表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤の竜―Dragon of Wrath―  作者: 枯田
「歪む真実の赤の竜」
PR
37/94

7話「人と竜と伝承の交わる地」

諒兵は鈴、そしてライラと共に食堂で休憩をしていた。

鈴やライラが良く誘うため、そこには冬子の姿もあり、冬子の甥である夏樹も一緒になってお菓子を食べていた。

そこに珍しい客が来た。

必要なとき以外で来ることは滅多にないからだ。

もっとも、諒兵も誘われない限り来る気はないので、考え方はその珍客に近いのだが。

「七年前?」

「蛮場博士がトルコ共和国に旅行に行かれたことがあったんですが、当時のことを何か覚えていませんか?」

珍客とは誠吾。

そして彼は冬子に話があったらしい。

その様子から自分が聞いたことに関わりあるのだろうと諒兵は察していた。

「アタシゃ行ってないよ」

「いえ、旅行の前後のことです」

「まあ、それなら……。確かにあのときのことは良く覚えてるし。ちょっと待ってておくれ」

何故か、冬子は夏樹を控え室のほうへと連れて行く。

夏樹は少し駄々をこねたが、仕事の話だからと冬子はなだめていた。

その様子を眺めながら。

「井波の旦那。俺たちもいねえほうがいいのか?」

「特別な話なのだろうか?」

「冬子さん、蛮兄に気が……」

「いてもいいよ。蛮場博士がいつごろ何処で『竜の血』を発見したのか推測するための情報を集めてるんだ。あと、鈴川さんヘンな誤解しないでね」

最後の一言に関しては一番真剣な表情で語るあたり、本気で誤解されたくないらしい。

それはともかく、丈太郎が『竜の血』をいつ何処で見つけたかとなると、鈴やライラも興味がある。

それは、今の時代のすべての始まりだからだ。

「それで……」

と、そこで誠吾は言葉を切り、チラリと視線を諒兵に向ける。

それで察した諒兵は小さく肯いた。

「元々、日野君に聞かれて僕も興味を持ったんだよ」

「へ?」

「ああ。兄貴に聞こうと思ったけどよ。その前にアメリカ行かれちまったし、向こうじゃ忙しいみてえだからな。井波の旦那や副長に聞いてみたんだよ」

「僕たちも知らなかったからね。それが調べるきっかけかな」

そんな話をしていると、ようやく冬子が戻ってくる。

夏樹は随分と駄々をこねたらしい。

冬子を取られるとでも思っているようだ。

一仕事終えたかのようなため息をつくと、紅茶を飲んでから話し始める。

「きっかけからがいいかい?」

「はい。少しでも情報が欲しいので」

そう答えた誠吾に肯くと、少し考え込むような仕草を見せ、冬子は口を開いた。

「元々はテレビで特集か何かを見たらしい姉さんが行きたがったんだ。蛮場は興味がないみたいだったよ」

「冬子さんのお姉さんって……」と、鈴が聞き辛そうに呟く。

「まあ、一言で言えば夏樹の母親で蛮場の元恋人さね。その頃はまだ付き合ってたんだ」

今はもういない。

竜に喰われてしまったのだから。

それを今さら蒸し返す気もない冬子だった。

「しかし、言い出したのは蛮場博士ではなかったんですか?」

「蛮場は医療用のナノマシン関係の研究漬けだったから、外国どころか旅行自体興味がない感じだったねえ」

これは意外だと誠吾は思う。

てっきり、丈太郎が何らかの情報を得て、トルコへと赴いたのだと思っていたからだ。

これでは前提がまったく違うことになる。

「では何故、蛮場博士は行くことにしたんでしょう?」

「いやね、アタシの姉さんは右脚が動かなくなってから、旅行はおろか外出すること自体、好きじゃなかったんだ。そんな姉さんが行きたがってくれたからさ」

「冬子さんも口添えしたの?」

「まあね」と、苦笑いを見せる冬子に、問いかけた鈴は納得する。

確かに、普段、家にこもりがちだった人間が行きたがるとなれば、いい機会だと思うのは当然だろう。

「せっかくだし、連れ出してくれって言ったのさ。で、姉さんもどうしても行きたいって言うし、まあ、蛮場が折れたってのが旅行のきっかけだね」

「兄貴はホントに行きたくなかったんだな」と、諒兵。

「どうせ旅行するなら、せめて姉さんの右脚が動くようになってからって思ってたらしいよ」

「ドクターはオカミの姉君を気遣ってたのか……」

「アイツは気遣いの仕方が下手なんだよ。だから……いや、そういえばヘンだね」

ライラの言葉に苦笑いを見せていた冬子だが、途中で何かに気づいたような表情になる。

「どうかしましたか?」と、誠吾。

「うん、まずは旅行の話をしとくよ。決まってからはさすがに蛮場もしっかり計画立ててから出発したよ。姉さんと一緒に十日くらいだったかな」

「なげえな」

「トルコは日本から飛行機で半日かかるんだよ。それを含めてるのさ」

「うわお。それじゃけっこう気合い入れた旅行になったのね」

実際、トルコ最大の都市であるイスタンブールまで約十三時間ほどだと言われているので、移動だけで一日がかりだろう。

ちなみにイスタンブールは最大の都市であって、首都ではなかったりする。

「実際、観光のためのスケジュールとかも調べてくれたしね。行くなら行くで姉さんを喜ばせようとしてくれてたよ」

冬子に言わせれば気遣いは下手なのだろうが、それでも丈太郎なりに頑張ってはいたらしい。

妙に微笑ましく感じてしまう一同である。

「それで、どうだったのだ?」と、ライラ。

「水が合わなかったみたいでね。だいたい四日目くらいで姉さんはお腹を壊して寝込んじまったそうだ」

「あー、よく言うもんね。外国に行くときは飲み水に気をつけるようにって」

慣れない土地の食べ物、飲み物が身体に合わないことはよくある。

特に水道水はむしろ飲める国のほうがはるかに少ない。

日本はその数少ない国の一つで、厳しい管理の下で作られた水道水に慣れていると、お腹を壊してしまうことはよくあるのだ。

「残りの六日間、そのままだったんですか?」

「いや、六日目で治って、あとは観光してたそうだよ。ただ……」

「ただ?」

「五日目に姉さんにどうしても見て来てほしいって言われてた場所に蛮場は一人で向かったらしい。スケジュール的に厳しかったから、その日を外すことはできなかったそうだ」

男女で旅行に来て、女性を置いていくことに丈太郎はダメだと言い張ったそうだが、そこに行かなければ来た意味がないとまで姉は言ったと冬子は語る。

だが、丈太郎としては外国に来るだけでも大進歩だから、またいずれ来ようと必死に説得したらしい。

しかし、どうしてもといって聞かなかったという。

さすがに諒兵もそんな話を聞いて呆れてしまう。

「兄貴たちはまさか一度の旅行でその国中を回ろうとしてたのか?」

「いや、イスタンブールから首都アンカラといった大都市と観光地中心に回ってたんだよ」

「トルコの観光地っていうと……」と、鈴が頭を捻っていると、ライラが助け舟を出してきた。

「有名なのは『カッパドキア』だな。紀元前から其処には都市があったと言われている。国立公園と共に世界遺産に登録された岩石遺跡群があるぞ」


『ギョレメ国立公園およびカッパドキアの岩石遺跡群』

トルコ共和国の首都アンカラの南東に位置し、国土のほぼ中心に位置する奇岩の多い岩石遺跡群のある場所である。

ライラの言うとおり、世界遺産にも登録されたトルコの有名な観光地で、外国人観光客も数多いという。

その歴史は紀元前六世紀後半にまで遡るという。

この時代から、ざっと二千七百年近く過去ということになる。

もっともそれはあったといわれているというだけで、実際にはさらに古くからあった可能性もある。

人は歴史を資料でしか知ることはできないのだ。

隠された真実を知るのは至難の業なのである。


「……姉さんが寝込んじまったのが、其処を観光するときだよ」

「えっ?」

「だから仕方なくカッパドキアの観光は蛮場一人で行ったそうだよ。地下都市とかいろいろ見て来たらしい。蛮場もそこのことだけは興奮気味に話してたよ」

そういって呆れたように冬子は肩を竦める。

一人で楽しんできたというつもりはなく、其処に行けなかった冬子の姉に見てきたものを伝えるためだったと言ったらしいが。

「その後は大都市を回って十日目に帰ってきたんだよ」

「そうですか……」と、誠吾は思案するような表情になるが、冬子の話はまだ終わってなかった。

「さっきヘンだと感じたのはそこなんだ」

「……何かあったんかよ?」

「姉さんはトルコに旅行に行ったことを帰ってきて二日後には忘れてたんだ。夢を見てたみたいだって言ってたよ」

「えっ、早過ぎませんっ?!」

「そうさ、早過ぎるんだよ。試しに蛮場に聞いてみたら、そりゃもう詳しく説明してくれたよ」

如何に丈太郎の記憶力が良かったとしても差が有り過ぎるのだ。

冬子の姉とて記憶力が悪いわけではなかった。

それなのに写真を見てもどんな感じだったか思い出せないと言っていたと冬子は語る。

「まるで蛮場と一緒に行ったのが、姉さんじゃなかったみたいにね」

「いくら何でも、それは……」と誠吾が言葉に詰まる。

皆まで言わなくても、冬子はそれで理解していた。

「アタシもそこまで馬鹿じゃないつもりさ。蛮場が『竜の血』を見つける時があったとしたら、その時だ」

「トルコのカッパドキアと言いたいのかオカミ?」

「それが一番考えられるんじゃないのかい?ついでだから言っとくけど、トルコに行った後から蛮場は研究に没頭するようになった。同時に姉さんは蛮場と距離を取り始めた。まるで『役目』が終わったみたいにね」

冬子は、自分の姉が丈太郎から離れていったのは、研究に没頭しすぎた丈太郎の責任だと思っていた。

しかし、思い返すとあまりにも自然に、だからこそ酷く不自然に離れていったような気がする。

姉は何かから解放されたように、義理の兄となった男性に惹かれていった。

心の奥底で丈太郎への想いを秘めていた冬子は、それを疑問に感じなかったが、姉がその感情の変遷にほとんど抵抗しなかったことがおかしいと今は思う。

逆に丈太郎と自分の姉が付き合っていたこと自体が実は不自然な流れだったのかもしれない。

其処から解放されたことで、姉は普通に戻っていったのかもしれない、と。

ただ、誰が、否、『何』がそうしたのかはわからないが、冬子の姉を利用した何かが丈太郎を『その場所』まで導き、彼はあるモノを発見した。

そして、丈太郎は自分が手にしたモノの研究に没頭し始める。

誰かが目覚めさせてくれるのを待っていただろう、そのモノ。

すなわち『竜の血』の研究に。

「蛮場博士は、利用されたということですか?」

「アイツもある意味じゃ被害者だよ。竜を解き放つために『何』かに利用されたような気がするね」


「だったら『竜の血』を作ったヤツじゃねえのか?」


諒兵の言葉に、その場にいた誰もが一斉に視線を向ける。

それはある意味では当然の答えで、しかし、誰もが目を向けなかった部分だったからだ。

「おかしかねえだろ?兄貴は竜は『古代兵器』っつってたぜ。作ったヤツがいるってよ」

「作ったって……誰が?」

「知るかよ」

鈴の言葉にあっさりそう答えるあたり、細かいところまで考えたりはしない諒兵だった。

要するに、単に思いつきを言ったに過ぎないのだが、ただ、その思いつきはいわば盲点と言うべきところを突いてきている。

「そうだ。蛮場博士は『発見者』だ。発明者じゃない。作った者は別にいる」

今まで考えもしなかったが、東堂財閥に集められたうちの五人の科学者、すなわち五人の龍機兵はあくまで既に創られていた『竜の血』の研究者たちだ。

彼らが創り出したわけではないのだ。

ならば、創造者とも言える者が丈太郎を『竜の血』の復活のために利用したと考えることはおかしくはない。

しかし、そこにライラが異を唱える。

「考え方としては面白いが無理があるぞ」

「何がだよ?」

「古代兵器を作った人間が、今の時代に生きていなければならなくなる」

「そういやそうか」

ライラの指摘に諒兵は素直に納得した。

確かに、どれほど前からあるのかはわからないが、竜の伝承を考えると数千年単位の昔になる。

そんな時代から生きている人はいないだろう。

しかし。

「仮死状態なら有り得るんだ」と誠吾が口を開いた。

まさか、肯定してくる者がいるとは思わず、全員が目を見開いてしまう。

「数千年、仮死状態のままだってのかい?」

「はい。『飢餓状態』には先があるんです」

「空腹の果てに生物の血を求める。その先があるのか?」

「うん。飢餓状態になっても生物の血を呑むことができないと『竜の血』は凝結するんだ。すべて凝結してしまうと動けなくなってしまうんだよ」

それがいわば『仮死状態』だと誠吾は説明した。

まったく動けず、血を与えられるまで復活できない。

さらに、竜のものではなくても強力な攻撃には耐えられない。

龍玉はともかく、竜としての身体は破壊されてしまう非常に脆い状態なのだ。

だが、その状態で攻撃を受けなければ何千年でもそのままだという。

「蛮場博士を呼んだのが、仮死状態の竜であった可能性は否定できない。そしてそう考えるなら、その竜は自分自身の復活を望んでいたはずだ。蛮場博士が自分に遭遇するように導いた可能性がある」

「そう言えば、蛮兄、前に凝結してた『竜の血』を見つけたって言ってた。それって……」

「仮死状態の竜の身体を見つけたということか?」

「可能性はあるね。そして鱗が剥がれたりして『竜の血』が露出していたのかもしれない。いずれにしても蛮場博士はカッパドキアで竜に出会ったはずだ」

丈太郎が出会った何かを竜と認識していたのかどうかはわからない。

ただの彫像か何かだと思ったのかもしれない。

しかし、出会ったモノは竜であるはずだ。

丈太郎は『竜の血』を日本に持ち帰ってきたのだから。

「しかしどうする?蛮場を問い質すかい?」

「いえ、王老師やバンブリッジ卿、クレンコフ教授に話して調べてもらいましょう。蛮場博士はと、ドラゴンズ・ネストの立て直しに集中してもらいます」

一瞬、東堂麗佳と言いそうになって、すぐに言い直した誠吾である。

さすがにこの場にいる女三人の前で出せる名ではないからだ。

「なら、この話はここで一区切りだね。しかし、仮死状態にはアンタらもなっちまうのかい?」と、冬子が当然の疑問を口にする。

竜の力を得た人である龍機兵も飢餓状態になる。

当然、その先もあるはずで、考え方によっては不老不死に値するのではないかと考えられる。

だが、誠吾は否定してきた。

「仮死状態まで行ってしまったら、其処にいるのは僕らじゃないんですよ」

「えっ?」と声を漏らしたのは鈴。

「完全に竜になっているはずですから。人としての意識はないと思います」

仮死状態になり得るのは竜であって、龍機兵ではない。

人としての心を失い、人や生物を襲うバケモノになっているだけだ。

姿も戻れなくなっているはずだという。

「僕らのこの姿は人の心そのもの。この姿になれなくなったなら、それは僕らの死になります」

実は龍機兵の場合、外見は変化する。年を重ねれば、外見も年を取る。

成長も老化もあるのだ。

それは心の成長であり、心の老いであり、そして心の死。

心の在り様に外見が引きずられていくのだ。

竜の身体が残ったとしても、それはもはや龍機兵ではないのだと誠吾は説明する。

「人間は永遠を生きることはできないんですよ」

「喜んでいいのかねえ……」

少なくとも、丈太郎は自分と一緒に年を取るのだろうと思った冬子は複雑そうな表情を見せた。

とはいえ、不老不死は古くからの人の願いの一つだ。

「まあ、仮死状態はともかく永遠の命とか永遠の若さとか、そういうの欲しがる人いるよね」

「権力を手にした人間はそう考えてしまう者が多いな」

実際、鈴やライラの言葉どおり、不老不死を求めたという話は多い。

人にとって一番の恐怖は死ということなのだろう。

恵まれた者ほど、『今』がずっと続けばいいと願う。

それが叶ったことはないのだが。

「だらだら長々生きてもしょうがねえと思うけどな」

そう諒兵が呟く。

龍機兵として、竜の力を手にしたからこそ、無駄に長く生きることに意味がないことを諒兵は理解していた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ