14話「少年の『白い火』と緋の少女の想い」
それを感じ取ったのは、ルイスのほうが先だった。
「Hey、よそ見してる場合か?」
振り下ろされるウィルフレッドの拳が、大通りの地面を砕く。
手加減なしの拳は、半竜体のままですら凄まじい威力を放っていた。
「気づかないんですか?感覚が鈍すぎますね」
「Why?」
「魔王種と対峙しているのに、『赤の竜』の威圧が普段と変わっていない」
それはつまり普段のままだということだ。
すなわち、人間体のままでいるということなのだ。
既に『淫果の蛇』と化した麗佳と対峙している状況であるにもかかわらず。
「竜を滅ぼす兵器である『赤の竜』にとって、魔王種は倒さなければならない存在でしょう。最低限、成竜体に竜化していなければおかしい」
そう語るルイスの話を聞いて、ウィルフレッドは笑いだした。
本当に面白そうに。
「何がおかしいんです?」
「Amazing!さすがだぜボーイッ!ミラクルを引っ張り込む気なんだなッ!」
「は?」
サッパリ意味がわからないという表情を見せるルイスに対し、ウィルフレッドはピッと指を差して指摘してくる。
「ボーイのやってることがわかるようになれれば、お前も戻ってこれると思うんだけどなルイス」
「気でも違っているのでしょう?とても理解できません」
呆れたとしか言えないといった態度で肩を竦めるルイスに、ウィルフレッドは一瞬悲しげな視線を向ける。
道を違えた仲間を倒すのはウィルフレッドとしては心苦しいのだが、これ以上の罪は犯させたくはないとも思う。
「Sorry、本気を出すぜ。投降する気がないなら叩きのめす」
「口では何とでも言えます」
もはや手加減無用とでもいいたげに、ルイスは額から両腕にかけて鱗を生やして竜化し、さらに翼を広げた。
仲間の血で拳を染めるのはウィルフレッドが一番嫌っていたことだ。
だが、それでもやらなければならないと覚悟を決め、ウィルフレッドは両腕両脚を竜化させて地を蹴った。
諒兵が鱗を消していくのを見た麗佳は、怒りも顕わに叫ぶ。
『化身モセズニ私ト戦ウトイウノ?随分ト舐メテクレルワネ『サタン』ッ!』
「ちッ……」
何故か、麗佳の言葉に舌打ちする諒兵だった。
もっとも、直後に緋い大蛇の尻尾が襲いかかってきたことで、攻撃を喰らわないように必死になって避けていたが。
それでも、ギリギリで避けることができること自体、たいしたものだと言えるが。
だが。
(ブレスは喰らえねえな)
まず、一番厄介な攻撃であるアシュタルテのマントルブレスは喰らえない。
人間体のままでまともに喰らえば消し炭も残らないし、あまり撃たせるのも問題だ。
戦場が溶岩だらけになってしまう。
まともに動ける場所がなくなってしまうのである。
もっとも、麗佳自身、撃ちまくる気はない様子だが。
強力な攻撃だけに簡単に撃てるものでもないのだろう。
だが、だからこそ。
(チャンスはあの大蛇から撃ってくる二発目だ)
それこそが、今は逃げ回る諒兵が狙う逆転のチャンスだった。
『チョコマカトッ!』
苛立たしげに叫んだ麗佳は、竜化している腕を振るってくる。
それだけで大気が震えた。
「ちぃッ!」
真竜体に化身している状態ならば、麗佳でも腕を振るって衝撃波を出せるらしい。
吹き飛ばされてしまった諒兵は、空中で体勢を立て直して着地し、即座に地を蹴った。
「そっからも出るのかよッ!」
驚くことに、麗佳は自身の口からもブレスを吐いてきた。
大蛇の顎から撃たれたとんでもない威力を持つブレスとは違い、威力は其処まででもない。
だが、速射砲のように連射してくる。
『逃ゲ回ルダケナノッ?!竜ヲ滅ボス竜ノ名ガ泣クワヨ『サタン』ッ!』
「ちッ、さっきから何なんだよ……」
麗佳の言葉に、諒兵は苛立った顔を見せる。
先ほどからどうにも気に入らないことがあった。
麗佳は諒兵をバケモノだと見ている。
だが、それは麗佳が自分自身をバケモノだと見ているということだと思える。
それは、麗佳が『諦めている』ということだと諒兵には思えた。
だから気にいらない。
その『名』が気にいらない。
「うらあッ!」
振り回される大蛇の尾を、全力で蹴り付けて逸らす。
こんなものに負けるほど自分は弱くない。
弱くないと信じたい。
何故なら、負けたくないからだ。
『化身スル気ガナイノナラ、ソノママ消エテシマイナサイッ!』
再び、麗佳が大蛇の顎を開く。
超高温のマグマが巨大な砲弾と化して集まってくる。
それを前にして、諒兵は逃げずに立った。
『消シ炭トナレッ!『サタン』ッ!』
吐き出されるマントルブレスが、諒兵に迫る。
その状況において、諒兵は化身しようとはしなかった。
一部を竜化させることすらしていない。
あくまで人間体のままで其処に立つ。
そして叫んだ。
「俺が倒してえのはバケモノじゃねえッ、『運命』なんぞに負けそうな弱っちい俺自身だッ!」
直後、マントルブレスが諒兵の拳に直撃した。
屋敷でそれを見ていた一同はただ呆然としてしまう。
麗佳の最大の攻撃を、人間体のままで受けた。
身体が残っていれば奇跡だろう。
ならば、その光景は奇跡ではないということになってしまう。
奇跡すら超えた何かが起きたということになる。
右腕に白い火を発現させた諒兵が、人間体のまま、いまだにその場に立ち続けているという光景は。
「諒兵ッ!」
鈴の叫びに、呆然としていた一同はようやく口を開いた。
「白い火でマントルブレスを吹き飛ばしたのか……」
「もう、逆にバケモノとしか言えないじゃん……」
「すごい……」
ライラが、そして凛那や智巳も呆然と呟くだけだ。
ウィルフレッドとの手合わせできっかけを掴んではいた。
だが、『赤の竜』の火ではなく、『白い火』となると話はまったく変わってくる。
究極の力を人間体のままで引き出したということになるのだから。
その姿を見たメーちゃんが呟いた。
『彼なら、辿り着けるかもしれない……』
驚いたというよりも、感激しているかのようなメーちゃんの呟きを聞いたロドニーが問う。
『今はまだ何も言えません。でも……』
「でも?」
『こんなモノを見せられたら、期待しちゃいます』
その言葉にどれだけの想いが込められていたのだろう。
何故か、とても重たくて、それ以上のことを聞くことができなかった。
もっとも、智巳や凛那にとっては今の状況は決して歓迎できることではない。
「あいつ、麗佳を倒す気?」
「それは……」と、ライラは智巳の問いかけに対し、言いよどんでしまう。
ほとんど暴走状態にある『淫果の蛇』をこのまま放置しておくことはできない。
余程のことがない限り、麗佳は人の姿には戻らないだろう。
丈太郎やアラステア、そしてエキドナを殺されたと思い込んでいるのだから。
大事な人たちを失った悲しみと怒り。
それ以上に自分はやはり普通にはなれないという想い。
もはや自分はバケモノでしかないのだという絶望が、麗佳の人としての心を呑みこみかけてしまっている。
でも。
「……わかんないけど」
「何さ?」
「諒兵は、麗佳さんを殺さないと思う」
それは漠然とした想いでしかない。
でも、鈴には諒兵が麗佳を殺そうとしているとは思えなかった。
まして、麗佳を利用して力を引き出したとも思えなかった。
そうしなければ勝てないと考えているように思えるのだ。
「勝つ相手は麗佳じゃないってこと?」
「うん。そう思う」
凛那の問いに、自信なさそうに答えた鈴だが、なぜかそれが間違っているとは思えなかった。
竜を滅ぼす『白い火』
人間体のままで発現し、アシュタルテ最大のブレスを吹き飛ばした諒兵を見た麗佳は、呆然としてしまっていた。
化身した状態で、ようやく可能性があるだけだったはずなのに、自らを窮地に置くことで力を引っ張り出したのだ。
いまだに発現したままの『白い火』を見て、麗佳は悟ってしまう。
(コレガ、私ノ終ワリナノネ……)
あの『白い火』を自分の龍玉に叩きつけられれば、アシュタルテの身体は崩壊する。
それは、麗佳の死を意味する。
龍玉が砕かれれば、自意識を保つことはほぼ不可能だからだ。
だが。
(強イノネ、アナタハ……)
麗佳は諒兵の姿を見つめてそう思った。
『赤の竜』という運命に抗い、自分の意志を貫けるほどの強さ。
諒兵の右腕で輝く『白い火』はその証明だ。
それが羨ましいと思う。
自分にも、そんな強さが欲しかったと思う。
でも、何故か嫉妬は湧かない。
不思議と誇らしいと思えるのだ。
同じ魔王種でも、自分より前へと進んだ諒兵のことが。
『羨望』に負けてしまった自分と違い、『憤怒』に勝った諒兵が。
だから。
(アナタニナラ、殺サレテモイイ……)
自分の人生を此処で終わりにするのならば、諒兵の火に焼かれるのも悪くないと麗佳は思う。
人として『憤怒の化身』に勝利し、さらには従えた諒兵の強さに倒されるのならば、それはある意味では幸せなのかもしれない、と。
(人ハ『運命』ニモ勝テル。ソンナ姿ヲ見セテクレタ、アナタニナラ……)
麗佳は常に『運命』に絶望していた。
病弱だった幼いころの運命に。
龍機兵となり、バケモノと化した運命に。
自分には、普通の幸福は得られないのだ、と。
ただ、思えば、龍機兵となってから今までのことは、本来ならばとっくに死んでいたはずの哀れな自分に与えられた慈悲だったのかもしれない。
そう思えば、もう十分に生きただろう。
そして、人生の最期に人は運命を越えられると諒兵が見せてくれた。
自分は越えられなかったが、未来の片鱗を見せてもらっただけでも、自分は幸運だと思う。
だから、終わりとなってもかまわないとすら思っていた。
「よっ!」
そう掛け声を出し、緋い大蛇の頭に飛び乗って自分の眼前に立つ諒兵を見て麗佳は微笑む。
(デキルナラ、私ノコトヲ覚エテイテ。アナタノ心ノ片隅デイイカラ、傍ニ置イテ欲シイ……)
違う出会い方をしていたら、もっと違う関係になっていただろうか。
ひょっとしたら、腕を組んで街を歩くような関係だっただろうか。
もし、次の人生があるのなら、今度は二人で笑い合えるような関係になれるといい。
そんなことを思いながら、全てを受け入れるかのように両腕を広げた麗佳は。
ぺんっ!と頭を叩かれた。
起きた事があまりに意外すぎて、麗佳は絶句してしまう。
『え?』
「俺の名前は『日野諒兵』だ。サタンなんておかしな名前で呼ぶんじゃねえよ」
『えっ、なっ、何を言っているのっ?!』
そんなことが重要だったというのだろうか?
あれほどの激戦の中で、たったそれだけが気に入らなかったというのだろうか。
だから人間体のままで戦っていたというのだろうか。
だとしたら、とんでもない大馬鹿野郎である。
だが。
「お前だってそうだろ。お前はアシュタルテとかじゃなくて、『東堂麗佳』だろうがよ」
麗佳の胸に何かがストンと落ちた。
全てが理解できたような感覚だった。
ズメイ型・魔王種『赤の竜』ことサタン。
オロチ型・魔王種『淫果の蛇』ことアシュタルテ。
それはあくまで諒兵が、そして麗佳が手に入れてしまった竜の力の名だ。
自分たちの力を示しているだけで、自分自身を示す名前ではない。
「それでいいんじゃねえのか?麗佳」
「あっ……」
それでいい。
むしろ、そうであるべきだと麗佳は理解する。
自分たちは龍機兵だ。
竜の力を持った人なのだ。
だから、名前はあくまで人の名でいいのだ。
『淫果の蛇』も『アシュタルテ』も、自分の一部ではあっても、自分そのものではない。
自分はあくまで『東堂麗佳』という少女なのだから。
もっとも、それ以上に諒兵が名前を呼んでくれたことが驚くほど心地よくて、暴れ狂っていた『羨望』の感情が急速に萎んでいく。
「きゃっ!」
「おっと」
麗佳がそのことを自覚したとたん、アシュタルテの身体が消え始める。
緋い大蛇はかなり大きかったため、急に消えてしまったことで落ちそうになったが、咄嗟に諒兵が抱き上げ、上手く着地した。
いわゆる『お姫様抱っこ』である。
麗佳はお嬢様だが。
「あっ、ありがとう……」
顔を赤らめながら麗佳がそうお礼を言うと、いきなり諒兵は両腕を離した。
「いたっ!」
でんっと、麗佳は形のいいお尻から地面に落ちてしまう。
思わず恨みがましい目で見つめてしまった。
「いたた……、もう少し優しく扱ってくれてもいいでしょう?」
「生憎、女の扱いなんざ知らねえよ」
「優しくないのね」
「わりいな。優しくねえんだよ、俺は」
嘘つき、と、麗佳は内心で思う。
本当に優しくないのなら、自分を助けようなどとしなかったはずだ。
『赤の竜』という兵器として、『淫果の蛇』を破壊したはずだ。
諒兵として麗佳を助ける理由などないのだから。
ただ、自分と同じ魔王種である麗佳が自分はバケモノだと諦めてしまっていることが許せなかった。
それ以上に諒兵自身も、自分をバケモノだと諦めていたことがあったことが許せなかった。
バケモノでも人として生きればいい。
だから、諒兵として麗佳を助けることこそが、『運命』に負けそうな自分を倒す方法だと感覚で理解したのだろう。
諒兵はそうしたに過ぎない。
でも、麗佳はそれが嬉しかった。
魔王種は、竜の中でも特別強力なバケモノかもしれない。
でも、自分たちは人だと思っていいのだと理解できた。
立ち上がり、パンパンと汚れを払った麗佳は、改めて諒兵に向き直る。
「ありがとう、諒兵くん」
「別に」
お礼を聞いても、素っ気無くそう答えただけの諒兵に対し「あっ!」と麗佳は何かに気づいたように視線を横に向ける。
「んあ?」
「お礼よ♪」
釣られて横を向いた諒兵の頬に、麗佳はチュッとわかりやすいほど可愛らしいキスをしてきた。
「へっ?」
「捻くれ者にはこうでもしないと受け取ってもらえないでしょうから♪」
イタズラっぽい笑みを見せる麗佳の顔を、諒兵は呆然と眺めてしまう。
其処に。
[りょおへえぇーッ、何してんのよおッ!]
[はっ、はっ、破廉恥だぞッ!]
鈴とライラの怒鳴り声が、龍玉を通じて響いてきた。
「うるせえなッ、頭ん中でがなるなッ!」
[うるさくないもんっ!]
[きょっ、教育的指導だっ!]
「声がでけえんだよ鈴ッ、お前は風紀委員かライラッ!」
「あらー、怒らせちゃったわね♪」
痴話ゲンカの原因とも言うべき麗佳は、むしろ楽しそうに笑う。
それは間違いなく、麗佳が求めた普通の女の子の人生の一幕だった。




