7話「赤い竜と漆黒の少年と傲慢の化身」
一週間後。
丈太郎から告げられたのは、そんな言葉だった。
「一週間後にお嬢に会いに行く。約束ぁ取り付けた。そんときゃぁおめぇも連れてく。だから勝手に行くんじゃぁねぇ」
ウィルフレッドとの手合わせのあと、とりあえず麗佳に、というか麗佳とエキドナに一度会っておくべきだろうと考えていた諒兵だが、行く前に釘を刺された形になった。
もっとも、丈太郎が一番気にしているのは、現在諒兵のアドバイザーのような形で一緒にいるメーちゃんの存在のようだが。
とはいえ、さすがにお膳立てまでされて勝手に行動できるほど、諒兵も自分勝手ではない。
『赤の竜』を抑えているということで、諒兵を延命している以上、勝手に行動されるとそれだけで暴走と見做され、討伐命令が出る可能性もある。
そうなったら丈太郎は悩むだろう。
さすがにそんな状況で勝手な行動はできない。
仕方なく、一週間待つことにした。
「それで、特訓?」
「炎を出せるようにか」
「まあな。兄貴にも立場があるみてえだし」
鈴、そしてライラの言葉に素直に答える。
諒兵は一週間の間、先の手合わせで発現のきっかけを掴んだ、『赤の竜』の炎を引き出す特訓をすることにしたのである。
ウィルフレッドとの手合わせのときは右腕から発現した。
やはり諒兵にとって竜の力を集中させやすいのは右腕なのだろう。
だが、炎を出すことが自在にできるようになれば、何処からでも出せるようになるはずだ。
そのためにも、まず右腕で自在に出せるようにならなければならない。
右腕に意識を集中させつつ、他の部分は意識的に抑える。
そんな訓練を諒兵は続けていた。
そんなころのこと。
イギリス、ドーバーにあるウォールズ・オブ・ユナイテッド・キングダムにて。
アーサーの元にバーナードがある報告を届けていた。
「保護だと?」
「はい。日本人の少年と少女になりますかな。少年の年齢はライラお嬢様と同じくらいでしょう。少女はその少年の妹とのことです。まだ十歳くらいかと」
「何故わざわざ此処で保護をする必要があるのだ。居住区にも施設は山ほどあるはずだが?」
バーナードは少しばかり逡巡したあと、少年について説明してきた。
彼は既に一度会っているということなのだろう。
少年の特長について、特に一番わかりやすい部分について説明してくる。
「……少年は『竜の血』を呑んでしまったようですな。顔の右半分から右肩、そして右腕にも手首の辺りまで鱗が生えておりました」
「なるほど。居住区では受け入れられんな」
「訓練を受けることも考えて、此処に来たのでしょうな」
「放っておくわけにもいかんか。わかった」
「一度ご面会いただけますかな?ご主人様に会わせるという話をしてしまいましたゆえ」
「ふむ。そうだな。本来ならば龍機兵には成れん年齢だ。今後、他の者たちと軋轢があってはならん。人となりを知るためにも会っておこう」
「お礼申し上げます。こちらへ」
そういって少年とその妹である少女がいるだろう応接室へとバーナードは足を向け、アーサーを案内する。
こんな時代だからこそ、こういった孤児が何人も出てくる。
そういった子供たちを守り導くのも、自分の使命だろうとアーサーは考えていた。
だが、少年の姿を見て、アーサーは少なからず驚いてしまう。
闇を切り取ったような髪の色。
燃え盛っているような赤い瞳。
生えている金属の鱗もまた、漆黒の闇の色をしていた。
それが、どんな竜なのかをアーサーは理解しているだけに驚いてしまう。
そして、だからこそバーナードは自分に知らせてきたのだということを理解した。
簡単なことならバーナード自身が処理できるからだ。
しかし、この少年に関してはそうはいかなかった。
また、少年と共にいる、不安そうな表情のままの少女。
栗色のセミロングの髪の毛に同じ色の瞳。
幼く見られがちな日本人の中でも、余計に幼く見えるくらい可愛らしい少女だが、一部、その魅力を損なう場所があった。
右腕が肩を残してなくなっている。
竜に食われたのだろう。
この時代ではよくあることだ。
だが、そんな少女を守るかのように立つ漆黒の少年の姿に幼くとも、世界を揺るがすような意志を感じ取った。
いずれにしても少年たちの素性を聞かなくてはならない。
そう考えたアーサーは、できる限り優しく尋ねかける。
「私がドラゴン・ナイツの総責任者、アーサー・ウェルシュ・バンブリッジだ。君たちの名を聞かせてもらえるだろうか?」
少年はシン・サクラ、少女はアユ・サクラと名乗った。
日本人なので漢字表記があり、それぞれ『佐倉真』と『佐倉阿由』と書くそうだ。
もっともそんな話をしてくれたのは少年だけであったが。
話を聞けば、商社勤めの父親の海外転勤に家族でついてきたという。
それが二年前のことらしい。
三年で帰国する予定だったが、その前に竜の大襲撃に遭遇。
父母はその際に竜に喰われ、他界。
真と阿由は、ロンドン居住区で孤児として生活していたという。
だが、二週間前、居住区の外で日銭を稼ぐバイトをしていたときに襲撃に遭い、阿由は右腕を失った。
その際、真は阿由を助けるために竜と戦い、偶然砕いた竜の血を呑んだ。
するといきなり近くの鉄が突き刺さり、今の姿になったという。
「……それが龍機兵になる儀式と言えるでしょうな。ご主人様も某めも、同様の経験がありますゆえ」
バーナードの言葉に、真は納得したように肯いた。
鱗が生えた右腕は、古竜の攻撃なら通らない。
一時期は指先まで竜と化していたため、小さい古竜ならば倒すことができたという。
その経験で、自分が龍機兵になったことを知ったらしい。
当初、真は鱗を隠して人として生活していたが、不意のケンカで見られてしまいロンドンの居住区を追い出されたという。
さすがに、龍機兵を間近に置いておくのはイギリスの人間でも忌避を感じるのだろう。
まして、真はまだ竜の力を扱いきれていない。
消しきれない鱗がその証拠だ。
畏れられても仕方がないとアーサーは思う。
「それで此処にきたというわけか。判断としては間違いではない。妹御も保護しよう。だがシン・サクラよ。君は今後、龍機兵として生きることになる」
そう言ってアーサーは説明する。
竜の力を手に入れてしまった真は竜と戦うことを余儀なくされてしまった。
それを望まないとしても、戦わないで生きることは難しい。
竜が解き放たれたこの時代、竜と戦う者の存在は今後不可欠となっていく。
そうしなければ、人が滅ばずに生きていくことはできない、と。
「私にも妹がいる。君の妹御と違って大変なお転婆だが。それでも守りたいと思う。ゆえに戦い続ける。それが私の贖罪でもあるからだ」
竜を解き放った罪人の一人であることを、アーサーは隠していない。
というより五人の龍機兵は全員そのことを公表している。
当然、真にとっては嫌悪、憎悪の対象であろうと思う。
しかし、意外なことに真はそのことを責める気はないといってきた。
何故なら、今、人を守るために戦い続けているアーサーの在り方は間違いではないと思うからだと言う。
逃げ出さずに戦ってきた人を責める言葉は持っていないと。
その言葉を聞き、アーサーは少しだけ嬉しそうに微笑む。
そして改めて問いかけた。
「シン・サクラ、君はこの先戦い続けるとして、何のために戦う?」
その問いに対する答えに、アーサーとバーナードは驚愕しつつも納得してしまう。
その答えとは。
「俺は、この手で誰も傷つかない平和な世界を創る。そのために戦う」
そう答えた真の瞳は赤く燃え上がっていた。
数十分後。
バーナードは、城壁内の一室を真と阿由の仮住まいとして設え、そして案内してきた。
アーサーの執務室に戻ってきた彼が見たのは、椅子に持たれ、天井を見つめる主の姿だった。
「ご主人様……」
「以前であれば、シンの答えを高潔だと称えたのだがな……」
「現実を知るのは辛いものです。しかし、知らぬままでは生きていけませぬ」
「ああ。今だからわかる。あの強い決意が如何に『傲慢』なものであることかが……」
世界は、人一人の力で変えられるほど小さくはない。
それは龍機兵とて同じだ。
一人の龍機兵が一人だけで世界を変えることなどできない。
様々な思惑が絡み合って構成されるのが世界だからだ。
ゆえに、真の言葉は叶うことのない夢想だと言える。
だが、その夢想を本気で目指すとなれば、それはもう傲慢でしかない。
自分の力で世界を平和にするなど、世界征服を望むよりもはるかに傲慢な思いだ。
そして、その少年らしい純粋さから生まれた傲慢な思いが、ある竜を呼び寄せてしまったのだ。
『傲慢の化身』と呼ばれる最強の竜のうちの一匹。
ドラゴン型・魔王種『創界の王』ルシファー。
漆黒の身体に赤い瞳を持ち、太陽の光を操る光の竜。
時には『赤の竜』と同一視される、魔王として伝わる最強のドラゴンを。
「少年であるがゆえに純粋で、純粋であるがゆえに傲慢とは。世界は皮肉にできているものですな」
「まったくだ……」
そうため息混じりに呟くアーサーにバーナードは苦笑いを見せた。
世の中、上手くいくことのほうが少ないとはいえ、ここまで綱渡りな世界も珍しいのではないかと思うからだ。
仕方なく、バーナードは今後のことを尋ねる。
「シン殿、アユ殿を保護するのは良いとして、他の方々にもお伝えいたしますかな?」
「そうだな……」と、そう呟いた後、アーサーはしばらくの間考え込んでしまう。
そして。
「バンとアラステアにはまだ知らせられん。まずはレディ麗佳のことを何とかせねばならんしな」
「アメリカにいらっしゃる魔王種のレディのことですな。しかもリョウヘイ殿がアメリカに飛んでしまったとか」
「ああ。向こうは今てんてこ舞いだろう。余計な悩みを増やすべきではない」
丈太郎とアラステアはようやく麗佳に会うことができるところまでこぎつけた。
そして、共にいるだろうエキドナとも会談することになるだろう。
まずはそれを成功させたい。
報告を聞く限り、エキドナは上手くすれば味方になってくれる可能性もある。
今後、龍機兵が生きていくうえで、間違いなくプラスになる。
ならば、今は集中させたいところだ。
「では、プロフェッサーと老師にはお伝え『しない』ということでよろしいですかな?」
「うむ。どちらも信の置ける仲間ではあるが……、間違いなく魔王種を隠しているからな」
それが、アーサーとバーナードの見解であった。
プロフェッサーことローベルトと、老師こと九垓は、それぞれ自分が責任者を務める龍機兵の軍隊に魔王種を隠していると考えていた。
「どちらがどちらかはわかりませぬが、『貪欲』と『堕落』がそれぞれの国にいることが、シン殿の存在で明らかとなりましたな」
残るは二匹。『貪欲の化身』と『堕落の化身』と呼ばれる魔王種。
それぞれシェンロン型・魔王種とヒュドラ型・魔王種となる。
それで五種類五匹の魔王種だ。
「こう考えると、我ら五人の元に、それぞれ一匹ずつ魔王種がいることになる。見事に分かれたものだ」
「日本に『赤の竜』、アメリカに『淫果の蛇』、我がイギリスに『創界の王』、そしてロシアと中国に『惑乱の根』か『大逆の天』……」
「神は我らに戦争でもせよと仰るのかな?」
何処か嘲るように笑うアーサーに対し、バーナードは厳しい目を向けて口を開く。
老執事は、主の言うことを聞くだけの存在ではないのだ。
時には厳しく嗜めるのも役目なのである。
「竜から生き延びることが肝要なこの時代において、人同士が争っては未来はありませぬぞ」
「言うとおりだ。だからこそ、ローベルトと老師が打ち明けるのを待っていたが……」
その前に、最後の一匹が出てきてしまった。
だが、アラステアから麗佳の存在を聞いたときから、アーサーはそのときが間近に迫っていたようにも思う。
全てはここから始まるのだ。
『赤の竜』こと諒兵が覚醒しつつある今、その他の魔王種が揃い、龍機兵たちの本当の戦いが始まろうとしている。
アーサーにはそう感じられてならない。
「仕方あるまい。かまをかけてみよう」
「ふむ、何故ですかな?」
「我ら同士で騙し合いをしている場合ではない。我らは何かを見落としている。そんな不安が拭えんのだ。それに別のことも気になる」
「それは?」
「……魔王種が三人とも日本人だ。残る二匹もそうだと考えるのはおかしいか?」
「いえ、むしろそう考えぬほうがおかしいでしょうぞ」
実際、諒兵、麗佳、そして真。
三人とも純粋な日本人ばかりである。
この点に関して、異常を感じないほうがどうかしている。
一番怪しむべきところだろう。
「すぐにロシアと中国に通信の用意を致しましょう」
「頼む。せっかく我が騎士団に新たに伝承竜の力を得た者が出たところだ。レディ麗佳はともかく、魔王種にかまけてばかりもいられん」
そう言って立ち上がったアーサーに労いの言葉をかけたバーナードは、足早に執務室を出て行くのだった。
一方そのころ。
ロシア連邦、ノヴォシビルスク。
ユーラシア大陸最大の国家ともいえるロシア連邦。
その国家の東西の中心で、南よりに存在するのが、ノヴォシビルスク州の州都、ノヴォシビルスクである。
別名をシベリアの首都とも言われ、シベリアでは最大の町であった。
実のところ、それは今でも代わりない。
ただ、現在はローベルト・クレンコフが責任者を務める龍機兵の軍隊ドラコン・アールミヤの基地が存在する居住区となっている。
シベリアの永久凍土には、耐性のある竜が多数棲んでおり、そこから来る竜たちを抑えるために目の前にある都市に基地を置いたのである。
その規模から、アメリカのドラゴンズ・ネストに対抗するかのように、『グァリ・エィビティ・ドラコン』、『竜の棲む山脈』と呼ばれていた。
その通称を『山脈』と言う。
その基地の内部にて。
「おおおおおきいいいいいろおおおおおッ!」
「うみゃぁー……」
巨躯のロシア人にして、ドラコン・アールミヤの総責任者であるローベルト。
いつもは豪放磊落という言葉どおりの細かいことには拘らなさそうな彼が、目の前にいる者に対し、青筋を立てて怒鳴りつけていた。
その者は、随分とゆったりしたソファにのんびり寝転がっている。
真竜体のサイズは其処まででもないが、膂力は五人の龍機兵の中でも最強を誇るローベルトを相手に、のんびりと寝転がったままでいるとは随分と肝が太いと言えるだろう。
一番驚くべき点は。
「お前なあッ、女じゃなかったらぶん殴ってるぞッ!」
「うひひー、女は得なのじゃー」
「はあ……、これが今時の日本人なのかねえ。ヤマトナデシコはもう滅んじまったか。日本で龍機兵になった娘さんはいい子らしいがなあ」
そう言ってローベルトは天を仰ぐ。
そう、驚くべきことに、ローベルトに怒鳴られてもまったく動じず、のんびり寝転がったままでいる者は女、それも日本人だった。
「いつまでも同じじゃないのじゃよー。あたいのほうが今時の若者だと思うしのー♪」
「……その娘さんやアーサーの妹と同い年とは思えねえなあ」
年齢が鈴やライラと同い年だという女、というより少女は、こと体型に関しては鈴やライラ、そして麗佳とは全然違っていた。
並外れて育っている。
アメリカにいる麗佳の親友の一人である凛那よりも大きいかもしれない。
何処がとは言わないが、胸が。
もっと言えばスタイルがグラビアモデル顔負けで、しかも顔は日本人らしく可愛らしい童顔。
艶やかな亜麻色の髪をセミロングにしており、正直に言って犯罪に合わないほうが不思議なほどの外見を備えていた。
もっとも、この少女を襲ったとしたら、死ぬのは犯罪者のほうだろうが。
「……さすがにアーサーも勘付きやがった。お前のことを黙ってられねえんだ。今度通信に出すぞ」
「えー」
「少しは働け。日がな一日ゲームしてるか、マンガ読んで食っちゃ寝してるかしやがって、この怠けもん」
「しょーがないのじゃ。あたいは『堕落』だっつったのはおっさんのほうじゃないきゃ?」
「ああ。お前が手に入れちまったのは『堕落の化身』の力だ」
「だから堕落してるのじゃよー♪」
「ちったあ鍛えろっつってんだッ!お前魔王種なんだぞッ!」
思わず怒鳴ってしまうローベルトの迫力をにへらと笑いながらあっさり受け流す。
見てるだけなら相当に眼福だが、性格が残念すぎる美少女だった。




