5話「『抱く者』と『赤の竜』と見守る者たち」
ウィルフレッドの拳が右頬を掠める。
そのスピードで、諒兵にはウィルフレッドの戦闘スタイルが理解できた。
基本はボクシングだ。
それも相当なレベルで使いこなしている。
しかも、体格もいいウィルフレッドとは腕のリーチも違う。
自分の拳が当たるより先に、ウィルフレッドの拳が当たってしまう可能性のほうが高い。
だとするならば、同じように拳主体で戦闘するのは危険すぎる。
それならば足技主体に戦うほうがいいと諒兵は判断し、相手の拳に蹴りを合わせた。
「ハッ、足癖悪いなッ!」
「昔っからだよッ!」
前蹴りでウィルフレッドを牽制した直後、諒兵は飛び上がって即頭部を狙った回し蹴りを繰りだした。
「おっとッ!」
「ちぃッ!」
だが、ウィルフレッドはダッキングを使ってあっさりと避けてしまう。
反応速度の速さも相当なものだ。
完全に接近戦主体、それも格闘型のファイターであるウィルフレッド。
同じ土俵で戦うのは危険なのだが、それ以上に楽しくもあった。
その様子を外にいる者たちは各々異なる思いを抱きながら見つめていた。
「ら、ライラ、諒兵大丈夫かな?」
「そうだな。こうして見るとリーヴィス隊長は対人戦闘に相当慣れている。もともとボクサーだったのだろう」
そうなれば竜を相手にしている感覚ではまず勝ち目がない。
そうは言っても、諒兵は龍機兵団で龍機兵を相手に手合わせしているので、対人戦闘に慣れていないということはない。
ただ。
「ボクシングする人はいなかったよね?」
「いや、たぶんいたのだろうが、リーヴィス隊長と同レベルとなると話が変ってくる。リョウヘイにとっては初めての対戦相手になる」
そうなれば、まず戦闘しながら相手の戦い方に慣れる必要がある。
ある程度の予測が立てられるようにならなければならないということだ。
ただ、その間にウィルフレッドに攻めてこられると、諒兵が負ける可能性は高い。
ウィルフレッドは諒兵の戦い方に対しても、そこまで戸惑っている様子を見せないからだ。
それが差になって現れているのである。
「このままじゃ負ける?」
「そうなる。だからこそ先ほど私が矛盾していないかと聞いたところにヒントがあるのだと思う」
人間体のまま全力で。
それが何故矛盾になるのかと言えば、龍機兵は竜化したほうが全力を出しやすいからだ。
人間体のままでいるということは、意識的に竜化を抑えるということになる。
当然、全力を出すことは難しいはずだ。
「どういうことなのかを考える必要があるんだ」
「普段もほとんど考えない諒兵が、戦ってる最中に其処まで考えるかなあ?」
「……不安だ」
諒兵の性格を知っているために、どうにも不安を拭えない鈴とライラだった。
「ふむ」と、ロドニーは二人が戦っている様子を眺めながら納得したように肯く。
「彼はマーシャル・アーツか。もっともほとんど我流のようだが」
「ドクターが使えると言っていましたが……」
「ドクターから教えてもらったのだろう。それを自己流に昇華している。竜との戦闘を繰り返して身体に覚えこませたというところか」
ロドニーの分析に対し、ルイスも納得したように肯いた。
実際、諒兵の戦い方はわりと臨機応変に変化する。
拳主体のときもあれば、足技主体のときもある。
相手に有効な戦い方をその場で選択し、実行するということだ。
「思った以上に器用なようだ。ウィルのようにもっとも得意とする戦い方で一点突破するタイプとは対極だな」
自分のスタイルを崩さず、ひたすらチャンスを待って攻め続けるのがウィルフレッドの戦い方になる。
対して諒兵は相手に合わせて変化し、隙が生まれたところに得意な攻撃を連続で叩き込むという戦い方なので、確かに対極だと言える。
性格は比較的似たところがあるとはいえ、戦い方まで似ているわけではないということなのだろう。
「そうですか……」と、呟きつつ、視線を中の二人に向けるルイス。
それを見たロドニーは小声で告げた。
「手を出すな。彼はともかくウィルが激怒するぞ」
「私は何も……」
「彼を見る目に不穏なものがあった気がしてな。気に触ったなら謝ろう」
「いえ……」
そう呟くように答えたルイスは一度深呼吸すると、改めて中で戦っている二人に目を向ける。
それを見たロドニーは小さくため息をついた。
一方で、中の二人。
諒兵もウィルフレッドもあと一歩攻めきれないという状況が続いていた。
何度目になるのかわからないが、ウィルフレッドの即頭部を狙って繰りだした回し蹴りがあっさり受け止められる。
だが、此処からがこれまでと違った。
諒兵は蹴りを引いた勢いを利用して、さらに身体を沈めて足払いを狙う。
ボクサーであるウィルフレッドはどうしても攻撃の範囲が上半身に偏りがちになる。
対して、諒兵は今は足技主体に戦っているので、下半身への攻撃もかなり速い。
だが。
「ぐッ?!」
「ハッハーッ、俺に足払いは通用しないぜブラットッ!」
まるで大木を蹴ったような感触に、逆に諒兵のほうが顔を顰めてしまった。
すぐにバック転を利用して立ち上がり、そのまま距離を取る。
「どんだけ鍛えてんだよ」
「俺たちボクサーにとって異種格闘技戦で真っ先に狙われるのは其処だからな。人間だったころから、生半可な攻撃じゃふらつかないように足腰を鍛えたのさ」
たいしたものだと諒兵は呆れてしまう。
普通なら蹴られないようにステップを踏むか、ジャンプして避けるものだろう。
それを、蹴られても微動だにしないほど足腰を鍛えるなんて選択をするボクサーがいるとは思わなかった。
「どんなスポーツでも一番重要なのは足腰だぜ。鍛えた分だけ強くなる」
「確かに言えるな」
「そして、大地に根を張れる足腰を持ってる俺のパンチは最強だ。もっとも人間だったころは最強すぎて拳を壊しちまったんだが」
本末転倒もいいところである。
だが、それはあくまで人間だったころの話であって、龍機兵となった今はまさに最強の拳となっている。
「喰らいな」
ニヤリと笑いつつ、そう呟いたウィルフレッドは、凄まじいダッシュで接近してきたと思うと、右フックを繰り出してきた。
とたん、背筋が凍る。
これを喰らえば一発で沈むと感じた諒兵は、即座に飛び上がり、両足の裏でウィルフレッドの右フックを受け止めようとした。
「ぬがッ?!」
だが、受け止めるよりも早く、凄まじいほどの衝撃波が襲いかかってきて、諒兵は吹き飛ばされてしまう。
幸い、足の裏で受け止めようとしたことが功を奏し、其処までバランスは崩れなかった。
空中で身体を回転させた諒兵は、ルイスが作った水のシールドに着地すると、すぐにジャンプして再び地面に立つ。
それを見たウィルフレッドは本気で驚愕したらしく、思わず叫んでいた。
「Jesus!まさか足で受けるとは思わなかったぜッ!」
「ふざけんなッ!どんな威力のフックだよッ!」
「俺は『ファフナー』って名乗ったぜブラット」
そう言ってウィルフレッドは再びニヤリと笑う。
それを見たのか、メーちゃんが諒兵の頭の中で呟いた。
『どうやったか知りませんが、アレはファフニールの膂力ですね』
(おい、あいつ竜化してねえぞ?)
『だから、どうやったかは知りませんよ』
あっさりとそう答えてくるメーちゃんに対し、少しは役に立ってくれと思う諒兵だった。
「衝撃波だ」と、呟くライラを鈴が問い詰める。
そもそもファフニールの竜の力を持つウィルフレッドが、何故衝撃波を放てるというのか。
「あの右フック。覚えがあるはずだぞリン?」
「えっ、あっ、そうか『抱く者』……」
かつてウィルフレッドは別の相手に同じように右フックを繰り出し、衝撃波を放ったことがある。
『抱く者』ファフニールは、財宝を抱く竜としての伝承を持つ。
つまり、抱き締める動きがもっとも力を発揮するのだ。
「ベアハッグとかでも凄そうね」
「喰らいたくないな。たぶん上半身と下半身が泣き別れするぞ」
それほどの力を持つファフニールの膂力を右フックという一番近い形で再現したことで、その威力が衝撃波となって襲いかかってきたのだ。
凄まじい拳圧である。
「他のパンチでもできるのだろうが、あれが一番理想的なスタイルなのだろう」
「でも、竜化しないでもできるものなの?」
「たぶん、それが私が矛盾に感じたところだ」
「えっ?」
「人間体のままでも竜の力を引き出せるんだ、リーヴィス隊長は」
その言葉に、鈴は驚きを隠せない。
人間体で竜の力を引き出せるなどとは思わなかったからだ。
半竜体でようやく可能性が出てくるものだと思っていたのである。
「正解だ。ミス・バンブリッジ」
「ジョンソン隊長。私のことはライラでかまわない」
「あっ、私も鈴でいいですよ」
「ではそうしよう。で、続きだが、私たちの人間の姿は擬態だということは聞いているな?」
「「はい」」
「特に男は成竜体の段階で全身が竜化できるほど『竜の血』によって変化する。当然、人間の姿になったとしても……」
「そかっ、竜の身体のままなんだっ!」
つまり、たとい人の姿をしていたとしても、あくまで擬態であって竜であることに代わりはないということだ。
その自覚と強い意志があれば、竜化しなくてもある程度は竜の力を引き出すことができるのである。
無論のこと、本当の意味で全力というわけにはいかないが。
「ウィルは私たちの中で伝承竜の力を得たのが一番遅かった。だが、その分、古竜の力で鍛えてきたことで、強い意志で竜の力を従えられるようになった」
「伝承竜の力を持たないころから隊長を務めていたとは知っていたが、これほどとは……」
「ああ見えてウィルはかなりの努力家だ。軽薄なところはあるが、努力で培ってきた精神力は並大抵のものではない」
「けっこう軽そうに見えたけど凄い人なんですね……」
「なかなか辛辣だな」
と、ロドニーは鈴のウィルフレッドに対する人物観に苦笑してしまった。
フックは絶対に喰らうことはできない。
そう判断した諒兵だが、だからといって接近しないわけにはいかないことは理解している。
至近距離が一番怖い相手と戦うのは龍機兵となってからは初めてかも知れない。
誠吾は剣士であるために、ある程度の距離が開くからだ。
実のところ、自分が得意とする距離で自分以上の実力者と戦うこと自体が初めてかも知れなかった。
しかも、竜化してはならないという条件付きである。
だが、面白いとも感じていた。
『何故です?』
(その気になりゃあ、今のままでも竜の力が出せるってこったろ?)
『できなくはないと思いますけど……』
(ウィルの旦那にできて、俺にできねえ道理はねえ。この仕合いできっかけ掴んでやる)
無論のこと、きっちり勝たせてもらうと、諒兵はメーちゃんに告げる。
勝った上で、より強くなるきっかけも手に入れる。
それがベストだ。
簡単にいくことではないことは理解しているが、其処を目指さない諒兵ではなかった。
(手え出すなよ。俺の力で引き出す)
『其処まで言うなら出しません。強い男の人って素敵ですし♪』
(力が抜けるから止めろ)
思わず突っ込んでしまう諒兵だったが、すぐに気を取り直して突っ込む。
「そう来るかブラットッ!」
あえて接近戦を選んだ諒兵を称賛しつつ、ウィルフレッドは牽制のジャブからストレート、いわゆるワン・ツーを放ってくる。
だが、たといウィルフレッドの強力なパンチだとしても、怯んでいては龍機兵は務まらない。
頬を掠めるストレートにも臆することなく、諒兵は背後に回りこんでウィルフレッドの腰を締め上げた。
「うぉらあッ!」
「What’s?!」
そのまま背後に投げ落とそうとウィルフレッドを持ち上げる。
レスリング技のバックドロップだ。
単に後ろに投げるのではなく、自身がブリッジをするような体勢になり、首から落とす技である。
「Goddamn!」
思わず『クソッタレッ!』と叫ぶウィルフレッドだが、そのまま落とされるほど間抜けではなかった。
両腕を地面に伸ばすと、ヘッドスプリングからバック転の要領で締め上げる諒兵の腕を振り解いたのだ。
「ちぃッ、クソッタレッ!」
思わずそう毒づいて、諒兵は身体を起こす。
ブリッジの体勢のままでウィルフレッドのパンチを食らえば一発で沈まされるからだ。
そんな反応のいい諒兵を見て、ウィルフレッドは呆れつつも笑う。
「まさかバックドロップとはな。引き出しの多いヤツだぜ」
「投げ技はバカにしたもんじゃねえぞ」
「No!バカにしちゃいないさ。お前も相当暴れてきたな?」
「まあ、いろいろあったからな」
もともとが孤児なので、どうしても差別の対称になってしまったことがある諒兵は、ケンカで黙らせてきた時期がある。
平和な世界だったなら、はみ出し者でしかなかっただろうが、皮肉なことに今はそれが役に立っている。
何より、竜化しないで戦うための役に立っているのだ。
爪や牙や尻尾を振り回して戦うだけの獣では、竜の力を引き出せない。
人としての技と知恵こそが、竜の力を引き出すためのきっかけになるということを諒兵は感覚で理解していた。
その証拠に。
『右腕が熱くなってますっ!』
(ああ。意識しねえと竜化しそうだ)
だが、強い意志でそれを抑えれば、竜の力を引き出せる。
自分の竜の力。
ウィルフレッドのファフニール、否、ファフナーの膂力に対抗できる『赤の竜』としての炎。
人として、その炎を引き出す。
それは自分がより強くなるためのきっかけになる。
「ケッ、熱くなってきたぜ」
「お前がそう言うと、おっかないなブラット」
そう話すわりには楽しそうに笑うウィルフレッドに、諒兵も笑い返していた。
鈴はそんな諒兵の状態をちゃんと見守っていた。
『赤の竜』の暴走だけは避けなくてはならない。
諒兵自身を守るために。
だからこそ、人の姿を保ったまま、急激に熱が上がっている右腕を見てどうするべきか迷ってしまう。
「抑えた状態で熱が上がっているのかっ?!」
「うん、たぶん……。いつもは竜化しないとあそこまで熱が上がらないんだけど……」
既に人の体温など遥かに超えてしまっている。
通常なら、此処まで上がるときには既に竜化している。
そして全身の温度が急激に上がっていくと、全身の鱗の隙間から炎が噴き出してくる。
それが諒兵にとっては暴走状態となる。
だが。
「今は白い火を出すときみたいに、右腕以外は温度が上がってない。上手く抑えてるんだと思う」
「人としての意識を保っているということか……?」
「そう願いたいな。こんなことで暴走されてはネストがもたない」
さすがにロドニーも気になるのか、口を挟んできた。
『赤の竜』が暴走したとなれば、ドラゴンズ・ネストの龍機兵全員で対処しなければならなくなるからだ。
だが、鈴やライラとしては今の諒兵が暴走することは否定したい。
「何故です?」と、ルイスも話に加わってきた。
「だって、諒兵、負けるの嫌いだもん」
「ふむ?」
「暴走したらウィルフレッドさんに負けたってことになるから。そんなの絶対嫌がる」
「そうだな。リョウヘイなら、そんな負け方は死んでもイヤだろう」
鈴、そしてライラがそう告げると、ロドニーは何故か納得したように苦笑する。
「やれやれだ。龍機兵は負けず嫌いが多いようだな。彼もそのタイプか」
「彼も?」とライラ。
「ウィルもそうだし、私も負けるのは御免だ。何より自分の竜の力に負けるなど矜持に関わる」
「威張って言うことじゃないような……」
「男はそういう生き物だ。自分にだけは、決して負けたくないものだからな」
苦笑いしつつそう告げたロドニーの言葉に、呆れつつも何故か納得してしまう鈴とライラだった。




