3話「少年と少女たちと拳の竜」
とりあえず、メーちゃんの存在はこの場にいる三人だけの秘密となった。
エキドナの存在だけでも大変なのに、メーちゃんの存在まで知られると大混乱が起きてしまうからだ。
ゆえに、メーちゃんはできるだけ姿を現さないようにするということになった。
『まあ、目立たないようにするのは問題ないですよ』
そう言ってくれるのは大変ありがたいが、逆に気になってしまうところもある。
「つぅかよ、おめぇさん実体はあんのか?」
『一応は』
「一応、とは、どういう意味なのでしょう?
『ある場所に『封印』しています。場所は教えられませんけど』
其処から、人格を含めた思考データだけを諒兵の元に送り、構成しているのが今のメーちゃんなのだという。
それを動かすことはできるのだろうかと考えるのは当然の疑問だろう。
だが、メーちゃんの言葉は意外すぎるものだった。
『私が起きたら国が一つ潰れます』
「おい待てコラッ!」と、丈太郎は思わず声を荒げる。
『冗談じゃないですよ。私の本体は一キロ強はありますから』
デタラメどころではないサイズである。
現状存在する中で、最大サイズとなっているのが黄龍、ホァンロンこと王九垓。
それでも七百メートルだ。
それを上回るとなると、現存する竜や龍機兵の中でも最大サイズ。
戦闘力は推して知れる。
「でけえな……」
さすがに諒兵も呆れた様子で呟く。
もっとも、大きいどころではないサイズなのだが。
「いったいどうやって其処まで……」
アラステアが絶句しながら、喘ぐように問いかけると、メーちゃんはあっさり答えた。
『エキドナを止めようと竜たちと戦いながら『竜の血』を吸収していったんです』
「生き物を食ってたわけじゃねぇのか?」
『まあ、野生動物を捕らえての食事はしてましたけど、人は食べてませんね』
基本的には普通の食事と、竜を倒し、その血を吸収して巨大化していったらしい。
また、彼女は『赤の竜』を生み出すまでは一人で戦っていたため、エキドナよりも遥かに大きくなってしまったのだという。
『エキドナは竜たちと一緒に戦ってましたから、そんなに大きくはなってません』
「俺が見たときゃぁ三十メートルくれぇだった」
『私がエキドナを封印したときのままですね』
「封印、ですか……」
『さすがに妹は殺せませんでした』
そういって少し寂しそうに笑うメーちゃんの姿は、普段よりはいくらか神のように見える。
しかし、丈太郎が気づいた本当の名前を考えれば、確かに彼女は怪物なのだ。
一説には神の眷属という話もあるが、時が進むほどに人、怪物、果ては道具にまで貶められている。
それが、逆に気になるのはどうしようもないが、口にするだけで殺される可能性があるのでは、不用意に名前を出すことができない。
「まぁ、おめぇさんについちゃぁ追求しないどく。それよか、エキドナだ。おめぇさんの話は井波から聞いてんが、エキドナは味方になると考えていいんか?」
『なってくれるでしょう。むしろ、あなたたちのことを心配しているはずです』
「心配しているというのは?」
『龍機兵にも未来があっていい。エキドナならそう考えているはずですから』
そのため、竜を滅ぼして自らも滅ぶような悲しい生き方をさせたくないと考えていても不思議ではないとメーちゃんは説明する。
『そういうところは地母神として伝わるままですよ、あの子は』
「そうなのですか……。バン、やはりしっかりと話をする必要がありますね」
「あぁ、状況が変わった今、お嬢も話をすることを否定はしねぇはずだ。明日にでもって思ってたが、こっちも話せるだけの情報を用意してったほうがいいみてぇだ」
とにかく会うと考えていた丈太郎だが、諒兵がこっちに来てしまったことで得られた情報がある。
また、本来、『竜の血』によって生まれた竜は『赤の竜』を畏れ、敵意を持つ。
ドラゴンズ・ネストの龍機兵たちにも、いろいろと言っておかなくてはならないことができてしまった。
そうなると、すぐに会うというわけにもいかない。
麗佳もそれはわかっているはずだと丈太郎とアラステアは考える。
「今の話もまとめましょう。エキドナと共にいるだろう麗佳さんには情報において大きな差がありますから」
「あぁ、一つでもこっちにしかねぇ情報がありゃぁ、多少はマシな交渉ができっかんな」
「そこらへんは兄貴たちでやってくれ。俺にゃわかんねえし」
「おめぇ、凄ぇ情報源持ってんだがなぁ……」
まったく生かす気のない諒兵にため息をつく丈太郎だった。
対して、苦笑いするアラステアは改めてメーちゃんに問い直す。
「これ以上はメーちゃんさんも教える気はないのでしょう?」
『なかなか新鮮な響きですねえ』
確かにメーちゃん『さん』では、呼び方がおかしいのだが、アラステアは直す気はないらしい。
むしろ、そんな態度に興味を持ったのか、メーちゃんは素直に答える。
『これ以上は知らなくていいことですから。あなたたちは未来を考えてください。ここまで増えてしまっては竜を滅ぼすことはできません』
「やはり、そうですか……」
「棲み分けるしかねぇってか?」
『野生動物と同じですよ。そもそも勢力圏を広げすぎたんです、人間という存在は。もう、ヒトという生物ですらないのかもしれませんね』
「深ぇ言葉だな……」
まるで神のような言葉で『人間』を言い表すメーちゃんに、丈太郎もアラステアも感心していた。
一方。
件の麗佳とエキドナは。
『麗佳が其処まで言うのでしたら、少し様子を見ますわ』
「そう。ありがとうエキドナ」
『ただし、暴走の兆候が少しでも見られたなら、私には容赦できませんわ。今、此処には麗佳しかおりませんもの』
「それは仕方ないわ。他の魔王種はいるかどうかもわからないのでしょう?」
『はい。私にはそのような能力はありませんから』
そう答えたエキドナを見て、麗佳は安堵しつつも、少し落胆したような顔になった。
麗佳としては、諒兵が丈太郎の弟分ということを鑑みて、少し様子を見て、危険ならば倒すことにしようと意見した。
当初、エキドナは渋ったが、麗佳が必死に説得してくるので仕方なく受け入れたのである。
『麗佳が其処まで『赤の竜』に執心するのは何故ですの?』
「執心って、別に好きとかじゃないわよ。私にとって恩人とも言える方の一人である先生のお身内だから……」
『まあ、それも理由ですわね』
「ちょっと」と、麗佳は口を尖らせる。
これではまるでエキドナが母のようだからだ。
普段はどう考えても手のかかるわがままな娘ポジションにいるというのに。
しかし、エキドナはいたってマジメに話していた。
『私自身、『赤の竜』を呼び寄せた少年に興味がないわけではありませんわ。ただ、それでも危険すぎます。倒せるうちに倒しておきたい気持ちは変わりませんわ』
「今ならば倒せるということ?」
『あの成長速度では、一分一秒ごとに進化する可能性もありますもの。私たちが総がかりで倒した『赤の竜』は、今に伝わる伝承の姿である七つ首のドラゴンの姿になっていましたが、白い火は使えなかったんですのよ?』
ズメイ型・魔王種、『赤の竜』ことサタン。
伝承に語られる憤怒の化身の姿になっていても、まだ完全体ではなかったということができるとエキドナは語る。
それでも、ほとんどの竜を倒したというのだから、まさにバケモノと言えるほどの存在だろう。
諒兵はまだ憤怒の化身としての真の姿とも言える真竜体にはなれない。
なれないにもかかわらず、竜を滅ぼす力である『白い火』を扱うことができる。
エキドナが恐ろしいと考えるのも当然と言えた。
『白い火を使える状態で憤怒の化身と化した『赤の竜』が如何ほどの力を持つのか、私にも予測できません』
「でも、恐ろしいことに代わりはない」
『はい。だからこそ倒せるうちに倒しておきたい。私のやっていることは極端ですから悪と断じられるのは覚悟の上です。それでも竜や龍機兵たちを滅ぼされたいとは思いませんわ』
世界は変わった。
今は言うなれば新世界ということができるだろう。
竜がいる世界。
しかし、其処でも生命の営みが送られるのであれば、あってはならない世界ではないはずだとエキドナは語る。
『互いに自ら生きようとする。戦いはそうして起きるものです。それを否定するのは死と同列ですわ』
「それも極端な考え方なんだけれど……」
『命を喰らわない命などこの世にはいませんわ。命を喰らわないで済むのは死者だけです』
言うなれば、それがエキドナの正義なのだ。
生きるということは死と隣り合わせであり、いつ死ぬかわからないからこそ生き抜くために戦う。
其処にこそ、助け合うこと、支え合うこと、そして愛し合うことがあるとエキドナは語る。
「過激ね」
『そうですわね。自分で言っておきながら苦笑を禁じ得ませんわ』
ただ、それでもエキドナには譲れない一線がある。
果たしてそれが何を齎すのか、麗佳にはまだわからなかった。
翌朝。
ロサンゼルス近郊、ドラゴンズ・ネスト宿舎にて。
何だかんだといって結局眠ってしまった鈴は、朝日を浴びて目を覚ました。
「う~、何か頭重い~」
どうやら時差ぼけでも起こしているらしい。
まあ、真昼から真夜中にいきなり移動して、寝るはめになってしまっては調子が出ないのも当然だろう。
「う……」と小さな呻き声を上げつつ、ライラも目を覚ます。
結局、あのあと一緒の部屋で眠ってしまっていた。
もっとも、二人とも小柄でスレンダーなのでシングルベッドに二人で寝てもほとんど問題ない。
互いにぶつかり合うところがないからだ。
とたん、ライラがぱかっと目を開け、起き上がった。
「何か悪口を言われた気がする」
「そうね」
地獄耳とはよく言ったものである。
それはともかく。
「けっこう眠ってたのかな。お腹空いてるみたい」
「私もだ。オカミのボックスランチはちゃんと食べたのだが」
せっかく作ってもらったものを放置して寝るのもどうかと思った二人。
それに、諒兵が創った黒い孔に飛び込むときはかなりの力を出した。
なので、二人は冬子手製の弁当はしっかりと食べてから眠っていたのだが、目が覚めて少しばかりお腹が空いていることに気づく。
「食堂は近くにあるのだろうか?」
「無いはずないよね。龍機兵の基地なんだし」
「だが、開いていない可能性もあるぞ」
「そっか、蛮兄起きてるかな。ちょっと聞いてみる」
さすがにここまで来て荒っぽいことをする気はないので、鈴は龍玉をつなぎ、小さく声をかけた。
「ん、わかった」
「どうだ?」
「まだ、時間が朝の六時だから開いてないって。七時半からみたい」
「なるほど。ならば少しゆっくりしようか」
「んー……」
ライラの言葉に、鈴は虚空を見つめながら考えると、首を振った。
やはり一番気になるのは。
「諒兵が近くの部屋で寝てるらしいから見てくる」
「……そうだな。できるだけ見張っておきたい」
「うん。何か、今の諒兵、ホントに一人でどっか行っちゃいそうなんだもん」
放っておいたら一人で手の届かない遠くまで行ってしまいそうな雰囲気を出している今の諒兵を、二人は心配していた。
そんなわけで、丈太郎に諒兵が泊まっている部屋を聞いた二人は、着替えてからすぐに部屋を出た。
[女の勘ぁ鋭ぇやな。見張っててくれ。今の諒兵ぁ俺にも捕まえてらんねぇかしんねぇ]
最後にそう言われたことで、二人とも少し緊張しつつ、諒兵の部屋に急ぐ。
そして、諒兵の部屋まで来た二人は鍵が開いていることに気づいた。
「あっ!」
「まさかっ、もう出て行ったのかっ?!」
中はもぬけの殻だった。
すぐに出ようとする鈴を制止して、ライラが諒兵が寝ていたであろうベッドに手を触れる。
「まだ温かい。起きたばかりのようだ」
「近くにいそう?」
「あの方法で移動されてしまってはどうしようもない。リン、呼びかけられるか?」
「うん、わかった」
そう答えるなり、鈴はすぐに龍玉をつないで諒兵に声をかける。
[んだよ?こんな朝っぱらから]
「あんたっ、何処にいるのよっ?!」
[目が覚めちまったからネストを散歩してるだけだ。まだ食堂が開いてなかったしな]
どうやら空腹なのは諒兵も同じであるらしい。
問い詰めて正確な場所を聞きだしつつ、鈴はドラゴン・フェイスを起動して確認する。
言っていることに間違いがないか、ごまかしていないかを確認するためだ。
「ちょっとそこで待ってなさいよ。すぐ行くから」
[何でだよ?]
「何ででもっ!」
声を荒げてそう伝えた鈴は、すぐにライラに向き直る。
「場所はわかったから行こう」
「わかった。とりあえずまだ出て行く気はないようだな」
「うん、今のうちにヒモつけておかないと」
扱いがほとんど糸の切れた風船のような諒兵であった。
実際、それほど間違ってもいないのだが。
諒兵がいたのは、向こうにグランド・キャニオンが見えるドラゴンズ・ネストの通用口だった。
「諒兵っ!」
「お前らずいぶん早えな」
そういって出迎えてくれた諒兵は、拍子抜けするほど普段のままで、とりあえずこのまま出て行くわけではないことを鈴とライラは理解する。
「人のことは言えないだろう?」
「腹が空いちまってな。それで目が覚めたんだよ」
非常用の食料はちゃんと持っているので、それで今は凌いでいるという。
食堂が開くにはまだ一時間くらいかかる。
その間、小腹を満たしつつ散歩していたのだと諒兵は説明してきた。
「適当に歩いてたら此処に来た」
「グランド・キャニオンか……」
アメリカや中国、ロシアといった国は海からだけではなく、内地からも龍が襲ってくるとは以前語っている。
グランド・キャニオンはアメリカでは最たる例といっていいだろう。
人を寄せ付けない大自然は、逆に竜が発生しやすく、今は完全に竜の棲み処となってしまっている。
「やけに気配感じると思ったけど……」
ライラの説明を聞き、鈴はそう呟いた。
さすがに鈴の感覚は鋭く、グランド・キャニオンから不穏な気配をずっと感じ続けていたのである。
「今んとこ襲ってくる感じはねえけどな」
「わかるの?」
「そういう気配はわかる。あの辺りは古竜が多いんだろうよ」
そう呟いた諒兵の言葉に答えたのは、鈴でもライラでもなかった。
「ハッハー、たまにはワームが来るけどな」
いきなり英語で話しかけられてしまい、驚いて振り向いた三人の目の前には、体格のいいアメリカ人の青年がいた。
陽気に笑いかけてきている。
「グッモーニンッ、ボーイ・アンド・ガールズッ!」
「何だ?」
「おはよう少年少女たちという意味だぞ?」
「いや、さすがにそんくれえはわかる」
まじめに解説してきてくれたライラにそう答える諒兵。
対して、鈴はこの基地の龍機兵だと察知し、ぺこりと頭を下げながら挨拶した。
「あっ、おはようございま、じゃなくてぐっど・もーにんぐでいいのかな?」
「それでいいと思う」
自分の言葉がおかしくないかと首を傾げる鈴にそう告げたライラは、改めて青年に話しかける。
「おはようございます。私はライラ・グウィバー・バンブリッジ。こちらの少女はリン・スズカワ、少年はリョウヘイ・ヒノと言います。よろしくお願いします」
「ヒューッ、さすがに綺麗なクィーンズだな」
「勘に触っただろうか?」
「No、感心してるだけさ。俺はU・S・ドラグナー陸戦隊隊長、ウィルフレッド・ファフナー・リーヴィスだ」
その名乗りを、ライラが通訳したことで、諒兵と鈴も頭を下げる。
鈴は深々と、諒兵は肯く程度という違いはあったが。
「それで、私たちに何か?」
「いや、噂のお客さんを見にきたのさ。あと、道に迷ってるんじゃないかと心配してね」
一応、話がわかるようにとライラはマジメに通訳して諒兵と鈴にも伝え続ける。
「あっ、突然来ちゃってゴメンなさい」
「邪魔してる。他に当てがねえんでな」
「いろいろと気をつけるつもりだが、間違っていたらアドバイスしていただきたい」
鈴、そして諒兵の言葉を通訳しつつ、ライラがそう告げるとウィルフレッドはニッと笑う。
「No worries!何かあったら言ってくれ。力になるさ。それに興味もあるからな。特にそっちの『ブラット』には」
「なっ、貴様っ!」
「へっ?何て言ったの?」
「い、いや……」
以前語っているが、ブラットとはスラングで悪ガキやクソガキといった意味になる。
そしてウィルフレッドは明らかに諒兵を指してそう言っている。
さすがにライラもこんな言葉を素直には通訳できないというか、諒兵のことをそんなふうに言いたくはなかった。
「だいたいわかるから気にすんな」
「えっ?」
「おおかたクソガキとでも言ったんだろ?正面から言ってくるヤツのほうがわかりやすいから俺は嫌いじゃねえ。ライラ、通訳してくれ」
仕方なく、ライラが諒兵の言うとおりに通訳すると、ウィルフレッドは再びニッと笑った。
「俺もお前みたいなタイプは嫌いじゃない。こっちで話すほうが早そうだけどな」
そう言って拳を固めるウィルフレッドに、諒兵は獣のような笑みを見せるのだった。




