17話「少年と黒い孔と少女たちの誓い」
唐突な疑問に麗佳は眉根を寄せた。
アメリカ合衆国某居住区、東堂家屋敷内の居間にて、珍しく智巳のほうが尋ねてきたのだ。
「どういうこと?」
「龍機兵になったら今の姿は擬態……だったよね?」
「極論するとそうなるわね」
「麗佳は五年前に龍機兵になった。そうなるとそのときの姿のままなほうが納得がいく気がしたんだけど」
「ああ、なるほどね」
ようやく智巳の疑問について理解できた麗佳は、一息つくと紅茶を口に含み、ゆっくりと嚥下する。
要するに、龍機兵となったときに十一歳だった麗佳は、高校に入れる年齢になった今も十一歳の姿のままであるほうが矛盾がないと言いたいのだ。
実際には高校に入れるくらいの少女にしっかり成長している。
何故なら。
「成長はしてるのよ」
「人として?」
「人の心、がね」
「心?」
「智巳の言うとおり、この姿は擬態。元の形状はその人の心の姿と言えるわ」
確かに本来の生物として人という存在は、肉体の成長、そして老化がある。
その肉体の変化に対して、心が成長していくのが普通だろう。
ただ、龍機兵はこの点で異なる。
「あのころの私と今の私には、五年間の経験と積み重ねの差があるわ。心に蓄積された経験による変化、進歩。いわば心の成長が身体を相応しい姿に変えているということよ」
「それって、変化しないことも有り得るの?」
「そうね。有り得ると思うわ。それこそ百年近く子どもの姿のままの龍機兵がいてもおかしくないわね」
「おおーっ、不老不死ってヤツじゃんっ!」
と、凛那が驚きつつも面白そうに笑う。
確かに、今の『竜の血』の力だと不老不死が実際に有り得る。
だが、麗佳が知る唯一の不老不死とも言える存在であるエキドナの話を聞く限り、彼女は石化したことで心の成長も止まっていた様子だ。
つまり、不老不死とは言っても、古から現在までの大半の時間を失っているのだ。
存在を維持するとなると、おそらくは。
「真竜体から戻れなくなる?」と智巳。
「ええ。竜としてなら不老不死が有り得るけれど、人の姿は保っていられないわ。私の姿はその証明でもあるのよ」
「へっ?」と、凛那が間の抜けた表情を見せる。
「この身体は、私が人として成長したことを証明しているけれど、時間が経てば人として老いることも証明しているわ」
「えー?」
「人は永遠ではいられない。特に心はね。だから老いた果てには死ぬことになる」
人の死とは肉体の死か、それとも精神の死か。
非常に哲学的な問題ではあるが、仮にアシュタルテとして身体が残ったとしても、そこに麗佳の心はないだろう。
それは東堂麗佳の死といっても差し支えない。
「なーんだ、不老不死は夢かー」
「永遠を生きるなんていいものではないと思うわ。それよりは今を大事にするべきでしょう」
「そうだね。千年後まで生きてる自分なんて想像できない」
「それが普通なのよ。どう?疑問の答えになったかしら?」
「うん、ありがとう麗佳」
そうお礼の言葉を述べて微笑む智巳に、麗佳も微笑みかける。
すると凛那が思いついたように尋ねてきた。
「麗佳のその姿は今の麗佳の心の姿なんだよね?」
「ええ」
「そっかー、麗佳は心が貧乳だったんだねー」
「……其処に直りなさい凛那。処刑するから♪」
「わきゃっ!」
思わず叫び声をあげて、凛那は麗佳の髪の毛が変化した蛇の顎を避ける。
「いきなりヤバいってっ!」
「その減らず口を縫い付けてあげるわ♪」
「……ゴメン凛那。止められない」
智巳が申し訳無さそうに頭を下げるが、既に二人には聞こえていないらしい。
「うにゃーっ!」
「逃げるな無駄乳っ!」
叫び声をあげて逃げ回る凛那を麗佳の蛇が追い回していた。
仲の良いことである。
一方、表面上はマジメな話をしている大島上空の誠吾と『赤の竜』の中の二人。
だが、さすがに諒兵の感覚には感じるものがあったらしい。
(おいッ、話切り上げろッ!)
『はへっ?』
(鈴とライラが近づいてんだよッ!)
『あっ、いけないっ、話に夢中で気づきませんでしたっ!』
(ドアホッ!)
思わず『駄女神』と言いそうになってしまった諒兵である。
とはいえ、話をしていたのはメーちゃんのほうなので、あくまで『赤の竜』として別れを告げる。
「青年、なかなかに楽しき問答であったぞ。だが、我も暇ではない。これにて行くとしよう」
「待ってくれッ!」
「すまぬな」と、引き止める誠吾にそう答えるが、誠吾は意外な言葉を発してきた。
「君の持つウィルスを分けてもらうことはできないかッ?!」
さすがにその言葉には中の二人も驚いてしまう。
『はいっ?!』
(なッ?!)
『赤の竜』としての演技を忘れなかっただけでも、賞賛に値するだろう。
それくらい、素で驚いてしまっていた。
そんな二人に気づくこともなく、誠吾は言葉を続ける。
「君が持つ『竜を滅ぼす力』、もし譲ったり、分けることができるなら、僕も手に入れたい」
誠吾の真剣な表情を見て、諒兵はその場を取り繕うような言葉ではないことを理解する。
むしろ、此処にきて誠吾は心に仕舞っていた本音を吐いてきたのだ。
『どっ、どどっ、どうしましょうっ?!』
(落ち着け。あんま時間ねえけど理由は俺も聞いときてえし。しょうがねえな、俺が聞く)
『あっ、はひっ!』
そう答えて素直に代わってくれたメーちゃんに感謝しつつ、諒兵が口を開く。
「井波の旦那」
「日野君か。彼は?」
「さすがに驚いてるみてえだ。それよか、何で『竜を滅ぼす力』が欲しいんだよ?竜に復讐してえってか?」
「それは、どうかな……」
「何?」
「竜の存在は、もう当たり前になりつつある。人間はその状況でまだ生きている。君は知らないだろうけど、出生率は回復してるんだ」
竜が人を襲うようになって一年あまりが経つ。
その間に生まれた子どももいる。
安全な居住区内であれば、人は人としての営みを送ることができているのだ。
同時に、世界中に存在する伝承竜や古竜たちを根絶することは不可能というのが、大半の人々の見解でもある。
そうなると、竜を滅ぼすとは簡単には言えない。
「さらに調べてみると、実は動物は全部竜に喰われたと思っていたけど、そうでもない」
「確かに、たまにゃ普通の獣や鳥、魚も見るな」
「おそらくだけど、竜は空腹時に他の生物を襲っている。満腹になればどこかで休んでいるんだろう」
それを仮に『生態』と言うのであれば、普通の動物と竜の生態はたいして変わらない。
活動するエネルギーを得るために他の生き物を襲い、それがすめば休んでいる。
「人間を襲うのは、竜のサイズから見ると空腹を満たすのに一番効率がいい餌だからだと考えられているんだ」
「確かに、あのサイズだかんな。俺らや熊や象くらいでかけりゃ、そんなにたくさん喰わなくても腹いっぱいになんだろ」
竜は確かに増えた。
しかし、実は多すぎるということはないと誠吾は言う。
生物が生物を食べるのは当たり前のことだ。
しかし、食べ尽くしてしまうと、今度は生きていくためのエネルギーを失ってしまう。
「食べ過ぎてない。そう考えるとエキドナは確かに自然の法則に則った機械生命体を作ったのかもしれない」
「……俺は人喰いは嫌いだ」
「それは間違いなく正しいことだと思う。人間ならそう考えて当たり前だよ」
諒兵の本音に、誠吾はそう答える。
実際、諒兵は人喰いを受け入れる気はない。
それが自然な姿であるとしても。
自分が喰われそうになっただけに、余計にそう思うのかもしれない。
そういう意味では、諒兵はエキドナとは敵対する立場にいると言える。
ただ、すべてを助けられるわけではないために、届かないところで死んでしまった者は仕方がないと諦めているだけだ。
むしろ、誠吾が竜の存在をある意味では受け入れているようなことを言うことに驚いてしまう。
それだけに疑問が生まれる。
「でもよ、あんた、そう考えてんなら尚更『竜を滅ぼす力』なんていらねえだろ?」
「いや、だからこそだよ。僕がその力を欲しいと思うのは、竜を滅ぼすためじゃない」
「あ?」
「龍機兵を完全に殺すためだ。僕が欲しいのは龍機兵を殺すための力なんだよ」
「んだとッ?!」
まさか誠吾の口からこんな言葉が出るとは思わなかった。
龍機兵にも未来があっていいと考える誠吾が、龍機兵を完全に殺せる力を欲する。
あまりにも矛盾している。
諒兵にはそうとしか思えない。
「矛盾してないよ。僕は龍機兵にも未来があっていいと思ってる」
「じゃあ何でだよッ?!」
「でも、今後生まれるすべての龍機兵が善人であるとは限らないからだ」
「何?」
「何かの間違いで、悪人が龍機兵となる可能性がある。そうなったら、人と龍機兵の間で戦争が起きてしまう。いや、戦争になるならまだマシだ。力の差がありすぎる。一方的な虐殺や支配になりかねない。僕はそんなのは見過ごせない」
「龍機兵になるには資格がいるだろ?」
「例外の君のセリフじゃないよ。他にも同様の例が起きる可能性はある」
「あ……」と、諒兵は少しばかり間の抜けた顔をしてしまった。
確かに、自分や鈴、ライラは龍機兵の中では例外に属するのだ。
そんな例外が、この先、絶対に出てこないとは言い切れない。
『なるほど。彼は龍機兵に対する抑止力が必要だと考えているんですね』
(抑止力?)
『わかりやすく言えば龍機兵を捕まえる警察ですよ』
今、そういった問題が起きていないのは、龍機兵になる資格を設けることで数を制限しているからだ。
もし、この先、時が経てば、制限を緩める可能性も出てくる。
そうして龍機兵が増えていけば、誠吾が悪人と称する、いわば龍機兵の犯罪者が出ないとは言い切れない。
いや、出る可能性のほうが高いのだ。
それだけの力があるのだから。
『とは言っても、おそらく龍機兵は身体を砕いて龍玉に戻してしまうと、その段階で精神が死にます』
(なら、別に今の井波の旦那の力でも十分じゃねえか)
メーちゃんの解説を聞き、そう思った諒兵はそのまま誠吾に尋ねる。
だが、誠吾は否定した。
「龍玉だけにした龍機兵が、其処から復活しないと言い切れるかい?」
「そいつは……」
「人は何だかんだ言っても欲望の強い生き物だよ。その欲望に負けて罪を犯すような人間は、ある意味では頑強な心を持っている」
「あん?」
「欲望という心をね。それが消えない可能性がないわけじゃない。だから、より殺せる可能性が高い方法として君が持つ白い火の力を欲しいと思ったんだ」
それは確かに可能性としてないわけではない。
そして諒兵は、メーちゃんからある存在について聞いてしまっているだけに、その言葉を否定できない。
(できるのか?)
『無理です。ウィルスを混入させれば、彼の青竜としてのプログラムを破壊します。それは彼自身の死を意味します』
諒兵の短い問いにそう答えたメーちゃんは、改めて『赤の竜』として誠吾に答える。
「青年、そなたが言ったように我はバグだ。ウィルスの混入によって偶然生まれたにすぎぬ」
「それじゃ……」
「今のそなたの身体にウィルスを混入させれば、そなたは死ぬ。それでは意味がない。龍機兵の未来を考える人間が真っ先に死んでしまっては、な」
ただ、と、そう呟き、メーちゃんこと『赤の竜』はさらに続けた。
「そなたの意志はエキドナにとっても益になろう。そなたはエキドナに会うべきだ。良き妥協点を見い出せよう」
「会ってみたいけれど、僕は日本を離れるわけには行かないよ」
「我が動けば古竜はともかく、伝承竜の襲撃は減るはずだ。彼奴らは我を狙っているからな」
「それは……」
「エキドナが煽っているわけではない。ただ、伝承竜には我が敵であることが本能に刻まれている。獣を基盤とした伝承竜なら、本能に従うのだ」
そうはいっても、戦闘部隊の隊長である誠吾が丈太郎がいない日本を離れるわけにはいかない。
古竜の襲撃があるというのならば尚更だ。
そんな無責任なことは誠吾にはできない。
「いずれは、と言ったところかな」
「それで良い。だが、我は行く。諒兵も納得の上だ」
「魔王種を倒すためかい?」
「……我は竜の敵だ。だが竜は我の敵ではない」
「えっ?」
「青年よ、心を強く持て。青竜は神種、そなたの正義の意志とは相性がいいはずだ。馴染めば更なる力を得よう」
『赤の竜』がそう答えたとたん、聞き覚えのある厄介な声が聞こえてきた。
「「りょおおおおおーへええええええええーっ!」」
翼を広げた鈴とライラが、何故か怒りの形相で飛んできていた。
親の仇でも見つけたような顔である。
実は胸の仇であることを諒兵は知る由もない。
「ちぃッサポートしろッ!こっから飛ぶぞッ!」
すぐに身体の主導権を握った諒兵は、右腕を竜化させてそう叫ぶ。
『はいっ!』
メーちゃんが頭の中でそう答えると、諒兵の右腕から炎が噴き出した。
すぐにその色は赤から青、そして白へと変化していく。
「旦那ッ、しばらく日本を頼んだぜッ!」
「日野君ッ!」
「うおらあッ!」
白い火を纏った右腕の爪は裂帛の気合いと共に振るわれた。
すると、青い空が広がっているはずの空間に、真っ黒い爪痕が出現する。
「空間を切り裂けるのかッ?!」
「またなッ!」
驚愕する誠吾に背を向け、諒兵は黒い爪痕に両手をかけると、真っ黒い孔として広げ、飛び込んだ。
それが、諒兵が知った裏技であることを鈴もライラも理解した。
空間を切り裂き、アメリカまで亜空間のトンネルを作ったのだ。
確かにこれなら飛んでいくより遥かに早く、かつ、エネルギーを消費せずにアメリカまで行ける。
だが。
「ライラッ、あの孔すぐに閉じるわッ!」
「くッ、リン掴まれッ!」
そう叫んだライラはグウィバーとしての力を発現し、真竜体へと化身する。
鈴は逆に翼をたたむと、ライラの足にしっかりと掴まった。
「逃がさないわっ!」
「逃がすものかっ!」
「「絶対ッ、独りにしないッ!」」
翼を広げて更なる加速を見せたライラ。
そんなライラをサポートするようにドラゴン・フェイスが鈴とライラの周囲に浮くと、顔を後ろに向ける。
その顎からブースターの如く、炎が噴き出した。
鈴とライラの合体技とも言えるそれは、二人のスピードをさらに加速させ、まるで彗星のように尾を引いて煌く。
「二人とも気をつけるんだよッ!」
「日本で待っててくれッ!」
「必ず諒兵を連れて帰ってきますッ!」
通り過ぎる瞬間、声をかけてくれた誠吾にそう答えた鈴とライラは、諒兵が開けた黒い孔に飛び込む。
その目に映る、鮮血のように赤い金属の翼を広げた背中を追って。




