった。
どう言えばいいのか、と、そんなことを考えていると、唐突に『視』えた。
「隠れてろ」
『えっ?』
「声出すなよ」
そう言うなり、諒兵は両脚を竜化させ、古竜の群れを越えるかのように飛び上がり、空中で回し蹴りを繰りだした。
「ぬぅッ?!」
「わりいな」
その蹴りを受けたのは、薄い金髪をオールバックにした引き締まった体格のロシア人。
見るからに軍人といった雰囲気の男で、両腕を竜化させている。
それが功を奏したのか、諒兵の全力の空中回し蹴りを何とかガードしてみせる。
もっとも、蹴り飛ばされ、地面に叩きつけられてしまったが。
その男の近くに諒兵は着地した。
男はすぐに立ち上がり、距離を取る。
「質問に答えろ『赤の竜』」
「俺の名前は『日野諒兵』だ。てめえにも名前くれえあんだろ?まずは名乗れよ」
「何故、自分の攻撃に反応できたのだ?」
「ちッ……」
こちらの話を聞く気がないらしい。
明らかに自分とは反りが合わないタイプだと理解できる。
「なんとなく『視』えただけだ。不意打ちしといて、てめえが蹴り喰らったら文句言うのかよ?」
「文句ではない。純粋な疑問だ。気配は完全に消していたはずだが」
「だからなんとなく『視』えたんだよ。理由なんざ知らねえよ」
実際、諒兵には『視』えた理由はわからない。
だが、中にいるメーちゃんには理解できた。
『他の頭たちの目が開き始めてる……』
『赤の竜』はズメイ型。
すなわち多頭型のドラゴンだ。
その真竜体は身体から噴き出す炎が六つの竜の頭を形成することで完全に覚醒する。
つまり、実は丈太郎のように複数の頭を持つのである。
そして、その頭たちは、今は存在しなくても『赤の竜』が持つ能力として諒兵の中にある。
『そのせいで空間知覚能力が上がってるんですね……』
龍機兵らしき男の襲撃が『視』えたのはそのためだ。
確実に、諒兵は『赤の竜』として成長を早めている。
それを喜び、諒兵に教えるべきかどうか、メーちゃんにはわからなかった。
そんなことはつゆ知らず、諒兵は男に尋ねかける。
「何?」
「何でてめえら、兄貴やおっさんたちを襲った?」
諒兵には目の前の男が自分の『敵』であることが感じ取れた。
そのことを否定する気はないのか、男は正直に答えてくる。
「彼らは罪人だ。裁かれなければならない」
「……竜を解き放ったせいだってのか?」
「人にとってこれほどの大罪はあるまい」
それは丈太郎たち自身が罪として感じていたことだ。
ゆえに、丈太郎、アーサー、アラステア、ローベルト、そして九垓は自らの命を捨てた。
捨てる覚悟で生き、竜が棲む世界でも人が生きられるように努力した。
それでも、彼らは自分を許すことはできなかっただろう。
そう思うと裁かれるという言葉に、苛立ちを感じずにはいられない諒兵だった。
もっとも、そんな諒兵の気持ちなど慮ることなく、男はさらに続ける。
「だが主は彼らを犠牲としてお選びになったのだ。誠に慈悲深い」
「犠牲?」
「主が望まれる人の良き未来。彼らはそのための犠牲になれた。喜ぶべきことだ」
その答えが、人の死が何だかわからない者のためにあることが喜ぶべきことだと平然と言ってのけることが無性に気に入らない諒兵は問い質す。
「てめえはどうなんだよ?」
「む?」
「主の犠牲になるってのは死ぬってことだろ。てめえは主とか何とかのために死ねんのかよ?」
「無論だ」
驚くことに男は即答した。
自身が犠牲になる、つまりは死ぬことになろうとかまわないと言ってのけたのだ。
さすがに諒兵も絶句してしまう。
「主の望みのため、我らは供物として選ばれた。死を恐れることなどない」
「イカれてるぜ」
「あれを見よ」
そう言って男は、暴れる琉璃架と、胸の恨みをぶつけ……もとい、琉璃架を止めようとする鈴、ライラ、麗佳を指す。
「あのように暴れる姿はまさに獣だ。人はそうあるべきではない。常に理性的であるべきだ」
「……言ってることは間違いじゃねえけどな」
「感情のままに他者を傷つけることしかできぬ者など世界にとっては害悪にしかならない。主の下で心を正せる者のみが世界に必要なのだ」
感情のままに暴れ、多くの人を傷つけてしまうのは、確かに許されることではない。
人は理性的であるべきだというのは理解できる。
ただ、どうしても男の言葉が気に入らない。
ゆえに諒兵は再び問う。
「てめえの主ってのは、自分が死ぬことも覚悟してんのか?」
「愚かな。主に死など有り得ぬ。代わりの者が犠牲となれば良い。主がいなくなってしまわれれば世界が滅ぶのだから」
男の言葉を聞き、諒兵は深いため息をつく。
どこか安心したような雰囲気をだしていた。
「なるほどな。それが聞けてよかったぜ」
「ほう。もっとも危険な『赤の竜』がそのように考えるとは意外だった」
「てめえや主ってのは気持ちよくぶちのめせるってわかったからな」
そう言うなり、諒兵の身体から鱗が生え始め、両腕両脚が一気に竜化する。
「自分が死ぬことも覚悟してたエキドナのことは嫌いじゃねえ。だけどよ、自分の代わりに誰かを死なせるようなてめえの主は気に入らねえ。必ずぶちのめしに行くって決めたぜ」
諒兵がはっきりとそう告げると、男も対抗するように竜化し始める。
「所詮はバケモノか、『赤の竜』」
「覚悟決めやがれ、『ベヘモト』」
そして一気に成竜体へと化身した二人の拳が激突するや否や、古竜の群れが吹き飛ばされるほどの凄まじい衝撃波が発生した。
背後で起きた凄まじい衝撃波に、さすがに鈴、ライラ、麗佳の三人娘と琉璃架も驚いてしまう。
振り返れば、血のように真っ赤な金属でできた竜と浅黒い金属でできた竜が激闘を始めていた。
「諒兵ッ!」
「しまったッ!『ベヘモト』かッ!」
「迂闊だったわ。気をとられている隙に……」
何に気をとられていたかは言わないほうがいいだろう。
そんな三人娘同様に、琉璃架もその姿を見て驚いてしまう。
否、慄いてしまっていた。
「アレが、『サタン』……」
視線が諒兵が成竜体となった姿から離すことができない。
身体が震えるのが理解できる。
倒さなければと思うと同時に、自分の死を想像してしまう。
これが『畏れ』なのかと琉璃架は感じていた。
そんな彼女を見て、鈴が首を傾げる。
特に気になったのは諒兵に対する呼び方だ。
そういえば麗佳が諒兵と戦ったときも、同じように呼んでいたことを思いだしたのだ。
「何で『赤の竜』って呼ばないの?諒兵のこと、そう呼んでほしいわけじゃないけど」
「……そういえば」
と、ライラもおかしいと気づく。
魔王種だからだろうか、と、そんなことを考えてしまったが、意外にもそれが正解だった。
「私と同じなのだろうけれど、『竜の血』が覚えているのよ。かつてエキドナと共に戦ったときの『赤の竜』、つまり『サタン』のことを」
竜を滅ぼす竜と成った『赤の竜』ことサタン。
それを止めるための戦いは、本当に命懸けだったと麗佳は説明する。
実際、ほとんど相討ちだったらしいのだ。
「エキドナが言っていたわ。魔王種となった四体が総力戦を仕掛けて互角。覚醒した『サタン』はそれほど強力で凶悪だったそうよ」
だからこそ『竜の血』を持つ者は『赤の竜』を畏れる。
それが当たり前なのだ。
自分たちを滅ぼす者だと『竜の血』が記憶しているのだから。
「アレ?私そんなこと感じたことないんだけど?」
「そうなのか?」
「うん」
実は鈴は龍機兵になってからも諒兵に対して畏れを感じたことがない。
不思議といえば不思議だが、実はライラや麗佳も最近は畏れを感じなくなっていた。
「私は、最近は慣れてきたみたいが……」
「私もあまり感じなくなったわね……。諒兵くんがアメリカに来たときはたぶん一番強く感じたのだろうけれど」
実際、魔王種である『淫果の蛇』は『赤の竜』への畏れへの耐性はあるだろう。
だが、『竜の血』に刻まれる激闘の記憶も一番強いのだ。
そう簡単に消えるものではないのだが、麗佳は何故か感じなくなっていた。
「そう言うってことは、おんしも魔王種なのかの?」
「わからないかしら?」
「……『アシュタルテ』なんじゃな?」
「へっ?」と、麗佳が持つ竜の力をあっさり言い当てた琉璃架に鈴はマヌケな声を出してしまった。
「あたいは名前が『視』えるのじゃ。『七面天女』に『グウィバー』……」
「それは、『惑乱の根』の持つ力か?」
「そうじゃろな。名前が『視』えるだけじゃけど。でも、あたいが読んだマンガに似たような名前たくさんあったし」
「ちょっと待って」
それは明らかに違うだろうと突っ込みたくなった鈴である。
「『竜の血』は厨ニネタの宝庫じゃからのう」
「……あなた、いわゆるオタクなのね……」
同じ魔王種であるせいか、何だかとっても悲しくなる麗佳。
そんな彼女にかける言葉を鈴もライラも見つけられなかった。




