9話「地母と『怒り』と成功例」
アメリカ、ラスベガス居住区。
丈太郎とアラステアはようやく東堂家の屋敷までやってきた。
ここに、麗佳がいる。
そして。
「鈴、どうだ?」
「うん、やっぱり四人分の反応がある」
「間違いないようですね……」
丈太郎の問いに答えた鈴の言葉に、アラステアはため息をついた。
そして、同行してきた者たちが口を開く。
「事情は聞いていたが、この人数でもギリギリの可能性もあるということか」
「Oh no……、ガールズと本気で戦うのは趣味じゃないんだが」
「まずは話し合いをするのでしょう?できるだけ戦闘は回避しましょう」
ロドニーの分析に対し、わりと本気で嘆いているような様子のウィルフレッド。
彼らに声をかけたルイスは、ちらりと屋敷を見上げる諒兵のほうへと視線を向けると、すぐに戻した。
「うちの屋敷と変わらんとは……」
「変わらないんだ、あはは……」
東堂家の屋敷を見て感想を述べたライラの言葉に、鈴が苦笑いしながら突っ込んでしまう。
実際、かなり大きな屋敷なのだが、バンブリッジ家の屋敷と変わらないということは、ライラも十分なほどの金持ちのお嬢様だということだ。
もっとも、自分の国である日本ではなく、アメリカの居住区にこんな屋敷を作れるだけで、東堂家が相当な金持ちであることは窺い知れる。
そう考えるとライラの驚きも当然と言えるのかもしれない。
『いいところに棲んでますねえ、エキドナは』
(お前もいるかどうかわかるのか?)
『私は感覚が強いのでわかります。どの竜かもだいたいは判別できますし』
(向こうにも気づかれるんじゃねえのか?)
『エキドナの感覚をごまかすくらいならできますよ』
実際、メーちゃんは自分のことを知られないように苦心してきたので、他の竜たちに知られないように身を隠していられる技術を持っているらしい。
もっとも、諒兵の龍玉に間借りしている現在のメーちゃんの気配は『赤の竜』の気配に消されているそうだ。
隠れ場所としてもちょうどいいのだろう。
(変なタイミングで出てくんなよ?)
『わかってます』
わかっていてもその場の感情で動いてしまうという印象の強いメーちゃんに、諒兵は不安を抱かずにはいられなかった。
奇策というものは相手の意表をつかなければ意味がない。
予想されれば簡単に対策が講じられるからだ。
その点で考えると、麗佳の奇策はまさに意表をついてきた。
居間に通された丈太郎たち。
さすがに全員は座れなかったので、ソファに腰掛けることになったのは丈太郎とアラステアの二人だけだった。
そして、その前には、緋いロングヘアのスレンダーな少女、麗佳と銀髪のロングヘアで巫女服を纏ったスレンダーな女がいる。
その後ろにボディーガードよろしく立っているのは智巳。
丈太郎たちにティーカップを出しているのは凛那。
三人の顔は既に見知っているので、見知らぬ銀髪の女が誰なのか、容易に予測できる。
すると。
「お久しぶりです、蛮場博士、そしてラナマン博士。後ろの方々は初めてですね。私は東堂麗佳と言います。今後ともよろしくお願い致します」
『私の名はエキドナ。予想されているかもしれませんが、『竜の血』を生み出したのは私です。どうぞよろしくお願い致しますわ』
丁寧な挨拶も、なかなか頭に入ってこなかった。
それほどに驚かされる。
麗佳はエキドナの存在を隠すことなく、最初から引き合わせてきたのだ。
とりあえず、丈太郎たちも改めて名乗る。
最後に。
「日野諒兵だ」
諒兵がそう名乗ると、麗佳が諒兵の顔をじっと見つめてきた。
「俺の顔になんかついてるか?」
「いえ、すみません。気に触ったのなら謝ります」
「気にしてねえ」
そう答えた諒兵に対し、小さく頭を下げると、麗佳は改めて丈太郎とアラステアに向き直った。
『エキドナに最初から会わせるとは思いませんでしたね』
(話が早くていい)
『何か考えがあるということなんだと思いますけど……』
確かに、ただ会うだけならエキドナという切り札を最初から切る必要はない。
切り札を最初に持ってきたということは、それがめくらましであることが十分に考えられる。
麗佳は敵ではないが、考え方は丈太郎たちとは異なる。
その考え方を修正することを目的としているとなると、麗佳はこちらを動揺させられるだけの情報を持っている可能性があると考えるのは不思議ではない。
もっとも、想像の斜め上を行くような『人間』だと、何もないからこそ見せたという裏をかいてくるのだが。
いずれにしても、何も話さないと言うわけにはいかないので、丈太郎が口を開く。
「ストレートに聞く。お嬢は何をしてぇんだ?」
「本当に直球ですね」と、麗佳は丈太郎の問いに対し、くすっと微笑んだ。
対応が大人びているのは、この五年で成長したということなのだろうと丈太郎は思う。
だが、だからこそ腹の探り合いをするような言葉を選ばず、ストレートに聞いたのだ。
逃げ場を作らせないためである。
本心をごまかされると、話が予想外の方向に行ってしまう。
そうしないための直球勝負だった。
それがわかっているのか、麗佳もごまかさずに答える。
「私は人と龍機兵が普通に共存できればと考えています」
「そうなれれば素敵なことですが……」
「なれると思います、ラナマン博士。世界は今の状態で安定に向かっているとは思われませんか?」
実際、竜が解き放たれて以降、竜はいるものとして、そして竜から人を守る龍機兵も必要な存在として認知されている。
その状態で、人類は生き延びている。
一度壊れてしまった世界は、破壊を受け入れて安定してきているのだ。
「人も竜も私たちも、もうこの世界の一部です。軋轢はあるでしょうけれど、どれも滅ぶべき、いえ、滅べる存在ではないと思います」
「今の世の中を受け入れらんねぇヤツもいんぞ?」
「まだ一年です。時間がかかるのはどうしようもありません」
「時間をかければ受け入れられる、と?」
『麗佳、口を挟んでもかまいません?』
会話に割って入ってきたエキドナに対し、麗佳が肯くと丈太郎とアラステアも肯いた。
エキドナの言葉はそれ自体が非常に重要な情報源になりうるからだ。
むしろ、話をしてくれたほうがありがたいのである。
『麗佳には私がある程度お話していますわ。そのことはわかってくださいまし』
「あぁ。もっとも、今のぁお嬢自身の考えでもあると見ていいんだろ?」
「はい」と、麗佳。
『そのことを踏まえてお話しますと、私は人を個として見ていません。個々の人々を見ると受け入れられていない方々もおりますけれど、人類全体を見ると受け入れるしかないことをもう理解していると私は考えているのですわ』
「なるほど。つまり個々の人々を考えてしまうとあなたの考えは理解できないということですね?」
アラステアが納得したようにそう尋ねると、エキドナは肯いた。
丈太郎たちが一人一人の問題にしてしまうと、この話は平行線を辿るしかない。
麗佳の話もそうだし、そもそもエキドナが人類全体で見て話しているからだ。
それは冷徹というか、ある種冷酷な側面があるが、種という単位で見れば間違っていないところもある。
『その私たちとあなたがたの考え方のズレを認識せずに話すと、この会合に意味はありませんわ』
「あぁ、確かにな」
「ならば、個の話、もしくは全体の話と前振りをしてから意見する必要がありますね?」
『そうしてくださいまし。あなたがたは自らを罪人と考えていらっしゃるようですけれど、決してそれだけではないところもありますわ』
卑屈になったままでは、建設的な意見交換ができない。
だからこそ、エキドナは個と全体で話を分けるべきだという。
『私は竜を代表して意見しているわけではありません。あくまで個人的な意見しか言えませんわ。でも……』
「お嬢やおめぇさんの考え方を理解した上で、摺り合わせろってことか」
『はい』
ただの言い合いだけに持って行かれないようにしようと意見してきた以上、エキドナは確かにこちらの味方をしてくれる可能性がある。
それがわかっただけでも収穫だと丈太郎は息をついた。
その様子を後ろで見ながら、鈴はライラと龍玉をつなげた。
(どうした?)
(ライラ、今の話、何処までわかった?)
(だいたいは)
(あう、私もうちんぷんかんぷんなんだけど……)
鈴は決しておバカではないが、話の内容がかなり視野の大きいものになっているので、さすがについていけなかった。
(リンはそれでいいだろう?)
(うぅ~、バカにしてる?)
(そうじゃない。考え方は人それぞれだということだ)
鈴は決して視野は広くないが、一つのことに対する想いの強さは半端なものではない。
それもまた人の在り方なので、問題があるわけではない。
丈太郎たちと麗佳たちの話を完全に理解する必要がある立場でもない。
(自分のやりたいようにやればいいと思う)
(そうなのかなあ?)
(そうだと思うぞ)
実のところ、そうすることで鈴が間違える可能性は意外と少ない。
本能的というか、直感的に自分にとってのベストを選べるからだ。
それもまた、人の在り方なのである。
鈴とライラがそんな会話をしながら見守る中、丈太郎とアラステアは、麗佳とエキドナと話を続けていた。
「ネック、ですか……」
「お嬢ぁ経験ねぇか?」
「あの、その言い方だと誤解されてしまいます、蛮場博士……」
一歩間違えるとセクハラ発言だったりする。
もっとも、丈太郎は強烈なべらんめえなので、単に言葉が少なく大雑把なだけでそっちの意味はないことは、麗佳は十分に理解しているが。
「飢餓状態のことか」
と、諒兵が補足するまでもなく、みんな理解はしている。
だが、如何せん、麗佳の頬が少し赤いので同じ女である鈴とライラは苦笑してしまう。
また、凛那はニヤニヤしており、智巳は麗佳同様に顔を赤くしていた。
きょとんとしているのはエキドナだけである。
放っておくと話がおかしな方向に行きそうなので、麗佳はすぐに答えた。
「私も飢餓状態になりかかったことがあります。そのときは野生動物を殺して生で食べて飢えを凌ぎましたが」
「麗佳が生肉食いっ?!」
控えていた凛那が素っ頓狂な声を上げた。
さすがにお嬢様然とした今の姿と野生動物を殺した直後に生で食べる姿はどうやっても結びつかないからだ。
「焼いてる余裕もなかったもの。それくらい、食欲って強いのよ」
なお、普通に野生動物を生で食べると寄生虫などの問題があるので人には不可能だ。
しかし、龍機兵は寄生虫程度なら食べた直後に『竜の血』が消滅させるため問題はない。
もっとも、人間らしい行動とはとても言えないが。
『やはり、その点を一番気にするんですのね?』
「野生動物ならまだ救いはあります。しかし、それが人間に向いてしまったら取り返しのつかない罪を負うことになります」
龍機兵には人の心がある。
その心が人を食うということ、すなわち『共食い』を受け入れられない。
そして、飢餓状態を制御できない限り、その危険性を持ったまま生きていくことになる。
「それが惚れた相手だってんなら、本当に破滅するかんな……」
さすがに上手い言い方をすると麗佳は内心では感心していた。
大切な人を、理性を失くした自分が殺してしまう。
さすがにそれは麗佳にも、そしてエキドナにも受け入れられないことだ。
だが、だからこその切り札だった。
『飢餓状態を制御する方法はありますわ』
「本当かッ?!」
「そうなのですかっ、ミス・エキドナッ?!」
『確立はしていませんが、道筋はありますわ』
はっきりとそう断言するエキドナの姿に、丈太郎もアラステアも驚愕を隠せない。
それどころか、その場にいた麗佳以外の全員が驚いていた。
(お前は知ってんのかよ?)
『いいえっ、私が知る限りそんな話は聞いてませんっ!』
(なら、何か考えついたんだな、こいつ)
メーちゃんですら驚いているのだから、これはエキドナの切り札だと言えるだろう。
もし、本当に飢餓状態が制御できるのなら、人を襲う可能性が無くなるのだから。
そうなれば、確かに共存は可能となる。
今いる龍機兵たちにも、未来が見えてくる。
「それが本当にあるってんなら、手ぇ貸してほしい」
『慌てないでくださいまし。まだ道筋が見えているだけなのですから』
「それだけでも私たちにとっては希望の光なのです」
さすがにこの情報は丈太郎やアラステアを動かすには十分なものだ。
この時点で、麗佳たちが勝利したと言ってもいい。
だが。
『その道筋が、『大問題』なのですわ』
そうエキドナがため息混じりに呟いたことで、一気に空気が冷える。
「何?」
「待って。それは聞いてないわエキドナ」
エキドナの言葉に、麗佳までが驚いてしまっていた。
「麗佳さんも知らないことなのですか?」
そうなると、此処から先は切り札ではなく、龍機兵全体にとって重要な情報となる可能性が出てくる。
ゆえに誰もが固唾を呑んで、エキドナの次の言葉を待った。
『麗佳には言いにくくなってしまったので……』
「今、説明してもらえるのかしら?」
『はい。まず道筋とは飢餓状態の元となる食欲を、別の感情で上書きするということなのですわ』
すなわち、空腹を押さえ込めるほどの強い感情を龍玉に上書きすることで、飢餓状態の制御は可能になるだろうということだった。
もともとの食欲が消滅する可能性があるが、それに関しては丸ごと上書きするのではなく、ある程度のデータを残しておくことで普通の生活は可能だという。
「感情をプログラム化するってぇのか?」
『はい』
「可能ですか?」
『私なら。可能性を持つ方は他にもおりますが、所在がわかりませんの』
エキドナがそう答えたことで丈太郎とアラステアの頭に閃いた存在があった。
確かに彼女であれば可能かもしれないと。
(だとよ)
『まあ、できますけど。その感情が何を指すのかわかりませんよ?』
そう、本人であるメーちゃんは答える。
ただ、おそらくはかつて戦ったときに、自分の存在によって見い出したのではないかとメーちゃんは語る。
(灯台モト何とかか)
『灯台下暗しですよ。足元は意外と見えにくいものです』
勉強の足りない諒兵である。
それはさておき。
「おめぇさん、どうやってそのことに気づいた?」
『成功例がありましたわ』
「本当ですかっ?!」
『はい、ただ、私はそれを成功例とは認めておりませんわ』
「えっ?」と声を上げたのは麗佳だった。
成功例だと言いながら、エキドナ自身はそれを成功例とは認めていないという。
矛盾していないだろうか。
飢餓状態を脱した竜を成功例だと言わないのは。
『その成功例は、たしかに飢餓状態を脱しました。それどころか、一切食事を取らずに活動しておりましたわ』
「さすがにそれでは普通ではありませんね」
『はい。もう生命体としては異常でしたわ。たった一つの感情が生み出すエネルギーに突き動かされ、ただソレだけを為す存在と化していましたもの』
「ソレってなぁ何だ?」
『殺戮ですわ』
あまりにあっさりと答えられてしまい、その場にいた全員の思考が麻痺してしまう。
その中で一番最初に戻ったのは諒兵だった。
(そういうことかよ……)
エキドナが、次に何を言おうしているのか、諒兵には理解できた。
『その感情とは『怒り』、つまり成功例とは覚醒した『赤の竜』のことですわ』
つまり、人の心を失い、生きることすら放棄したただのバケモノと化したということだったのだ。




