2話「怪物と『赤の竜』と少年の根源」
ロサンゼルス近郊、ドラゴンズ・ネスト。
丈太郎とアラステアに連れられてやってきた諒兵、鈴、ライラの三人。
時差もあるからと、まずは休むようにと伝えられる。
ただし。
「話がある」
「だろうな」
諒兵だけは、丈太郎の執務室へと連れられていくことになった。
「諒兵……」
「気にすんな。それよか寝てろ。ライラ、鈴についててやってくれねえか?」
「それはかまわないが……」
「ケンカするわけじゃぁねぇ。安心しな」
丈太郎の言葉を信じ、鈴とライラはアラステアの案内で与えられた宿泊室に向かう。
ドラゴンズ・ネストもやっぱり男が多いため、場所はアラステアや丈太郎の部屋の隣だった。
アメリカの地で過ごす初の夜は、不安に満ちていた。
そのころ。
ラスベガス居住区、東堂家屋敷内にて。
幸せそうにガトーショコラを頬張るエキドナの顔を麗佳は呆れた様子で眺めていた。
「美味しい?」
『はい♪』
「それは良かったわ」と、麗佳は皮肉混じりに告げるのだが、エキドナには効果がない様子である。
仕方なく、麗佳は別の話題を振った。
「穴を掘る必要がなくなっちゃったわね」
『日本まで掘る必要がなくなったのはありがたいですわ』
実のところ、エキドナがトンネルを掘っていたのは、諒兵、すなわち『赤の竜』がいる日本に行くためだった。
しかし、当人がアメリカに来てしまっては、もう意味がない。
まあ、楽になったとも言えるのだが。
しかし、エキドナは意外にも少し沈んだ表情で呟いた。
『まさか、もう空間を破れるとは思いませんでしたわ』
「……『もう』ってことは、いずれは出来た。つまり『赤の竜』がもともと持っていた力ということ?」
『はい。その力で、世界各地を移動し、竜を殺し続けたのですわ』
「それは、『彼』がときどき使う白い火の力の一端なのかしら?」
『違いますわ。白い火は『赤の竜』の究極と言うべきものなのです。それが使えるから他の力も使えるようになり始めているということと思いますわ』
つまり、究極の力に辛うじて手が届いているために、それ以外の能力を扱えるようになってきたということだ。
その意味するところは。
『成長が早すぎますわ。半年で出来ることではありませんもの』
「とてつもない才能を持っているということなのね」
『いいえ。それも違いますわ』
麗佳の諒兵に対する評価を、エキドナはあっさりと否定した。
わずか半年で究極に手が届き、それ以外の力も使え始めている。
それが才能以外の何だというのだろうと麗佳は思う。
だが、エキドナの説明に麗佳は逆に納得してしまった。
『その少年が持つ竜の力である『赤の竜』は憤怒の化身。すなわち怒り。凄まじいまでの怒りを持つからこそ『赤の竜』の力を扱えているのですわ』
人に対してではない。
だが、竜に対してでもない。
もっと大きなものに対して、とてつもない『怒り』を持っている。
だからこそ、憤怒の化身を呼び、そして自分の力として扱えているのだ。
「怒り……」
『はい。その少年はいったい何に其処まで怒っているというのでしょう?』
「わから、ないわ……」
直接会ったこともない麗佳にわかるはずがない。
わかるはずもないのだが、何故か、強く興味を抱いている自分がいる。
(何でなのかしら……。何の理由もなく、ただ『彼』に会ってみたいと思うのは……)
芽生えた感情に、麗佳はただ戸惑っていた。
そして。
丈太郎とアラステアの執務室に連れてこられた諒兵は、用意されていた椅子に腰かけ、一息ついた。
「全部答える気ぁねぇんだろ?」
「ぶっちゃけわかんねえことのほうが多いしな」
嘘ではない。
メーちゃんが諒兵に説明したことの大半は諒兵の頭に入らなかった。
せいぜい、竜が人間を食うのは食物連鎖の輪に引きずり込むためと、エキドナは其処まで悪ではないということくらいだ。
あとは。
「俺の持つ白い火が『竜の血』に混入されたウィルスで『赤の竜』はバグみてえなもんだってことと、『赤の竜』が伝承竜を呼び寄せるってえことは聞いた」
「つまり自分にかかわることだけということですね?」
肯く諒兵に対し、丈太郎とアラステアはため息をつく。
二人は誠吾から『赤の竜』としてメーちゃんが喋った内容を既に聞いている。
三人を迎えに来る途中で通信を受けていたのである。
「俺らぁ元々エキドナとはまず話してみるつもりだった」
「一番重要なところは、麗佳さんがエキドナに操られているかどうかというところなのですが……」
「できるできないで言えば、できるみてえだぞ?」
「近くにいると干渉できるそうですね。では、離れた場合はどうなります?」
「無理なんじゃねえかな」
そう答えた諒兵の言葉に、二人は安堵の息をつく。
実際、メーちゃんの言葉を信じるならば、エキドナが干渉できる範囲はせいぜい五キロメートルだという。
海を越えて操ることができるということはまずない。
ただし、近くにいると操られる可能性がないわけではない。
ただ。
『エキドナは操ることはしないでしょうけどね』
(んあ?)
『あの子の性格を考えるとまずしないでしょう。せいぜい『お願い』する程度です』
メーちゃんの言葉を聞いた諒兵だが、今、実際に話していることを悟られないため言葉を選んで説明する。
「エキドナってヤツは、そんなに悪い性格じゃねえみてえだし、竜を操って戦ったりはしねえと思うぜ?」
「断言できんのか?」
「断言できねえよ。『赤の竜』から聞いたことと夢の印象だ」
「待て。おめぇお嬢の夢を見てたんじゃぁねぇのか?」
そう丈太郎が問いかけると、諒兵は一瞬違和感を持ったが、すぐに納得する。
諒兵は緋い大蛇が襲いかかってくる夢を見ているとしか言っていない。
そこにエキドナや、他の竜がいることは説明していなかったのだ。
「正確にゃ、緋い大蛇を含めて五匹いた。そん中で一番でかかったのがエキドナだ」
「特徴を教えていただけますか?」
アラステアの問いに、諒兵は素直に答えていく。
これは別に知られたところで問題はないからだ。
「おめぇ、エキドナと魔王種の夢ぇ見てたんか……」
「ああ。やっぱそうなんだな。他のも魔王種か」
緋い大蛇、すなわちアシュタルテがそうなのだから、他の竜が魔王種でないわけがない。
その連中とは戦うにしろ、そうでないにしろ、会っておく必要があると諒兵は思う。
「いれば、の話だけどよ」
『いますよ?』
(んだとッ?!)
『もしいないのなら夢に出てきません。完全覚醒はともかく、魔王種になってしまった人の子たちがいるはずです。あなたはその子たちに感応して夢を見たんです』
メーちゃんの言葉に諒兵はポーカーフェイスを作りつつ、丈太郎に尋ねかける。
「今んとこ把握してる魔王種はおめぇとお嬢くれぇだ」
「ただ、この先でてこないとは限りません。いえ、もう生まれていてただ自覚がないだけの可能性もあります」
「どっかにゃいる可能性があるってことか……」
探し出す必要があるかもしれないと諒兵は思う。
実際、もし丈太郎たちの保護下にない場合、最悪の状態にいる可能性もあるからだ。
「バン、例外的に龍機兵になってしまった人を徹底的に探しましょう」
「あぁ、ジジイやローベルトんとこにいる可能性もある。アレで秘密主義なとこあっかんな」
そう話し合った二人は、改めて諒兵を問い質してくる。
正確には。
「あいつか」
「今、話できるか?」
「知らねえ。乗っ取ったりはしてこねえけど、俺の思い通りに動くわけじゃねえし」
丈太郎は『赤の竜』と話ができないかと問い質してきたのである。
もし、話ができるならば、相当な量の情報を得ることができる。
丈太郎たちにとってはどれも貴重なものだろう。
だからこそ、何としても話がしたいらしい。
「正直言やぁ、俺らぁ『赤の竜』に意思があるたぁ思わなかった」
「むしろ、『赤の竜』を創り出した存在が君に情報を与えていると考えています」
「ふ~ん……」と、興味無さそうに答える諒兵だが、丈太郎たちの考えは間違いではない。
そもそもメーちゃんが誠吾の疑問に対応するために即興で作ったのが『赤の竜』だ。
それ自体に意思はない。
とはいえ、メーちゃんの存在を知られるわけにはいかないので、諒兵は興味無さそうな態度をとるしかない。
だが、それでは済まされないのだ。
『竜の血』を発見し、竜を世界に解き放った者たちとしては。
「諒兵、おめぇに話ぃしたんは、本当にそいつか?」
「俺は話を聞いただけだ。別に聞きたかったわけでもねえからそこらへんは考えたことがねえよ」
言っていることは嘘ではない。
実際、諒兵は聞きたかったわけでも知りたかったわけでもない。
ただ、自分がそういう運命なのだと知った諒兵は、とっとと終わらせようと行動を開始しただけに過ぎない。
「我々は『竜の血』にウィルスを混入させた存在、竜の破壊者を探しています。少しでもヒントになるようなことがあるなら教えていただきたい」
「探すったって生きてんのかそいつ?」
「エキドナがいるかんな。可能性ぁあらぁな」
おそらくは伝承の中にヒントがあるのではないかと考え、今はエキドナ周りの伝承を調べ直しているところだと丈太郎は答える。
「そこで気になるヤツは見っけた」
「へえ?」
「バン?」
「あぁ、まだアラステアには話してなかったな。まぁ聞いててくれや」
そう言って丈太郎はアラステアの言葉を遮った。
その態度に何か違和感を抱く諒兵だが、下手に口を出すと本当にヒントを与えてしまいかねないため、丈太郎の言葉を待つ。
「ハゲ頭でひげ面マッチョのアメリカンなおっさんだ」
『そんなわけないでしょーっ!私見た目にはそこそこ自信ありますっ!』
ぽんっと現れて丈太郎の言葉を否定したのは、今まで黙っていたメーちゃんである。
さすがに言った本人である丈太郎も、傍観していたアラステアも唖然としている。
諒兵だけはこめかみを押さえてため息をついた。
『はれ?』
「お前、ハメられたんだよドアホ」
適当な人物像を並べ立てることで、諒兵が否定することを期待しての丈太郎の罠であったのだが、まさか本人が出てくるとは思っていなかったらしい。
ようやく再起動した丈太郎は苦笑した。
「まさかこんな手で本人が出てくるとぁ思わなかったがなぁ」
「この方が……。というか、随分と小さいですね?」
「ホログラムだとよ。実体じゃねえよ」
見られてしまっては仕方がないと、諒兵はメーちゃんの姿について説明する。
しかし、やはり研究者だけあって視点が違う。
二人ともメーちゃんの目の色に注目していた。
「変わったというより、異常な色をしていますね」
「眼球が青。瞳が白。瞳孔が黒。正直、こりゃぁ普通の人間の色じゃぁねぇぞ」
『それはしょうがないです。こうなっちゃったんですから』
「お前、全然隠れる気ねえな?」
諒兵が思わずそう突っ込んでしまうほど、メーちゃんはあっさり答えていた。
開き直っていると言えばいいのだろうか。
もはや一切隠れる気がないとしか思えない。
まあ、存在を知られてしまった以上、ある程度は答えなければならない。
だが、さりとて目立っていいわけではないことは当人が一番自覚しているはずである。
『とりあえず口止めすることにしましょう』
「そういうことぁ目の前で言わねぇでくんねぇか?」
堂々と内緒話をするメーちゃんに、丈太郎は呆れた様子で突っ込む。
アラステアは、おそらくは竜の破壊者であろうメーちゃんの性格を知り、どうしたものかと混乱している様子である。
「まあ、あなたのことを言いふらしたりはしませんので、そこは安心してください」
『命が惜しいならそうしてください』
「おいおい、物騒だなぁ」
いきなり命がどうのといい出すメーちゃんに丈太郎は呆れた様子になる。
だが、それは冗談ではなかった。
『私はエキドナと違ってあなたたちを守りませんから』
「お前……」と、諒兵。
『私のことを竜の破壊者と呼ぶのは完璧ではありませんが間違ってもいません。私は怪物ですよ。神さまではないです』
「怪物……?」
その言葉で、丈太郎の頭に閃くものがあった。
そしてその閃きが確かに目の前のメーちゃんに符合することを即座に理解した。
「いや、確か神統記にゃぁそれに近ぇ記述がある。エキドナの関係者でもある……」
「バン?」
「だが、そんなにひっくり返るもんなんか?魔王ならまだしも挙句の果てぁ道具だぞ……?」
『すとっぷっ!』
真剣どころか深刻な表情で呟き続ける丈太郎をメーちゃんが止めた。
そんな彼女を丈太郎はいまだ驚きの表情で見つめている。
『私のことはメーちゃんと呼んでください。それ以外の何者でもないですから』
「それは、あなたの名前からと考えていいのですか?」
『それを考えるくらいならいいですが、気づいても言わないでください。特にそっちの人』
「んぁ?」
『私の名前に気づいたっぽいですけど、口にしないでください。殺されますよ?』
メーちゃんの眼差しは、丈太郎を石のように固まらせてしまうほど恐ろしいものだった。
自らを『怪物』と呼ぶ理由が、それだけで理解できるほどに。
「諒兵、おめぇは知ってんのか?」
「知らねえ。ふざけた名乗りしかしねえから、おいとかお前とか呼んでるけどな」
『夫婦みたいですよねえ♪』
「ドアホ」
二人の様子に、どう見ても緊張感がないため、諒兵の言葉に嘘はないのだろうと丈太郎は理解した。
ただし、そうなると逆にわからない。
メーちゃんは何故、そう伝わっているのか。
またその名を口にするだけで殺されてしまうというのか。
そこで、もう一つ、不可解な点に気づいた。
殺されるとメーちゃんは言った。
殺すとは言っていない。
この言い方では、まるでメーちゃん以外の何かが殺しに来るような言い方だ。
それこそが、一番重要な点であると丈太郎は気づく。
「俺らぁ『敵』を見誤ってんのか?」
「誰が敵なのか、私たちは理解していないということですか、バン?」
そのアラステアの問いに対し、丈太郎は龍玉をつないで話を続けた。
(いや、敵そのものを見っけられてねぇんだと思う)
(つまり、真の敵は隠れていると?)
(あぁ。このメーちゃんってヤツも、お嬢やエキドナも『敵』じゃぁねぇ。こいつら以外に何かがいる)
口に出さないのは、言葉にしてしまうと『殺される』ということが現実と成り得ると警戒してのことだ。
ゆえに、口に出す言葉は変化する。
「今までに出会った連中を調べ直す必要があんな」
「そうですね。竜の大襲撃が起きてからもう一年以上経ちます。見落としてしまったことがあるかもしれません」
『とりあえずはそうしてください。私たちは私たちでやることがありますから』
メーちゃんがそう答えてきたことで、どうやら龍玉を通じて語ったことは間違いではないと理解できる。
言葉にするだけで『敵』がこちらを倒しにやってくるかもしれないとなれば、相当厄介な存在ということができる。
ただ、丈太郎としては諒兵がメーちゃんと共に行動していることを気にしないわけにはいかない。
同じ孤児院で育った大事な弟分なのだ。
「おめぇに重荷を背負わせたくねぇんだがな」
「気にしてねえ。力を望んだのは俺自身だ。責任も俺にあるだろ?」
「自分で背負うんなら、腹も括れんだがなぁ……」
人として、竜を解き放った者として、取るべき責任を取ることができるというのはある意味では幸福だ。
それが死であるとしても、納得の上で死ねるのだから。
しかし、本来、関係がなかった諒兵が重荷を背負ってしまったことが、丈太郎としては辛い。
「井波から通信で聞いてんが、ウィルスは受け取れねぇんだな?」
『あなたの八岐大蛇が破壊されるだけですよ。ただの自殺です』
「ハッキリ言ってくれんなぁ」と、丈太郎は苦笑するが、メーちゃんはしれっと言ってのける。
『人が変えられるのは目先のことだけです。運命は変えられません』
「そういう話ぃ聞くと神様っぽいんだがな」
『私は怪物です。神さまではありません』
そう答えるメーちゃんを見て、丈太郎は苦笑する。
ただ、メーちゃんの言葉は諒兵の癇に障った。
『えっ?』
「運命が変えられんねえとかお前が決めんな。追い出すぞ」
『そ、そんなあ、三行半ですか?』
「俺がどう生きるか、どう死ぬかは俺が決める。運命なんて言葉で決めつけられたくねえんだよ」
諒兵の目に確かな怒りの炎があるのを見たメーちゃんは姿勢を正して頭を下げてきた。
『ごめんなさい。失言でした』
「わかったら余計なこと言うんじゃねえ」
そう言って諒兵は口を噤む。
だが、それこそが諒兵の根源であると、その場にいた誰もが理解できた。
(バン)
(こいつぁ、振り回されんのが嫌ぇなんだよ)
(振り回される?)
(孤児だった自分の境遇が運命で決まってたなんてなぁ、コイツにとっちゃ一番許せねぇこった。それがコイツの『怒り』の根源かぁしんねぇな)
憤怒の化身である『赤の竜』
それを呼び寄せた怒りの根源が、自分の、否、『全ての運命に対する怒り』なのだとすれば、世界以上のモノに対して怒りを抱いていることになる。
この世の全ての『運命』は、万能の神ですら手が届かないものだ。
それに対して『怒り』を抱いているというのであれば、神すらも踏み越えて戦う意志を持つと言えるだろう。
諒兵が何故『赤の竜』を呼び寄せたのか、理解できた気がする丈太郎とアラステアだった。




