3話「咎人の決意と緋い少女の願い」
今は詳しく語るまい。
彼らの古傷を抉ることになるのだろうから。
ただ、どういう方法を使ったのか『竜の血』を持ち出した麗佳の両親は、それをそのまま麗佳に呑ませた。
その効果は、この場にいる誰もが知っているだろう。
ダンッと丈太郎が拳を机に叩きつけた。
「まだ十歳だったんだ。俺たちゃぁお嬢を人間として幸せにしてやりたかった……」
[血を呑んだ小さなレディの姿がバケモノに変わっていく姿は、今でも忘れられん]
[それでも、嬢ちゃんの親は責められねえ。娘が生き延びられるかもしれねえって『竜の血』に縋っただけだからな]
[ただ麗佳さんは当時は精神的にかなり幼かったのです。私たちは彼女が自意識を保てるとは思いませんでした]
[じゃからのう、ただの竜に、人喰いのバケモノになると思ったのじゃよ]
それが、彼ら五人の罪。
そして、彼ら五人が人としての命を捨てようと覚悟した理由だった。
「蛮場、お前たちは逃げだした実験動物に竜が増えた原因があると言っていたが、アレはごまかしか?」
[否だ。レディ麗佳の騒ぎに乗じて、我々が隔離していた『最初の一匹』が逃げ出してしまった]
義隆の言葉に答えたのはアーサーだった。
どこかで死んだ実験動物、すなわち竜になったラットが、死ぬか何かでその血を撒き散らして野生動物を竜に変えた。
その連鎖によって竜が自然界で爆発的に増えた。
それ自体は間違いではない。
[当然、その始末をつけることも俺たちの責任だ。ただ……]
[私たちが竜の血を呑むことを覚悟したのは、竜となって何処かへと消えた麗佳さんを、いえ麗佳さんだっただろうモノを自分たちが仕留めるためだったのです]
[わしらは咎人じゃよ。あんな小さな娘をバケモノに変えてしまったのじゃ。だから、わしらが代わりに地獄に落ちるために血を呑んだのじゃ]
ローベルト、アラステア、九垓の言葉に続けて、丈太郎が口を開く。
「他の連中にゃぁ責任ねぇさ。『竜の血』ぃ見つけたんは俺だかんな。だから、何かあったときのために俺ぁいっつも自分が呑む分の『竜の血』を持ってたんだよ。ラットだけなら俺一人が呑みゃぁ済む話だ」
だが、本来なら呑むはずがなかった麗佳が呑んでしまった。
そして彼らの目の前でバケモノに変わった。
それは、丈太郎一人の罪ではないと他の四人は思ったのだ。
ゆえに。
[我々はバンが持っていた『竜の血』を五人で分けたのだ]
[嬢ちゃんの痛みを知ってやりかたかったんだ]
[あのころの麗佳さんはとても純粋で心優しい少女でした。そんな少女をバケモノにしてしまった]
[その罪を購わずにはおれなかったのじゃよ]
その懺悔を誠吾や義隆は黙って聞いていた。
アーサーの傍に控えるバーナードも苦悩しているような表情をしている。
責められるべき罪だが、人としてそうすることは憚られたのだ。
「わかった。今は、それ以上聞いても仕方がない。それより、先ほど言っていた『淫果の蛇』とは何だ?」
「まるで、『赤の竜』のような響きですが……」
「それに答える前にアラステアに話があんだ。ちぃと待っててくれ」
義隆と誠吾の問いかけに対し、丈太郎はそう答える。
お互いの情報を交換しないと、今後のことに対処できないからだ。
「何でしょうか、バン?」
「鈴とライラの話ゃぁしたな?おめぇにゃぁまだアイツらの身体検査の結果ぁ話しちゃぁいなかったはずだ」
「そうですね。それどころではなかったので……」
そう答えたアラステアに、丈太郎は鈴とライラの身体検査をしてわかったことを伝える。
すなわち、女の龍機兵は竜の本能に取り込まれにくいという話を。
すると、アラステアはどこか納得したような表情で肯いた。
[やはり、麗佳さんは麗佳さんとして生きているのですね……]
「あぁ、飢餓状態になんねぇ限り、自意識を保ってられんだよ」
[だとすると、あの少女は麗佳さんが……]
[待てアラステア。『あの少女』とは誰のことだ?]
[麗佳さんは仲間を連れていました。龍機兵の少女を]
[何だとおッ?!]と、ローベルトが声を荒げるが、その驚きは他の者たちも同じだ。
麗佳以外にも、その場に女性の龍機兵がいたというのだから。
[智巳、と麗佳さんは呼んでいました。ただし外見から判断するとおそらくハーフです]
[日系のアメリカ人かの?]
[はい。見つめた相手を発火させる能力を持っていました。あれはネイティブ・アメリカンのスー族の伝承に出てくる『ウンセギラ』でしょう]
麗佳だけではなく、別の伝承竜の力を持つ少女の存在は、その場にいた全員を戦慄させる。
[お嬢ぁ、竜を増やしてんのか……?]
丈太郎が、呻くように呟く。
もし、麗佳が自分の意志で竜を増やしているのだとすれば、自分たちにとって完全な敵となる。
それでなくとも……。
「蛮場博士、ラナマン少将、そろそろ『淫果の蛇』が何なのか教えてくれませんか?」
「……俺たちにとって、敵となる存在なんだろう?」
義隆が補足するが、誠吾もそう感じていた。
おそらくは最悪に属する存在だと。
答えたのはため息を一つ吐いた九垓だった。
「魔王種じゃよ」
「何ですってッ?!」
「オロチ型・魔王種『淫果の蛇』、その名を『アシュタルテ』という」
『アシュタルテ』
有名な呼び方はソロモン七十二注の悪魔の一体と呼ばれた『アスタロト』だろう。
一神教では大公爵と呼ばれる悪魔を指す。
だが、起源を辿ると、かつては豊穣を司る大地の女神であったモノが、一神教の神によって堕とされたという伝承がある。
その女神の名が『アシュトレト』もしくは『アスタルテ』と呼ばれるのだ。
それが魔王種の竜というのも皮肉である。
だが「竜なのか?」と思われる諸氏もいるだろう。
実は、この悪魔は伝承では竜に乗る堕天使の姿で描かれる。
竜にかかわりがある悪魔ということができるのだ。
そもそも一神教において竜、ドラゴンはたいていが魔の化身だ。かかわりがないと考えるほうが無理があるのかもしれない。
何より諒兵の力である『赤の竜』は、サタンという一神教でも魔王と呼ばれる存在なのだから。
九垓の説明を受けて、丈太郎が続けた。
「アシュタルテって竜ぁ『羨望』の化身って言われてんだ」
「有名な七つの大罪とは違うんですか?」
「違ぇよ。魔王種を引っ張り込むんなぁ、もっと根源的な、人間がぜってぇ切り離せねぇ感情らしい」
[とはいえ、運命的なものを感じずにはいられません。あまりに多すぎます。日野くんが『赤の竜』であったかと思えば、始まりの龍機兵である麗佳さんは『淫果の蛇』、魔王種が日本人から二人も出たのですから……]
アラステアの言葉に丈太郎どころか誠吾や義隆までも苦悩の表情を見せる。
確かに多いのかもしれないが、そもそも魔王種とはいったいどれほどいるのだろう。
そう考えた誠吾が問いかけると、今度は丈太郎が答えた。
「魔王種ぁ全部で五匹だ」
「えっ、そんなに少ないんですかッ?!」
「持ってる力が桁違いなんを魔王種って呼んでっかんな。其処に届かないヤツらぁ全部獣種になる」
「耳が痛いな」と、ヒュドラ型・獣種の義隆は苦笑した。
「あと、神種ぁ信仰の対象になってる連中でな、力ぁわりとピンキリだ」
つまり、力が弱い神種もいるということだ。
龍機兵の力の源とはいえ、それをより強力にしていくには、龍機兵自身が自分を鍛えていくしかないのである。
「全部わかっているのか蛮場?」
[魔王種は全部で五匹。そして竜には五つの型がある]
「……そうか。シェンロン、オロチ、ヒュドラ、ドラゴン、ズメイ、それぞれに魔王種がいるということか」
丈太郎に尋ねたものの、答えたのはアーサーだったが、彼の言葉で義隆は理解する。
それぞれの型に対し一匹ずつで、たったの五匹。
そのうちの二人が日本人だというのならば、確かに多すぎるだろう。
「諒兵がズメイ型・魔王種、お嬢がオロチ型・魔王種。正直言やぁ、あと三つなんぞ出てほしかねぇよ」
「日野君はズメイ型なんですか?」
[憤怒の化身、魔王サタンは、竜としては七つの首を持つドラゴンとして描かれるからな]
誠吾の疑問に答えたのはアーサーだった。
やはりこの辺りの知識は一番多い。
自分の伝承にも関わるからだ。
「それにしては、日野が頭を出したところを見たことがないが……」
『多頭型』とでも言おうか、丈太郎のようなヒュドラ型、ローベルトのようなズメイ型といった首が何本もある竜は、実は最初から頭を複数作れる場合が多い。
しかし、諒兵はこれまで一度も頭を創ったことがない。
創らないのではなく、創れないのだ。
ぬいぐるみはあくまで自力で作った人形であって、丈太郎自身の分身とも言えるヒュドラ・ヘッドとは違う。
「アイツぁ其処も特別だ。身体から噴き出した炎が七つの竜の頭の形を作っと、其処から真竜体に化身する。それが真の『赤の竜』だ」
地獄の業火の化身、炎の竜、それが『赤の竜』サタンなのである。
それだけに諒兵は真竜体に化身できない。
というより、させるわけにはいかないのだ。
そうなった場合とは、諒兵が憤怒に呑み込まれてしまったということなのだから。
「まぁ、今ぁそこは考えなくていい。鈴がいるし、ライラも見張ってっし」
[バン、私は一度殴りに行くつもりだ]
「好きにしろや。そこまで面倒見ねぇよ」
アーサーの言葉にあっさりとそう答える辺り、酷い兄貴分である。
それはともかく。
「アラステア、お嬢の目的ぁ何だ?ここで今のお嬢に会ったんはおめぇだけだ。話ぃしたんだろ?」
そう尋ねた丈太郎に対し、アラステアは深いため息をつく。
「麗佳さんは友だちを作りたいと言っていました」
「は?」と、その場にいた全員がぽかんとしてしまう。
「これはやってることと違って、随分と可愛らしい目的だな」
[それが何故、ドラゴンズ・ネストを襲撃することにつながるのだ?]
確かにおかしい。
友だちを作りたいというのならば、作ればいいだけだ。
戦う必要などない。
丈太郎たち五人の龍機兵は、麗佳がそう願うのなら協力する気持ちもある。
まして麗佳は女だ。
鈴やライラ同様に普通に結婚して、子どもを産むこともできるのだ。
義隆やアーサーの疑問は当然だろう。
そんな彼らに対し、アラステアは答える。
麗佳との会話の内容を。
麗佳の言葉に、アラステアはマジメに首を傾げた。
「友だち、ですか?」
「はい。私、とても元気になりました。ラナマン博士たちのおかげです」
「そんなことはありませんが……」
「だから、一緒にいられる友だちを作りたいのです。とてもたくさんの」
「それは、とても素敵な願いですね」
もし、言うとおりの願いであるのならば、むしろ自分たちは麗佳の味方になれるとアラステアは思う。
話す限り、あのころの純粋さを今も持ち続けている。
罪が許されるとは思わないが、この少女が普通の幸せを手に入れられるというのなら、命を懸けても叶えてあげたかった。
だが。
「それならば、そちらの方を戦わせることもないでしょう。あなたのご実家は日本で居住区を持っているとか。無論、アメリカでご友人を作るのもいいですし。まずは居住区で勇気を出して話しかけてみることです」
「普通の方々に?」と、麗佳は不思議そうに首を傾げた。
まるで、おかしなことを聞いたかのような態度だ。
その態度にアラステアは不審なものを感じ取る。
「そうですが、何か?」
「ラナマン博士、友だちというのは対等な関係だと私は思います」
「当然ですね。上下関係などありません」
「ですけど、私は生命体として一段上に上がってしまいました」
「えっ……?」
「普通の人とは対等な関係になれません。だから、友人は龍機兵でないと困ります」
「だから、此処がいいと?」
「そうではなくて、もっと多くの人に竜の力を手に入れて欲しいのです。私と対等になっていただくためにも」
「何ですってッ?!」
言っていることが理解できない、否、理解したくない。
すべての人間が龍機兵として意識を保っていられる保証はない。
龍機兵として選んだ中にも、竜と化してしまう者がいるのだ。
そんな状況で竜の力を、『竜の血』をもっと多くの人々に与えれば、世界が混乱してしまう。
今ですら、まともといえる状況ではないのに。
だが、麗佳は真剣にそう考えているらしい。
「ペットとして飼うなら竜の力を持った野生動物でもいいのですけど、ペットとはお話もできません」
「この力をッ、ばら撒くと言うのですかッ?!」
「むしろ、特定の人だけが持つほうが不公平ではありませんか?」
「力に呑まれて人喰いのバケモノになる者もいるのですよッ!」
「そうなった方々は死んでいただくしかありません。それは仕方のないことです」
「人を竜に変える罪を背負うのはッ、私たちだけで十分ですッ!」
「それは罪ではなく、進化の犠牲だと私は思います。ラナマン博士たちは間違っていません。私はそう思います」
もはや話は平行線を辿るばかりで、まったく交わろうとしない。
麗佳の目的はアラステアだけではなく、他の四人にとっても看過できるものではない。
竜から守るべき人々を、竜に変えて進化の犠牲にするなど。
アラステアは目の前の少女を苦悶の表情で見つめ、呻くように呟く。
「貴女は狂ってしまったのですか……?」
「いいえ。ただ人は皆平等であるべきだと思うだけです。ご理解いただけませんか?」
「理解できません。するべきではない。進化は人の手で行えることではありません。貴女が『竜の血』をばら撒くというのなら、私がここで止めましょう」
「残念です、ラナマン博士。私が心から信頼する方々の一人であるあなたなら、ご理解いただけると思ったのですけど」
そう言うなり、麗佳の額から緋い金属の鱗が生えてくる。
「智巳、下がってなさい」
「わかった」
麗佳は傍にいた智巳に声をかける。
すると、赤い髪が逆立ち、金属へと変化して、大きな金属の蛇の頭を形作った。
それを見たアラステアがすぐに叫ぶ。
「リーヴィスさんッ、すぐにネストの皆を避難させてくださいッ!」
「ラジャーッ!」
今まで、アラステアと麗佳の会話を見ていたウィルフレッドにそう指示を出す。
だが、それよりも早く、緋い蛇はその顎を大きく開いた。
其処から無情な力が放たれる。
それが、ドラゴンズ・ネストを襲った魔王種の竜の力の一端だった。
その顛末を聞いた全員が暗い表情をしていた。
「お嬢ぁ、人間に限定して血ぃ撒いてんな」
[そうでしょう。智巳という少女はそれにより力を得たと考えられます]
[一人じゃねえ可能性もある]
ローべルトの言葉どおり、麗佳が『竜の血』を与えたのは一人ではない可能性が高い。
智巳が成功例だとするなら、失敗例がいてもおかしくない。
また、成功例も一人ではない可能性もある。
ただ、そうして『竜の血』を与えている理由が、あまりにも人らしい。
「蛮場、今の話が真実だという保証もないぞ。東堂麗佳は適当な理由をでっち上げた可能性もある」
[そのほうが、まだ良い。今の話が本当の理由だとするなら……]
義隆の言葉を受けたアーサーだったが、途中で言葉を切った。
今のアラステアの話が、麗佳が『竜の血』を人に与えている本当の理由だとするなら、あまりにも寂しすぎる。
龍機兵となってしまった孤独を埋めるために、同じ龍機兵の友を作る。
今まで何処で何をしていたのか、この場にいる誰もわからないが、少なくとも彼女を受け入れてくれたところはそうはあるまい。
実家である東堂家くらいかもしれない。
だとしたら、病に伏せ、部屋の窓から外を見つめていたころと何も変わっていない。
そんな姿が丈太郎の脳裏に映る。
「アラステア、ネストを襲った後、お嬢はどうなった。んで、どこ行った?」
[私との戦いでダメージを負いました。その後、智巳という少女に連れられていきましたが、どこに行ったのかまではわかりません]
[アメリカで東堂家の息がかかっておる居住区はあるのかの?]
[調べてみましょう。まだアメリカを出てはいないはずですから]
[航空機が動いたとなれば、記録が残っているはずですからね]
ライラの例もあるのだが、今の時代、航空機が動けばそれだけで目立つ。
同じことが船舶にも言える。
当然、アメリカから航空機や船舶が出たとなれば、防衛をしているアラステアに情報が来ないはずはない。
そして来ていないとなれば、まだアメリカにいる可能性があった。
[自力で移動した可能性は否定できんぞ、アラステア]
[その可能性も考えますが、まずは何か使っていると考えましょう。それに自力で移動したとして目的地がわからないのでは……]
「そのあたりゃぁ、こっちで日本の東堂家にコンタクトを取ってみる。あそこの影響力ぁまだでかいかんな」
何しろ、日本国内に単独で居住区を持つほどだ。
麗佳の存在を隠し通していたとしてもおかしくない。
[わしらはどうするかの?]
[老師、我々は防衛圏を広げよう。バンとアラステアにレディ麗佳に集中してもらう]
[こっちに来ねえ限りは、兵団とドラグナーの防衛圏をこっちで賄う。頼んだぜバン、アラステア]
[わかりました。心より感謝致します]
仲間の助力に本当に感謝しているらしく、アラステアは深々と頭を下げる。
麗佳は丈太郎、アーサー、アラステア、ローベルト、九垓にとって罪の象徴だ。
だからこそ、これ以上のバケモノにはさせない。
「お嬢を止めんぞ。最悪隔離してでもな」
苦悶の表情でそう告げた丈太郎に対し、五人の龍機兵たちは同じような表情で肯いた。
それがまるで拷問を受けているようで、思わず同情してしまった誠吾や義隆である。




