1話「龍機兵たちと少年と異国の地」
その瞬間、アメリカにいた龍機兵たちの感覚に触れるものがあった。
アメリカ、ロサンゼルス近郊、ドラゴンズ・ネスト執務室。
日本との通信終了後。復旧のための事務手続きの作業を続けていた丈太郎は、虚空を見つめて感覚を研ぎ澄ませる。
「バン……」
「いきなり現れやがった。まさか空間を飛び越えたってぇのか?」
「これは『赤の竜』の真の力の一端でしょうか?」
「たぶんな。間違ぇねぇ。諒兵のヤツ、竜の破壊者と接触してやがる」
確信したように答える丈太郎にアラステアは驚きを隠せない。
幾ら竜と言えど、これができる者はいない。
空間を飛び越えるとなると奇跡の領域だ。
諒兵が、仮に思いついたとしても実行できることではない。
やり方を教えた者がいるということだ。
ため息をつく丈太郎にアラステアはさらに問いかける。
「しかし、他にも気配が現れましたが……?」
「この気配にゃぁ覚えがあらぁな。まったく女ってぇのはときどき男よりムチャしやがる」
今度は苦笑するしかない丈太郎だった。
くっついて飛び越えてきたのが鈴とライラだとわかるからだ。
「できりゃぁ、明日にでもお嬢のとこに行きたかったが……」
「さすがに『赤の竜』は放置できません。先に保護すべきでしょう」
保護という言葉を使ってはいるが、正確には警察が言うところの『確保』、つまり捕まえるということだ。
鈴とライラに関しては言葉どおりだが、諒兵に関しては抑えておかないと問題が起こる。
此処は日本ではないのである。
「今日ぁ寝れそうにねぇな。アラステア、これが終わったら連中んとこに飛ぶ」
「私も行きましょう。『赤の竜』の力を貴方の弟分が使いこなしているとしたら、とても危険です」
「危険になってるたぁ思いたくねぇなぁ」
真剣な表情でそう言ってきたアラステアに、丈太郎は苦笑していた。
同宿舎内、ラウンジ。
「……ハッ、倒された記憶が蘇ったか」
ウィルフレッドの言葉を聞き、ロドニーはどこか納得した様子で、右腕を撫でた。
「これが『赤の竜』か。そう遠くないところにいるとはいえ、此処まで『竜の血』が騒ぐとは思わなかったな」
「ジャパニーズは我慢強いねえ」
「こんなモノが近くにいて平然としているとは正直恐れ入る」
実際、ロドニーもウィルフレッドも『竜の血』が、伝承竜としての『竜の血』が騒いでいるのが理解できる。
本能が『赤の竜』を警戒しているのだ。
そこに現れたのはU・S・ドラグナー三人目の隊長であるルイス。
「リーヴィス隊長、ジョンソン隊長、感じていますか?」
「おうルイス、どうやらお客さんが来るみたいだぜ」
「招かれざる客だがな。まあ、魔王種が一国に二人もいるとなれば、さすがに大事だ」
そう答えたロドニーは、すぐにアラステアに通信をつないだ。
さすがにこれは放っておけない。
しかし、アラステアの意向を無視することはできないからだ。
「ラジャー、待機しています」
「ロッド?」
「ジェネラルとドクター・バンバが出るそうだ。我々は襲撃に備えて待機」
「お留守番か」
「お前に言わせると物足りない少女たちのオマケつきだそうだ。戦闘するわけにはいかない」
「Oh!潤いが出るねえ。ヤマトナデシコとブリティッシュレディも来たのか」
「どちらも相当にアクティブらしいが」
「それもまたガールズの魅力さ」
呆れたようなロドニーに対し、ウィルフレッドは楽しそうに笑う。
実際、アメリカには麗佳を筆頭に智巳や凛那がいるとはいえ、どこからか遊びに来るだけだ。
対して、丈太郎が此処にいることを考えても、鈴とライラはしばらく泊まることになるだろう。
潤いが出るというのも間違いではない。
だが、そんな二人を非難するような目でルイスが問いかけてくる。
「いいのですか?」
「ジェネラルの指示だ」
そうあっさりと答えたロドニーに、ルイスは非難の目を向けた。
「私は『赤の竜』を放置するのは反対です」
「そうは言っても相手が相手だぜ。ジェネラルやドクターで穏便に連れてくるって腹だろ」
「だろうな。万が一暴走でもされたら目も当てられん。過日のアシュタルテの比ではない」
麗佳の襲撃のとき、『竜の血』が騒ぐようなことはなかった。
それは、麗佳は魔王種であったとしても同類だからだ。
強い竜であるだけで、竜の敵ではない。
しかし、『赤の竜』は違う。
竜の敵として存在するのだ。
ゆえに、諒兵を『赤の竜』として暴走させるわけにはいかない。
ならば、まずは穏便に対応するのがベストだと言える。
「ま、相当なブラットだ。マジメなお前さんじゃ本気のケンカになっちまう。俺が相手するさ」
ブラットとはスラングでクソガキや悪ガキといった意味になる。
確かに諒兵の事を言い表すにはぴったりの言葉だろう。
どうやら少しばかりからかうつもりらしいウィルフレッドを、ロドニーが嗜める。
「絡むのは程々にしておけ。セブン・フェイスとなった少女は、そのブラットのために龍機兵になったそうだからな」
「情熱的だねえ。そういうガールは嫌いじゃないな」
突然の来訪者を楽しみにしているウィルフレッドに、いつもどおりの反応しか見せないロドニー。
そんな二人を見てルイスは眉根を寄せていた。
一方、ラスベガス居住区、東堂家屋敷内。
「じょーだん、肌が粟立つなんてレベルじゃないよコレ」
「血が……怯えてる……」
「余程の覚悟がなければ、そう感じるのも仕方ないわね」
落ち着いた様子で答える麗佳を、智巳と凛那は少しばかり呆れた様子で見つめてしまう。
「麗佳は平気なんだ?」
「平気ではないわ。ただ、一応は魔王種という同類。ある程度の抵抗力はあるのでしょう」
エキドナの言葉を思い出せば、アシュタルテは『赤の竜』に対抗した竜の一匹だ。
それが抵抗力となって、自分にも残っているのだろうと考える。
『麗佳ッ!』
(落ち着きなさいエキドナ。すぐに来るわけではないわ)
慌てた様子で通信をつないできたエキドナに、麗佳はそう答える。
とはいえ、エキドナも慌てるほどの事態であるということだ。
今後の計画をすべて検討し直す必要がある。
「智巳、凛那。とりあえず今日は休みなさい。『彼』がすぐに此処に来る可能性は少ない。そして『彼』が来た以上、明日、先生が来る可能性は低くなったわ」
「いいの?」
「麗佳はどーすんの?」
「今後の計画を練り直すわ。『彼』がどう行動するのかわからないけど、予測はしておかないと」
それは私の役目だから、と、麗佳は立ち上がる。
エキドナの元に向かうのだが、智巳や凛那はまだ会わせられないのだ。
ゆえに、今日は一人で考える必要がある。
だが、智巳や凛那は麗佳にとって手駒でも手下でもない。
大事な友人だ。
「必要なら言って」
「しょーがない。働きますかー」
「そのときはお願いね」
そう言って、二人の言葉に微笑み返した麗佳は、自室に戻り、そこからエキドナの元に向かう。
『麗佳、こちらに来ますの?』
(ええ、計画を練り直す必要があるから。あなたも一緒に考えてちょうだい)
『もちろんですわっ!考えるためにエネルギーが必要なので、がとーしょこらを作ってくださいましっ!』
(ああもうっ、この駄女神っ!)
煩悩、欲望丸出しのエキドナに、思わず突っ込んでしまった麗佳である。
そして。
黒い孔を抜け、異国の大地に降り立った諒兵は。
『諒兵っ、後ろですっ!』
「うがッ?!」
背中から白と紅の突撃を受け、あえなくダウンさせられてしまっていた。
「いったた……」
「さ、さすがに無茶をしたな……」
「そう思ってんならとっととどきやがれ」
諒兵の背中の上で正座している鈴とライラに、座布団のように下敷きになっている諒兵が怒りを我慢してそう告げる。
今なら『赤の竜』に完全覚醒できるのではないかと思う。
『それで覚醒されてもー……』
(マジに取んなドアホ)
メーちゃんのボケによって冷静さを取り戻した諒兵は、おとなしく背中から降りて並ぶ鈴とライラを見てため息をつく。
「ちょっと、いきなりそれはないでしょ」
「人を見てため息をつくのは失礼だぞ?」
「何でついてきた、なんて聞く気はねえ。お前らとりあえずアメリカの基地に行け」
さすがにこの場に鈴とライラを放り出せるほど諒兵は無責任ではない。
しかし、ついて来られても困るのだ。
メーちゃんの言葉どおりならば、アメリカは目的地『ではない』のだから。
だが。
「やだ」
「断る」
「ま、予想どおりの答えだけどな」
素直にいうことを聞くくらいならば、そもそも諒兵にくっついてアメリカまで来るはずがない。
何としても諒兵を追うつもりだったからこそ、あの黒い孔に飛び込めたのだろうから。
「くそったれ。初っ端から予定が狂っちまった」
「何よ、予定って?」
「予定は予定だ」
と、諒兵は素っ気無く答える。
『あの者』について、鈴やライラは当然のこととして、他のすべての龍機兵たちにも教える気はなかった。
事はすべて自分が収める。
メーちゃんの話を聞き、諒兵はそう覚悟していた。
答える気のない諒兵に、今度はライラが問いかける。
「そもそも、いったい何時の間にあんな移動方法を覚えた?あれはもはや奇跡の領域だ」
「夢を見たんだよ。それからだ」
そう答える諒兵だったが、鈴もライラも怪訝そうな表情を隠せない。
だが、実は嘘ではない。
メーちゃんが出てきた夢を見たことで、彼女のサポートが必要とはいえ、できるようになったのだから。
「ていうか何で一人で行こうとするのよっ!相談してくれたっていいじゃないっ!」
「たいしたことじゃねえからな」
「あんな奇跡のような方法でアメリカまで飛んでおいてそう言うか」
「便利だから使っただけだ。他に便利なやり方がありゃそうしてた」
しれっと答える諒兵に対し、鈴もライラも頬を膨らませる。
しかし、すぐに悲しそうに表情に変わった。
「私たちのこと、そんなに信じられない?」
「自分のことを強いなどとは言わない。でも、少しはお前の助けになれないのか?」
悲しそうな顔で、そんなことを言われてはさすがに諒兵も辛くなってしまう。
巻き込まないために一人で行くことを決めた。
その気持ちは今も変わらないし、何より、自分が竜であって竜ではないことを諒兵は理解した。
ならば、これ以上二人の、そして龍機兵たちの近くにいるべきではないと思う。
「俺に必要なのは助けじゃねえ。敵だ」
「敵だと?」と、ライラ。
「さすがにもう知ってんだろ。『赤の竜』は伝承竜を呼ぶんだよ」
「それは……」と、鈴が複雑そうな顔を見せる。
丈太郎から聞いて知っているとはいえ、諒兵自身の口からそう聞くのはまったく印象が違う。
だからこそ感じるのだ、戦場でしか生きられないという諒兵の言葉に。
伝承竜を倒すだけの兵器。
自分はもうそういうモノなのだと『諦めて』しまっているのではないか、と。
「俺もさっき確かめたからな」
「ではケートゥスは……」と、ライラ。
「そんな名前だったか。犬と鯨の相の子みてえなデカブツだった」
鈴が感じたとおりの見た目だった。
つまり、諒兵がケートゥスを倒したのは間違いないということだ。
それはすなわち、諒兵がケートゥスを呼んだという事実でもある。
「何処にいようが俺のところにゃ敵がやってくる。それは『赤の竜』が『赤の竜』であるために必要だからだ」
「どうにかできないのっ?!」
「どうにもできねえよ。俺のせいじゃねえが『赤の竜』は恨まれてるらしいからな」
「恨まれてる、だと?」
「人も竜も滅ぼす世界の敵だ。だから、世界が『赤の竜』を恨んでんだよ」
それは、実のところ真実ではない。
メーちゃんは正しくは『赤の竜』は『竜を滅ぼす竜』になったと説明した。
人の敵ではないのだ。
しかし、竜は人も喰うのだから、人の味方とは決して言えない。
むしろ天敵だろう。
そして、『赤の竜』は竜であることに代わりはない。
人の味方でなく、そして竜の敵である『赤の竜』
そうなれば『赤の竜』は世界の敵といって差し支えない。
『赤の竜』の味方は何処にもいないのだ。
鈴がそう願い、力を得たとしても。
「前に誰かに言われたが、自分の手に入るのは自分が望んだ力だ。なら、世界の敵になる力を望んだのは俺自身だ。自業自得ってヤツだな」
「それならっ、あんたの味方になりたいって望んだのは私だもんっ!そう思って手に入れた力をそのために使っても問題ないわっ!」
「手に入れたきっかけはどうあれ、自分の力をどう使うかは自分が決めるしかない。私がどう行動しようが文句を言われる筋合いはないな?」
諒兵の諦めているかのような言葉にそう答える鈴とライラ。
それは確かに間違いではない。
ただ、果たしてエキドナが現れたとき、その想いを貫けるかどうかはまだわからない。
だから、こういうしかない。
「好きにしろ。ただ、とりあえずアメリカの基地に行くぜ?」
そう告げた諒兵に真っ先に問いかけたのは、何故かメーちゃんである。
『いいんですか?』
(いいも悪いもねえ)
『というかー、この子たち随分と強情ですね』
(お前が言うな)
そこはかとなく、何が何でもついていくと言う意思表示をしている鈴とライラに不満を抱いているかのような声色のメーちゃんである。
むしろ、三人の関係に横槍を入れてきたのはメーちゃんのほうなのだが。
(何にせよ、放っとけねえよ。そこまで薄情にゃなれねえ)
『むう~』
(何で不満そうなんだよ?)
『知りませんっ!』
女心のわからない諒兵だった。
この場合、女神心というべきかもしれないが。
それはともかく、諒兵の言葉に意を唱えたのはメーちゃんばかりではない。
「諒兵、アメリカの基地の場所、知ってんの?」
「そもそも此処がどこかもわからないぞ?」
「近いトコに孔開けたんだよ。だから来てんだろ」
諒兵の言葉の真意がわからず、二人とも首を傾げる。
すると諒兵は顎で、ある一点を指し示した。
「迎えだよ」
そう告げた直後、丈太郎とアラステアが空を飛んでくる姿が見えてくる。
彼らは諒兵、鈴、ライラがいる場所まで来ると、降り立った。
そして丈太郎は真っ先に諒兵を問いただす。
「その様子だと、逃げる気ぁねぇのか?」
「別に逃げてるわけじゃねえ。ただ、行かなきゃなんねえ場所があるのを知っただけだ」
「それは何処なのです?」
「言えねえ。約束だからな」
アラステアの問いにそう答えると、それっきり口を噤む。
何を聞かれても答えないという強い意志を、諒兵はその雰囲気で表していた。
そんな諒兵を見て、丈太郎はため息をつく。
「まぁいい。諒兵、鈴、ライラ、いったんネストに行くぞ」
「まずは休むことです、皆さん。ただしミスター・ヒノ」
「諒兵でいい。ミスターなんて呼ばれるご身分じゃねえよ」
「申し訳ありませんが、おとなしくしていていただきます。ネストの龍機兵は血の気が多いので」
「わかった」
諒兵がそう答えると、アラステアは安心したように息をつく。
「蛮兄、私たちも行くの?」
「てぇか、おめぇらの保護が最優先だ。ったく、まさか此処まで来るたぁなあ……」
「すまない。ただ後悔はしていない」
ため息をつく丈太郎に対し、鈴とライラは申し訳無さそうに頭を下げた。
そんな彼らの姿を見て。
『巻き込む人は少ないほうがいいんですけど……』
メーちゃんが一人、そう呟いていた。




