5話「少年の疑問と大蛇の違和感」
丈太郎がアメリカへと旅立ったその日。
自主的に訓練を始めた鈴とライラには用事があると伝えて、諒兵は副隊長である義隆の執務室を訪れた。
兵団詰所で執務室を持っているのは、丈太郎と誠吾、そして義隆の三人だ。
事務的なことは一般人の職員が行っているため、事務室は一般人の住む建物にある。
対して、前述の三人は龍機兵であることから、執務室は龍機兵が棲む方に作られていた。
「どうした?」
「副長の旦那は、アメリカのこと何処まで聞いてんだ?」
そういって真剣な目をすると、ふむと一つ息をついて義隆は納得した様子になった。
「気づいているのか?」
「……こういうのは好きじゃねえけど、魔王種同士はわかるもんみてえだ。兄貴には昨日話した」
さらに、諒兵は麗佳の件については丈太郎から聞いたということを打ち明ける。
そして丈太郎が強く責任を感じているだろうと推測していると話した。
すると、義隆は一つため息をつく。
「其処まで知っているなら、隠しても仕方ないな。数日前に東堂麗佳の件が知らされてから、日本で調べてわかったことがある」
「何なんだ?」
「まず、現在の東堂財閥を牛耳っているのが東堂麗佳自身であることだ。竜の大襲撃までは彼女の祖父だったが、混乱を治めるために彼女が動いたらしい。龍機兵とまともに戦える一般人などおらんからな」
「支配したってことか」
「まだ十六歳ということで混乱を助長するかと思われたが、財閥トップとしての器量は祖父と同等だそうだ。とんでもない天才少女だよ」
逆に、麗佳が龍機兵になってしまった事件により彼女の両親は精神的に病んでしまったらしく、今は東堂家保有の居住区で隠居生活をしているという。
麗佳は両親を一気に飛び越したということだ。
「すげえな」
「自身も高い能力を持つが、もっとも優れているのは統括者としての器量だろう。有能な者を上手く配置し、十分な報酬を与えているから、今では文句も出ないらしい」
「龍機兵なのは知られてんのか?」
「それは一部の幹部クラスの者だけのようだ。さすがに一般人の中には龍機兵を恐れる者がいるからな」
また、実は龍機兵団は麗佳に逆らえる立場ではないという。
国を裏から動かして支えているのが、その東堂財閥で、けっこう無理も言っている龍機兵団を擁護しているのだと義隆は説明してきた。
「……敵じゃねえじゃねえか」
「そうだな。我々にとっては心強い味方だ。だが、我々にとっては、だ」
「あ?」
「先ほども話したが一般人が龍機兵を恐れるのは東堂財閥に関わる人間も同じだ。龍機兵がトップであることを快く思わん者もいる。そして、彼女の祖父に当たる人間はまだ健在だ」
「てめえの爺さんに疎まれてんのか?」
「正確には、その取り巻きだ。祖父自身との仲は比較的良好らしいが、一般人と我々の間の溝は大きいからな」
あくまで他に比べてということであって、麗佳は祖父から全面的に信頼されているわけではないのだという。
「だとすっと、取り巻き連中に命を狙われてるってことか?」
「そうだ。だが龍機兵を倒すすべを持つとしたら龍機兵くらいだ。そこで蛮場がアメリカに行くことになった」
麗佳を倒せば、今後も東堂財閥は兵団に協力するという。
もっともあくまでも強力なので、麗佳自身が後ろ盾になっている今の状況よりは苦しくなる可能性もあるが。
「昨日の話だけどよ。兄貴は刺し違えるつもりだぞ」
「……やはりか。蛮場は重荷を背負いすぎるな」
丈太郎自身としては、麗佳が『竜の血』を人に与え、龍機兵や竜を増やすことを何としても止めたい。
人喰いのバケモノを増やしたくないのだ。
だが、麗佳自身は『竜の血』を与え、龍機兵を増やそうとしている。
その麗佳を止めるためなら、丈太郎は命を捨てることを厭わないだろう。
東堂財閥の人間の依頼とは関係ないのだ。
龍機兵を増やそうとする麗佳を止め、できるならば人として生きるように、それが無理なら人としての死を与えようと丈太郎は考えた。
その丈太郎のいわば願いと、東堂財閥の人間の思惑が一致して、今回の渡米に至ったということだ。
「その女が血を撒いてるってのは間違いねぇのか?」
「それは間違いないみたいだ」
答えは後ろから聞こえてきた。
入ってきた人物はどうやら諒兵と義隆の会話の内容を推測したらしく、ため息をついていた。
「井波の旦那」
「その様子だと、日野君は気づいてるみたいだね」
「いろいろとな」と、諒兵は自分が知り得た情報を開示する。
もっとも丈太郎が麗佳と交わした約束だけは言わなかったが。
「止めなかったのかい?」
「止められるのかよ?」
諒兵の答えに、誠吾はため息をつく。
今の丈太郎を止められる人間はいないだろう。
まして男ならば。
男の矜持はつまらないくらいにちっぽけだが、それを守るためには命を懸けるしかない。
女にはわからない。
差別するわけではなく、現実と折り合いをつけられないのが、男という生き物なのかもしれない。
理想に縋って生きる。
その果てに倒れるか、何処までも走り続けられるかは運が決めるだけのものだった。
「問答をしていても仕方がない」
場を収めたのは義隆だった。
やはりこういうところでは人生経験がモノを言う。
「改めて説明するが、東堂麗佳は龍機兵の仲間を連れていた。各国のデータにはない少女だ」
「なるほどな。一人じゃなかったってことか」
「そうみたいだ。伝承竜の力を持っていたというし、実力はかなりのものだろうね」
「他にもいると見られている。最悪、東堂麗佳は独自の龍機兵の軍隊を持っている可能性もある」
「世界征服でもする気か、そいつは」
そう呆れた顔を見せる諒兵だが、実のところ麗佳なら単独でそれが可能だ。
無論のこと、五人の龍機兵たちが止めようとするだろうが、彼らがいなくなってしまったら止められなくなる。
彼女はただの龍機兵ではない。
魔王種としても、諒兵とは異なる。
「……経験か」
「正直、僕たちでは相手にならないだろう。何しろ、龍機兵として生きてきた時間は一番長い。自分の能力を熟知してる可能性がある」
「日野、蛮場がお前を置いていったのは保険の意味もあるんだ」
「あ?」
「経験に圧倒的な差があるが、それでも『淫果の蛇』に対抗できるのは『赤の竜』しか考えられんとさ」
自分が麗佳を止められなかったとき、次々と各国の龍機兵たちのリーダーが動く可能性がある。
そして彼らは麗佳に対して負い目がある。
倒される可能性が高いということだ。
「……重てえよ……」
そう、諒兵はぼそりと呟く。
どうやら誠吾や義隆には聞こえなかったらしく、聞き返してきた二人にこう答えた。
「兄貴の責任は兄貴が果たしゃいいんだよ。今、死なれんのは職務放棄もいいとこじゃねえか」
「そう、思うがな」
「そうだね。蛮場博士は生きて贖うべきだ。僕らを巻き込んだと思うのなら」
竜の襲撃によって失われたものは多い。
そしてすべてを失ったものは、龍機兵となってその復讐心を竜を倒す意志に変えて戦っている。
人を守るというより、竜を倒すことが目的なのだ。
だが、だからこそ。
「……僕らが守りたいモノを手に入れるのは、間違いじゃないと思うんだ」
「その意見にゃ同感だ。何も無えより強くなれる気がする」
今から先を見据えて、幸せを追い求めるのは間違いではない。
どんな人間であっても。
ただ、その幸せが人を害することもあるから、人間同士の争いは絶えない。
竜が出現したことで、その矛先が竜に向いているが、人間同士の争いのほうが厄介なのだ。
麗佳と東堂財閥の人間の関係がまさにそれだろう。
利権のために、自分の盾すら犠牲にする姿勢は、正直に言ってこの場にいるものには理解できなかった。
もっとも、ここでそんな話をしても何の進展も無いのだろうが。
「だから、この話は終わりだ。蛮場はもうアメリカに向かった。俺たちにできることはない」
「ドライですね」と、誠吾が苦笑する。
「大人だと言ってくれ。酸いも甘いも味わってきたつもりだ」
そう言って苦笑を返す義隆に、諒兵は再び問いかける。
「何だ?」
「俺が聞きてえのはもう一個あるんだよ。兄貴にゃ聞きそびれた」
「どんなことだい?」
そう尋ねた誠吾の言葉を受け、諒兵は一つ息をつくと口を開く。
「兄貴が『何処で』、『どうやって』、『竜の血』を見っけたのか聞いてねえか?」
その問いかけを受けた誠吾と義隆は、完全な盲点を突かれたかのように固まってしまったのだった。
日本の羽田から航空機で約十時間。
午前八時に日本を出た丈太郎は、時差のおかげで当日の午前一時にアメリカに残る幾つかの国際空港の一つ、ロサンゼルスに到着した。ややっこしいことこの上ないが。
航空機が片付けられるのを眺めながら、丈太郎は一人で滑走路の外れまでやってくる。
一応、到着予定時間はアラステアに伝えてあったが、迎えには来なくていいと言ってある。
場所は知っているし、道に迷ったところで古竜や野良の伝承竜程度なら返り討ちだ。
そして、今も残る東堂財閥の影響力なら、自分がロサンゼルスに来たことは既に知られているだろう。
ゆえに、この場で遭遇するとすれば。
「娘っ子がこんな夜中に出歩くのぁ感心しねぇな」
「……なんでわかるの?」
「気配消してたのにー」
麗佳の関係者以外には有り得ない。
アラステアの報告にあった青みがかった黒髪の少女と見知らぬ紫がかった黒髪の少女の二人だった。
「感覚を研いでりゃぁわかる」
「どうやって?」
「俺ぁヒュドラ型だ」
「蛇の触覚ってことだねん」
丈太郎の答えにあっさり納得するあたり、どちらの少女も龍機兵であることが理解できた。
「初めまして、だな。俺ぁ蛮場丈太郎だ。名前教えちゃぁくんねぇか?」
「……どうする?」
「いんじゃね?私は朝陽凛那、生まれも育ちも日本。麗佳から話は聞いてるよん。よろしく蛮場センセ♪」
「……智巳・ウッドワード。国籍はアメリカ。貴方たちのことは聞いてる。よろしく」
警戒心の強い智巳に対し、あっけらかんと答える凛那。
もっとも素直そうなのは智巳で、厄介なのは凛那のほうだと丈太郎は判断する。
凛那の答えに、人をからかって楽しむタイプだと感じたからだ。
それでも。
「おめぇら、お嬢のダチになってくれたんか。ありがとうな」
笑いながらそう言うと、二人とも面食らったような表情になる。
さすがにこんな言葉がかけられるとは思わなかったらしい。
アメリカのことを聞いていないはずがないのだから、なおさらそう思っただろう。
「わっは、おっさんモテるでしょ♪」
「フラれたり、ひっぱたかれたり、叱られたりと女にゃぁ散々な目に遭ってんだがよ」
「コレだよ。鈍感主人公系じゃん」
「……萌えラノベだっけ?」
「どっから仕入れた、んな知識」
凛那と智巳の会話に、少しばかり呆れて突っ込んでしまう丈太郎だった。
「んで、『視』たトコ二人だけみてぇだが、俺に用か?」
「んー、『竜の血』を見つけた人に興味があってさ」
「私はどのくらい強いか興味があるの」
「俺が『竜の血』を見っけたのぁただの偶然だ。あと、俺ぁ弱っちぃぞ。期待裏切ってすまねぇがな」
「へー……」
丈太郎が苦笑いしながらそう答えると、凛那の目が細まり、智巳が少し足を下げた。
なるほど、と、納得した。
麗佳自身は戦闘力も頭脳も天才的のようだが、凛那は人を見る感覚が鋭く、智巳は戦闘の勘働きがいい。
隙を突いて襲いかかる遊撃型前衛の智巳。
戦いつつ鋭い目で戦闘相手の情報を集める支援型遊撃の凛那。
オールラウンダーであろう麗佳と組むと見事なトリオになる。
対して。
戦場に飛び込む突撃型前衛の諒兵。
機動力で撹乱する攻撃型遊撃のライラ。
そして策敵と後方支援の鈴の三人とは別の意味でいいトリオだと丈太郎は判断した。
それに。
「ウンセギラは聞いてたが、まさかアイヌの伝承に出てくる『ラプシオヤウ』にアメリカで会うたぁ驚いた」
「おっかなーい♪」と、自分の力を言い当てられた凛那はおどけた様子になる。
だが、すぐに真剣な表情を見せた。
「マジでヤバいね、アンタ」
「凛那」
「やるなら本気でやらないと潰されるよ、智巳。このおっさん感覚が獣並み。狼の群れが目の前で唸ってるみたいなもん」
凛那の言葉を受けた智巳は腰を落とした。
狼などと例えられるとは思わなかったが、智巳はそれで危険だと判断したようだ。
瞬間、智巳の身体が消える。
竜化の速度、さらには移動速度もかなり速い。
あっという間に背後に回られ、竜化した手に握られたナイフが振り下ろされる。
「なッ?!」
しかし、そのナイフはギィンッという金属音をと共に弾かれた。
いつの間にか現れた金属の蛇の頭が、丈太郎への攻撃を防いだのだ。
「それがヒュドラ・ヘッドなんだ?」と凛那。
「良く知ってんな」と、答える丈太郎の周囲には既に七つのヒュドラ・ヘッドが浮いていた。
すぐに距離を取った智巳を追い、さらには多方向から攻撃する。
丈太郎自身は凛那から目を離していないにもかかわらず。
「何で見えるのっ?!」
さすがに驚いたらしく、そんな言葉を漏らした智巳に凛那はすぐにアドバイスしてきた。
「ソイツらは剣や盾じゃないっ!目なんだよっ!このおっさん全部の蛇の目と触角で見てるんだっ!」
丈太郎自身の目も合わせると全部で十六。
さらに蛇は構造上、単眼の視野角が広く、先ほど説明した触覚もある。
そんな頭が七つもあれば、自分の周囲で見えないところはほとんどない。
もっとも、それほど多量の情報をすべて処理して戦っているとなると、異常と言える強さなのだが。
「これがヒュドラ型最強の龍機兵っ……」
「なるほどな。少なくともお嬢のダチにヒュドラ型がいねぇことぁわかった」
「んむっ!」と、凛那は思わず両手で口を塞いだ。
自分がうっかり漏らしてしまった一言で、こちらの内情を探られるとは思わなかったのだろう。
油断も隙もないと感じているのだ。
だが、もしヒュドラ型の龍機兵が仲間だったなら、このくらいは予想できる。
驚いてしまったこと自体が、雄弁な答えになってしまったのだ。
「女心を探って知っちゃうなんて、ひっぱたかれるのは当然じゃん?」
「いんや、女心なんてものぁ俺にゃぁ宇宙の真理より難しくってしょうがねぇ」
凛那の言葉にそう答える丈太郎に、彼女は舌打ちした。
気を逸らそうとしても、智巳の状況は変わらない。
だが、それで理解できる。
中途半端な多対一では、丈太郎を攻め切れない。
むしろ圧倒的な力で一対一に持っていかない限り、丈太郎には勝てないということだ。
それができるのは。
「麗佳だけか……」
「お嬢は何処にいる?」
凛那が呟いた言葉に、丈太郎はすぐに反応した。
それこそが目的なのだから当然である。
「教えられないよ。今はね」
「なら、伝えといてくれや。約束を果たしに行くってな。ちぃと痛ぇ思いするがよ」
麗佳を止める。
この世界にこれ以上、竜を増やすわけにはいかない。
それだけは認められない。
龍機兵は竜を倒す者であればいいのだから。
「麗佳が聞いたら泣くよー」
「そりゃぁ辛ぇなぁ」と、苦笑する丈太郎に対し、凛那は呆れたような表情を見せる。
「智巳ー、帰るよー」
「や。このままじゃ帰れない」
「わがまま言わない。今のレベルじゃ勝てないよ。麗佳が言ってるでしょー。生き延びれば次があるって」
その言葉で納得したのか、かなり渋々ではあったが、智巳はヒュドラ・ヘッドとの戦闘を止めて凛那の隣に立つ。
すると凛那のほうから声をかけてきた。
「尾行は無しだよ、おっさん♪」
「俺ぁストーカーじゃぁねぇよ」
人を何だと思ってるんだと呆れる丈太郎に、今度は智巳が声をかけてくる。
「次は倒すから」
「まずぁ此処の戦闘隊長に勝ててからにしろや。言っとくがうちの戦闘部隊の隊長も強ぇぞ。俺やアラステアに挑むんなぁまだ早ぇよ」
「わかった。全部倒すから」
「ほれ行くよー」
バトルジャンキーのようなセリフを残す智巳に声をかけた凛那は最後に尋ねてくる。
「そいやさー、おっさん『竜の血』って何処で見つけたん?」
「……企業秘密だ」
「おっさん、今は軍隊司令じゃん」
そういう言い方はむしろ麗佳がするものだと言って、凛那は既に歩き去った智巳を追って行く。
そんな二人の姿を見つめながら丈太郎は呟いた。
「俺ぁ『竜の血』を『見つけさせられた』気がしてなんねぇんだよ……」
苦渋に満ちた声が、夜空へと消えていった。




