6話「ボクサーの拳とファイアボール」
ドラゴンズ・ネストで諒兵とウィルフレッドが仕合いをしているころ、ラスベガス居住区内の東堂家屋敷では。
「もーちょっと近くで見らんないのー?」
「これが限界よ。これ以上近づいたら、鈴川さんに勘付かれるわ」
「もっとはっきり見たい」
「わがまま言わないで」
モニターに映し出された諒兵とウィルフレッドの戦いの様子を麗佳、智巳、そして凛那が見物していた。
どうやら何らかの通信を使って戦いを中継しているらしい。
「ロサンゼルスまで蛇を飛ばすだけでも一苦労なんだから」
「よく届いたね?」と智巳。
「私たち女の龍機兵は身体が大きくならなくても訓練次第で『竜の血』を伸ばすことができるわ。訓練期間の長さなら誰にも負けないもの」
つまり、麗佳が自分の分身とも言える蛇をドラゴンズ・ネストの近くまで飛ばし、拾った映像をモニターに映しているらしい。
なかなか器用なことである。
「まー仕方ないかー。ていうか、アイツが『赤の竜』なんだ?」
「そのようね。顔を見るのは初めてだけれど」
「私に近い雰囲気がある」
「そうね」と、同意しつつ、一番近いのはやはり丈太郎かと麗佳は思う。
同じ孤児院で育ったし、性格も近いところがあるのだから当然だが。
「ワイルド系かー、悪くないじゃん♪」
「私も戦ってみたい」
「いずれ機会があればね」
機会が来るかどうかはともかく、一度直接会う必要はあるだろう。
もっとも、そのときには鈴やライラとも会うことになる。
果たして自分やエキドナの考えに対し、どう思うか。
同じ女だけに気になるところだった。
また、今の段階では、別のところも気になる。
「意外だったけどリーヴィス隊長はファフニールの力をかなり使いこなしているわね」
「人間体のままで竜の力を扱えるの?」
と、直接手合わせしたことのある智巳が興味深そうに尋ねてくる。
実際、智巳と戦ったときには、竜化した状態で繰りだした攻撃を今は竜化せずに繰り出せていることは驚くべきことだと言える。
「現実に扱っているわ。できるということなのでしょうね」
「悔しい」
「あなたの場合は違うわ、智巳。そもそも鱗で武器を作る以上、どうしても竜化する必要があるもの」
智巳が使うナイフは竜化した上で、鱗から精製した武器である。当然、まず竜化する必要がある。
そして、鱗で作った武器を扱うには、やはり竜化した状態であるほうが扱いやすい。
ウィルフレッドが人間体のままで竜の力を扱えるのは、彼の戦闘スタイルと手に入れたファフニールの伝承にも理由がある。
「ボクシングで戦う人が、腕力系の竜の力を手に入れた。だからってことだねん」
「ええ。抜群に相性がいいのよ。他の人では難しいでしょうね」
ボクシングで戦う者が抱く力が強いという伝承をもつ竜の力を手に入れた。
その結果、人間体のままでもファフニールの力をある程度は発揮できるようになったということである。
だからこそ、最初は諒兵や鈴、ライラの顔を見るくらいにしておくつもりだった麗佳だが、いまだにこの戦いを『監視』し続けていた。
智巳と凛那に気づかれないように、麗佳は映像を直接受け取っているだろうエキドナに尋ねかける。
(……『彼』が人間体のまま炎を出せるようになったら、良い意味で成長したといえるのかしら?)
『言えなくはありませんわ。より恐ろしくなったとも言えますけれど』
(そうね。本当に成長が早すぎる……)
今はまだ、自分が真竜体になれば倒せる相手だ。
だが、明日はどうだろう。
明後日はどうなっているだろう。
そう思わせるほどに、戦いにおける諒兵の成長速度は速い。
そう考えるとエキドナが不安になるのもわかる。
ただ。
(……会って、みたい)
諒兵の傍にいる鈴とライラを少なからず羨ましいと感じる自分が居ることに麗佳は気づかないふりをしていた。
鈴とライラ、そしてロドニーとルイスが見守る中、諒兵とウィルフレッドの仕合いは、驚くほどの至近距離での殴り合いへと変化していた。
無論のこと、諒兵の場合、足技も使ってくるので、完全な殴り合いというわけではないが。
だが、ステップを踏んでのアウトレンジでの戦いもできる諒兵がインファイトを選んだのには理由があった。
一番理解しているのは、対戦しているウィルフレッドだろう。
右拳が身体を掠めるとき、本当に『熱くなっている』のが伝わってくるからだ。
つまり。
「ウィルと同様に竜の力を引き出そうとしているということか」とロドニーが呟く。
「……『赤の竜』の力をですか」
「ときどきウィルの顔が歪む。パンチ程度ならそうはならん。おそらく熱気を感じている。先ほどミス・リンが言っていたよりも温度は上がっているはずだ」
「なるほど。しかし『赤の竜』と其処まで親和性が高いのは恐れるべきことですね」
「……確かに」
ルイスの言葉は間違いではない。
しかし、諒兵が自分の意志で引き出せるというのであれば、それは『赤の竜』を従えているということでもある。
暴走せずに引き出せるのであれば、むしろ歓迎したいところであろう。
そう思いながら、ロドニーはちらりとルイスの顔を見る。
やはり何処か険がある。
そう思わずにはいられない。
根がマジメなだけに、人だけではなく竜や龍機兵にとっても危険な存在である『赤の竜』を受け入れにくいのだろう。
だが、それでも性格がウィルフレッドに近いところもある諒兵は、そこまで危険視するようなものでもないとロドニーは思う。
危険な力というのなら、竜の力を持つ龍機兵自体が人にとっては危険な存在なのだから。
注意はするべきだろうが、排除まで考えるのはまだ早いのではないかとロドニーは考えていた。
少しばかり不安そうに見守っている鈴がぽそりと呟いた。
その言葉にライラも納得する。
「確かに。リョウヘイにとってその方法が一番早いか」
「うん。ムリヤリ危ない状況にして、感覚で掴もうとしてる」
「失敗すれば倒される。そのくらいのピンチを利用できなければダメだと考えているのだろう」
そういう性格だったとライラは苦笑した。
基本的に諒兵は理論派ではなく感覚派だ。
頭で理解するより、身体で覚えるほうがはるかに早いタイプだ。
そう考えると、ウィルフレッドと危険な殴り合いを選択するのも当然だろう。
また、ウィルフレッドもそのあたりは良く似た雰囲気を持つ。
つまりは感覚で覚えるタイプだということだ。
きっかけを掴むための対戦相手としては申し分ない。
とはいえ、不安なことに代わりはなかった。
「危なっかしいんだもん」
「こんなに心配させているのだから、少しは返してもらわないと割に合わないな」
「へっ?」
「あ、いや……、リンはそう思っているのだろう?」
「うー、まあ、そだけど……」
と、何となくごまかされたような気がするが、納得する鈴。
対して、うっかり本音が出てしまったことに慌てつつも、上手くごまかせたことにホッとするライラだった。
そして中の二人は。
「ハッ、ピンチを利用して強くなろうってか。嫌いじゃないぜ、そういうの」
「俺はややっこしいのが嫌いなんだよ」
ハッキリと言ってしまえばそういうことである。
諒兵は難しいことを考える頭を持っていなかった。
もっとも、ウィルフレッドにとっては納得のいく答えというか、共感できる言葉だったらしい。
「That sucks!メンドくさいのは俺もゴメンだ」
実に良く似た二人である。
そんな会話をしつつも、互い技の応酬をしているのだから、わりとバトルジャンキーな二人だった。
「さすがにインファイトじゃ厳しいなッ!」
「そう簡単に出されても困るんだよッ!」
ウィルフレッドは、人間体のままでもフックで衝撃波を放つことができるが、常にというわけではないらしい。
至近距離での戦闘となると、どうしても技の回転数を上げないわけにはいかないので、力の入った一撃を繰り出す暇がなくなるのだ。
それだけでも諒兵にとってはインファイトに持っていった価値はあるのだが、如何せん、この距離では諒兵もなかなか力の入った攻撃ができない。
右腕は確かに熱くっているが、此処からさらに気合いを乗せないと炎は出せないだろう。
『温度を維持しているだけでもたいしたものですよ?』
(それじゃ足んねえんだよ)
メーちゃんの言葉にそう答える。
維持し続けているだけでも確かに十分な成果だといえるだろう。
しかし、炎を出せるようになりたいと思うなら、此処からさらに踏み込んでいかなくてはならない。
偶然掴んだ『赤の竜』の力を、自分自身の力に変えるためには、『竜の血』と『赤の竜』を諒兵自身の心で捻じ伏せなければならないのだ。
『赤の竜』になってしまった運命になど負けないために。
ゆえに。
「その距離は俺の距離だぜ。いいのかブラット?」
「いいも悪いもねえ。決めると思ったら決めんだよッ!」
ウィルフレッドから自分のリーチ分の距離をとり、諒兵は身体を捻るようにして右腕を引く。
だが、ウィルフレッドの言葉どおり、この距離はウィルフレッドの距離でもある。
つまり、お互いの必殺の拳が放たれる距離であり、純粋な力の勝負になるということだ。
「いい覚悟だッ!Take this!!」
「行くぜッ!」
互いに踏み込んで右拳を放つ。瞬間、諒兵の右腕から炎が出現した。
その場にいた全員が目を見張る。
だが。
「ぐがッ!」
声を上げて吹き飛ばされ、シールドに叩きつけられたのは諒兵の方だった。
「くそッ……たれッ……」
「俺の勝ちだな。Fireball(火の玉小僧)」
そう言って笑うウィルフレッドを悔しげに睨みつつ、諒兵は意識を失った。
シールドが解除されるや否や、鈴とライラがすぐに諒兵に駆け寄る。
気を失っているだけだとわかると、二人とも安堵の息をついた。
「Sorry、怒らないでくれよ?」
「諒兵がムチャするのいつものことだもん。それに、ウィルフレッドさん手加減したでしょ?」
「わかるのかい?」
「直撃を喰らっていたらあの程度では済まないだろう。衝撃波だけを当てたと見たが?」
「Exactly!わかってくれて嬉しいぜ。ガールズに嫌われるのは辛いからなあ」
ウィルフレッドが本気でそう言っていることがわかってしまい、鈴もライラも苦笑いしてしまう。
実際、ケンカを売ってきたのはウィルフレッドとはいえ、ノリノリで買ったのは諒兵なのだから文句を言うのはお門違いだ。
世の中、ムチャをして勝てる相手ばかりではないことを学べたのは、諒兵にとってはいいことだろう。
其処にロドニーが近寄ってくる。
「すまない。少し確認させてくれ」
そう言って彼は、諒兵の右腕を確認した。
どうやら鱗が生えているかどうかの確認らしい。
「生えていた様子もないな。自力で炎を引き出したのか……」
「たいしたボーイだよ。あの手合わせの中で一瞬とはいえ『赤の竜』を捻じ伏せやがった」
今まで、『ブラット』としか呼ばなかったウィルフレッドが『ボーイ』と呼び直しているところを見ると、本当に諒兵のことを認めたらしい。
「悪ガキなのは確かだが、クソガキとは呼べないな」
「俺としては『ファイアボール』が合っている気がするがな」
先ほども語ったが、火の玉小僧という意味があるので、炎を引き出した今の諒兵には合っているかもしれない。
いずれにしても、今回は諒兵の負けだが、いい勉強にはなっただろう。
そう思うと、鈴もライラもウィルフレッドに文句を言うことはできないし、言うつもりもなかった。
「目を覚ますまで傍にいてやりな。起き抜けに眺めるならプリティ・フェイスのほうがいいってもんだ」
「えっ、あっ、あはは……」
「ぷっ、ぷりてぃっ?!」
鈴は苦笑い。ライラは言われ慣れていないせいか、素っ頓狂な声を上げてしまう。
そんな二人の少女を尻目に、ウィルフレッドは宿舎のほうへと戻っていく。
「ドクター・バンバには俺のほうから結果を報告しておこう」
「あっ、お願いします」
「すまない。感謝する」
「これも仕事だ。それでは失礼する」
そういってロドニーも、ルイスを促して宿舎のほうに戻った。
二人がウィルフレッドに追いつくと、彼はルイスに声をかけてきた。
「よく我慢してくれたな、ルイス」
その言葉にルイスは一瞬、身を強張らせる。
ロドニーはウィルフレッドに何も言っていない。
だが、そんな言葉が出たということは。
「あんまり怖い目するなよ。シールドの中にいても伝わってきたぜ?」
「気のせいでしょう」
と、ルイスはそう答えると足早に宿舎に戻っていった。
そんな彼の背を見ながら。
「海戦隊の者たちが影響を受けないといいが」
「ルイスも別にボーイをどうこうしようとかは考えちゃいないと思うぜ?」
「彼はともかく『赤の竜』は危険だと思っているのだろう。さすがに同一視はしないと思うが」
ロドニーはそう思う。
そう思うのだが、一抹の不安が拭えない。
ルイスは正義感があってマジメなのだが、それは悪いことではない。
二人とも、日本で若くして戦闘部隊の隊長を務める誠吾のことは知っている。
ルイスと同じように正義感があってマジメだが、諒兵自身のことを敵視するようなことはなかった。
ちゃんと諒兵と『赤の竜』の間に線引きをしていたのだ。
この先、諒兵と交流していけば、ルイスもその線引きができるだろう。
ウィルフレッドはそう思い、ロドニーはそうあってほしいと思っていた。
それから三十分後。
諒兵の目がぱかっと開いた。
「気がついた?」
「まだ、どこか痛むか?」
「こんくれえなら平気だ」
そう答えた諒兵は、覗き込んでくる鈴とライラに避けてもらいつつ、身体を起こす。
「ちッ、イケると思ったんだけどな」
「実際、炎が出せたんだから、かなりイケたんじゃない?」
「負けちまったら意味ねえ」
「そういう言い方は失礼だぞ。まだ生きてる。なら次がある。もっと強くなれるということだ」
ライラの言葉は正しい。
命があるならば次がある。
竜が闊歩するこの時代、生きているだけでも勝利といって差し支えない。
死んだ者に次はないからだ。
生きているというチャンスを生かせる者が、未来まで生き延びられるのが今という時代なのだ。
無論のこと、諒兵もそんなことは理解している。
「それはわかってる。ウィルの旦那も直前で拳を引きやがったけど、全力で相手してくれたからな」
「あっ、気づいてたの?」
「当たり前だ。それがわかったから、余計にムカつくんだよ」
結局のところ、諒兵としては、ただ単に負けたことが悔しいだけだ。
だから、次の勝利を目指す。
そのための道筋は掴んでいるのだから、あとは前に進むだけだ。
「炎をもっと自在に出せるようになる。今はそれを目指すだけだ」
結果として、それは『赤の竜』を従えることにつながるだろう。
諒兵自身にとっても、本当の意味で負けないためのいい目標でもある。
そういう意味で考えるなら、今回の敗北はある意味プラスでもあった。
「何で?」と、鈴がライラに尋ねる。
「伝承においてはファフニールと『赤の竜』では『赤の竜』が上だ。だが、龍機兵として竜の力を使う上ではそう差はないということなんだ」
「使い方ってことか」
「そか。竜の力を人が使う、それが龍機兵だもんね」
「ああ。先ほどの手合わせは私たちにとっても学ぶべき点が多々あった。竜の力に奢らず、畏れず、自分の力として従える。それができる者が強い」
龍機兵は人ではない。
だが、だからこそ人の心こそが大事だと言える。
竜の力に呑まれるようでは、強くなどなれないということだ。
『ぐうぃばーちゃんの言うとおりですね。『赤の竜』は、今はあなたの力なんですよ、諒兵』
(そうだな。やってやるさ)
のんびりとしているつもりはない。
メーちゃんから聞いた自分の敵を倒すために、前に進むこと自体は止めない。
ただ、その歩みの中で『赤の竜』も自分の力として捻じ伏せる。
諒兵はそう決意する。
だがその前に。
「腹減った。いい加減開いてんだろうから食堂の飯も食っとくか」
「まだ食べるのっ?!」
「呆れた胃袋だな」
「運動しすぎた。俺は行くぜ。お前らはどうする?」
立ち上がり、鈴とライラのほうへと振り向いて尋ねた諒兵に、二人の少女は嬉しそうに笑う。
「行くっ!」
「せっかくだからメニューを見ておこう」
その姿に少しだけ、ぶっきらぼうだけど優しい心を取り戻したように感じたからだった。




