11話「神と人と『赤の竜』」
アメリカ合衆国。
ドラゴンズ・ネスト、訓練場跡地。
「相変わらずすばしっこいなクールガールッ!」
「さすがにファフニールの拳は受けられないから」
「ファフナーって呼んでくれッ!」
細かいところに拘るウィルフレッドである。
それはともかくとして、智巳はウィルフレッドの拳をひたすら避けつつ、攻め入る隙を探していた。
対して、ウィルフレッドはラッシュでその隙を与えないようにしている。
自分と違い、アクロバティックに飛び回る智巳の手には、ナイフが握られている。
懐に飛び込まれるとそのナイフを避けきれないからだ。
別にそれを卑怯とは思わない。
その動きがナイフを持つことで完成すると思えるほど洗練されているからだ。
それがどういう意味なのか、見つめるロドニーには理解できる。
「……スラムの出か。ウィルにとっては懐かしいタイプの相手だな」
智巳の戦い方を見て、ロドニーはそう判断する。
かなり素直だが、基本的には貧民街で食い詰めているような人間の戦い方、つまりはケンカ殺法だ。
ロドニーも決して裕福な家庭の出ではないので、智巳の戦い方には懐かしさを感じる。
ただ、あそこまで洗練されれば、ケンカ殺法も一級品になりうると理解できる。
竜を相手に戦い続けてきて磨き抜いたのだろう。
「うちの部隊に欲しいくらいだな」
そう苦笑しつつも、ロドニーは視線を外さない。
その視界の内にもう一人、つまり凛那を捉え続ける。
先ほどの言葉が本当なら、凛那が戦えばかなりの被害が出ることになる。
念のため、アラステアには龍玉をつなげて伝えているが、それでも彼女が戦うことにならないように意識する。
(何せ、日本の伝承の中で最強クラスの毒竜だそうだからな……)
アラステアを通じて、丈太郎が与えてきた与えてきた情報を信じるならば、『ラプシオヤウ』は突進型のウィルフレッドでは相手にならない。
ゆえに、決して視線を外さないようにしていた。
苺のショートケーキを嬉しそうに頬張りながら、エキドナは説明し始める。
頬にクリームがついてさえいなければ、綺麗な女神と言ってもいいのにと麗佳は何故か悲しくなった。
「あなたが『竜の血』を創った理由は、食物連鎖の中に人を引きずり込むためというのは聞いたわ」
『はい。その認識で間違いありませんわ』
エキドナはそもそも、今後、人が増えすぎると人が暮らしやすい世界を作ろうとして、自然からの大きな反発を招き、人自身が滅びると考えた。
つまり自滅である。
実際、その兆候は現代世界でも散見され始めている。
人が関わることで、絶滅に瀕したり、異常繁殖している生物がいる。
その結果、人を脅かしてしまう。
人の滅びはとっくに始まっていて、ただゆっくりと進行していたために気づかなかっただけなのだとエキドナは語る。
「それは否定できないわね。私は本来は淘汰される側の人間だったし」
『麗佳が死ぬべきだったとは思いませんわ。ただ、それは仕方のないことでもあると思うのです』
「人という種としては、より強い固体が子孫を残していくべき。確かにそのほうが自然といえるわね」
『私は弱い固体を守るなとは言いませんわ。それは人の心として良きものですから』
ただ、何処かでバランスを取っていかないと、種全体が滅ぶとエキドナは考えているのである。
では、何故、人は増えたのか。
それは人の天敵がいないからだ。
地球上のすべての生物は、互いに食われ合うことでバランスを保っている。
『あなた方が『飢餓状態』と呼ぶ状態も、単に空腹の生物の行動と変わりませんわ』
「まあ、お腹を空かせた熊や鮫が人を襲ったりすることを考えれば、確かにたいして変わらないわね」
生命は生命を食べて生き永らえる。
それは当たり前のことであって、異常なことではない。
だが、人には心があるために、人が喰われるということを異常と捉えるとエキドナは語る。
心があることを否定はしないが、いい面ばかりではなく悪い面もある。
そのことを理解せず、自分たちで種としてのバランスを取らず、過剰なほど繁殖してしまっている。
そんな人という種が絶滅したらどうなるか。
人の絶滅は多数の種を巻き込むことになるはずだとエキドナは説明してきた。
下手をすれば、星が滅ぶほどの。
『絶滅ではなく破滅です。種が絶えるのではなく、世界が滅ぶ。それは誰も望んでいないはずですわ』
「そうね。あなたの考えは極端だとは思うけれど、間違っているとも言い切れない。これは私の本心よ」
『そう言っていただけると嬉しいですわ』
極端ではあるが、間違いではない。
それは折り合いをつけられるところがあるという意味にもなる。
エキドナは『竜の血』を創った理由から、今の考えを改めるつもりはないが、相手の言葉を受け止められないほど狭量でもない。
むしろ、丈太郎たち五人が、エキドナの考えを受け入れられるかどうかが問題なのかもしれない。
「先生たちとしては、今の状況は受け入れにくいでしょうし」
『いずれは、私の願いだけでも納得していただけるといいのですけれど……』
と、エキドナは悲しそうな表情を見せる。
エキドナ自身、龍機兵たちを敵と見做してはいなかった。
むしろ、自分が創り出した『竜の血』によって力を得た者たちは、自分にとって子どものようなものらしい。
そういう意味では、エキドナは確かに母なる者と言える。
その点で見れば、話し合う余地はあるのだ。
それはエキドナのお姉様も同じだったという。
「つまり?」
『間違いではないけれど極端すぎる。麗佳と同じ言葉をいただきましたわ』
「なるほど、話し合う余地は持っていたのね。それで、その『お姉様』というのは、やはり地母神として伝わっているのかしら?」
『伝承では私の祖母になっていたり、逆に怪物にさせられてしまったりと散々な目にあっていますわね。お姉様は優しくてとても綺麗な人ですのに』
「随分な扱いね。しかも怪物って、神として伝えられていないというの?」
『本当に泥まみれにされたかのように、本来のお姉様とは正反対の存在にされていますわ』
「名前は?」
『それが、私の記憶からも削られていて思いだせないのですわ』
「そう……」
ただ、エキドナが創り出した『竜の血』を、其処から生まれた竜という存在をエキドナがお姉様と呼ぶ女性は認めようとしなかった。
『竜は危険すぎると仰っていましたわ。今のままで世界に解き放ってはならないと』
「先生たちに考え方が近いのね。でも世界には竜が解き放たれた。それはどうしてかしら?」
『ラドン。私が創った『竜の血』で生まれた最初の竜なのですが、その子をサンプルに一都市で研究が始まりました。それから少しずつ増えていったのですわ』
「研究はあなた一人でやっていたのではないの?」
『ラドンが生まれるまでは私一人で研究開発をしていましたが、ラドンが生まれたことで注目が集まったんですわ』
其処にさまざまな人間の思惑があったのは間違いないが、一番の命題は竜を自然の一部として組み込むことだったという。
「種を滅ぼす兵器では意味がないものね」
『もちろんですわ。世界のバランスを取って星全体を守るために生み出したものですから。ただ、計算外があったのです』
「計算外?」
『伝承によって異常なまでに強い竜が生まれるようになりました。『赤の竜』ほどではないのですけれど』
それが伝承竜だとエキドナは語る。
本来なら、爪と牙を持ち、空を飛ぶくらいが竜の力だ、と。
「古竜こそが竜本来の姿……」
『はい。あなた方が『古竜』と呼ぶ者たちが私が創り出した『竜の血』で生まれた竜です。ただ、その中に突然変異的に強力な竜『伝承竜』が生まれました』
自然を操る力などエキドナは『竜の血』に与えていなかったという。
そうなれば確かに伝承竜の存在はおかしいことになる。
それはつまり。
「人の伝承が計算外だったということ?」
『人の伝承を、竜が己の力としたことが計算外だったんですわ』
機械的に作られたものとはいえ、竜はあくまで自然界の一部になるはずだった。
それなのに人の伝承を力とすることで、自然界から外れてしまったバケモノが生まれた。
『それが、私とお姉様が戦うことになった理由ですわ』
「つまりお姉様とやらは、伝承竜も含めて危険性を含むすべての竜を滅ぼそうとしたのね?」
『はい。でも、私は計算外は修正できる範囲のものと考えましたわ。その食い違いが……』
エキドナ、そしてお姉様自身が竜となってまで戦うことになってしまったのだという。
では何故、エキドナはあの場所で眠っていたのか。
それは単に仮死状態になったというわけではないらしい。
『お姉様は、私を殺せなかった。石にすることが精一杯だったのですわ』
エキドナのお姉様はエキドナと敵対した。
最初は自分の力だけではあったが、途中からは苛烈なほど強い意志で、竜を滅ぼそうとしていたという。
その果てに生まれたのが……。
「あの、『赤の竜』……」
『はい、サタン、憤怒の化身、そう呼ばれる存在ですわ』
すべての竜を滅ぼそうとする『赤の竜』を、エキドナは放っておくことができなかった。
強大な力を持つたった一匹を、すべての竜の力を結集して迎え撃った。
そのとき、もっとも力となってくれた四匹の竜。
そのうちの一人が羨望の化身、オロチ型・魔王種アシュタルテ。
「つまり『私』というわけね」と、麗佳がため息混じりに呟く。
『誤解しないでくださいまし。伝承で捻じ曲げられてしまいましたけど、みんないい子たちでしたわ』
みんなが同じであるように。
みんなが苦しまないように。
みんなが欲しいものを手にいられるように。
みんなが穏やかでいられるように。
『そんな心を持った四人の子が、頑張って力を貸してくれましたわ。憤怒の化身、何もかも破壊するという殺意の塊と化した竜を』
其処までのモノを生み出したのだから、エキドナはお姉様が自分を憎んでいると思っていた。
だが、そうではなかった。
エキドナがお姉様の眼に捉えられてしまったとき、お姉様の目からは涙が溢れていたのだ。
エキドナが石と化してしまったとき、最後に見たのがその姿。
「つまり、あなたはエネルギー切れではなくて、お姉様に強制的に仮死状態にさせられたということ?」
『それがお姉様の力なのですわ。わかりやすく言えば石化ですわね』
「その状態で、あの場所に安置されたということなのかしら?」
『はい。だから、きっと理由があるのですわ。お姉様も竜となってまで私たちと戦っていたのに、私を殺させはしなかったのですもの』
確かに、エキドナの話を聞くと、お姉様とやらは深い事情ゆえにエキドナと戦っていたことがわかる。
ただ、エキドナ自身はそれが何なのかわからない。
石と化して何千年を経た今でも、それがわからないことが悲しく、そして辛いという。
『私は、お姉様が何を思い悩んでいたのか知りたいのです。ただ、『赤の竜』は捨て置けません。アレは滅ぼさなくてはなりませんわ』
「先生のお身内だから、あまりそうしたくはないのだけれど……」
『アレはウィルスでありバグです。在っても害しか為しませんわ』
『竜の血』が正しく機能していれば、本来は在り得ず、必要のない存在が『赤の竜』であったとエキドナは説明する。
その機能が、エキドナのお姉様が生み出したウィルスによってバグを起こした。
そのバグが、竜を滅ぼす力。
『あんな力がなくても、竜は自然界の連鎖に組み込まれるはずなんです』
「そのためには『竜の血』のプログラムを見直す必要はあるのでしょう?」
『もちろんそのつもりですわ。麗佳の先生たちもそうするつもりなのでしょう?私は協力は惜しみませんわ』
エキドナは、その心内はむしろ丈太郎たちの味方である。
彼らの未来のためにも、自分の力を出し惜しみするつもりなどなく、『竜の血』のプログラムの修正に協力する考えなのだ。
『ですが、今のままでは私の言葉は麗佳の先生たちの耳に届かないのでしょう?』
「そうね。特に伝承竜が厄介なのよ。力がありすぎるのだもの」
『強い意志を持つ人が伝承竜の力を抑えているのは、ある意味では正しい対応ですわ。ただ根本的ではありませんわね』
「そこね、竜が人を喰うことに関しては納得してもらうしかないわ。でも、竜の持つ大きすぎる力は抑えなければならない。そうなると伝承竜が生まれた計算外の原因を突き止める必要があるわ」
それがなんなのかをこちらで見い出すか、もしくは丈太郎たちに気づかせる必要がある。
できるならば彼らと共に在りたいと願う麗佳としては、どうやってこちらの、特にエキドナの意志を伝えようかと悩むのだった。
一方、諒兵の夢の中でメーちゃんもエキドナが麗佳に語ったこととほぼ同様の話をしていた。
その話を聞いて、諒兵はだいぶ冷静になった。
ただ疑問も残る。
竜は龍玉で復活することを考えても、ほとんど不死だ。
今度は人ではなく竜が食物連鎖から外れてしまっているのではないか。
そう考えることは間違いではあるまい。
新たに不死の存在を作ってしまったら、本末転倒もいいところだ。
『本来、仮死状態の竜は他の生命体の攻撃で砕けます。砕けた身体と『竜の血』は土に還るんです』
「あ?」
『其処に関してはちゃんとエキドナも考えていましたよ。だから仮死状態、つまり機能停止後にどうなるかまで考えて創られてます。それに……』
「それに?」
『竜は不老でも不死でもありません。むしろ伝承と異なりかなり短命です。人の寿命とほぼ同じですから』
エネルギーを取り続けていても、約七~八十年ほどで龍玉は機能停止するのだという。
そうなると身体を維持できなくなるため、やはり土に還る。
其処から復活するには数百年の時を必要とする上に、元の記憶は残らない。
つまり復活というより、別個体として再生するというべきなのである。
それならば、不老不死とは言えないだろう。
異常なまでに強いだけだ。
其処まで考えて、諒兵はある矛盾に気づく。
「おかしかねえか?」
『はい?』
「今の話だと、エキドナも龍玉だけのはずだろ。何であいつの身体は残ってたんだよ?」
『それは……』とメーちゃんは言いよどむ。
どうやら、自分の言葉は確信をついたらしいと気づいた諒兵は必死に言葉を探している様子のメーちゃんを問い詰める。
自分の『敵』を知るために。
「俺の敵は、俺が倒さなきゃなんねえのはエキドナじゃねえんだな?」
『はい……。先ほども言いましたけど、『赤の竜』はエキドナが創った『竜の血』に私がプログラムしたウィルスを混入させたことで生まれました』
「其処だな。何でウィルスを混入させた?」
『エキドナが創った『竜の血』を強大な力と永遠に近い命を持たせた兵器に変えてしまった者がいます。私は兵器となってしまった竜に対抗するために『赤の竜』を生み出しました。竜を殺せる竜として。それがあの白い火です』
ただ、それがエキドナの目的にも反してしまったため、『赤の竜』はすべての竜の敵になってしまったのだ。
ゆえにエキドナは『赤の竜』を敵視しているのである。
なお、メーちゃんは『赤の竜』を生み出すために無理をして『竜の血』にウィルスを流し込んだため、今の異常な目の色になってしまったらしい。
もっとも、そのために竜の力を持っていてもエキドナの干渉は受け付けないらしいが。
「俺もか?」
『はい。そのためのウィルスでもあったんです。『赤の竜』となったあなたはエキドナの干渉は受け付けません』
ただ、そのために諒兵はある意味では特別になってしまっている。
『だから、あなたには私の声が聞こえます。私にとっては息子のようなものですから』
「創ったもん受け取っただけで母親ヅラかよ」
『それなら恋人になりましょうか?』
「待てコラ」
『遠慮なさらず。あなたの一番のパートナーは私です。……いい響き♪子どもは何人作りましょうか?血はつながってませんし、ヤリまくっても問題ないです♪』
すこんっと諒兵は妄想してるのか暴走してるのかわからないメーちゃんの頭を小突く。
「マジメに話せ」
『うう、いけずなんですから』
怒られたのが効いたのか、メーちゃんはマジメな顔になった。
わりとダメっぽいところにかなり不安になった諒兵である。




