1話「魔王種と神の供物と『騙る者』」
アメリカ合衆国内、ラスベガス居住区。
東堂家の屋敷にて。
ルイスが光と共に消えた後、外に出ていた諒兵、麗佳、ウィルフレッドの三人はすぐに呼び戻された。
息をつく間もなく、今、事態が急激に動いていることを知らされたからだ。
戻るなり、屋敷に残っていた全員が一気に話し始めたので、三人にはサッパリわからず、まずは一番身近な問題からとなだめ、問い直す。
「Why?!ネストから龍機兵が消えたッ?!」
「うむ。それだけではない。アメリカ国内の竜の生息場所から古竜の反応が消えつつある」
ロドニーの説明にウィルフレッドは本当に信じられないという表情を見せる。
実際、本当に反応が減っているらしいのだ。
「これに関しては、其処にいるメーちゃんとやらが理由を説明してくれた」
「Crazy……、Cuteではあるんだが」
『わかりますかー♪』
頬を染めるメーちゃんだが、そんな場合ではなかったりする。
本人もそれをわかっているのか、すぐにマジメな表情に戻った。
『先ほど、あなたたちも見た黄色い光。それを放った者には古竜や野良の伝承竜を支配する力があります。おそらく、自分の元に呼んでいるんでしょう』
「目的地は?」
「移動先は日本だ」と、そう答えたのはロドニーだった。
世界中の竜たちが、日本に向けて移動を始めているという。
そうなると。
「其処に『居』るのか、お前?」
『正確にはその近くに『在』ります』
諒兵の問いにそう答えるメーちゃんの表情は沈んでいる。
ただ、他の者たちにはその問いの意味も、答えの意味もわからない。
「どういうことなのかしら?」と、麗佳が問うと諒兵は素直に答えてきた。
「こいつの本体は別の場所に封印されてるんだとよ」
「えっ、これが本体じゃないの?」
『見たとおりの可憐な妖精だったら良かったんですけど♪』
「マジメに答えて」
鈴の疑問にナチュラルにボケるメーちゃんを、智巳がわりと必死に止める。
まあ、ボケている時間はないので、メーちゃんはすぐに表情を戻す。
『日本海溝の深度七千メートル付近に、私の本体が在ります。『あの者』はそれを破壊したいんでしょうね』
「日本海溝だとっ?!」
「ななせんめーとるっ?!」
ライラが、そして鈴が素っ頓狂な声を上げる。
もっとも驚いているのはその場にいる全員が同じだった。
日本海溝は最大深度八千メートルほどなので、ほとんど海溝の底ということになる。
「何でそんな場所にあるわけっ?!」
『私の本体は全長で一キロメートル強ありますから』
そう凛那も驚いた様子で問いただすと、メーちゃんはしれっと答えてきた。
その答えが突飛すぎて、なのにメーちゃんの答えがあっさりしすぎていて、全員の思考が止まってしまう。
「「「「はあぁっ?!」」」」
話を聞いていた諒兵以外の全員が、大声を出してしまったのを見ても、メーちゃんの様子は変わらなかった。
まるで他人事のように説明してくる。
『まあ、龍機兵としては最大サイズでしょうねえ』
「エキドナと比べても大きすぎるわ……」
『私は基本的に一人で戦ってましたから』
其処まで説明すると、メーちゃんは話を切った。
まずは現状を何とかするほうが先決だと。
『私の本体は基本的に動けません。というか、動かせません。そのことを話しても意味がありませんよ』
「そうだな。今起きていることはアメリカだけの問題ではない」
ここでもっとも冷静なロドニーがメーちゃんの言葉にそう肯くと一同も落ち着きを取り戻す。
「そうなのですか、ジョンソン隊長?」
気持ちを落ち着けた麗佳が問いかけるとジョンソンは各国の状況を説明し始める。
アメリカと同じような事態に陥っている国は二つ。
イギリスとロシアだった。
ライラが重々しげに口を開く。
「先ほどバトラーと連絡が取れた。バトラーは無事だが、兄様が倒れた」
「何ッ?!」
「そんなっ、アーサー兄様がッ?!」
ライラの苦渋に満ちた表情で話した事実に、さすがに諒兵も、そしてアーサーを知る麗佳も驚く。
「イギリスには『ジズ』の力を持つ龍機兵がいたんだ。その者は古竜を率いて反乱を起こし、兄様にウィルスを打ち込んだらしい」
「おい、まさか……」
「バトラーがコカトライスの力で抑えている。そもそも打ち込まれたウィルスは死に至らせるまで三日はかかるらしい」
『その点は間違いありません。あなたの『白い火』とは違いますから』
そして、三日以内にメーちゃんが石化させれば、今の丈太郎やアラステア、エキドナのように命をもたせることはできるという。
メーちゃんの言葉を受けたロドニーがそう説明する。
そして。
「もう一つ問題があるのだが、これについては置いておこう。同様のロシアが問題だ」
「まさか……」と、麗佳が察した様子で呟くと、ロドニーは肯いた。
「プロフェッサーもやられたそうだ。ロシアには『ベヘモト』がいる」
今回、アメリカで起きた悲劇は、時を同じくしてイギリスやロシアでも起きていた。
さすがにショックが続いてふらついてしまった麗佳を智巳が慌てて抱きとめる。
「ロシアには、毒の力を持つ龍機兵がいるそうだが、この者が問題で、逆上して大暴れしているらしい」
「Why?ロシアで伝承竜の力を持つヤツは聞いたことがないな」
「だろうな。『ベヘモト』が出たのは少し前くらい。ただし、今暴れているのは一ヶ月ほど前に力を得たそうだ」
何か含むような言葉に、ウィルフレッドは毒の力を持つ龍機兵がかなりの問題児であることを感じ取る。
そもそも、今古竜の力を持つ龍機兵が支配されていると言うのなら、ロシアとは通信できる余裕がないはずだ。
一人は敵。
プロフェッサー、すなわちローベルトは倒れており、話ができそうなのは大暴れしているというのだから。
「辛うじて、というところだ。行けるのならば、まずロシアに行ってプロフェッサーとその『少女』を保護すべきだろう」
「……えっ?」と、思わず声を上げてしまったのは麗佳である。
少女、つまり問題児は女であるということだからだ。
「この話はあとでまとめて行う。いずれにしても、一番最初に対処すべきはロシアだと覚えておいてくれ」
その後を受けるように凛那が言葉を続けた。
「中国は面倒な敵はいないけど、とにかく龍機兵にしても野良にしても古竜が多いから手間食ってるって話だよ」
「お爺様は……?」
そういって、麗佳が九垓のことを問うと、凛那はため息をついてから答える。
「ウィルスにはやられてない」
「……どういう意味だ?」と諒兵が即座に問いただす。
「老師が手ずから育てていたという龍機兵を庇って重傷を負った。最低1ヶ月は動けんそうだ」
「Wait!老師ってのは龍機兵最大のホァンロンだろうっ?」
ウィルフレッドの疑問ももっともだろう。
竜は大きさで戦闘力を測ることができる。
黄龍こと九垓は龍機兵の中では最大で、メーちゃんに次ぐ大きさを持つのだから、当然戦闘力は絶大だ。
それが重傷を負ったとなれば、信じられないほどとてつもない力を持つ敵の攻撃を受けたことになってしまう。
だが、それは間違いではなかった。
確かに、とてつもない力を持つ敵だったのだ。
「先ほど、お前たちを襲ったあの黄色い光だそうだ」
「でかいのが直撃したらしいよ」と、ロドニーの言葉を受けて凛那が続ける。
諒兵たち三人が受けたものも、相当な威力であったが、それ以上の攻撃をまともに喰らったとなれば……。
「命が在るだけマシってことかよ?」
と、諒兵が怒りを抑えつつ尋ねると、凛那は肯いた。
「……お爺様が庇った人って誰なの?」
「それも後でまとめて話す。だが、君にはとても重要な話になることは理解しておいてくれ」
そう言ってロドニーは言葉を濁す。
どうも何かおかしな存在がいるようだと麗佳は感じていた。
最後に。
「日本は今、古竜が集結してるから大パニックよ」
そういって鈴が口を開いた。
「襲ってんのか?」
「それが、一般人は襲われてないの。でも、隊長さんや副長さんは狙われてる」
「今、どうしてる?」
「何て言うか、助けられたのよ」
「んあ?」
首を傾げる諒兵に対し、鈴は一度麗佳のほうへと視線を向けると、向き直ってから説明した。
「東堂家直轄の居住区で保護されてるの」
「えっ?」と、声を上げたのは麗佳だ。
さすがに先の麗佳の状況では、そんな指示を出せるはずがないのだから当然であろう。
「ミス・トウドウの祖父が指示を出したらしい。二人とも今のところは無事だ」
「そうなのね……」
「孫娘を信じるのは当然だ。そう言われたそうだ」
ライラの言葉に麗佳はひとまず安堵したように微笑む。
しかし、安心している場合ではないことに代わりはない。
「そろそろ答えを教えろよ」
そう諒兵が尋ねると、ロドニーがため息をつく。
諒兵が言いたいことが理解できたらしい。
先ほどから後回しにしている存在は、全て諒兵自身にかかわりがある。
否、『赤の竜』にかかわりが在る存在だと、諒兵には理解できていた。
これは麗佳も同じだった。
その意味するところは一つ。
「……リョウヘイ、もう気づいているだろうが、ロシア、中国、そして我がイギリスに魔王種がいる」
「That figures……、今の話の流れじゃそれしか考えられないな」
そう言ったのはウィルフレッドだ。
もっとも会話の流れで十分に予想できたことである。
「さすがに隠さずに教えてくれた」と智巳。
「中国でじゅーがい爺ちゃんを守ってるのが『大逆の天』、ロシアで大暴れしてんのが『惑乱の根』だってさ」
「そして我がイギリスにいるのは、リョウヘイ、お前の『赤の竜』と並び称される魔王の名を持つ者で『創界の王』というそうだ。この者も戦っているらしい。問題はどの国にいる者も、襲われ続ければ暴走の可能性があることだ」
凛那の言葉を受けつつ、ライラはそう語る。
一番の問題は、今戦っているだろう魔王種が暴走してしまうことだ。
ロシアが問題だといったのはその点で、既に大暴れしている状況なので、暴走状態になる可能性が一番高いという。
「だからね、諒兵には全部の国に行ってもらわないとならないの。移動時間を考えると、アメリカに来たときみたいに空間破るのが一番早いから」
「だろうな」
「プロフェッサーと兄様はワクチンができるまで石化する必要がある。同時に、襲われている龍機兵を集めなければならないそうだ」
「俺以外の魔王種にゃあもともと会うつもりだったしかまわねえよ。それに兄貴が言ってたことを考えると、日本に戻んなきゃなんねえしな」
鈴とライラの説明にそう答える。
メーちゃんが教えてくれた『敵』がまさか日本にいるとは思っていなかったが、アメリカに来たこと自体は別に間違ってはいなかったと思う。
他の魔王種にも会うつもりだったし、この状況で他の国の者たちを放っておく気もない。
其処に麗佳が口を挟んできた。
「諒兵くんが中国、ロシア、イギリスに行くのはいいとしても、他の人たちはどうすればいいのかしら?今の状況だと国に残るのは……」
「「諒兵くん?」」と物凄く麗佳に突っ込みたくなった鈴とライラの言葉は華麗にスルーしてロドニーが続ける。
「さすがに察しがいいなレディ。古竜が国内から消えつつあることで、我々には追討命令が出た」
「出てけってさ」
ロドニーのオブラートに包んだ言葉を、凛那がストレートに補足する。
竜がいなくなるのなら、龍機兵は用済みだと言っているのである。
もっとも、集結しつつある日本では逆に龍機兵を大募集したいところだろう。
「今は龍機兵団の隊長と副隊長がいる東堂家直轄区に行くのがいいって話になってる」
「勝手に進めちゃってゴメンなさい」
智巳の説明を受け、鈴が麗佳に頭を下げるが、麗佳としてはこちらからそう指示するつもりだったため問題はない。
「そうなると、智巳と凛那は日本に戻ってもらったほうがいいわね。緩衝材になってくれると助かるわ」
「それ、爺様にも言われたよ。屋敷の人たち、龍機兵に慣れてるってわけでもないし」
「ただ、一応、詰所の一部の職員さんが来て緩衝材になってくれてるみたい」
「それでも余所者であることは変わらないから、東堂家の人間で龍機兵に対応できる人物には戻ってきてほしいそうだ。一番はミス・トウドウが戻ることだそうだが」
「ライラさん、麗佳でいいわ。それはともかくお爺様も理解されてるようね……」
凛那、智巳、そしてライラの報告に麗佳は納得するように肯くが、実のところ麗佳はすぐには戻れない。
戻るわけにはいかないのだ。
『各国に魔王種がいますからね。こちら側の緩衝材になってくれないと困ります』
「んで、ライラは一度イギリスに戻る必要があるの」
むしろ、アーサーの状況を考えれば、ライラは戻らないわけにはいかないだろう。
石化した状態で放置はできない。
丈太郎やアラステア、そしてエキドナも日本の東堂家直轄区で保護する以上、他の者も一ヶ所にまとめるべきだからだ。
そうなると、ライラと麗佳は各国へと飛ぶ諒兵と行動を共にすることになる。
それ自体は仕方がないことなので、ならばせめて一人だけでも安全なところにいてほしいと思った諒兵が鈴に告げた。
「なら鈴、お前も日本に戻って協力してやれよ」
「「「「「それはダメ」」」」」
何故か、屋敷に残っていた者たち全員が見事に口を揃えた。
さすがに諒兵も不思議そうな顔をしてしまう。
「リョウヘイ、お前のための緩衝材が必要なんだ」と、ライラ。
「自分の性格もっと考えるべき」と、智巳。
「付き合いやすいほうじゃないよねー♪」と、凛那。
「だから一緒に行けって言われちゃった♪」
そして鈴がにこやかな笑顔でそう答える。
「……なんでここまで言われなきゃなんねえんだ?」
「ボーイのことをよくわかってるぜ?」
ウィルフレッドにまでそう言われてしまい、わりとマジメにヘコんでしまった諒兵だった。
気を取り直し、飛んだ先にいる厄介な敵について知っておこうと考えた諒兵は口を開く。
「さっきの『ジズ』ってのと、『ベヘモト』ってのは伝承竜のことなのか?」
「そうみたい。レクターさんの『リヴァイアサン』と一緒なんだって」
「一緒?」と、諒兵が鈴の言葉に首を傾げると、麗佳が呟く。
「……『神の供物』……」
『良く知ってますね』
「何だそりゃ?」
「一神教の伝承に出てくる三体の怪物のことだ」
諒兵の疑問に答えてくれたのはロドニーだった。
一神教には神が天地創造の際に創ったとされる怪物の伝承がある。
通説は二体、もしくは三体とも伝わり、それぞれ
天空の『ジズ』
大地の『ベヘモト』
大海の『リヴァイアサン』
と、言われている。
『伝承には、この三体は終末の時には食物として供されるとあります。そのため『神の供物』と呼ばれるんです』
「食いもんなのかよ」
と、少しばかり諒兵は呆れてしまう。
だが、伝承から最高の生物だの、最強の生物だのと言われているため、その力は絶大なのである。
「信じたくありませんが……、敵は『神』なのですか?」
麗佳がメーちゃんにそう問いかけると、彼女は沈んだ表情を見せる。
あまり話したくはない様子だった。
だが。
「面倒なことになってんだ。言えよ」
『そうですね……。たるてちゃん』
「私はお菓子じゃありませんけれど……」
まるで洋菓子のタルトタタンのような響きに、麗佳は思わず突っ込みを入れてしまう。
とことんまでボケキャラのメーちゃんである。
『神というのは間違いです。『あの者』は其処までの力はありません。ただし、空間の知覚能力が高いので、この星の何処にでも力を及ぼすことができますが』
「No way!十分に神だぜそれはっ!」
『いいえ。『あの者』は『騙る者』です』
「騙る者?」と、尋ねるウィルフレッドに、メーちゃんは重々しく肯く。
『その名はデミウルゴス。造物主を『騙る者』です』
それが、諒兵が自分が倒すべき敵だと教えられた者の名だった。




