15話「青き剣の竜と少年と『赤の竜』」
いきなりの言葉に、正直言って諒兵は戸惑っていた。
「俺が何を知ってるってんだ?」
「君は真実に一番近いところにいる。いや、ある意味では真実そのものだといってもいい」
「で?」
「なら、君はもう聞いているはずだ。『竜の血』と『赤の竜』の真実を」
誠吾は明らかに断言していた。
予想しているという様子ではない。
推測したという様子でもない。
諒兵が『竜の血』と『赤の竜』の真実を聞いていると確信しているのだ。
何を根拠にそんなことを言うのかと諒兵は思う。
「ワケわかんねえよ」
「……僕は、君が『赤の竜』として暴走したときは殺すべきだと考えている」
「そりゃ知ってる」
唐突に話が変わってしまったが、特に気にすることもなく諒兵は相槌を打った。
適当に聞いていればそのうち終わるだろう。
今は話を終わらせるほうがいいと考えたからだ。
「でも、エキドナの話を聞いて、そんな僕自身の考えに自信が持てなくなってね」
「何で其処でエキドナの名前が出てくんだ?」
ポロッと出た疑問の言葉。
誠吾が自分自身の考えそのものに疑問を抱く理由が、エキドナにあるというのもおかしい。
そのため、思わず口に出してしまう。
すると誠吾は即座にそこに突っ込んできた。
「君はエキドナのことを誰から聞いたんだい?」
「……兄貴からだ」
「蛮場博士は君には其処まで話していないといっていたよ」
ニヤリと笑う誠吾の顔を見て、諒兵は嵌められたことに気づいた。
諒兵の口からエキドナの名前が出てくるように誘導してきたのだ。
さすがに苛立ってしまう。
「何が言いてえんだよ?」
「君にエキドナのことを教えた存在は、『竜の血』と『赤の竜』の真実を知っている。そして、君はもう話を聞いているはずだ」
「何でそう言える?」
確かにメーちゃんは真実を知っている。
そして確かに諒兵は話を聞いた。
しかし、何故諒兵が話を聞いたと断言できるのかとなると話は違ってくる。
そんなに行動に現れていたというのだろうか?
確かに諒兵は思ったことがわりと態度に出てしまうタイプの人間ではあるが。
「……最近の君の行動を見ているとよくわかるよ。鈴川さんやバンブリッジさんを自分の運命に巻き込みたくないんだろう?」
「一人で行動してえときだってある」
「そういう君の行動や態度自体は好感が持てるんだけどね」
「んあ?」
「君は性根は本当に優しい人間だよ。周りの人間を苦労に巻き込むくらいなら、自分一人が苦しむことを選べるからね」
「あんたにそう思われてるとは知らなかったな」
実際、誠吾が自分に持っている感情は敵対心であったはずだ。
もともとマジメな誠吾は、龍機兵の未来のためにも『赤の竜』の暴走は戦闘部隊の隊長である自分が責任を持って止めるべきだと考えている。
そうなると、相手に好感を持つことは剣を鈍らせる原因になってしまう。
ゆえに、自分を人間として評価しているとは思っていなかった。
しかし、だからこそ、今ここでこんな話をしている理由がわからない。
「……さっき言ったことは本当だよ。エキドナのことを聞いて、僕自身の考えに自信が持てなくなった」
「何でだ?」
「君に対する敵意や殺意は、エキドナに操られたものじゃないかと考えられるからね」
誠吾が諒兵に敵意や殺意を持っているのではなく、誠吾の中の青竜が、諒兵の中の『赤の竜』に敵意や殺意を持っていて、自分の心はそれに引きずられているのではないか。
それが誠吾が今考えていることだった。
「エキドナにとって『赤の竜』は自分が創り出した竜たちを殺してしまう、いわばバグのようなもの。エキドナはそう考えていると僕は思ってる」
「……バグかよ」と、諒兵は呆れたように呟く。
もっとも、メーちゃんの話を聞いている今では、その評価は間違っていないとも思うが。
「そうなると、エキドナは『赤の竜』を敵視している可能性が高い。そしてエキドナは『竜の血』を創り出した張本人だ」
「それで?」
「野良の竜や僕たちの身体に流れる『竜の血』を通して、『赤の竜』を殺せと煽ることができるんじゃないかと思うんだ」
「だから、あんたは自分の感情がエキドナに操られてるせいなんじゃねえかと考えたわけか」
理屈は合っている。
確かに諒兵が聞いた話と照らし合わせると、誠吾が言ったことに筋は通っている。
実際、メーちゃんはエキドナは竜に干渉できると言っていた。
ただ、こんなに早く、しかもエキドナが近くにいるわけではないのに龍機兵である誠吾に影響が出るのだろうか?
人の意志で伝承竜の本能を抑えている誠吾は精神力は相当なものだ。
それほどあっさりと影響を受けてしまうのだろうか?
そのあたりに疑問を感じるが、正直言って諒兵が一番驚いているのは、誠吾がわざわざそのことを話してくれたことだった。
先ほど、野良の伝承竜に確かめたことだが、龍機兵にはどうやって確かめるべきかと考えていたのだ。
自分が竜を、特に伝承竜を引き付けているという事実を。
もっと正確にいえば、伝承竜は自分の存在を忌み嫌い、殺すために自分を狙ってくる。
そのことを確かめたのである。
その事実を教えたのは間違いなくメーちゃんであり、エキドナのことを教えた存在でもある。
その言葉の信憑性を確かめるために、今日は一人で行動していたのである。
とはいえ、その事実を誠吾にどうやって説明しようかと考えていると、頭に声が響いた。
『あまり彼を悩ませるのも悪いですね。私が説明します』
(おい待て)
『諒兵だと上手く説明できませんから』
(容赦ねえな)
事実なので仕方がないが、断言されると悲しいものがある。
しかし、誠吾は口は堅いほうだろう。
メーちゃんの存在を知っていてもそこまで問題にはならないかもしれない。
ただ。
『彼が本当に操られている可能性はゼロじゃありませんから、あなたの口を借ります、諒兵』
(ヤツに知られねえためか)
『私が動けていることを知れば、必ず排除しに来ますからね』
だからメーちゃんと名乗ることもしないという。
どうするのかと思っていた諒兵だが、メーちゃんは意外な方法で説明し始めた。
「我に気づくか。なかなかの洞察力だと褒めておこうぞ」
諒兵の口を借りた上で、わざわざ口調を変えてきたのである。
傍目には、諒兵が喋っているようにしか見えず、諒兵を知っている誠吾には諒兵の身体を使って何者かが話しているようにしか見えないだろう。
実際、そのとおりなのだから。
さすがに驚いたのか、誠吾が声を荒げて問い詰める。
「誰だッ?!」
「我は汝らが『赤の竜』と呼ぶ者。今はこの者の身体に間借りしておる」
「……竜には、こんなにはっきりした意識があるのか……」
「否だ。おそらくは我くらいであろう。余程成長した伝承竜ならば話は別だが」
「君が特別だということか?」
「そう思っていたのではないか、青年?」
メーちゃんがそう問いかけると、誠吾は黙ったまま少しばかり悔しそうに肯いた。
そんな誠吾の様子を見ながら。
『これけっこう楽しいですっ♪』
(遊ぶなドアホ)
『えー?』
(えーじゃねえ。とっとと話進めろコラ)
どうにもメーちゃんには微妙に緊張感が足りない気がする諒兵だった。
一方、丈太郎の意外な一言を聞いた鈴が思わず叫んでいた。
「どういうことよそれッ?!」
[正確にゃぁ、野良の伝承竜ぁ『赤の竜』を本能的に敵視してやがんだよ]
わざわざ遠くから日本の地にやってくるのは、諒兵、つまりは『赤の竜』の存在を察知しているためだと丈太郎は説明する。
「日本にも竜をおびき寄せるための装置はあるのだろう?」
と、各国の防衛線に設置されている竜をおびき寄せる装置の存在を知っているライラが問い質すと丈太郎は素直に肯いた。
実際、それは嘘でもなんでもない。
ただ、日本にはそれ以上の理由があるということだ。
[古竜ぁ装置におびき寄せられてんだが、伝承竜になると違ってくる。特に大物はな]
力のある伝承竜ほど、諒兵のところまで来る。
それは諒兵、すなわち『赤の竜』が竜の敵であることを本能で理解しているからだという。
[ファフニールにしても、クラーケンにしても、今回のケートゥスにしてもそうだ。本来なら日本に来る理由がねえ]
「えっ?」と鈴。
[おびき寄せるための装置は世界各地の防衛線にあんだぞ。一番近ぇとこ行くに決まってんだろ]
必ず、というわけではないが、伝承竜の発生は伝承がある場所に近いところが多い。
そうなると、日本に来る伝承竜は日本の伝承から生まれたものであるのが普通だ。
しかし、前述の三匹は違う。
北欧、北氷洋近辺、ギリシャといった場所で発生しながら、わざわざ日本近海までやってきている。
クラーケンの移動ルートを見直せばわかるという。
日本まで来るより、ロシアに上陸したほうがはるかに早いのだ。
しかも、ルート上にはアメリカもある。
それらを無視して日本に来る理由はただ一つ。
竜を滅ぼす竜である『赤の竜』を討伐するためと考えるほうが無理がないのだ。
「何よ、それ……。それじゃ諒兵はこの先ずっと伝承竜と戦い続けなきゃならないの……?」
[……そうだと諒兵自身が考えてる可能性がある]
「えっ?」
[おめぇらを巻き込まねぇために、距離を置き始めてるかしんねぇんだよ]
だから一人でいることが多くなり、よそよそしくもなっているのではないかと丈太郎は言う。
実際、様子がおかしいと鈴やライラが感じるのはそういった諒兵の行動にあるので、確かに間違っているとは思えない。
[今、井波に探しに行かせてる。鈴、ライラ、諒兵を繋ぎ止めろ。今のままじゃぁあいつぁ竜を滅ぼす兵器以外の生き方がねぇ。頼む。このとおりだ]
そういって丈太郎はモニターの向こうで頭を下げてきた。
自分の罪に諒兵を巻き込んだという現実。
その諒兵が、自分よりはるかに重い運命を背負ってしまっているという真実。
ならばこそ、せめて人としての未来を諒兵のために創りたい。
そう思っての言葉だった。
その言葉に答えたのはライラだった。
「リンはまだ疲れているし、休む必要がある」
「ライラっ、私なら大丈夫だからっ!」
「だから後三十分休んだら一緒に行くぞ」
「へっ?」
「探しに行くなと言えるはずがない。オカミ、私たちにもボックスランチの制作を頼めるだろうか?」
「はいよ。ちゃんと二人分作ってやるさ」
そう答えると、冬子は即座に立ち上がった。
きょとんとしている鈴にライラは笑いかける。
「リョウヘイが心配なのは私も同じだ。だが、お前を放っていくと後からふらふらなままで付いてきそうだからな」
「ありがとライラ」
ライラの言葉に素直にお礼の言葉を伝える鈴。
ライラもまた本当に諒兵を心配していることが嬉しくなっていた。
一人で消えてしまいそうな諒兵を、自分だけではなく友と二人なら繋ぎ止められるはずだと信じられる。
[すまねぇな二人とも]
そんな二人の少女を見て、丈太郎はモニター越しに困ったような、それでいて嬉しそうな顔を見せていた。
誠吾は『赤の竜』と名乗ったものの話を驚愕の表情で聞いていた。
内容は既に語ったとおりとなる。
エキドナの願い。
本来の『竜の血』の力。
だが、伝承竜が誕生した真の理由は、誠吾に教えると彼の身に危険が迫る可能性があること。
そして、彼自身がメーちゃんが『あの者』と呼んだ存在に操られている可能性があるため、計算外と説明したが。
しかし、其処までを聞いただけでも驚いたらしい。
誠吾は気持ちを落ち着けるように深呼吸する。
その様子を見て、諒兵もこれは驚くべき事実なのだと再認識する。
おそらくは、今のところ大半の龍機兵が知らない事実だろう。
知っているとすれば、エキドナと共にいると考えられる麗佳くらいだ。
丈太郎たちがこのことを知ったならば、今後の行動はまったく変わってくる。
「今の話が事実なら、僕たちはみんな間違えていることになる。蛮場博士でさえも」
「その考えは間違いではなかろう。エキドナはそなたらにとっては味方だ。考え方が極端すぎるため、妥協点を見いだす必要はあろうが」
「でも、彼女は彼女なりにこの星の未来を考えている」
「そういうことだ」
其処にあるのは純粋な願いであって、野望や欲望ではない。
何故ならエキドナは、その願いに巻き込まれて自身が死ぬことになる結果も受け入れる覚悟を持っていた。
人という種が永らえるための犠牲になってもいいと考えていたのだ。
そんなエキドナを冷酷だと断じられるだろうか?
一概にそうとは言い切れないだろう。
はっきりと言えば、エキドナは愛情が大きすぎたのだ。
「だとすれば東堂麗佳も……」
「既に行動で示しておろう。良く話してみることだな。だが、相手はそなたらが魔王種と呼ぶ者。下手に感情を刺激すると暴走する可能性はある」
「そうなのか?」
「他の魔王種に我のような意識はない。だが、感情の暴走による力の暴走はすべての魔王種に有る。アシュタルテは『羨望』、人を羨む気持ちが強い。其処を刺激してしまうと東堂麗佳とやらはアシュタルテの力を暴走させてしまうぞ」
「……それは蛮場博士に伝えておくよ。それで、もう一つ聞きたい」
「何だ?」と『赤の竜』と名乗るものは問い返す。
その頭の中で。
『何でも聞いてくださいっ!』
(調子乗んなドアホ)
えっへんっと胸を張っている様子を見せるメーちゃんに諒兵が突っ込みを入れていた。
表面上はマジメな話をしているのに、内面は実に微妙である。
「伝承竜が生まれたのは計算外だと言ったね。だとしたら僕らの存在はどうなる?」
「伝承竜は本来生まれるはずではなかった。バグというなら、それがまず最初のバグだと言える」
「そのバグを殺すために、君は生まれたというのか?」
「おそらくは」
メーちゃんはあえて『赤の竜』は偶然生まれたように装っていた。
自分が存在することに気づく程度ならばいいが、何者かであることを悟られるわけにはいかないからだ。
話を戻すが、ただバグだけを処理するよりも、すべての竜を滅ぼしたほうが話が早い。
だから『赤の竜』はすべての竜を滅ぼすものとして生まれたということにしてあった。
「だが、普通に生命活動を送るだけなら、伝承竜の力を得た人間は食事量が多い以外は然程問題はなかろう。確かに高い戦闘力を持つが、それは理性で抑えれば良い。抑えられぬものは罪人。それは人も変わらぬはずだが?」
「僕らは子孫は残せないけど……」
「龍機兵とやらに問題がないのに、その子が龍機兵であったとして問題があるのか?」
「あ……」と、誠吾は呆けたような表情になる。
龍機兵が人間として生活することに、食事量が多い以外にたいした問題がないのなら、その子どもが龍機兵であったとしても問題はないはずだ。
『だからばんばん作りましょうっ!』
(お前けっこうオープンだよな……)
『自然淘汰を受け入れるなら、むしろ子どもはきちんと作るべきですよ?』
(そうかもしんねえけどよ……)
わりとというか、かなり『性』に対してオープンなメーちゃんに少しばかり引く諒兵だった。
それはともかくとして、人と竜、そして龍機兵の問題点は別のところにある。
実はそれが一番の問題で、今後簡単には解決しないことでもあるのだ。
「そなたらは囚われすぎておるのだ。卑屈すぎると言っても良い。確かに龍機兵と只人との軋轢はあろう。ならば住み分ければ良いだけだ」
「それは、そうだけど……」
「我が考えるに、人の問題点は『生きる以上の欲』を持つことにある」
「生きる以上の欲……」
生物の三代欲求、食欲、睡眠欲、性欲。
個体が生きるため、そして種を残すための欲だ。
だが、人だけは別種の欲を持っている。
「金銭欲とかかい?」
「否だ。一番わかりやすいのは娯楽だろう」
「娯楽?」
「生産性のないことでも楽しむことができるということだ」
小説、マンガ、アニメ、映画、ゲーム、音楽、演劇など果たしてそれが生きるために必要かと問われると、必ずと言えるものはいないはずだ。
しかし、人として生きるとなると話は変わってくる。
文化が、ヒトを『人』たらしめるものだとするならば、それを楽しみたいという欲はあるべきとも言える。
しかし、なくても生きてはいけるのだ。
生物として生きるだけだというのなら。
「勘違いしてくれるな。それは悪ではない。ただ、生きるために娯楽は必要か?」
「……難しい問題だよ」
「その点は理解しているつもりだ。ただ、生きるために必要がないことでも、人は『己が在る』ためには必要と思う。それは生きる以上の欲と言えよう」
その欲、いわば人の心から生まれた欲こそが、一番の問題で、一番難しいところでもあるのだ。
『欲が自分の器を逸脱したとき、破滅が訪れます。ただ、それは自身に向くこともあれば、他者に向くこともあるんです』
(わかんねえって)
『もう少し考えましょうよ、諒兵……』
難しい話からはとたんに逃げ出すわりとヘタレな諒兵だった。
誠吾のほうはというと、実に興味深げに考え込んでいる。
「君は、人間はもっと原始的であるべきだと考えるのかい?」
「文明を否定はせぬ。ただ、自然と共存し得ているとは思えんな。そなたらは己の楽しみを追い求めるあまり、自然から離れすぎた」
そう答えた『赤の竜』を見て、誠吾はため息をつく。
「君は人も竜を滅ぼすと聞いていた。今の話でそれは確信に変わったよ。君は誰の味方でもない。視点が『神』そのものだ」
「我は魔王と呼ばれる身だがな」
そう言って『赤の竜』は不敵に笑った。
なお、中の人であるメーちゃんはわりと楽しそうに笑っている。
ちなみに、諒兵はとりあえず頭をポリポリと掻いていた。
(いつまで話してんだ?)
『もう少しいいですか?人と話すの諒兵以外だと久しぶりなもので♪』
(鈴たちが気づく前にアメリカに飛びてえんだけどよ?)
『私がサポートすれば一瞬ですから。もーちょっとだけ♪』
(わかったよ、たく……)
諒兵としてはメーちゃんが知っているという方法でアメリカまで一人で行くつもりだった。
だが、如何せんその本人が他者と話をすることを楽しんでしまっていた。
人の欲がどうこうなどとよく言えたものだ。
(あいつらを巻き込みたくねえんだけどな……)
どうにもこうにも、メーちゃんにそんな諒兵の気持ちは届かない様子である。




