16話「弱肉強食と『竜の血』の救済」
龍機兵団詰所の丈太郎の執務室にて。
冬子から手渡されたお弁当箱を、鈴とライラは大事そうに抱える。
さすがにお弁当箱をポーチに入れるわけにはいかないので、ショルダーバッグを肩にかけていた。
「簡単なもんだけどね」
「ありがとう冬子さん」
「心から感謝する」
ライラが三十分休んでから行こうと言ったのは、冬子がお弁当を作る時間を考慮してのものだった。
実際、鈴はふらふらだったし、ライラにしても食事はしていたが、探し回るとなるとショートブレッドだけでは足りなくなる。
ただし、それでも、諒兵の行動におかしいと思うところはあるのだが。
そんな鈴とライラに丈太郎がモニターの向こうから説明してきた。
[諒兵のヤツぁ何か裏技を聞いたかもしんねぇかんな]
「裏技?」と鈴。
「たぶん、アイツぁエキドナに直接会いに来るはずだ」
「なっ、アメリカだぞっ?!」
ライラが驚きの声を上げるが、鈴も同様の表情を見せていた。
しかし、丈太郎は冷静に答える。
[だから、こっちまで飛んでこれる裏技を聞いたかしんねぇんだよ]
何しろ、今の諒兵はエキドナと同等以上の存在と接触している可能性があるのだから、何ができても不思議ではないという。
「実際その可能性が高いぞ」と、声をかけてきたのは執務室に入ってきた義隆だった。
[春馬、諒兵は見っかったか?]
「今、井波が話をしている。東京湾沖、大島の先の海上だ」
「諒兵は大丈夫なんですかっ?!」
「……わからん。井波から入った通信の内容を鵜呑みにはできないからな」
「どういうことだ、副隊長?」
「……日野の身体を『赤の竜』と名乗る存在が間借りしているそうだ」
さすがにその名を聞いた全員が呆然としてしまった。
今まで『赤の竜』とは、諒兵がもつ竜の力を指す言葉だった。
それが意識のある一個の存在となると、話はまったく違ってくる。
「何者かが『赤の竜』の名を騙っている可能性がないわけではないが、話の内容は日野が理解できるレベルではないらしい」
「その何者かってヤツは、さっきアンタが言ってた『竜の破壊者』ってヤツかもしれないね?」
そう冬子がモニターの向こうの丈太郎に問いかけると、彼は黙ったまま肯く。
[何にしろ、諒兵は俺らが知らねぇ真実を聞いてる可能性が出てきた。このままエキドナのところまで行かせるわけにゃぁいかねぇ]
「井波に話を引き伸ばすように伝えている。だが急げ。日野はお前たちが来ないうちにアメリカに飛ぶつもりだろう」
事は一刻を争う。
諒兵が何らかの裏技でアメリカに飛んでしまったら、鈴とライラが追いつくには時間がかかりすぎる。
丈太郎が抑えようとはするだろうが、今の諒兵は丈太郎でも抑えきれない可能性がある。
そうなると、辿り着いたころには、すべてが終わってしまっているかもしれない。
だから。
「……大事な人の手は、決して離すんじゃないよ」
「「はいっ!」」
冬子の言葉に、鈴とライラは真剣な眼差しでそう答えたのだった。
そのころ、旧東京都大島付近の海上にて。
義隆が言ったとおり、今の誠吾は話を引き伸ばすことを考えていた。
今の諒兵を一人で行かせるわけにはいかない。
諒兵が手に入れた情報は、龍機兵にとって重要な者ばかりだからだ。
しかも、まだ何か隠していることがあることを誠吾は察知していた。
ゆえに『赤の竜』との会話を続けられるように思案しつつ、話を続けていく。
「先ほどの話から考えると、僕は意識を操られているというより、エキドナの願いに共鳴しているということになるのかな?」
「エキドナには確かに竜に干渉する力がある。だが、せいぜい半径五キロ以内だろう」
五キロメートルというのはかなりの広範囲であるはずだが、仮にも地母神として伝わるエキドナの能力として考えるとそれほど大きくは感じない。
そして今はアメリカにいるだろうことを考えれば、誠吾が影響を受けるというのは考えにくい。
「ただ、『竜の血』自体にエキドナの願いがこもっている。そして、そなたは龍機兵に未来をと願っているのであろう?」
「そうだね。命を捨てる覚悟で龍機兵になったけど、僕らというより僕の仲間たちにも未来はあっていいと思うし、そう願っている」
「そのそなた自身の願いとエキドナの願いが近しいがゆえに、共鳴しているだけであろう。操られていると言えるほどではあるまい」
『赤の竜』ことメーちゃんの推測を聞いて、誠吾は安心したように息をつく。
実際、操られているのだとすれば不快なことこの上ない。
そうではなく似たような想いを抱いているために、わずかに共鳴しているだけだというのなら、誠吾の考えは誠吾自身から生まれたものだと言える。
『だから心配しなくていいと思います』
(そんなに影響があるわけじゃねえのか?)
『エキドナは竜を操りたいわけじゃないですから』
竜はあくまで、この星を永らえさせるために生み出したものだ。
エキドナの願いに根底から反するならともかく、それぞれが自分の意志で行動すること自体は止める気はないらしい。
つまり、『赤の竜』以外は行動を止めることはほとんどないということだ。
『まあ、私たちはウィルスの力でエキドナの影響や干渉を受けませんけどね』
(そりゃありがてえけどな)
諒兵自身、誰かに意識を操られるなど真っ平なので、例えウィルスの力でも抵抗できるというのは素直にありがたいと思う。
むしろ、抗いたいという気持ちこそが、諒兵の怒りの原点なのかもしれない。
自身の運命にも、そして『赤の竜』の力にも。
そんなことを考えていると、誠吾のほうから尋ねてきた。
「だからこそ君には聞いておきたいんだけど」
「何だ?」
「日野君は君が間借りいることを納得しているのかい?」
諒兵の性格ならば、むしろ操られたり乗っ取られたりすることに、酷く抵抗するだろうと誠吾は考えているらしい。
実際、諒兵はそういう性格だ。
そうなると『赤の竜』が間借りしていること自体に嫌悪感を示してもおかしくない。
「今の我は其処まで力は強くないのでな。せいぜいアドバイスする程度だ」
「じゃあ、今は?」
「説明するのが面倒だそうだ。というか、我が難しい話をすると興味を失くしてしまう」
「ああ……」と、誠吾は物凄く納得したような表情を見せた。
そう認識されていることが腹立たしくはあるのだが、実際、諒兵は難しい話は面倒だし、聞きたくもないので否定することができない。
とはいえ。
(納得しねえでくれよ……)
『自業自得ですよ♪』
メーちゃんが楽しそうに突っ込んでくるので余計に腹が立つ諒兵だった。
「でも、そうなると今も意識はあるんだね?」
「聞く気はあまり無さそうだがな」
それは仕方ないと誠吾は苦笑した。
ただ、意識があるというのなら、言うべきことは変わってくる。
先ほどの話を聞く限り、肉体の主導権は諒兵にあると考えた誠吾だが、それは正しい。
元々メーちゃんは少しおしゃべりなだけで、諒兵の身体を乗っ取って行動しようとは考えていない。
今はあくまで説明のために出てきただけで、諒兵が許さなければ口を動かすこともできないのだ。
そこまでの事実はさすがに誠吾にはわからないが、諒兵が聞き流しているというのであれば、諒兵に聞こえても問題のない話を続ける必要がある。
(鈴川さんとバンブリッジさんが詰所を出るまであと十分くらいか。グウィバーが本気で飛べば此処に来るまで時間はかからない)
余裕を見てあと三十分。
それだけ時間を稼げれば、二人が追いついてくる。
直接会えば、二人を置いて行くのは諒兵には難しい。
ゆえに、できるだけ話を引き伸ばせる話題は何かと誠吾は考える。
「さっきのエキドナの話で聞きたいことができたんだけど?」
「興が乗れば答えてやろう」
わりと尊大な態度で答える『赤の竜』だが。
『ぷりーずくえすちょんっ、かもんかもんっ♪』
(お前な……)
内心ではノリノリのメーちゃんである。
正直に言って頭を抱えたくなる諒兵だった。
「人類は増えすぎ、勢力圏が大きくなりすぎている。だから、わかりやすく言えば『間引く』ために竜を生み出した。それは間違いないね?」
「そうだな。はっきりと言えば『間引き』だ」
「エキドナにその権利が在るとは思えない。だけどエキドナ自身が犠牲になること、つまり間引かれる側になることを覚悟していた」
「うむ」
「でも、その選択はいったい誰がやるんだい?僕はこの世に死んでいい人はいないと思いたいけど」
あくまで理想論であることはわかっていると断った上で、誠吾はそう質問した。
これは人が人であるがゆえの至上命題といえるだろう。
死んでほしい、もしくは殺したい人間がいると思う者は少なからず存在するからだ。
犯罪者や悪人だけを選んで殺す能力が竜にあるとは思えない。
ならば、最初の大襲撃であれほどの犠牲は出なかったはずなのだ。
死ななくていい人、死んではいけない人まで殺してしまっては、単に人類の数が減るだけだ。
その結果、未来が良くなるとは思えないと誠吾は語る。
「正論だな」
「そう言ってくれるのは嬉しいね」
「しかし、答えは既に出ているぞ」
「えっ?」
「エキドナは自然を愛する者だと言ったはずだ。自然界に置き換えてみればいい。一番早く死ぬのはどんな『個体』だ?」
「そうか。弱者だ……」
もっとはっきり言ってしまえば、身体の弱い者、傷ついた者から先に死んでいく。
残るのは強い個体だ。
弱肉強食。
これほどわかりやすいルールもないだろう。
「それだと運悪く身体が弱く生まれてしまった人は、すぐに死ぬことになってしまう。その人に殺される理由はないのに。これじゃすべて運任せじゃないか?」
「それこそが肝だ。生き残るために必要なのは身体の強さだけではない。頭脳や運も必要だ。そうして残った者は種の中でも強力な個体として子孫を残す」
「それだと……」
「種としての生命力の強化。エキドナはその観点から『竜の血』を作ったのだ」
死んだ人は運が悪かった。
身体が弱かった。
機転が利かなかった。
そういう個体を間引いていけば、残るのは強力な個体になる。
「それは、あまりにも非人道的じゃないか」
「そもそも『竜の血』を創ろうと考えたこと自体、人道に則っておらんからな」
実際、人を食物連鎖の中に引きずり込むことを目的として創られているのだから、人道には則っていないだろう。
己の死を覚悟する反面、他者の死も在るべきものと受け入れる。
これも、ある意味では神の視点に立つ考え方といえる。
だが。
「救済策がある?」
「その方法はそなたらが示しておろう?」
「えっ?」
「わからぬか?そなたら龍機兵は身体能力を『竜の血』を呑むことで強化しているのだぞ?」
それこそが実はエキドナですら気づかなかった救済策なのである。
エキドナは動物をベースに『竜の血』を使って竜を生み出した。
当然その行動は獣そのものになる。
『でも、そうじゃなかった。人が飲んだことでまったく別種の存在が生まれてしまったんです』
「それが龍機兵か。おい、最初に呑んだのは誰だ?」
『私です』
「何ッ?!」
『あの者が『竜の血』を兵器に変えたことを知って、対抗するために私は自らバケモノになる道を選びました。ただ、自分の意識が残るとは思ってませんでしたけど』
エキドナも、そしてメーちゃん自身も人が『竜の血』を呑むことで、人の意志で『竜の血』の力が使えるようになるとは考えていなかったのだ。
「龍機兵は、エキドナの考えにはなかったのかい?」
「そうだ。あくまで最初は生態系に『人も食物とする存在』を組み込むことが目的だったようだからな」
だが、メーちゃんが最初の龍機兵になったことで、意外な救済策が生まれたのだ。
それが龍機兵に成るということである。
「人が呑めば『竜の血』の力を自分の力とできる。それだけではない。身体も相当に強化される」
「身体の弱い子が呑んだ例がアメリカにあるね。その子は今は異常な程に強いらしいけど」
「欠損部を補うこともできる」
「確か、蛮場博士はそのために『竜の血』を研究していたんだっけ。間違ってはいなかったんだ……」
「ただし、特に人の場合、元通りにはならぬ可能性があるぞ」
「えっ?」と誠吾が疑問の声を上げる。
例をあげるならば、鈴は龍機兵となる直前、大ケガをしていた。
足はほとんどちぎれそうだったのだ。
もし、そのままであれば足は千切れていただろう。
だが、龍機兵になったことで完全に元通りになっている。
では、元通りにならない可能性とはどういう意味になるのか。
「そなたらの人の姿は、心の在り様だ」
「うん、それは理解しているつもりだよ」
「ならば、仮に生まれたときから片腕が無く、そのまま生活している者の心には両腕があるのか?」
その問い、誠吾は答えられない。
答えられるはずがない。
その当事者でない限り、心はわからないのだから。
「心の在り様とはそういうものだ。五体がある人間は五体そのままだが、初めからなかったとなるとそのままの状態になる可能性がある」
「じゃあ、例えば歩けない人は?」
「本人が心から足で歩くことを望んでいれば再生されよう。だが、逆に這ってでも移動する強き意志持つ者には足は必要なくなってしまう」
どうなるか断言はできないが、蛇のような身体を持つことも考えられるとメーちゃんは答える。
「その人の心の在り様によって姿が変わる可能性があるのだ。人の世ではそれが軋轢と成り得る」
「確かに……」
「なればこそ、そなたらは人と住み分けねばならぬと我は思うがな」
「受け入れられるかどうかも、やっぱり運なんだね?」
「そういうことだ」
人道的ではないが、より広い、より高次の観点からエキドナは人類と言う存在を考え、『竜の血』を創った。
それが結果として逆に弱者にもチャンスを与えていた。
それを生かせるかどうかは、人の意志次第なのだ。
「より強い力が、身体が欲しいと望むなら呑むことも一つの手だ。だが、その心のまま強くなるだけで、完全に別物に成れることはそうはあるまい」
「なるほどね。あくまでベースは僕、いや、呑んだその人自身ということか」
「そうだ。例えば、胸の小さい娘が大きくしようと『竜の血』を呑んでも、そうは変わらぬということだ」
「えー、それ言っちゃうのー?」
と、誠吾は思わず突っ込んでしまう。
中では諒兵がノリノリで話しているメーちゃんのスタイルを見つつ口を開く。
(そういや、お前、胸でけえな)
『今でいうならGありますっ!』
そう言って、たぷんたぷんでたわわん♪な胸を張るメーちゃんに諒兵は呆れた表情を見せた。
(自慢するところかよ。てか、エキドナはどんな感じなんだ?)
『あの子はAでしたよ。やっぱり気にしてましたけど、心の胸のサイズなんでしょうね』
(なんだかな……。姉妹なんだろ?)
『そうですっ、私おねえちゃんですっ♪だからおっきいんですっ♪』
(関係ねえだろ……)
実のところ、其処が姉妹ゲンカの本当の原因だったような気がしないでもない諒兵だった。
そのころ、兵団詰所を飛び立った鈴とライラは、大島を目指して飛んでいた。
「ライラ」
「リンも感じたか」
「うん、何がなんでも諒兵に追いつくわよ」
「ああ、物凄く失礼で絶望的なことを言われた気がするからな」
そんなライラの言葉に鈴は力強く肯く。
「「巨乳滅ぶべしっ!」」
心の胸のサイズがいささか小さい少女たちの叫びが、青空に響き渡るのだった。




