13話「少年と緋の少女と『淫果の蛇』」
鈴のドラゴン・フェイスが見つけるより少し前のこと。
ラスベガス居住区の外までふらふらと歩いてきてしまった麗佳。
彼女は思う。
(どうして……、私、みんなと同じになりたいだけなのに……)
幼いころ、病弱な彼女は自分の部屋から出ることすら満足にできなかった。
屋敷の窓から見る外の景色。
たまに通りかかる、同い年くらいの子どもたちを見るのが楽しみであると同時に、羨ましかった。
自分も一緒に遊びたい。
そう思っていた。
父や母、そして祖父といった人たちが、自分のために世界中から医師や科学者を集め、難病を治せるように、身体を強くできるようにと研究してくれたことは嬉しかったけれど、申し訳なかった。
でも、せっかく集めてくれたのなら、自分も元気な振りをしなくちゃと気丈に頑張っていた。
そんな彼女に。
「無理すんな、お嬢」
「頑張るのは私たちです。あなたは心穏やかに待っていてください」
「だが、強い意志があるのは誇るべきことだ。我らも誇らしく思う」
「お前さんのためになら、俺たちも頑張れるからな」
「孫娘のためじゃ。何でもできるぞい」
そう声をかけてくれた優しい人たち。
頑張ろうと思った。
未来を変えようと。
このまま死にたくないと。
優しい人たちが一緒にいてくれるなら、きっとみんなと同じになれる。
元気に遊んで、笑って、怒って、泣いて、そんな普通の人の当たり前が、自分にとっても当たり前になる。
みんなと同じような人生を。
みんなと同じような青春を。
友だちと学校に通い、帰りに美味しいスイーツを一緒に食べる。
勉強は得意なほうだから、友だちと一緒に勉強会をするのもいい。
そして、ちょっと気になる男の子にときめいて、恋をして。
そんな、普通の女の子が送る普通の人生を送りたい。
そんな慎ましくも素晴らしい未来を夢見た。
だから、間に合わないかもしれなくても、懸命に生きようと。
そんなときに父や母の勧めで、一縷の望みを賭けて『竜の血』を呑むことを決めた。
その結果、自分は人から外れてしまった。
父母は自分の存在を心から消してしまった。
人でなくなった自分は、人としては生きられないのか。
そう思って世界中を彷徨い、エキドナに出会った。
彼女の考えは間違っていないとは思う。
もっとも容易に受け入れられることでもないと理解できたが。
それでも自分と同じ存在がいることが救いだった。
さらに、智巳や凛那と出会い、二人が望んだことで自分の力を分けた。
少しずつでいい。
自分と同じ存在を増やそう。
人として生きられないのなら、同じような存在と共に生きよう。
そう考え始めたころ、優しい人たちが自分と同じになってくれたことを知った。
それが嬉しくて、でも、彼らが未来を捨てていることを知って悲しくなった。
だから、自分と同じような人たちに未来を創りたい。
未来を創って、共に生きたい。
麗佳はそう願った。
そう願い、優しい人たちを影から支え、いつか彼らと共に生きられるようにと地道に頑張ってきた。
なのに。
(私には、許されない……、みんなと同じであることが、許されない……)
何故。
何故、優しい人たちが、姉妹のように付き合ってきた女神が倒れたのだろう。
何故、自分が求める世界が壊されてしまうのだろう。
金も、権力も、力も、麗佳は欲しいなんて言ったことは一度もなかった。
生まれたときからその手にあったけれど、欲しかったわけではなかった。
むしろ、イラナイモノを押し付けられ、欲しいものを奪い取られていたような気持ちだった。
(みんな、零れていく……私の手から……零れてく……)
大事なモノを失う。
望んでいた『当たり前』が奪われ、不要な力だけ押し付けられる。
欲しいのは大事な人たちと一緒に笑っていられるような普通の人生なのに。
それだけが麗佳の手から零れていく。
それだけが。
(私には……許されない……許されない……許サナイ……)
ざわざわと麗佳の緋い髪の毛が蠢きだす。
泣き顔を覆っていた両手から、緋の鱗が生えだしてくる。
(許サナイ……許サナイ……コンナ世界、モウイラナイ……)
緋色の両目が、輝きを増していく。
そこに。
「東堂ッ!」
少年の声が聞こえてくる。
竜を滅ぼす最強の魔王種の力を持つ者の声が。
自分を倒しに来たのだろうかと麗佳は思う。
ならば、全部壊してしまおう。
普通の人生が送れないのならば、全てを滅ぼして終わらせてしまおう。
その後、世界がどうなろうと知ったことか。
自分が欲しいものを奪う世界など、麗佳には必要ないのだから。
「全部全部全部ッ、私ノ焔デ呑ミ込ンデアゲルッ!」
力を解放し、麗佳の姿が変わる。
肌を残しつつも緋い鱗に覆われた上半身から、大きな竜の翼が生える。
下半身は巨大な緋い大蛇と化した。
大蛇の頭の上に、麗佳の身体が生えているような姿だった。
その姿は伝承に書かれている、竜に乗る悪魔の姿に酷似している。
オロチ型・魔王種『淫果の蛇』ことアシュタルテ。
その真の姿の顕現だった。
麗佳が真竜体へと化身したところで、鈴のドラゴン・フェイスが諒兵と麗佳を見つけだした。
「アレが、オロチ型の魔王種、アシュタルテか……」
ライラが呻くように呟く。
だが、映像を通しても伝わってくる凄まじい威圧感に、全員が戦慄していた。
これまで見たどの伝承竜よりも、威圧感が凄まじい。
魔王種という呼び名が、まったく的外れでないことが理解できる。
「……智巳さんや凛那さんは見たことあるの?」
「ない。初めて見る……」
「麗佳が真竜体になったトコなんて見たことないよ……」
普段はよく髪の毛を変化させて戦っているが、それでも龍機兵としての力は凄まじいのだ。
真竜体どころか、身体を竜化させたところすら、一度も見たことがないという。
『でしょうね。魔王種たちの威圧感は凄まじいなんてものじゃありません。感じませんか、しちめんちゃん』
メーちゃんの言葉に鈴は首を傾げてしまう。
何故、自分を名指ししてきたのかと。
『この中で感覚が一番鋭いじゃないですか。古竜たちが怯えているのが感じられるでしょ?』
「あっ、そう言えば、怯えたような気配が伝わってくる……」
『魔王種の顕現に怯えているんです。それが今のところ救いですが……』
「えっ?」
鈴がメーちゃんの言葉に疑問を感じるよりも早く、彼女はロドニーに声をかけた。
『せるさん、連絡は?』
「すまない。何故かどこも立て込んでいるらしくて通信がつながらない」
『続けてください。なんとしてもすぐに通信をつなげるように』
メーちゃんの言葉から本当に深刻な事態に陥っていることが伝わってくる。
ゆえにロドニーは素直に肯いた。
さすがにこれだけの威圧感が放たれれば、一般人でも気づく。
居住区の外とはいえ、明らかに伝承竜だとわかる存在が現れてしまったことで、ラスベガス居住区内は一気に大騒ぎとなり、シェルターに避難する者が続出した。
さすがに命とお金では命に天秤が傾くのだろう。
作られていた人垣は無くなり、その場に残っているのはウィルフレッドとルイスだけだった。
「どうするつもりだルイス?」
「どうもしませんよ。竜は本来倒されるべきモノです」
「レディは人間だぜ?」
「あの姿を見てもそう言えますか?」
ルイスの問いに対し、ウィルフレッドは「Why not?」、つまり「もちろんだ」と答え、そして続ける。
「レディは寂しがり屋のリトルガールさ」
ウィルフレッドがそう断言できるのは、先ほどの会合で麗佳の人となりをちゃんと見ていたからだと言える。
本当は仲良くしたいけれど、なかなかそうできないことが寂しかったのだ。
麗佳が丈太郎やアラステアのことを親しみを込めて呼んだ姿は、本当に上手くいって良かったと心から安心していることがウィルフレッドには理解できたのである。
「ならば、助けにでも行きますか?」
「No、俺はお前を捕まえる。あっちはボーイに任せたからな」
「よく信じられますね。正気とは思えませんが?」
「Not funny、俺は拳を合わせたヤツは本気で信じる。ボーイの拳はまっすぐだったからな」
どんな危険な力を持っていても、諒兵自身が本当にまっすぐな心を持っているとウィルフレッドは確信している。
だから、信じることは何もおかしくない。
「力で人を決めるなルイス。いつだって大事なのはハートさ」
「くだらない理想論です」
「そう思うなら、俺を止めてみな」
ウィルフレッドが固めた拳から鱗が生えてくる。
もはや遠慮はしないということだと理解したルイスも隠そうとしていた鱗を生やしだしたのだった。
そして。
目の前で麗佳が竜の姿に変わっていったのを見ていた諒兵は驚くと共にため息をつく。
自分と同じ魔王種と対峙するのは初めてだ。
さすがに感じる威圧感はこれまで対峙した伝承竜とは比べ物にならない。
しかも、相手は感情が暴走してしまっているから、間違いなく大暴れするだろう。
「少し荒っぽくいくぜ」
こちらも本気を出さなければならない。
『赤の竜』へと化身して戦う以外にないと、全身を竜化させ始める。
「ちッ!」
そう思ったのだが、心の隅に引っかかるものがあった。
このまま、自分も竜化して戦うだけでいいのか、と。
一瞬、そんな思考に気をとられてしまったのか、気づいたときには麗佳は下半身の大蛇の顎を大きく開いていた。
「ちぃッ!」
『喰ラエッ、『サタン』ッ!』
「まさかそう呼ばれるとはなッ!」
今までは、『赤の竜』と呼ばれることが常で、憤怒の化身の魔王の名で呼ばれることはなかっただけに、ある意味では新鮮だった。
もっとも、そんなことをのんびりと考えている状況ではない。
『イィヤアァアァアアァアァァアァァアァアアァッ!』
麗佳が吐き出したのは巨大な火球というより、超高温の焔の塊。
ファイアーブレスではなく、別の何かを吐き出していた。
だが、威力は凄まじいなどというレベルではない。
射線上は地面が一気に赤熱化し、着弾地点はマグマ溜まりのように真っ赤になっている。
燃える物がなければ燃え続けない諒兵のファイアーブレスとはまったく違う。
「ちッ、なんだよこりゃあッ?!」
せめて丈太郎と通信できればと思うが、今はそんな状況ではないだろう。
わかるのはまともに喰らえば、成竜体に化身してもかなりのダメージを負うことになるということだけだ。
もっとも、かなりのダメージで済むこと自体、実は異常と言えるレベルなのだが。
普通なら、消し炭も残らないレベルの攻撃なのである。
その様子を見ていた鈴はすぐに問い詰めた。
「ファイアーブレスじゃないの?」
「麗佳が使うブレスは火球なんだけど、アレはいつものと違うんだよね……」
凛那も初めて見たらしく、首を捻っている。
いつも使っているブレスとは明らかに違うモノらしい。
答えてくれたのは解説役をしてくれているメーちゃんだった。
『アレがアシュタルテ本来のブレスです。名前は『マントルブレス』、吐き出しているのはわかりやすく言えば溶岩です』
「マントルだと?まさか地中を流れるマントル対流をブレスとして吐けるのか?」
『はい。アシュタルテの属性は『土』、地母の系譜に連なる伝承を持ちますから』
一瞬、なるほどと納得しかけた一同だが、すぐにおかしなことに気づいた。
今まで、竜に属性があるなどという話は聞いたことがなかったからだ。
『厳密に言うとないんですが、魔王種だけはハッキリとブレスに違いが出るんですよ』
「それが属性?」と、鈴。
『はい。諒兵ならば『火』、彼女なら『土』です』
「他は?」と、ロドニー。
『残りは『水』と『木』、そして『金』になりますね』
メーちゃんの解説に鈴は首を傾げる。
属性というと一般的には風火水土を思いだすからだ。
だが、勤勉なライラにはその意味が理解できた。
「五行か」
『はい。木火土金水なんです』
風水などで有名な五行思想における属性なのである。
古代中国において生まれた五行思想においては、万物を構成する元素は、木、火、土、金、水となっている。
諒兵の『赤の竜』が火、麗佳の『淫果の蛇』が土だとするなら、残るは確かに水、木、金となる。
「エキドナさんは、その五行ってのをベースに考えたわけ?」
鈴が尋ねるとメーちゃんは首を振る。
これほど見事に五行の属性に分かれているなら、そう考えても不思議ではない。
だが、そう考えること自体がおかしいのだ。
そもそも『赤の竜』は『白い火』が生んだバグなのだから。
「あっ……」
『それ以上に、エキドナは感情から魔王種を生みだしました。其処に属性はありません』
「確かにそうだ。先ほどの話を考えるなら、属性を分けたとはとても考えられない」
「なら、偶然ってことじゃん」
『はい。偶然です』
だが、その偶然は、まるで何かが生みだしたようにも思える。
偶然と片付けるには、あまりにも全てが創られ過ぎているように思えるからだ。
『私はそれが『運命』なのだと思いますね。人の意志、いいえ、神の意志すら束縛するものだと』
「あなたは運命論者なのか?」
『全てが思い通りにいく生なんてありませんよ』
ロドニーの問いにそう答えたメーちゃんの表情を見ると、エキドナとは違った意味で神のような、むしろ悟ってしまっているような印象を受ける。
諦めていると言ってもいいかもしれない。
星のために犠牲を覚悟の上で、それでも希望を持って『竜の血』を生みだしたエキドナとは正反対の印象を受ける。
『ですから……あれ?』
「どうした?」
メーちゃんの視線は鈴のドラゴン・フェイスが映しだす映像に釘付けだった。
其処に映る、ある意味では異常な光景を信じられないような目で見つめている。
ロドニーも彼女に釣られて映像を見て、言葉を失ってしまう。
「えっ、あっ……」
「……何故だ?」
鈴も絶句し、ライラはただ呆然としてしまう。
「じょーだん……」
「本気?」
凛那も、そして智巳も其処に映る映像を信じられないものを見る目で見つめる。
「馬鹿な……。相手は真竜体の魔王種だぞ。彼は正気か?」
その言葉に答えたのは鈴。
「諒兵は、ムチャするときは、いつも正気なの……」
むしろ、頭がおかしくなってくれていたほうがまだ気が楽だ。
正気で、本気だからこそ、信じられないような無茶をするのが諒兵なのだから。
其処に映っていたのは、生え始めていた鱗すら消し、人の姿のままで麗佳と対峙する諒兵の姿だった。




