14話「紅の少女と緋の少女と赤の竜」
日本、龍機兵団詰所の訓練場に、鈴、ライラ、そして誠吾と義隆がいる。
すぐに通信できるようにモニターと通信機をわざわざ持って来てあった。
モニターには丈太郎の姿が映っている。
そんな中、鈴の感覚に触れるものがあった。
「あれ?」
「どうした、リン?」
「一瞬、竜の気配がしたんだけど、すぐ消えちゃった……」
ライラの問いにそう答える鈴だが、自身も首を傾げてしまう。
本当に一瞬、竜の気配がしたのだが、すぐに消失してしまったのだ。
「消えた?」と、誠吾も尋ねる。
「はい。襲撃の可能性もあるし、先に見てもいいですか?」
「我々としては頼みたいところだが……」と、義隆。
[さすがにそれを止める気ゃぁねぇよ。先に周囲の策敵をやってくんな]
丈太郎の許可が出たことで、鈴は先に詰所周囲から前線くらいまで見えるように意識を集中する。
しかし、さっき感じたはずの気配は、今はまったく感じられない。
まるで、もう倒されてしまったかのように。
「気のせいだったのかなあ?」
「気にしないでいいよ。鈴川さんの策敵はだいぶ正確になってきてる。確認するに越したことはないからね」
「古竜だとほとんど獣だ。互いに戦って自滅することもあるらしい。そういったことも考えられる」
[まぁ、警戒は怠んな。鈴、今は感じねぇんだな?]
「うん」
[なら、こっちを頼まぁ]
「わかった。ライラ、方角の特定をお願い」
「任せておけ」
ライラの答えに肯いた鈴は、真竜体へと化身する。
この状態だと、ドラゴン・フェイスは鈴の身体にくっついているのだが、実は。
「行くよ」
その声に答えるかのように、ドラゴン・フェイスが外れ、周囲に浮かぶ。
元々持っている機能なので、独立機動兵器として使うことは真竜体になっても可能だった。
鈴はその状態で一メートルほど身体を宙に浮かせた。
「鈴、まず北を向いてくれ。方角はこっちだ」
「うん、わかったっ!」
ライラの指示に従い、北を向いた鈴にライラがさらに指示を出してくる。
「ドラゴンズ・ネスト、つまりロサンゼルスをアメリカでの起点にする。リン、三時の方角だ」
「おっけーっ!」
さらに指し示された方角を向いた鈴は、ライラが手で指し示している方角を向くとピタリと固定した。
「向きはこれでいいぞ」
[よし。鈴、その方角にドラゴン・ヘッドぉ飛ばすつもりで気配を探れ。たぶん一番わかりやすいのぁエキドナだ。おめぇが『お母さん』みてぇって言ってた気配だ]
その指示に従い、鈴は自分自身で母親のような気配だと感じたものをイメージする。
そして。
「了解っ、遠距離策敵っ、いっきまあーっすっ!」
その声に答えるかのように、鈴の周囲に浮かぶドラゴン・フェイスが勢いよく鈴の周囲を回転しだす。
その勢いと共に、薄紅い光が周囲に物凄いスピードで広がっていった。
アメリカ合衆国。
某居住区、東堂家屋敷内の居間にて。
「えっ……」
「どったの麗佳?」
唐突に疑問の声を上げた麗佳に、凛那が問いかける。
麗佳は落ち着くように一口紅茶を含むと、ゆっくりと嚥下して大きく息を吐いた。
「やられたわ。まさかこんな力技で来るなんて……」
「麗佳?」と智巳も尋ねてくる。
「此処の場所を探られたわ」
「はい?」
「此処はよほどのことがない限り、情報漏れもないし策敵もされないって言ってなかった?」
智巳が確認したとおり、今、麗佳がいる屋敷は東堂家が完全に隠蔽しているので、情報漏れもないし、策敵はスルーできるように作られている。
この点は麗佳自身が指示しているのだから、そう間違いが起きることはない。
ただし。
「その『余程』のことが起きたのよ。しかし、とてつもない天才ね……」
「ネストにそんなすんごい龍機兵がいるの?」
「いえ、日本よ」
「……えっ?」
麗佳の答えに、尋ねた凛那も、傍で聞いていた智巳も呆然としてしまう。
アメリカにいるというのに、何故日本が関わってくるというのか、わからないのも当然だろう。
「確か、鈴川鈴さんだったかしら?『七面天女』の超遠距離策敵だわ」
「ちょちょっ、ちょい待ちっ、日本からアメリカ国内探ってきたってーのっ?!」
「どう考えても遠すぎる……」
「しかも、彼女は龍機兵になってまだ一ヶ月も経ってないわ。だから『天才』って言ったのよ」
呆れたように呟く麗佳の言葉に、智巳も凛那も動揺を隠せない。
麗佳は当然のこととして、智巳にしても凛那にしても龍機兵になって年単位が過ぎている。
その年月、訓練したことで力を扱えるようになった。
それなのに、まさか龍機兵になって一ヶ月程度の鈴が同レベルで力を扱えるとは驚く他ないだろう。
「もう少しのんびりしていたかったけど……」
遠くを見ながら、麗佳がそう呟く。
そんな麗佳の様子を見て、凛那が少しばかり心配そうに尋ねかけた。
「……先生には一度会っておくわ。たぶん、明日には来るだろうから」
「戦うの?」と、智巳。
「戦うかどうかは、話をしてからよ……」
できれば戦いたくない。
そんな思いがこもった呟きに、智巳も凛那も何も言えない。
そんな二人に申し訳ないと思いつつ、麗佳はもう一柱の重要人物のことを考える。
(……エキドナに会っていただく必要があるかもしれないわね)
エキドナの心内を理解できれば、未来も良い方向に向かう可能性がある。
丈太郎たちと『同じ』龍機兵として、できれば麗佳は敵対したくないと願っていた。
日本、龍機兵団詰所。
策敵を終えた鈴は大きく息をついた。
[鈴、龍玉通してライラに情報を送ってくれ]
「ふぃー……、りょーかーい……」
「疲れてるな」と義隆が苦笑する。
日本からアメリカ国内を索敵したのだから、疲労もかなりのものだろう。
鈴は人間体に戻ると腰につけたポーチからショートブレッドの包みを取り出して、一本だけ口に放り込んだ。
「ライラ、後お願い」
「わかった」と、鈴のお願いにそう答えたライラは受け取った情報を元に、アメリカ合衆国内の地図を広げる。
「わかったかい?」と、尋ねてくる誠吾に、ライラはあるポイントを指し示して答えた。
「驚いたぞ、ラスベガスだ」
[あぁッ?んな近ぇトコにいたんかッ?!]
モニターの向こうの丈太郎が本気で驚いていた。
有名なカジノの街、ラスベガス。
ロサンゼルスからラスベガスだと、実際には近いというほどではない。
かなりの距離があるだろうが、それでもアメリカの東海岸ほど離れているわけでもなかった。
さらに、この街は居住区となった今も娯楽施設が多く残されているため、人が集まる街となっている。
「そうか、逆に人が集まりすぎるから目立たなくなるんだ」
[今でもここにゃぁ人が来るかんな。わざわざ龍機兵に護衛させてまで]
「人が隠れ蓑になっていたということか。確かに頭の切れるお嬢様だな」
そう義隆が感心したとおり、麗佳が計算の上でこの地に隠れていることは間違いない。
まだ高校生程度の年齢であることを考慮しなくても、たいしたものだと思うのは間違いではないだろう。
いずれにしても、これで麗佳たちの居場所が判明した。
「助かったぜ、鈴、ライラ」
「んー……」
「まだだれてるのか」
丈太郎のお礼の言葉に生返事を返す鈴。
そんな鈴に苦笑するライラだった。
「少し食堂で休んでくるー……、一時間したらさっきの話ー……」
[わかってらぁな。必ず約束守る]
丈太郎がそう答えたことで安心したのか、鈴はふらふらと食堂に向かう。
気遣っているのか、ライラも一緒に歩いていった。
[そう言やぁ、諒兵何処行った?]
「最近の日野君は以前のような単独行動が目立ちますね」
この場にいると思っていたのだろうか、丈太郎がそう尋ねると誠吾が答えた。
ここ数日は、一人でいることが多いという。
鈴やライラともあまり一緒にいなくなった。
もっとも、鈴はあの性格なので、何もなければ一人でいる諒兵をムリヤリにでも引っ張ってくるのだが、今日はさすがにできなかったらしい。
「声をかけることすら躊躇われるような雰囲気を感じることもあります。鈴川さんやバンブリッジさんも感じていたようですが、確かに様子がおかしい」
[まいったな……。こっちゃぁこっちで手が離せねぇんだが]
誠吾の説明に丈太郎は頭を書いてため息をつく。
実際、諒兵の様子がおかしいからと言って、麗佳のことを放っておくことはできない。
何しろ麗佳は東堂財閥を牛耳っている。
龍機兵でなかったとしても、世の中に対する影響力があるのだ。
そんな彼女が魔王種のアシュタルテの力を持つのだから悩ましいことこの上ない。
しかし。
「いや、日野は鍵を握っている可能性があるぞ」
と、義隆が口を開いた。
[んぁ?]
「春馬さん?」
「偶然だがな。昨日、日野が一人でいるところを見かけたとき、声を聞いた」
そのとき聞き取れた言葉の中に、『エキドナ』という言葉があったという。
「蛮場、日野にエキドナのことを話したか?」
[いんや。其処までぁ話してねぇ]
「では何故、日野からエキドナという名が出たんだろうな?」
義隆の問いに、丈太郎は思案し始める。
諒兵が知り得るはずのない名前を呟いていた。
しかもエキドナとは現在自分たちが追っている存在の名前だ。
これがただの偶然とは考えにくい。
「先ほどの鈴川の疑問もそうだ」
「白い火が、なぜ龍玉を砕けるのかということですか?」
「ああ。蛮場、これに関しては調べているのだろう?」
[あぁ。ありゃぁわかりやすく言やぁウィルスだ]
「ウィルス?」
『竜の血』に入り込んでいたウィルスが昇華された形が白い火だと言う。
その本当の力は龍玉破壊ではなく、竜の血が持つプログラムを破壊する力である。
[俺らにしても竜にしても、『竜の血』を殺すくれぇはできる。バーナードがそうだな]
「毒、ですか」
「あぁ。だが諒兵の白い火ぁ違う。あれの本当の力ぁ『竜の血』の中にある竜の伝承の実行プログラム化を止めるもんなんだ」
「それはつまり……」
[諒兵が白い火を完全に使いこなせりゃぁ、龍玉破壊を通じて伝承竜を滅ぼせんだよ]
性格には伝承竜をただの言い伝えに戻すことができるのが諒兵の白い火の力なのだと丈太郎は説明する。
実のところ、伝承として伝わるほどの力を持つのが伝承竜なのではない。
人の伝承を自分の力としたのが伝承竜なのだ。
今は丈太郎がいる地で、母なる者が己の子の一人とも言える魔王種に言ったとおりである。
「異常な力を持つ竜の存在が伝承として伝わったわけじゃないんですか?」
「そうみてぇだ。『竜の血』は人の伝承を自分の力として自分自身に書き込んでいく。そうして生まれたのが伝承竜なんだよ」
「まったく逆だな」
「あぁ。逆だ。先に人が伝えてきた『竜の伝承』があった。それを力として受け入れたのが『竜の血』だ」
より強く、より大きくなるために自己進化していくのが『竜の血』であり、伝承竜はその結果生まれたものだと言える。
だからこそ、おかしな点がある。
「蛮場博士、では何故『白い火』というウィルスが『竜の血』の中にあったんでしょう?」
「其処らへんはまだわからねぇなぁ」
「仮にエキドナの目的が竜を生み出し、強くすることだとするならば、それに反するウィルスなど邪魔なだけでは?」
誠吾の言葉どおり、竜を生み出し、より強力にしていくことを目的としているならば、伝承破壊とも言える白い火の能力は邪魔でしかない。
そんなものを創造者であるエキドナが創るはずがない。
だとするならば。
「……『白い火』を創った者は別にいるということか?」
「今の話を聞く限り、白い火は竜を滅ぼすための力と言っていい。ですが、そんな力を竜の創造者であるエキドナが創るとは思えません」
誠吾の言うとおり、創造者が創造したものを破壊するというのは考えにくい。
余程、気に入らなかったのならば話は別だが、そのあたりはエキドナという存在を知らないこの場の三人にはわからない。
そうなると。
「エキドナと敵対していた竜の破壊者がいたと考えるべきでは?」
『赤の竜』は人も竜も滅ぼすと伝わっている。
その真実が、同じモノであるはずの竜を滅ぼすための兵器だったというのであれば、竜の中にあってなお異質なバケモノである理由も説明できる。
[井波、諒兵をとっ捕まえろ。ひょっとしたらその破壊者と接触してやがるかしんねえ]
「お前はどうする?」
「今、俺ぁエキドナ周りの伝承を調べ直してる。おそらく何かの神として伝わってるはずだかんな。その前に、鈴との約束果たしてやらにゃぁな」
そういって苦笑する丈太郎だったが、麗佳とエキドナに、そして『竜の血』の真実に確実に近づけた手応えを得たせいか、その眼差しは真剣そのものだった。
一時間と少し後。
丈太郎は先ほど誠吾と義隆と話した内容を鈴とライラにも説明していた。
これ以上は隠すべきではないと考えたのか、逆に女の龍機兵は思わぬところから真実を探り当てると考えたのか、竜の破壊者についても伝えている。
そうすることで、少しでも情報を集めたいと考えていた。
ちなみに鈴の遠距離策敵は相当に疲労するものだったらしく、一時間経ってもだれたままだったので、冬子が呆れた様子で付き添っている。
冬子がいてもいいと考えたのか、丈太郎はごまかさずに説明してきた。
「なるほど。竜の破壊者かい」
「諒兵の白い火ってー、『竜の血』から生まれたわけじゃないのねー……?」
[竜殺しの伝承ぁ山ほどある。だから其処から生まれた可能性がねぇわけじゃぁねぇ]
「だが、伝承から生まれたのだとしたら、むしろ少なすぎる」
[そういうこった]
単純な数の問題だということだ。
人の伝承を力とする『竜の血』は、伝承に出てくる様々な竜の能力を再現している。
多種多様な能力を再現しているのに、その伝承の中に存在する『竜殺し』の能力を再現したのが『赤の竜』だけとなると、あまりにも少なすぎる。
そうなると『竜の血』はあくまで伝承における竜の能力を力として再現しているのであって、伝承そのものを再現しているわけではないと考えられる。
そして、そう考えるのならば、『竜殺し』である白い火は、まったく別のところから『竜の血』に混入されたと考えられる。
「だからー、混入した人がいるってことねー……?」
[誰なのかぁ知んねぇがな]
「ドクター、リョウヘイがその存在と接触している可能性があるというのは間違いないのか?」
[そりゃぁむしろこっちが聞きてぇ。諒兵の様子ぁ見らんねぇしな]
実際、海の向こうにいる丈太郎に諒兵の様子がわかるわけがない。
しかし、今、諒兵が『竜の血』の真実を知る何者かと接触しているのならば、放ってはおけない。
ゆえに丈太郎はそう尋ねた。
「まあ、弁当作ってくれって言ってきたときはどうしたんかと思ったけどねえ」
「あー、あのおべんとー、冬子さんが作ったんだー……」
一番最初に答えたのは意外な人物だった。
今日、諒兵が一人で散歩に行くといったとき、ライラが食事ついて聞いたのだが、そのとき諒兵は弁当を持ってきたと答えたのだ。
諒兵が料理をしたところを見たことがない。
そうなると誰が作ったかという話になるが、確かに鈴でなければ冬子くらいだろう。
「鈴やライラとピクニックにでも行くのかいって聞いたら、確かめたいことがあるから一人で行くって答えたねえ」
[確かめてぇこと?]
「内容は聞いてないよ。ここんとこ、日野は一人でいること多いし」
鈴やライラすら突っ込んでいないのに、さすがに冬子がそこに突っ込んだりはしない。
だが、丈太郎としては『其処』は一番重要なところだった。
[あいつ、まさか自力で気づいたんか……?]
「ドクター?」
[鈴、さっき竜の気配がしてすぐ消えたっつったな?]
「そーだけどー……?」
「どんな気配だったか思い出せるか?」
「……なんかー、鯨みたいにでっかくてー、犬と魚が混ざった感じー……?
とりあえず、あのとき感じた気配をそのまま伝える鈴だが、言葉どおりならば、かなり有名な伝承を持つ存在だと丈太郎がすぐに気づいた。
[ケートゥスか]
「待てドクター、それはかなり有名な伝承だぞ。そこから生まれた伝承竜となると一瞬で消えるものか?」
ギリシャ神話に出てくる怪物ケートゥスは、ペルセウスとアンドロメダの伝承に出てくる。
生贄に捧げられそうになったアンドロメダをペルセウスが助けるという一種の英雄譚でもあるため、かなりの知名度を持つ伝承といえるだろう。
そうなればケートゥスも簡単に倒せる相手ではない。
戦闘部隊が総出で迎え撃つ必要があるはずだ。
しかし。
[諒兵が一人で倒した可能性がある。来るのがわかってりゃぁ、先回りして待ってりゃぁいい]
「えっ、何でっ?」
さすがに鈴もびっくりしたのか、だれた様子が消えた。
そんな鈴を見て少し困ったような顔を見せた丈太郎だが、意を決したように告げる。
[伝承竜ぁ『赤の竜』に引き寄せられんだよ]
そんな言葉を聞いた一同は、ただ呆然とするだけだった。
それほどに、誰もが理解できたものの、納得ができない言葉だったのだ。
そのころ。
一人で飛んでいた諒兵の目の前に、青い金属の翼を生やした龍機兵が立ち塞がる。
「何の用だ、井波の旦那?」
厳しい表情をした青の龍機兵、すなわち誠吾はその手に握られた刃を突きつけると尋ねてくる。
「君が知った『真実』を教えてくれないか?」
其処にいたのは、悩める一人の青年だった。




