12話「ファフナーとリヴァイアサンと主」
吹き飛ばしたルイスを追い、ウィルフレッドはラスベガス居住区の大通りに降り立つ。
だが、さすがにルイスも隊長を務めるだけあって、あっさりと着地しているのを発見した。
「Freeze!!」
そう叫ぶものの、あれだけのことをして逃げないはずがない。
だからこそ、人通りの多いこの時間帯に、外に吹き飛ばしたのだから。
「クッ、どいてくださいッ!」
そう叫びながら、人の間を縫うように走るルイスを追って、ウィルフレッドは駆ける。
さすがに一般人がいる中で、竜の襲撃があるわけでもないのに気安く竜化はできない。
つまり、飛ぶことができないのだ。
ならばまだ追いつけるとウィルフレッドは走りながら叫ぶ。
「Wait!!何であんな真似したんだルイスッ!」
ルイスは答えてこない。
答える気がないのだろう。
ならば。
「グッ?!」
「捕まえたぜ。俺の手を振り払えると思うなよ」
走っている場合、直線のスピードではウィルフレッドはそこまで速くはないため、ルイスに一歩劣る。
だが、こういった人ごみの中を走ることになると話は変わる。
自慢できることではないが、ウィルフレッドはスラム時代はかっぱらいもやっていた。
ゆえに、人ごみの中を駆け抜けるのはお手の物だ。
「How come?お前はジェネラルのことを尊敬してたはずだろ」
「主の命に従ったまでです」
「誰のことだ?」
「あなたには関係ありません」
ルイスに答える気はないらしい。
だが、今、U・S・ドラグナーにとって、否、多くの龍機兵たちにとって大きな問題が起きている。
聞けることは全て聞かなければならない。
どんな手段を使っても。
そう覚悟を決めたウィルフレッドは大声で叫んだ。
「Hey guys!ストリートファイトだッ、ハデに行くぜッ!」
「何をッ?!」
いきなりそう叫んだウィルフレッドに戸惑うルイスだが、周りの人々の反応を見て、ハッとする。
よおしッ、みんなどっちが勝つか賭けろッ!
Let's make a bet!
俺は大きいほうだッ!
スマートなのもやりそうだぜッ!
OK!Let's Fight!
一気にウィルフレッドとルイスの周囲に人垣ができる。
それはまるで、人で作られたリングのようだ。
否、ウィルフレッドは一般人を巻き込んでリングを作ったのだ。
ギャンブルの街ラスベガス。
そこでストリートファイトとなれば、恰好のギャンブルイベントになる。
それを利用してルイスを閉じ込めたのである。
「ハッ、これで逃げられないぜルイス。俺が勝ったら話してもらう」
「あなたという人は……」
今まで見せたこともないような苛立ちの表情を見せるルイスに対し、ウィルフレッドはニヤリと笑う。
「Well shit、お前のそんな顔を見たのは初めてだぜ」
「そうでしょう。でも、以前から思っていました。あなたとは性格が合わないと」
「そうか?俺はお前は凄いヤツだと思ってたけどな」
「お世辞はいい。覚悟してください」
ルイスは竜の力を魔法のように使うが、それでも龍機兵だ。
格闘技もある程度は使える。
そんな彼が真剣な顔でファイティングポーズをとってくるのを見て、ウィルフレッドも拳を固めた。
現れていきなりボケたメーちゃんに誰が突っ込みを入れるべきかと悩んでしまったのだろうか。
その場に残った者たちは、何となく口を開けないままでいた。
そのためか、一番最初に彼女に声をかけたのは、本来、それどころではない状況にある者だった。
『……ああ……おねえさま……』
『エキドナ。まだ私のことをそう呼んでくれるんですか……』
エキドナの言葉に、一同は驚愕する。
凛那などうっかりウィルスを退ける作業を忘れてしまいそうになり、慌てるほどだった。
この場にいる一同で、さらにまともに意識がある者で、エキドナに姉がいたなどという話を知る者はいないからだ。
だが、今、ウィルスに苦しむエキドナが必死になって声を出しているため、誰一人として会話に口を挟めない。
『……お会い……したかった……ですわ……』
『あなたに会う資格なんて私にはありませんよ。できるなら、ひっそりと全てを終わらせたかったんですけどね』
その会話で、メーちゃんがかなり重要なことを知っていることが理解できる。
エキドナが知らない真実。
それも、今、彼女を苦しめている真実を。
『エキドナ。あなたを苦しめているのは私が創ったものに似せて創られたウィルスです。ワクチンの制作は可能ですが、今の私には創るための時間がありません』
『……はい……』
『ですから、今はあなたの身体ごとウィルスの活動を停止させます。全てを終わらせてから、穏やかに目覚められるように』
『……あの方々も……』
『わかってますよ』
エキドナが必死に視線を向けた先には、同様に倒れたままの丈太郎とアラステアがいる。
この状況で、二人の心配ができる。
それだけでもエキドナが本当に地母神として伝わるままの大きな愛情を持っていることが良くわかる。
『……終わったら……』
『はい。ちゃんと目覚められますよ』
『……必ず……おねえさまが……起こしに来て……くださいまし……』
『これだけ目撃者がいる中で言われてしまったら、こっそりできないじゃないですか』
エキドナの言葉にメーちゃんは苦笑いするばかりだ。
ひっそりと消えるだけのつもりだったメーちゃんだが、エキドナの言葉を反故にはできない。
その上、これだけ目撃者がいては、こっそりと起こすだけというわけにもいくまい。
今度こそ、姉妹仲良く。
そんなエキドナの願いを、此処にいる者たちが守ろうとするだろう。
『……約束……ですわ……』
『はいはい。しょうのない子ですねえ。今はゆっくりとお眠りなさいな』
そう答えると、メーちゃんはエキドナから少し距離をとり、エキドナ、そして丈太郎とアラステアを視界に収める。
『時よ凍れ』
その言葉と共に彼女の両目から放たれた光が、三人を優しく包む。
数瞬後、丈太郎とアラステア、そしてエキドナは、物言わぬ石像と化した。
「石化……それもこれほど高度な……」
その状況を見たロドニーが呻く。
実は龍機兵の中に石化が使える者は一人もいない。
その点について、疑問を感じる者も多い。
今は眠る丈太郎もその一人だ。
だからこそ、丈太郎はメーちゃんの正体に気づくことができたと言える。
「あなたは、まさか……」
『すとっぷっ!まずはそっちのらぷちゃん』
「えっ?」
『何か食べたほうがいいです。あのウィルスに対抗するだけの力を使ったんですから』
「あっ、はいよー」
指示された凛那は素直にその場に残っているお菓子に手をつける。
確かに意識が持っていかれそうなほど、空腹だったことに気づいたからだ。
『次はしちめんちゃん』
「しちめんちょう?」
『いいですねえ。今度からそう呼びましょう』
「マジでやめて」
鈴の聞き間違いを通称にしかねないメーちゃんに鈴は必死に抵抗する。
『ちっ!』
何故か残念そうな顔をするメーちゃんに、いろんな意味で問題がある存在だと理解する一同だった。
『しちめんちゃんは顔を出してください。外に出たファフナーの彼と諒兵のところに飛ばして、映像を送るように』
「あっ、はい」
『今はエキドナたちから離れられません。この状態ならどんな攻撃も受け付けませんが、持ち運ばれる可能性がありますから』
「なるほど。護衛の必要があるのだな?」
『そうです。この場にいる人たちは三人を守ってください。用心に越したことはありません』
あくまでも用心のためとメーちゃんは説明する。
だが、そうしなければならないような、自分たちの『敵』がいることを暗に伝えてきているメーちゃんの言葉に、全員が素直に従うことにした。
『私のことはメーちゃんと呼んでください。今はそれで』
「了解した」
と、そう言って肯くロドニー同様に、鈴、ライラ、そして凛那と智巳も肯く。
そんな姿を見て、満足げに肯いたメーちゃんが一言。
『愛を込めて呼んでくれると私が喜びます』
「「それはムリ」」
メーちゃんの冗談だか本気だかわからない言葉に、何故か真剣に答える鈴とライラのちっぱいコンビだった。
大通りでストリートファイトをすることになったウィルフレッドとルイス。
龍機兵としての実力は実はルイスのほうが高い。
やはり先に伝承竜リヴァイアサンの力を得ていることは大きく、その分訓練にも時間を費やしているからだ。
しかし、優勢なのはウィルフレッドのほうだった。
放たれた右ストレートに腕を絡ませ、間接技を極めようとしたルイスだが、強引に振りほどかれてしまう。
人間体のときの力の差は其処まであるわけではないはずだ。
それに、細身である分、こういったてこの原理を利用した関節技をかなり鍛えてきたルイスの技は、ウィルフレッドの腕力でも通用するはずだった。
其処まで考えて、答えに辿り着くとルイスはさらに苛立ったような表情を見せる。
「狡猾なッ!」
「No No、頭脳プレイと言ってくれ」
気づいたルイスに感心したのか、ウィルフレッドはにやりと笑う。
竜化しにくいこの状況においては、人間としての技や力が重要となってくる。
その点は、先の諒兵とウィルフレッドの手合わせが証明しているだろう。
だが、そのことを思いだせば、ウィルフレッドが仕掛けた罠が見えてくる。
「Sorry、俺に有利にしたのは謝るぜ」
ウィルフレッドは人間体のままでも、ある程度ならファフナーの力を引き出せる。
だが、ルイスはリヴァイアサンの力を引き出すには、竜化しないわけにはいかない。
最低でも、鱗が生えてしまうのだ。
皮肉にも先の諒兵とウィルフレッドの手合わせと同じ敗北条件になってしまっていた。
見せてしまったら、一気に大騒ぎになってしまうからだ。
だが。
「馬鹿にしないでください。人を怯えさせないようにする方法でなら使えないわけではないんです」
そう言って、ダッシュして一気に近づいたルイスは、空手の掌底のような攻撃を突き出す。
その手の平を見たウィルフレッドはすぐに両腕を固めてガードした。
「ガッ!」と、思わず声を上げてしまう。
さすがに無様に倒れはしなかったが、かなりの衝撃を喰らうことになった。
何故か、ガードした両腕が水に濡れている。
「ハッハーッ、やるじゃないかルイス」
「ストリートファイトにルールはないでしょう?」
「That's right、勝ったほうが称えられる。そういうもんさ」
ルイスは掌の中にだけ鱗を生やし、其処からウォータージェットを放つように水圧をぶつけてきたのだ。
さすがに威力は其処まで高くはないが、今の状況であれば十分なダメージが見込める。
少しばかりルイスを舐めていたようだとウィルフレッドは気を引き締めていた。
ドラゴン・フェイスを通して、その光景を見ていた屋敷に残った一同は。
「さすがにルイスは一筋縄ではいかないな」
と、ロドニーが呟く。
ルイスが何故、三人を襲ったのか。
ルイスが言った『主』とは何者か。
彼は相当な情報を持っている可能性が高いため、できれば生かして捕まえたい。
そのことを理解しているために、ウィルフレッドはストリートファイトを演出したのだろう。
とはいえ、この場には彼を相当憎んでしまった者もいた。
「あいつ殺したい。麗佳を本気で泣かせたし」
智巳は感情を相当抑えているのか、あくまで言葉は静かだ。だが、鱗が額どころか面当てのように顔中に広がりつつある。
放たれる殺気も並外れている。
爆発しそうな怒りを押さえ込んでいることがよくわかる。
だが、彼女の望みを叶えるというわけにはいかなかった。
「今は待ってもらおう。ルイスからは聞きださなければならないことが山ほどある」
「あー、智巳もわかってるから大丈夫。ただし、全部聞いた後は、あいつの安全は保障しないよ?」
そう答えた凛那に対し、ロドニーは苦笑いを見せた。
まだまだ幼いせいか、感情に素直なのだろう。
それがいい面でもあるために、あまり否定はできないし、ルイスを擁護することもできないのだ。
とはいえ、後々のことはともかく、彼が何故こんなことをしたのかを考える必要がある。
真っ先にそう判断したのはライラだった。
「主の望みと言っていたな。まるでクリスチャンのような言葉だが……」
今回の凶行の理由としてルイスはそう言った。
主と言えば一神教における救世主を指すことが多い。
しかし、それを指しての言葉とは思えない。
「何で?」と鈴。
「この時代、宗教関係者には龍機兵を害する理由がない。下手をすれば自分の命が危ういのに、その壁になってくれる者を自ら排除するのは自殺行為だ」
ライラの言うとおり、人を守ろうとする者たちの中でも筆頭と言える丈太郎やアラステアを傷つけたことがまずおかしいのだ。
そして今回の会談で、エキドナは龍機兵の味方であるが、人の敵ではないことも理解できた。
神の視点で考えているだけで、人にまったく配慮しないわけではないのだ。
ならば、殺す理由がない。
「だとすると、あなたに聞くのが一番のようなのだが?」
そういってロドニーはメーちゃんに声をかける。
この場で真実を知っている可能性が高いのは彼女だけだからだ。
『ですねえ。先に聞いておきたいんですが、彼の持つ竜の力がリヴァイアサンであることは知ってましたか?』
「当然だろう。知らないはずがない」
『おそらくはそれが理由です、せるさん』
「俺はアニメの敵キャラか」
そんな突っ込みは華麗に無視するメーちゃんである。
『詳しい説明はいずれ。それよりも『ベヘモト』と『ジズ』の竜の力を持つ者は近くにいますか?』
「いや、少なくともアメリカではそんな伝承竜は聞いていない」
『すぐに通信して世界中を探してください。リヴァイアサンが動き出した以上、他の者も動き出す可能性が高いので』
「それって、今回の件、世界規模の問題なわけっ?!」
鈴が素っ頓狂な声を上げるが、驚愕の表情を見せているのは他の者も同じだった。
ルイスの件はアメリカだけの問題かと思っていたが、そうではないとメーちゃんは言うのだから。
『エキドナを亡き者にしようとしたのは、自分の影響力を妨げるものを消したかったんでしょう。エキドナは人に限らず命の営みを守ろうという願いを持っています。それは特に『竜の血』を持つ者に良い影響を齎しているんです』
竜は人を襲うが、実際のところ、生命の営みのレベルでも殺し合いは起きる。
食べて命をつなぐために。
ならばそれは否定できない。
ただ、やりすぎてしまえば、互いに滅んでしまう。
エキドナの願いはそのバランスを取る方向で作用していた。
どの種の生命も等しく生きていけるように。
だが。
『彼が主と呼んだ『あの者』は、竜の力を兵器として捉えました。その支配力は古竜程度なら完全に操れます』
「そんな存在がいるのかっ?!」
「マズいじゃんっ!」
ライラや凛那が声を上げるが、他の者も同様に驚いてしまう。
竜を兵器として操ることができる存在がいる。
そうなれば、この星を手中に収めることも不可能ではなくなる。
『大蛇の人は伝承竜の力を持ってたことで完全には操れなかった。おそらく思考力を低下させられていたんでしょうね』
「蛮兄が……」
『彼は頭が良すぎた。本来は『竜の血』を復活させるまでがその役目だったんでしょう。ですが、下手をすればすぐに自分の存在まで見つけ出される可能性があった。だから、抑え込まれていたんです』
その説明は、その場にいた一同を戦慄させるには十分なものだった。
丈太郎ですら、操られはしなくても抑え込むことができる。
ならば、古竜のままの龍機兵など、意のままに操ることができるだろう。
それどころか。
「野良の伝承竜も操れるのか?」
『おそらく。ただ、伝承竜の力を持つ龍機兵は、その意志で抗うことができるはずです』
皮肉にも獣のままの伝承竜では操られる。
しかし、龍機兵ならば人の意志で抗うことができるとメーちゃんは説明する。
『だからすぐに各国に通信をつなげてください。もう始まっているんです』
「わかった」と、そう答えたロドニーはすぐに各国の人間に呼びかけ始めた。
アラステアのように簡単には行かないので時間がかかってしまうのはどうしようもないが。
そして。
「見つけたっ!」
「リン?」
「諒兵と麗佳さんっ!」
鈴が飛ばしたドラゴン・フェイスが映像を映しだす。
其処に映っていたモノを見て、その場にいた誰もが言葉を失った。




