12話「少女たちと龍機兵たちと少年の変化」
ドラゴンズ・ネスト、総責任者の執務室にて。
「戦い慣れしていますね」
「あぁ。相当場数踏んでやがる。あの年で呆れたもんだ」
丈太郎とアラステアは、モニターに映るウィルフレッドと智巳の戦闘の様子を見ていた。
見ている限り、智巳はあくまで手合わせのつもりらしい。
殺意はあまり感じられず、戦闘そのものを楽しんでいる様子が伺える。
「龍機兵との戦闘経験が少ねぇみてぇだな。それを補うために来たんだろ」
「まさか再び堂々とネストまで来るとは思いませんでした。麗佳さんはいないようですが」
「むしろ、お嬢ぁあんま表にゃぁ出てこねぇのかぁしんねぇな。財閥の仕事もあんだろし」
「その代わりに来たのが、あの少女ですか……」
そういってアラステアはモニターに映るもう一人の少女、凛那に目を向ける。
のんびりと二人の戦いを見物しているところを見ると、自分から戦うタイプではないらしい。
現場にいるロドニーには決して注意を逸らすなと伝えてあるが、今のままなら其処まで心配する必要はないと思える。
だが。
「毒竜というのは本当なのですか、バン?」
「オロチ型・神種『ラプシオヤウ』、オヤウカムイとか、いろいろ別名がある。意味ぁ『翼のある蛇』だ」
そう答えた丈太郎は、さらに真剣な表情で説明を続けた。
「竜としちゃぁ近づいただけで皮膚が焼け爛れるほどの悪臭や毒気を放つって伝わってらぁ。逆に疫病を寄せ付けないほどなもんだから、神としても崇められてんだ」
「それはまた、凄まじい伝承ですね……」と、アラステアは呆れ顔になった。
アイヌの伝承に伝わるラプシオヤウは、怪物、悪神としての側面のほうが有名だが、疫病を抑える力があると解釈され、巫女に託宣するという話もある。
そういう意味では正しく祀れば益を齎す神ということができる。
自然神にはそういった伝承が多い。
距離を置いて正しく付き合う。
それが人と神の関係であるということだ。
「ネイティブ・アメリカンの伝承に近ぇやな。土着の神は畏れられるからこそ、祀られるもんだ」
「その考えには共感しますよ。神に対する畏怖、畏敬の念を忘れてしまった人には罰が下るものです」
「まぁ、あの娘っ子はその点じゃぁ、忘れっぽそうだがなぁ」
そういって苦笑する丈太郎に対し、アラステアも苦笑を返す。
どう見ても、その場が楽しければいいというのが凛那という少女に対する印象だった。
智巳の動きは速い。
しかし、捉えきれないほどではない。
それでも攻撃を当てられないのは、対人戦闘に慣れているのか、智巳は間合いの取り方が巧いのだ。
だが、それはウィルフレッドも同じで、相手に近づかせないようにすることは慣れているし、逆に近づいてくるなら確実に当てられる自信がある。
問題は、お互いのそのことを理解していて戦闘に進展がないことだ。
ゆえに、ウィルフレッドは賭けに出た。
「Sorry、ちょっと情熱的にホールドするけど、セクハラじゃないから許してくれよ」
「絶対イヤ!」
ド真剣な表情でそう答えてくる。
少し悲しくなるウィルフレッドだが、顔を見ると少し頬に赤みが差している。
なるほど、そういうタイプかと理解できた。
「クールなわりに可愛いじゃないか。これはちょっと私情を挟んじゃうかもな」
「思いっきり刺す」
そう答えてナイフを順手に構える智巳を見ると、まじめに男と触れ合うことに慣れていないらしい。
いやはやピュアなところもあるなとウィルフレッドは少しばかりニヤけてしまう。
もっとも大人の男として失礼なことはしない。
ただ、ボクサーとして、龍機兵として実力を示したいだけなのだ。
「行くぞッ!」
ボクシングの構えの一つ、ピーカーブースタイルでダッシュしたウィルフレッドは、驚くほどの速さで智巳に肉薄する。
それを見た智巳はニッと笑って左に避けた。
ここまで近づくとストレートは出せない。
クリンチ狙いだと読んだのだろう。
捕まえようとする手さえ避けてしまえば、逆にこの距離は智巳のナイフが突き刺さる距離だ。
カウンターでナイフを喰らわせられる。
そう読ませたことこそが、ウィルフレッドの狙いだった。
「智巳ッ、バックダッシュッ!」
そこに聞こえてきた声にウィルフレッドは驚くが、拳は止められない。
強烈な左フックを放つものの、智巳は既に十分な距離を取っていた。
「きゃうッ?!」
随分と可愛らしい悲鳴が聞こえてくる。
彼女は腕を交差して、衝撃に耐える。
少しバランスを崩したものの、しっかりと距離をとってすぐに体勢を立て直した。
「Oh No!見てるだけじゃなかったのかいキュートガール?」
「智巳は友だちだからねん。危ないのを放っとけるわけないじゃん♪あの距離で受けたら気絶したかもしれないし」
ウィルフレッドの不満そうな言葉に対し、凛那は楽しそうにそう答える。
逆にそれでロドニーは驚いていた。
「……まさか、ウィルの攻撃を読み切るとは驚いたな」
「ファフナーってことがわかってれば読めるよ。まあ、あの衝撃波は予想より大きかったけど」
「凛那?」
「智巳、そっちの情熱的なお兄さんが持ってる竜の力はファフナー。つまり『抱く者』、要は抱きしめる動きが一番力を発揮するんだよ」
「Oh!キュートなわりに実にジーニアスな頭脳を持ってるねえ!」
凛那の読みどおり、ウィルフレッドの攻撃はクリンチではなく至近距離の左フックだ。
『抱く者』ファフニール、ファフナーはその両腕で抱きしめる動作をすることで強力な力を発揮する。
その動きに近いのは左右のフックになるのだ。
「まあ、ストレートでも十分以上に衝撃波は出せるんだけど、クールガールには手を抜けなかったからね」
「全力を出してくれたことは嬉しい。ありがとう」
「性格は君のほうがキュートだね♪」
「そういうのは嫌い」
にべもないと思いつつ、頬が少し赤いのは要は恥ずかしがりか照れ屋なのだろうと思う。
龍機兵としてはかなり強力だが、精神はまだ見た目どおりの少女だということだ。
それは凛那も同じなのだろう。
どうにもこうにも、敵だと認識しにくい。
見た目が少女だからというだけじゃない。
戦いに臨む上で悪意を持っていないのだ。
二人とも、いい意味でも悪い意味でも純粋すぎる。
だからこそわからない。
麗佳はなぜ、ドラゴンズ・ネストを半壊させたのだろうか。
智巳や凛那のような良い友人を得ている麗佳が、龍機兵の基地を襲った理由は一体何故なのか。
ウィルフレッドと智巳の戦いを見つめていたロドニーはそう思っていた。
それから一時間後。
とりあえず全力戦闘ができたことに満足したのか、智巳と凛那はあっさりと帰っていった。
「尾行してきたらストーカーで訴えるよん♪」
「また来てくれるんじゃないのかいキュートガール?」
「気が向いたらね♪」
ウィルフレッドの言葉にそう答える凛那だったが、智巳のほうはまた来る気満々のようだ。
「次はあなた」
「私は任務以外で戦闘するつもりはない」
「そっちの人もまだ倒し切れてないし」
「せめてウィルって呼んでくれると嬉しいな」
人の話を聞いているのかどうかわからない智巳である。
いずれにしても智巳も凛那も別にU・S・ドラグナーをどうこうするつもりはないらしい。
麗佳に至っては復旧に協力しているのだからなおのことだ。
これで敵対というのは有り得ないだろう。
その行動が、逆に謎めいてしまっているとしか言いようがなかった。
再び、総責任者の執務室にて。
モニター内の変化を見つめながら、丈太郎がぼそりと呟く。
「時間稼ぎか……」
「確かに、わざわざ半壊させながら、修復のために東堂財閥が協力しているようですし」
そうアラステアも同意してくる。
半壊させながら、修復にも手を貸すとなると酷いマッチポンプである。
その矛盾はいったい何なのか?
麗佳がいまだアメリカの地にいることは間違いない。
航空機での移動となると如何に藤堂財閥でも隠しきれない以上、麗佳はアメリカから動けないのだ。
そうなると、アメリカにいてできるだけ何かを見つけられないように時間稼ぎを始めた可能性が考えられる。
麗佳自身を隠すということは有り得ない。
今まで彼女の生存すら五人の龍機兵は知らなかったのだから。
自分自身を隠すなら、じっとしていればいいだけなのだ。
それがわざわざ表に出てきて派手なデモンストレーションを行ったと考えると、予想できる答えは一つしかない。
「お嬢ぁエキドナを匿ってる可能性がある」
「……そう考えるのが一番妥当ですね。そうなると完全に我らの敵になったということに……」
「お嬢自身がそう思ってるのかどうかぁわからねぇがな」
正直に言えば、自分たちが助けようとしていたころの純粋さを失っていてほしくないからこそ出た言葉だ。
しかし、何故か、失ってはいないのではないかとも思える。
そうでなければ、智巳や凛那のような友人ができているはずがない。
その優しい心を失わないままに、エキドナを匿っているとしたら何故なのか?
「エキドナに操られてるたぁ思いたくねぇな」
「そもそもエキドナがどういう存在なのかも我々にはわかっていません。もう少し伝承を調べますか?」
「……そうだな。ただ調べるだけじゃ足んねぇ」
「どういうことです」
「伝承同士の影響も調べる必要があるかぁしんねぇ」
伝承とは人が伝えるものだ。
そうなると伝えた人の思惑が込められる。
そこに善意が込められることもあれば、悪意が込められることもある。
それは真実を覆い隠す厚いヴェールとなってしまう。
「だからだ。それぞれの伝承の伝わり方ぁ調べんぞ。俺たちゃぁ絶対何か見落としてる」
「確信があるのですか?」
「……あぁ」
そう答えた丈太郎の表情には影が差していた。
智巳と凛那の姿が見えなくなったころ、一人の青年がウィルフレッドとロドニーに寄ってきた。
「帰してよかったんですか?」
「ルイスか」
声をかけてきたのは、まだ若い白人の青年。だが、U・S・ドラグナー海戦隊で隊長を務めるほどの力を持つ。
ウィルフレッドより少しだけ早く伝承竜『リヴァイアサン』の力を手に入れており、その力は折り紙つきだ。
もっとも、思慮深く真面目というか、真面目すぎるので陽気なウィルには堅物扱いされている。
「魔王種の手がかりなのでは?」
「捕らえろという指示は受けていない」
「指示がなければ何もしなくていいということはないと思いますが……」
ロドニーの淡白すぎる答えに呆れた顔を見せるルイス。
そこに、ウィルフレッドが口を挟んできた。
「何です?」
「ガールハントってのは、向こうにまた会いたい、また来たいって思わせることが重要さ。クールガールはまた来る気満々だぜ。ちゃんと捕まえてるさ」
「ナンパの話はしてませんよ」
ウィルフレッドの言葉には呆れているというより、少しばかり蔑んでいるような表情になるルイス。
「相手は私たちの敵である魔王種の仲間でしょう。押さえられるならば押さえておくべきと思いますが」
「レディはネストを襲ったとき、手加減してたぜ」
「えっ?」
「レディが本気だったら此処は壊滅してた。俺にはレディは敵とは思えないね。まあ、胸のサイズ的にはちょっと物足りないがいい子だよ」
「その評価はどうかと思うぞ。もし聞かれてたら命はないかもしれんな」
「怖いこと言うなよ」
苦笑いを見せるウィルフレッドに対し、ロドニーは肩を竦める。
そして作業に戻ろうと言ってネストの中に戻っていく。
ルイスは一つため息をつき、後をついていくのだった。
数日後。
日本、旧東京都お台場、若洲海浜公園付近にて。
襲いかかってくる古竜の群れを戦闘部隊が撃退していた。
その中には、鈴とライラの姿もある。
「受け取ってくださいっ!」
策敵に集中している鈴が隠れている古竜をすべて見つけ出し、その情報を戦闘部隊にばら撒くと、すぐに成竜体の龍機兵たちが古竜の身体を砕いていく。
そして、攻撃している龍機兵の中にはピストルを構えるライラの姿もある。
「喰らえッ!」
それほど連射が利かないので、一発一発確実に仕留めていく。
例え群れの数が多いとしても一匹ずつ確実に破壊していくことで、数は減っていき、その分だけ他の仲間たちが楽になる。
二人とも確実に部隊の力になっていた。
そんな中。
少し離れたところで、鮮血のように赤い色の竜が豪快に右腕を振ると、海の中から無数の火柱が上がる。
それだけで数十匹の竜が一瞬で砕け散った。
今のところ、真っ青な竜と並んでトップの撃墜数を誇る『赤の竜』こと諒兵。
しかし、その荒っぽい戦い方を見て、鈴は何だか諒兵が苛立っているように感じられた。
(……どうしたんだろ?)
ここのところ何か考えている様子だったが、最近は特に塞ぎ込んでいるような雰囲気を感じてしまう。
それなのに、何を聞いてもまともに答えてくれなかった。
そんなことを考えていると、龍玉を通じて叱責が飛んでくる。
(リンっ!)
(あっ、ゴメンっ、すぐに探すからっ!)
(いや、もう終わる。それより最近のリョウヘイは少しおかしくないか?)
(うん、私もそう思う……。終わったら話したいんだけどいい?)
(わかった)
ライラの声にそう答えた鈴だが、不安な気持ちを抑えることができないでいた。
戦闘後。
「あれ?諒兵どこ行くの?」
「散歩」
「食事はどうするのだ?」
「弁当持ってきた」
鈴やライラの問いにそう答えた諒兵は、二人からすぐに離れていく。
確かにその手には随分とでかい弁当箱があるので、食事は問題ないのだろうが、以前以上に周りと距離を取っているように感じて仕方がない。
こういうとき、やっぱり諒兵の兄貴分の丈太郎がいてくれるといろいろと相談できるのだが、今はアメリカで時差の関係もあり、なかなか声がかけられない。
「……ライラ、アメリカの昼間って何時くらいになるかな?」
「ロサンゼルスなら時差は十六時間だ。今、昼の十一時だから、向こうは夜の七時。ドクターはまだ起きているかもしれないぞ?」
最後にそう付け加えたのは、鈴の言いたいことがライラにはすぐわかったからだ。
今の諒兵に何処となく妙な不安感を覚えているのはライラも同じで、でも、何を言えばいいのか、何をすればいいのかわからない。
そうなると、やはり聞ける相手は一人しかいない。
ちなみに日本とロサンゼルスの時差は日本のほうが十六時間進んでいるという計算になる。
つまり日本から見ると前日の午後七時ということになる。
確かに、特に丈太郎のような人間が眠っている時間ではないだろう。
偏見があるような気がしないでもないが。
「そっか。ちょっとムリヤリでも声かけてみようかな」
「いいのか?」
「何かヤだ。このままじゃ……」
それは単なる勘に過ぎないのだが、それでも鈴としてはこのまま何も行動しないでいることはできない。
「そうか。できれば私も話したいし同席しよう」
「どうかしたの?」
「ドクターに確かめたいことがあるんだ」
そう呟いたライラの瞳はある一点を見つめていた。




