10話「生物と兵器と少年の意志」
アメリカ、ロサンゼルスで丈太郎たちが麗佳たちと会談しているころ。
イギリス、ドーバーにある城壁にて。
おおよそ八時間の時差があり、またイギリスのほうが時間が早く進んでいるため、時刻はもう夕方になっていた。
「今日の訓練は終了だ」
「まだだッ!」
「馬鹿者。引き際を見極めよ。ただ勝つだけでは意味がない。生き延びるためには勝った上で力を残すことが重要だ」
「クッ……」
「訓練を終了したことを今日を生き延びたと思うのだ。ならば明日も戦える。今日よりも強くなれる」
そうして一日一日を積み重ねていくことで、強くなれるとアーサーは真に語りかける。
最初は悔しそうにしていた真だが、聞いているうちに落ち着いたのかゆっくりと息を整えた。
「俺、焦ってるんだな……」
「そうだな。アユ殿を守ろうという気持ちが先走っている。だが、その気持ちを忘れてはならん」
「わかってる」
「そして、それ以上に己が生き延びるという意志を持て。お前の意志が強ければ竜は従わざるを得ん」
それが魔王種であっても、と、アーサーは内心で語る。
真が手に入れてしまった竜の力についてアーサーはまだ説明していない。
簡単に説明できることではないからだ。
『赤の竜』に匹敵するとも言われる最強のドラゴン。
『創界の王』は簡単に使いこなせる竜ではない。
だからこそ、自分が正しく導かねばならないとアーサーは覚悟している。
「だけどさ」
「む?」
「いや、阿由が俺のこの姿を怖がるからさ。せめて鱗は自在に消せるようになりたい」
なるほど兄としては気になるだろう。
アーサーにも覚えがあるだけに思わず笑ってしまう。
「フッ、私も似たような思いを抱いたことがあった」
「そうなのか?」
「初めて妹に竜の姿を見られたとき、やはり怯えられた。兄としては辛かったぞ」
「アーサーも苦労してきてるんだな」と、そう言って真は笑う。
笑顔はまだ年相応の少年であることが、アーサーには眩しい。
「全ては己の心だ。強くなれ、シン」
「ああ、わかってる。今日もありがとう」
そういってぺこりと頭を下げる真の姿に、魔王種と言えど、否、魔王種だからこそ純粋さを失わないのかもしれないとアーサーは感じていた。
訓練後、真と分かれたアーサーにバーナードが声をかけてきた。
珍しく一人ではなく、生真面目そうな青年と一緒だ。
「バトラー、それにウィングフィールド卿か。二人が共にいるとは珍しい。何かあったか?」
「いいえ。たまたま其処で一緒になっただけでございますよ」
「はい。バンブリッジ卿」
そう言ってウィングフィールドと呼ばれた青年は笑う。
だが、ただ笑っているというよりは、不敵さというか、覇気を感じる笑いだ。
「フッ、態度に自信が伺えるなウィングフィールド卿」
「訓練を続けることで伝承竜の力を得ました。それが自信となっているのは自分でも実感します。気になりますか?」
「良い。日々の努力が実を結んだことは誇るべきことだ。むしろ他の者たちにも卿の自信を分けてほしいくらいだ」
「ならば、日々努力せよとしか言えませんね」
彼は再び笑う。
彼の本名はオリヴァー・ジズ・ウィングフィールドと言い、アーサーよりも爵位は低いが、同じ貴族階級の人間である。
アーサーたちに憧れてドラゴン・ナイツに入り、龍機兵となってからもたゆまぬ努力を続けたことで、聖書に書かれているとされる巨大な空の怪物とも呼ばれる竜『ジズ』という伝承竜の力を得た。
その事実が彼の自信になっているのなら、アーサーとしても喜びたい。
努力が実を結び、力を得るというのは喜ぶべきことだからだ。
「それで、ご主人様は訓練を終えたところですかな?」
「うむ。さすがにあのような少年に稽古をつけるのは骨が折れる。私も精進せねばならん」
「苦労なさっているようですね、バンブリッジ卿。しかし、何故付きっ切りで訓練するのですか?少年兵の訓練であれば経験のある者もいますが……」
オリヴァーの言うとおり、ライラの存在があったため、ドラゴン・ナイツは少年兵の訓練自体は、実は経験がないわけではない。
そして、ライラの訓練ではアーサーが面倒を見た期間は実はそれほど多くなかった。
アーサーは自ら前線に出るタイプであり、同時にライラも自分の訓練のためにアーサーの手を煩わさせることを嫌ったからだ。
そう考えると、真をアーサーが付きっ切りで面倒を見るということは珍しいことだと言える。
真が、ただの少年兵ならばの話だが。
だが、オリヴァーの問いに答えたのはアーサーではなくバーナードだった。
「今後のことを考えてでございますよ」
「バトラー殿?」
「某めが進言致しました。ご主人様はドラゴン・ナイツの総責任者でもありますれば。ゆえ、龍機兵として前線に立ち続けられると執務が滞ります」
そのために、後進を育てるということを覚えてもらわなくてはならない。
しかし、龍機兵は数が少ないこともあり、すぐに前線に立たなければならない。
じっくりと育てる余裕が、今はないのだ。
「しかし、シン殿は前線に立たせるにはあまりにも若すぎる。まずは一人前の龍機兵になっていただく必要があります」
「時間をかけなければならないということですか。そして、あの少年を育てることで、バンブリッジ卿自身が指導者として自らを鍛える、と?」
「うむ。まあ、前線に出ているほうが気楽ではあるが。バンの気持ちがわかるな」と、アーサーは苦笑した。
丈太郎はどちらかというとラボにこもっているか、執務室で書類仕事をしているほうが多い。
そのため、割りと愚痴をこぼしている。
たまにそんな話を聞いていたのだが、自分が同じようなことを始めたことで、皮肉にも気持ちがわかったとアーサーは語る。
「バンも少年兵を育てた。ならば、負けるわけにもいくまい」
「ドクター・バンバのところのアレですか。育てる必要があったのかとも思いますが」
「バンにとっては必要なことだったのだろう。それが今は実を結びつつある。あのときバンの言葉を信じたのは正しかったと思う」
「そうですか……。確かに後進を育てるというのは大事なことですね。私もそうなれるようにさらに精進します」
「お互いにな」
アーサーがそう答えると、オリヴァーは軽く会釈をして宿舎に戻っていった。
その背中が見えなくなったころ。
「すまん、助かった」
「気にする必要はありませぬぞ。シン殿のことは容易には説明できませぬゆえ」
ドラゴン・ナイツで真の持つ竜の力『創界の王』のことを知っているのはバーナードだけだ。
だが、その竜の名は欧州では名の知れた悪魔の王のことである。
少し漏れただけで、龍機兵だけではなく一般人も恐れるだろう。
そうなると、大騒ぎどころではない。
ゆえに、真は竜の力を持った少年であるとしか、説明されていない。
実は、同じことが諒兵にも言える。
『赤の竜』という名前はあくまで龍機兵の中ではメジャーだが、一般人には然程知られていない。
しかし、その名は魔王としてあまりも有名だ。
極東の国である日本でも知られている。
だが、具体的にどのような竜なのかまでは説明されていなかった。
真実を知る者は数少ないのである。
「シンが自分の力を使えるようになるまでは説明できんな。先は長そうだ」
「アメリカのレディの件もありますゆえ」
「そうだな。向こうはバンとアラステアが良い方向に持っていけると信じねばならん。レディ麗佳もエキドナも、我々と敵対したいわけではないようだし」
丈太郎やアラステアの報告内容を聞く限り、協力する方法を探すことはできる。
そうなれば心強い味方を得ることができる。
龍機兵たちの未来を変えることもできるかもしれないのだ。
「プロフェッサー・クレンコフや王老師も存在を認めましたゆえ、力は貸してくれましょうぞ」
「うむ。地道にやっていこう」
決意の表情を見せるアーサーにバーナードは穏やかな微笑みを向けていた。
場所は戻り、アメリカ、ラスベガス居住区。
エキドナが発した言葉に、全員が絶句していた。
人を喰う竜だったモノが、竜を滅ぼすバケモノになったことで、人を喰う必要がなくなった。
それは、むしろ最悪の未来だと言っていい。
これではまったく意味がないのだ。
破滅に向かって突き進んだ結果としか言えないのだから。
『だから、私はあなたに聞きたいことがありますわ』
そう言ってエキドナは諒兵へと顔を向ける。
その場が一気に重い空気に包まれた。
先ほどの言葉を聞く限り、エキドナはやはり『赤の竜』を敵視している。
いったい何を聞こうというのかと誰もが言葉を発せなくなっていた。
「何だよ?」
その場で唯一と言っていいだろう。
恐ろしいくらい普段と変わらない様子で先を促す諒兵に、誰も声をかけられない。
そして。
『お腹が空いてもご飯がないときはけーきを食べますの?』
その場にいた全員が盛大にすっ転ぶのをまったく気にすることもなく諒兵は答える。
「いや、腹減ったらこれ食ってる」
諒兵が懐から取り出したのは、いつも持っている携帯食料だった。
『それだと食べてても楽しくないのではありませんこと?』
「小腹が空いたときは便利だぜ?手軽に食えるし」
『けーきはお好きではありませんの?』
「出されたもんは食う。でも、別にケーキとかは無理やり出してくれとまでは思わねえな」
『好き嫌いがありますの?』
「嫌いなもんはねえ。ただ、飯食うなら、やっぱおかずは肉がいいな。魚も食うけど。後は白い飯だ。それだけは外せねえな」
『私はご飯とパンなら、どちらかというとパンのほうが好きですわ』
「それはしょうがねえんじゃねえか?育ちが違うんだしよ。まあパンも美味えとは思うぜ?」
どう見てもエキドナは外国人なので、日本人の諒兵の好みとは違うだろう。
仕方がないことである。
だが、仕方がなくないことでもある。
アホな話を聞かされ続けていた他の一同としては。
「何を聞いてるのよっ、この駄女神っ!というか日野君っ、普通に答えないでっ!」
一番最初に再起動した麗佳がお嬢様然とした態度をかなぐり捨てて叫ぶ。
『駄女神は酷いですわ、麗佳』
「どうして先ほどの話からっ、食事っ、それもおやつの話になるのよっ?!」
「あー、東堂」
「麗佳でいいわよっ!というか今後はそう呼びなさいっ!」
どさくさに紛れて、自分の呼び方を指定してくる麗佳だった。
「わかったわかった。けどよ、今のは大事な話だぜ?」
諒兵がそう答えるので、訝しげな表情を見せつつも、麗佳はいったん深呼吸して落ち着く。
「どういうことなのかしら?」
「飯を食いてえって気持ちが消えてんのかどうか確認してきたんだよ、こいつ」
「あっ……」
その言葉で、全員が逆に感心してしまった。
もし、諒兵が既に食事をする必要性を感じていなくなっていれば、『赤の竜』として完全覚醒を始めているということだからだ。
だからこそ、ちゃんと今でも空腹を感じて食事を取っているのかということをエキドナは聞いてきたのだ。
『理解が速くて助かりましたわ』
そういってエキドナはにこやかに笑う。
逆に麗佳は顔を真っ赤にしてしまった。
「それだと、怒った私が馬鹿みたいじゃないの」
「お嬢、さっきのぁ俺らん気持ちぃ言ってくれたんと変わんねぇから気にすんな」
丈太郎が苦笑いしながら麗佳を慰める。
実際、先ほどの麗佳の言葉は全員の気持ちを代弁していた。
普通に答えた諒兵のほうがおかしいのである。
「この方が、我々の始祖……」
そう呟いたアラステアはたそがれてしまっていた。
「Awesome!俺は気に入ったぜ、いい女神さまだ」
「親しみは湧くな。敬意は完全になくなったが」
ウィルフレッドは笑いながら、ロドニーは呆れ顔で呟く。
「こんなん相手にしてたらそりゃー気疲れするよねー。麗佳が隠してたのが凄くよくわかった」
「……変な人」
凛那はケタケタと面白そうに笑い、智巳はやはり呆れている。
「よかったあ、悪い人じゃないみたい」
「悪い人ではないが、風変わりな人ではあるな」
安堵の息をついた鈴と同じく、ライラもどこか安心したように息をつく。
『エキドナは相変わらず天然ですね』
(お前、人のこと言えねえぞ)
メーちゃんの楽しそうな声に、諒兵は一人、突っ込みを入れていた。
エキドナのおかげというのは微妙なところだが、程よく緊張感が解ける。
ならば、と、口を開いたのはエキドナの言葉に疑問を抱いていたらしいルイスだった。
『なるほど。疑問を感じられるのも当然ですわね』
「その点については聞いています。エキドナ、私から説明してもかまわないかしら?」
『お願い致しますわ』
麗佳の言葉に対しては、むしろ、その場にいた全員が伏してお願いしたい気持ちだった。
エキドナに語らせると話が何処にすっ飛ぶかわからないからだ。
「レクター隊長が疑問に感じられるとおり、人を喰い殺してしまう竜を生み出したエキドナが、殺戮を行う『赤の竜』を否定するのは一見おかしいかもしれません」
「どう見てもおかしいのですが……」
「ですが矛盾はしていません。彼女が死には本来意味があるとするなら、殺すことにも意味、もしくは目的があると考えているからです」
「……なるほどな。殺すことぁ手段って言いてぇのか」
「さすがですね、蛮場博士」
丈太郎の言葉に麗佳が意を得たりといった印象で笑うと、エキドナも肯いて見せた。
『はい。相手を殺すという行為は目的があって為されるべきことですわ』
「目的があって殺すなどおかしいでしょう。殺すことに意味などありません」
そう反論するルイスに対し、麗佳はエキドナが肯くのを見てから改めて説明する。
「いいえ。これは種全体の話として捉えてほしいのですが、生き物は本来目的があって殺すのです」
「……そうですね。確かに生物は目的があるからこそ、対象を殺害します」
「ラナマン博士」
さすがに察しのいい丈太郎やアラステアを見て麗佳は再び微笑んだ。
「ジェネラル?」とルイス。
「生きるという目的です。本来生物が対象を殺すのは食べて命をつなぐためですから。ミス・エキドナはその点では一貫して同じことをおっしゃっています」
『そのとおりですわ。生物と考えるとわかりやすいと思いますけれど、人も本来はそういうものです。ただ、人は目的が多様化しておりますけれど』
「まぁ、人間の欲ぁいろいろあらぁな」
人の場合、金銭、名誉、復讐などといったことも殺害の理由に成り得る。
それは生きることからはズレているが、自分の目的を果たすという点ではそう変わらない。
つまり殺害は手段なのだ。
目的になってはならない。
「そういうことか。だからお前『赤の竜』を敵視してんだな?」
「諒兵?」と、鈴。
「お前の考えにゃ合わねえんだろ?」
そう尋ねたのは諒兵だった。
自身が『赤の竜』であるだけに、この話を聞き流すことなどできるはずがない。
「気づいたようですね、日野君」
「ああ」
「おそらく、あなたが考えているとおりです。『赤の竜』は竜を殺すためだけに活動していたと聞いています。その先の目的がありません」
『赤の竜』は竜を殺すためだけに活動していた。
食事も必要なかった。
生きているとはとても言えない状態だった。
それは生物の在り方ではない。
『兵器の在り方なのですわ。誰かが果たしたい目的のために創られた殺害のための道具。でも、それでは目的を果たしたとき『赤の竜』自身には生きている理由がありません。最後は廃棄されるだけなのですわ』
「そんなっ!」と、思わず鈴が叫んでしまう。
『赤の竜』が兵器だとするならば、その力を得た諒兵が兵器であるということになってしまう。
そんなこと、鈴に耐えられるはずがない。
「そんな存在を、誰が何の目的で生み出した?」
呻くように問うライラもまた、同じ気持ちだった。
『私も知りたいのです。私は竜を生物、生命として生み出したつもりですわ。生態系に組み込まれることで、星全体のバランスを保つ存在として』
「だが、『赤の竜』ぁ其処から外れちまった」
丈太郎の言葉に、エキドナは肯きつつも悲しそうに目を伏せる。
『私にはわかりませんの。おね……あの方が何故『白い火』というウィルスを創り、そして『赤の竜』を生み出してしまったのか。そのようなことを考える人ではありませんでしたもの』
エキドナが言いかけた言葉で、彼女が誰のことを言っているのか、丈太郎とアラステア、そして諒兵には理解できる。
『許してくださいとは言いません。確かに私がやったことですからね』
(気にしてねえ。要はヤツを倒しゃいいんだろ?)
『はい』
(その先、どうするかは俺が決める。口出しすんなよ?)
『しません。むしろあなたにしっかりと決めてほしいです、諒兵』
自らを怪物と呼ぶメーちゃんは、諒兵の言葉に対し、ただ嬉しそうに笑うのだった。




