13話「少女たちと五竜が求めるものと少年の決意」
その日。
食事を済ませてから、鈴とライラは丈太郎に龍玉をつなげ、声をかける。
久々に鈴が声をかけてきたので驚いたのか、丈太郎はすぐに反応してくれた。
だが。
[すまねぇな。今ぁ忙しいんだ。後にしてくんねぇか?]
「何分後?」
[おいおい。えれぇせっかちだな]
「一時間後なら平気?」
[ちぃと待ってくれ。せめて何日で数えてほしいんだが]
「ダメ。待てても二時間」
[そんなヤベぇ状況なら、井波や春馬からも通信が来るはずなんだが]
重要な通信を任せるとなると、さすがに鈴やライラにはまだその資格がない。
兵団でそれができると言えば、せいぜい誠吾か義隆だろう。
二人とも簡単に死ぬような龍機兵ではないし、危機的状況なら必ず通信してくる。
そうではないということは、鈴とライラが私用で話がしたいだけだということができる。
さすがに優先度は低いと丈太郎は判断したらしい。
[わがまま言うない。そのうち時間作ってやっから]
「むう~……、これでも喰らえっ!」
[ぶはっ!]
鈴が龍玉通信で何らかの攻撃をした直後、丈太郎は『鼻血』を出して突っ伏した。
近くにいるのかアラステアが[どうしました、バンッ?!]と叫んでいる。
[何しやがるッ、てか何やってんだ鈴ッ?!]
「こないだ冬子さんと一緒にお風呂入っただけよ?そのときの記憶♪」
「ああ、あの時のか。あの時は私たちもダメージを受けた気がしないでもなかったな……」
そう呟いて自分の慎ましやかな胸を押さえるライラ。
そこを突っ込むと鈴もダメージを受けてしまうので敢えてスルー。
「もっと過激なのもあるわよ?」
[肖像権くれぇ守れッ!]
「話す時間くれるまで続けるからね?動画もあるから」
「わぁかったッ、てか何なんだいってぇッ?!」
「最近、諒兵の様子がおかしいのよ。私が気になるのはそれ。ライラは何か別の話もあるみたい」
「諒兵のことか。あと別の話ってなぁ何だ?」
とりあえず、簡単にすむ話だと思ったのか、丈太郎はまずライラに問いかけてくる。
しかし、ライラの言葉は丈太郎を驚愕させた。
「うむ。ドクター、どうにも気になるのだが、この世界に女の龍機兵は本当に私たちだけなのか?」
その問いに対し、丈太郎の反応が遅れたことをライラは敏感に察知したらしい。
「何を隠しているドクター?」
[いや。ライラ、何でそう思った?]
「真竜体への化身を覚えてから感覚が鋭くなったようだ。それで訓練も兼ねて瞑想し、研ぎ澄ませているんだが、そのとき微弱だが私たちと同じような威圧を感じることがある」
その答えに対し、しばらくの沈黙の後、丈太郎は再び尋ねてくる。
[同じ真竜体じゃねぇか?]
「違う。私がリンに感じる威圧に近い。そうなると別の女の龍機兵と考えるほうが正しいのではないか?」
[どう感じるのです?]
「むっ、ジェネラル・ラナマンか。初めまして、ライラ・グウィバー・バンブリッジだ」
いきなり横から口を出してきたアラステアに、礼儀正しく挨拶するライラである。
そんな彼女に対し好感を持ったらしく、アラステアも名乗り返し、再び質問してきた。
[例えば大きさ、個数、いろいろ考えるべきところはあるでしょう。そういったことはわかりますか?]
「申し訳ない。そこまでは……」
「四個でしょ?あっ、この場合だと四人か」
さらに横から入ってきたのは鈴だった。
あっさりと数を告げてくる鈴に傍にいたライラも目を見張る。
[鈴、おめぇも感じてたんか?]
「どっかで生まれたのかなあって思ってたんだけど……」
「そうか。リンは策敵特化型。私より正確で当然だな」
「ミス・スズカワ。他には?」
「異様におっきいのが一つ。私たちくらいのが二つ。あと……」
「あと?」
「なんか、『お母さん』みたいな感じなのがあるんだけど」
その言葉で、海の向こうの丈太郎もアラステアも腹を括ったらしい。
真剣な声で語りかけてくる。
「今から一時間後だ。もう一度俺の執務室に来い。その間に井波と春馬に事情を聞いといてくれ。俺が教えろっつっとく」
「蛮兄?」
「諒兵についちゃぁ後で聞く。ちゃんと今日、時間を作る。頼む。おめぇらの力が必要になった」
「私からもお願いします。ミス・スズカワ、ミス・バンブリッジ」
少し聞きたいことがあっただけなのに、まさか向こうから頭を下げてくるとは思わなかった二人は、顔を見合わせてしまう。
しかし、二人の声は真剣そのものだ。
そうなると断るわけにもいかない。
とはいえ。
「蛮兄、諒兵のことも聞きたいんだから忘れないでよ?」
「……諒兵にもかかわりがあるこった」
そう答えた丈太郎の言葉を信じ、鈴とライラは誠吾と義隆の元へと向かうのだった。
一時間後。
鈴とライラが再び執務室に来ると、そこにあったモニターには五人の龍機兵全員の姿が映っていた。
さらに、誠吾と義隆の姿もある。
良く見ればアーサーの後ろにはバーナードが控えている。
[ライラぁ知ってんな。鈴、ここにいるんが世界中の龍機兵の軍隊のリーダーになる]
「うわお」
[とりあえずぁ自己紹介だ。アーサーも改めて名乗ってくんな]
そう丈太郎が指示すると、全員が名乗ってきた。
まさかこんなことになるとは思わなかったのか、さすがに鈴も緊張するし、ライラも緊張していた。
そして、名乗り終わったころに、丈太郎が問いかけてくる。
[話ぁ聞いたな?]
「うん、東堂さんって人のことよね?」
「兄様たちが龍機兵となった理由が、その少女だったと」
[うむ。そのとおりだライラ。我々にとって、罪の象徴とも言える]
「しかも、その人が魔王種。諒兵と同じ……」
そうして、お互いの情報を摺り合わせると、丈太郎たち五人の龍機兵は鈴とライラに質問してくる。
まずは確認するために麗佳の画像を映し出してきた。
緋く長い髪に、白いワンピースの少女の姿を。
「何か、他人とは思えないな……」
「そう、だな。正直に言って、魔王種の竜と思いたくない」
ドラゴンズ・ネストを襲ったときの映像も一緒に映し出されたものの、鈴とライラは麗佳に対してどこか同情的というか、何か共感しているような雰囲気だった。
[そして、この二人の少女が今のところ確認できている、彼女が仲間にしている龍機兵です]
そう言ってアラステアは智巳と凛那の映像を出す。
麗佳と年は変わらないだろう。
つまり鈴やライラとも年は変わらないはずだ。
ただ。
「敵ね」
「敵だ」
[待てコラ]
打って変わってジト目で断言する鈴とライラを丈太郎が思わず突っ込んだ。
「あんな胸してるのは敵よっ!」
「常識で考えても味方になるなど有り得んっ!」
「そこに拘んなっ!」
「ライラ、どうしてお前はその話になると感情的になるのだ……」
思いっきり感情的になって叫ぶ二人の少女に対し、突っ込む丈太郎と、ため息をついて天を仰ぐアーサーだった。
どうにもこうにも、胸的に智巳と凛那を敵認定した鈴とライラである。
乙女の悩みは古今東西、変わらないものであるらしい。
それはともかく。
一通り胸についての不満をぶちまけた鈴とライラはとりあえず落ち着いた。
なお、サイズ的に麗佳は味方というか仲間というか心の友になれるという。
喜んでいいのか、悲しんでいいのかわからない一同である。
[いやあ、面白え嬢ちゃんたちだなあ]
[ほっほ、若いというのはいいものじゃ]
そうローベルトと九垓が笑っているのを見ると、さすがに恥ずかしくなったらしく、鈴もライラも縮こまっていたが。
そして。
[諒兵の話になるがな、アイツぁお嬢の存在にゃぁ自力で気づいてやがった]
「そうなのっ?」
[俺が渡米する前に話してくれたんだが、お嬢っつうか、お嬢の竜の力のアシュタルテと戦ってる夢見てたんだとよ]
おそらくは同じ魔王種だからこそ、何らかの共鳴があったのだろうと丈太郎は語る。
「それで何か考え込んでいたのか?」
「たぶん、だがな」
確かに考え込んでいるような様子があったのだから、それも間違いではないのだろう。
ただ、何かが引っかかる気がする鈴だった。
もっとも、今は其処まで考えている余裕はない。
重要なのは此処からなのだ。
[私たちの予測ですが、麗佳さんは『始祖』を匿っている可能性があるのです]
「紫蘇?」
[そっちじゃねぇ。俺たち龍機兵や竜どもの源『竜の血』を創った人間ってぇ意味だ]
「何者かわかったのか、ドクター?」
[我々は『エキドナ』と呼称している。おそらく古の時代より龍機兵として存在し、今は復活している可能性があるのだ]
ライラの言葉に答えたのはアーサーだった。
そして、これはほぼ確定だという。
何故なら、鈴が母のようと感じた威圧こそ、エキドナのものであろうと推測できるからだ。
個数も合う。
麗佳、智巳、凛那、そしてエキドナであれば、確かに四人分の女の龍機兵の威圧となる。
「女性なのは確かなのですか、兄様?」
[その点についてはバンが実際に姿を見ているのだ]
「へっ?」
[俺ぁ仮死状態のエキドナから欠け落ちた『竜の血』の欠片ぁ拾ったんだ]
「それが発見したという意味ですか……」
と、誠吾も此処までは聞いていなかったので驚いた表情を見せた。
[俺が見たのぁ、上半身は女、両腕が翼で下半身は蛇になってる三十メートルくれぇの彫像みてぇなもんだった。姿かたちは良く覚えてらぁ。女で間違ぇねぇ]
「それって大きくない?」と鈴。
[その感覚は正しかろうの。女の龍機兵と考えると最大サイズじゃ]
少なくとも、確認されている龍機兵の中では間違いなく最大で、麗佳も其処までのサイズではないだろうと九垓は説明してくる。
[嬢ちゃんが感じてんなら、間違いなく復活してるって言える。ただ、俺たち全員直接話したことがねえ。だから何を考えてるのか、何が目的なのかは誰もわからねえ]
「その言い方だと、まずは会話することが目的に聞こえるが?」
[はい。そのとおりです]
義隆がそう問いかけるとアラステアが答えてきた。
[サイズを考えても、そして『竜の血』の創造者であることを考えても、エキドナと正面から戦うのは得策ではありません。ゆえにまずは接触を試みて交渉するのが良いでしょう]
「折り合いがつけば、倒しはしないと?」と誠吾。
[倒せる可能性が少ねぇかんな。それこそ諒兵頼みになっちまう]
「諒兵頼み?」
[ただ頼むんじゃねぇよ。アイツを『赤の竜』に化身させてぶつけるって話になる]
「ちょっと蛮兄ッ!」
[その気ぁねぇよ。だからまずは話してみんだ]
丈太郎とて、諒兵を文字どおりの竜を倒す兵器として使う気などない。
ましてや、諒兵が魔王になってしまったら本末転倒だ。
エキドナを倒せたとしても別のバケモノを相手にすることになる。
それに。
[ネストを襲った麗佳さんは明確に手加減していました。さらに設立当初から、世界中の龍機兵の軍隊すべてに何らかのかたちでバックアップまで行っているんです]
「それではおかしくないか?むしろ味方のような行動だと思うのだが?」
[実際、お嬢ちゃんは俺らの味方みてえなんだよ]
と、ライラの言葉をローベルトが肯定する。
実際、アラステアの言葉どおり、麗佳は龍機兵から見れば強力な味方だと言える。
だからこそ、余地があるのではないかと考えられるのだ。
[エキドナを匿っている理由がなんなのかはわかりません。ただ、現在も我々に対するバックアップは続けているのです]
[この事実を鑑みるに、レディ麗佳はエキドナに操られているというわけでもないと思われるのだ]
[それなら、話もできるんじゃねえかと思ってるんだよ]
アラステア、アーサー、ローベルトがそう口を揃える。
確かに麗佳の行動はどちらかと言えば味方だ。
その上で何か理由があってエキドナを匿い、隠そうとしていると考えられる。
しかし、その理由如何によっては、敵対する可能性がないわけではない。
[聞いているだろうが、レディ麗佳は龍機兵を増やそうとしていることが考えられる。その点はおそらくエキドナも同じだろう。何せ『創造者』なのだから]
[だかんな、とりあえず話してみねぇと今後の行動指針も決まんねぇんだよ]
[ただ、何処にいるのかがまったくわからないのです。相手は日本トップクラス、世界でも有数の財閥ですから]
その力で、自らも身を隠し、エキドナを匿っている。
これではまったく話が進まないのである。
状況を変えるためには、まずこちらから麗佳たちを見つける必要があるのだ。
其処まで聞いて、ライラはこの場に呼ばれた理由が理解できた。
「リンに探させる、と?」
「へっ?」
[あぁ。鈴の策敵能力を使えば、大まかな位置まで割り出せるかしんねぇ。アメリカ国内なのはわかってんだ。鈴、地図を見ての遠距離策敵の実践をやんぞ]
何と、日本からアメリカ合衆国内にいる麗佳たちの位置を策敵させるために鈴を呼んだのである。
ライラの存在が必要なのは、鈴がまだ学習しておらず、理解できていない点があるためだ。
[今の自分の緯度と経度を正確に割り出して、そこからアメリカ合衆国の方向を鈴に伝えんだ]
「なるほど。それなら協力できる」
二時の方向、九時の方向といった言葉を聞いたことがあるだろう。
方角を時計の針の方向で示すことがある。
基本的に軍人としての経験や勉強はライラのほうが長い。
方向を割り出す上で重要な緯度や経度についてもライラは理解している。
基本的に大雑把な鈴に正確な位置を教えるなら、ライラが一番なのである。
[策敵ぁ真竜体でやる。だから少し広めの場所でやることになるかんな]
「既に確保してます」と、誠吾が答える。
どうやらすぐにやることになるらしい。
そう考えた鈴は、丈太郎が忘れないようにと自分が聞きたいことについても聞いておく。
[諒兵のことだろ?忘れちゃぁいねぇよ]
「うん、あと、これも諒兵に関わるんだけど、何で白い火って龍玉を砕けるの?」
どうやら自分たちが先入観に囚われて気づかないでいたところに気づくのが女の龍機兵らしい。
そう感じた一同を代表して、丈太郎が答える。
[策敵終わったらきっちり説明すんぞ。俺らが見落としてんのぁ、『赤の竜』のことなんかぁしんねぇ]
自分たちが何を見落としているのか、それを知らないままでは取り返しのつかないことになると全員が感じていた。
一方そのころ。
散歩と称して一人出かけていた諒兵はというと。
「ごっそさん」
東京湾沖、大島の三原山の麓で弁当を食べていた。
ちょうど食べ終わったところなのか、一人、手を合わせる。
この辺りは孤児院にいたころに、厳しく躾られていた。
弁当箱を片付けると、沖合いに視線を向ける。
「来てんな。こっちに向かってやがる」
そう呟く諒兵の視線の先には、波立つ海面がある。
波が自分に向かって移動していることを確認すると、諒兵は真っ赤な血の色の竜へと竜化し、海に飛び込んだ。
其処にいたのは楽に二十メートルはあろうかという竜だった。
形状は、鯨のごとき体躯をし、犬の頭と魚の下半身を持っている。
名は『ケートゥス』
ギリシャ神話に語られる海の怪物である。
ケートゥスは、その顎を大きく広げて、成竜体へと化身した諒兵に迫ってくる。
噛み砕こうというのだろう。
だが諒兵は逆に顎に飛び込み、下顎を両脚の鉤爪で、上顎を両腕で受け止めた。
本来、生物は口を閉じる力が強いという。
鰐が有名だ。
人の腕くらい簡単に食いちぎるだろうその顎の力は、いったん閉じてしまうと開くのには苦労する。
その口を縛ってしまえば、もっとも強力な攻撃ができなくなるという話もある。
犬の頭を持つケートゥスも同様であろうが、諒兵は呻き声すら漏らさなかった。
『わりいな。死んどけ』
そう呟くと、逆に諒兵のほうが竜と化した状態で顎を開き、炎のブレスを吐いた。
一瞬、絶望的な表情を浮かべたようにも見えたケートゥスは、腹の中に凄まじいほどの炎を吐き出され、哀れにも中から砕かれてしまう。
ケートゥスの残骸が海の底に沈んでいくのをしばらく眺めていた諒兵は、ため息をつくと海面を抜け飛び上がる。
そして大島の海岸に降り立った諒兵は人の姿に戻ると、虚空に向かって話しかけた。
「お前の言ったとおりみてえだな」
『嘘なら良かったんですけどね……』
そう答えた声はさらに続けた。
『私はあなたを騙す悪い悪魔で、あなたは多くの信じられる仲間と共に私を倒して世界に平和を取り戻す。そんな物語だったなら、とても素敵でした』
「悪役でいいのかよ、お前?」
『私は、エキドナほど強くありませんよ。神として祀られるなんて真っ平です。人の想いなんて受け止められませんから』
だから、怪物として伝わるほうが気が楽だと声は答える。
それでも兵器となった竜を放っておけず、声の主、メーちゃんは『赤の竜』を生み出した。
其処にあるのは使命感や義務感ではなく、ただ、妹の願いを歪ませようとすることへの怒りだったのだ。
『エキドナは純粋な子ですからね』
「……」
メーちゃんの言葉を黙ったまま聞いている諒兵の目の前に、彼女はおよそ十五センチほどの大きさで、夢の中で出会った姿そのままで現れる。
「まあいいさ。これでハッキリした」
『……そう、ですね。でも、怒ってないんですか諒兵?』
「一周回って頭が冷えたんじゃねえか?バケモノになるって願ったのは俺自身だしな」
『どうするんです?』
「向こうの女とエキドナにゃ一度会っとくべきだろうな。話はそれからだ」
諒兵がそう答えるとメーちゃんは姿を消す。
それを確認してから、諒兵は翼を広げて飛び立った。




