2話「五人の咎人と始まりの龍機兵」
切っ先が弾かれる。
「くッ!」
以前、自分の切っ先を受け止めた少年は『研ぎが足らない』と評した。
言葉どおりに考えれば、武器がナマクラだということだが、龍機兵にとっては少々意味が異なる。
手にした武器で、竜をどのように倒すか。
そのイメージが固まっていないということだ。
ライラはピストルにおいてはかなり高度に作り出すことができるが、レイピアは敵との距離を開けることしか考えていなかった。
そのため、レイピアだけでどう戦うかというイメージがまだできていないのだ。
イメージができていなければ、どんなに勉強しても武器を創りようがない。
結果としてライラの持つレイピアはただの棒とそれほど変わらなかった。
一方。
「あたっ!」
ごんッと空中を舞っていたドラゴン・フェイス同士がぶつかってしまい、さらに自分の頭に激突する。
少々涙目になった鈴は、気を取り直して再びドラゴン・フェイスを操り直す。
丈太郎からは、六人の自分がいる感覚で意識を振り分けろというが、これがどうしてなかなかに難しい。
後方支援型である鈴は、安全な場所からドラゴン・フェイスだけで戦えるようになることも戦術を考える上で重要なことだ。
また策敵担当でもあるため、戦いつつ情報収集をして、可能であれば戦術を考える必要がある。
いずれは策敵部隊と戦闘部隊にドラゴン・フェイスを分けて操る必要も出てくるのだ。
無論のこと、前線に放り出されても生き延びられるように、鈴自身の体術を鍛えてもいる。
覚えることが多くて、鈴としてはぶっちゃけ泣きたかった。
海の怪物と呼ばれる巨大竜との戦闘が終わって数日後。
鈴とライラはこのように自主的に訓練をしていた。
誠吾や義隆、他にも手が空いている龍機兵が相手をしてくれているが、やはり遊撃部隊である諒兵が一番相手をすることが多い。
諒兵はこういった戦闘訓練は率先してやるタイプでもあるため、気さくに相手してくれるのだ。
また、諒兵自身も新しい戦い方を覚えろと丈太郎に言われているため、自分のための時間にもしている様子だった。
それは今、鈴とライラの相手をしているモノを見ればよく理解できる。
「お前ら、ソイツは俺の分身みてえなもんだからな。あんま舐めんなよ」
「侮ってはいないっ!」
「でもさ、このデザインは何かひきょーじゃない?」
鈴が思わず愚痴ってしまうのは、自分たちの相手をしてくれているのが、一言でいえば鉄でできた血のように赤い色の竜のぬいぐるみとでも呼ぶべきものだからだ。
何だか随分と可愛らしかった。
「女向けに創ったんだけどよ?」
「部屋に飾るほうがいいんだけど」
「私はペットにしたい」
「戦闘訓練用だっつの」
緊張感がないことこの上なかった。
とりあえず一旦休憩ということで、三人は訓練場の端に座った。
鈴とライラは置いてあった水筒のお茶を飲むと、冬子お手製のショートブレッドを一本取り出して食べ始めた。
「美味しい~♪」
「生き返る……」
飢餓状態になるリスクを考えると、少し小腹が減ったと感じるくらいで、エネルギーの補給も考えなくてはならない。
先のクラーケンとの戦闘ではそんなことを考える暇がなかったが、普段の戦闘ではどのように補給していくかも考える必要があるのだ。
諒兵を含め、男の龍機兵たちは一気に倒して、後で食事をする者が多いが、それでもエネルギーの補給に関してはちゃんと考えている。
美味しそうにおやつを食べている二人の少女の姿に苦笑しながら、諒兵も携帯食料を口の中に放り込んだ。
そうしつつ、二体の竜のぬいぐるみを操る。
意識を振り分ける戦闘訓練なのだ。
「器用ね、あんた」
「そか?」
「リンの相手と私の相手を同時にやられると立場がないのだが」
「俺の場合、その場その場でどう動かすか考えるんじゃなくて、動きをプログラムみてえに組み立ててる」
「プログラム?」と、鈴が首を傾げる。
わかりやすく言えば、今は基本動作と相手が攻撃してきたときの回避行動を予め決めているということだ。
「鈴なら、もう少し簡単なはずだぜ?」
「そうなのっ?!」
「ドラゴン・フェイスは飛ぶだけだろ。だから飛ぶ軌道をイメージするんだよ。今まで空飛ぶ相手を見てきただろ。参考にすりゃいい」
飛ぶ古竜や飛竜を相手にしてきたのだから、そういった者たちの情報は鈴の中に残っている。
今度はそれを自分が使うということだ。
「ライラはそのレイピアに何をさせるかをもう少し突っ込んで考えろよ」
「何をさせるか、とは?」
「アーキンの爺さんみてえに毒を注入するとかって目的を決めるんだ。ピストルの炸裂弾と要領は一緒だろ?」
「ふむ。しかし同じように炸裂させて再生していると、大変なのだが……」
「同じにすんじゃねえよ。お前、ブレスを見る限り風っつうか竜巻を操れるし、指揮棒みてえに竜巻を発生させて操るとかあんだろ?そいつ自身に能力を持たせるんだよ」
「そういうことなのね。私にもできるのかな?」と鈴が身を乗り出してくる。
「できると思うぜ?お前、タコが来たときドラゴン・フェイスを望遠鏡みてえにしたって言ったろ?」
「うん」
「そういう、ちっと違う使い方も考えてみちゃどうだ?」
「わかった、いろいろ考えてみる」
「私もそうしよう。いつまでも可愛いぬいぐるみを相手にしていると何だか強くなった気がしない」
そういってライラは苦笑いを見せた。
実際、ぬいぐるみ相手に苦戦していると、古竜相手でも自信がなくなりそうではある。
「そう言えば、あんたのぬいぐるみは飛んで動けるだけ?」
「ブレスも吐けるぜ。俺の火は身体からも噴き出すからな。それの応用でこいつらの口から吐けるようにした」
「本当に器用だな。距離はどのくらいまで離せる?」
「せいぜい五メートルだな。俺はそこまででかくなれねえし。そもそも真竜体に化身できねえからな」
諒兵が創ったぬいぐるみについて説明すると、自分から細い竜の血でできた糸を伸ばし、その先で身体を構成しているということになる。
同じことが鈴のドラゴン・フェイス、丈太郎のヒュドラ・ヘッドにも言える。
だが、この二人の場合、伝承自体が多くの顔や頭を持つというものであるため、意識しなくても創ることができる。
いずれにしても、自分の身体から完全に切り離しているのではなく、竜の血によってつながっているのだ。
以前、鱗を引き抜いても多少の反応はわかると言っていたが、自在に動かすとなると切り離すことはできないのである。
また、竜としての身体を自分の周囲に創るとなると限界距離がある。
今の諒兵は五メートル以内で動かすのが精一杯だった。
ただし、既に真竜体に化身できる鈴は、今のレベルでも限界距離は本来相当に広い。
最長で百メートルはいけるだろう。
しかし、鈴の意識がそこに追いつけないのだ。
そのため、鈴自身が認識できる範囲、つまり十メートル以内でしか動かせない。
この差は経験が足りないことで生まれた差なのである。
「自信なくすなあ……」
「だからこそ、訓練が必要だということだリン。負けていられない」
「そうね」
そういって二人の少女は気を取り直す。
強くなる。目の前の少年を魔王にしないために。
その目的は決してブレなかった。
そのころ。
丈太郎はアーサーとローベルトからの緊急通信を受け、戦闘部隊隊長の誠吾と副隊長の義隆を執務室に呼んでいた。
「何かあったんですか?」
「ローベルトがいやに慌ててやがった。せっかくクラーケンを倒したってのになぁ……」
やっと一息ついたと思ったら、すぐに次の問題が発生してしまったのだからため息もつきたくなるだろう。
「ロシアで何か起きたのか?」
「いんや、アメリカらしい。そういやアラステアから何の連絡もねぇのが不思議だったがよ」
性格を考えると、こういった非常事態において、いの一番に連絡をよこすような心配性なので、意外だったと丈太郎は呟く。
「バンブリッジ卿は何かご存知で?」
「アイツもローベルトに呼び出されただけだ。ローベルトぁ今九垓のジジイを呼んでる」
誠吾の言葉にそう答えると、程なくモニターにアーサーの姿が映る。脇にはバーナードが控えていた。
「おぅ、急で大変だったな」
[構いはしない。それにローベルトの言い方だと、クラーケン以上の大問題のようだ]
「おいおい、勘弁してくれや……。アーサー、おめぇアラステアと話ぃできたんか?」
「私が通信したときは特に問題がある様子ではなかったな」
いつもどおりの穏やかな様子で、むしろクラーケンが向かった日本のほうを心配していたくらいだ。
問題が起きていたような雰囲気ではなかったという。
「そうなると、俺たちがクラーケンと戦っているときに何か起きてたのか」
「時間的にはそうなりますね。バンブリッジ卿」
[何だ?]
「そちらのほうで大きな伝承竜の発生などはありましたか?」
[いや、静かなものだ。だから問題が起きたとすればアメリカ内陸部だろう]
義隆の言葉を聞いた誠吾が尋ねると、アーサーはそう答えた。
伝承竜の発生とは古竜が成長したことにより、伝承竜の力を得た場合を指す。
そして、海で強力な伝承竜が発生した場合、太平洋岸の日本や大西洋に位置するイギリス、北極海に面するロシアならばたいていわかる。
それがわからなかったとなると、アメリカ合衆国の内陸部で発生した可能性が高い。
しかし、それならば十分に対処できるはずなのだ。
「最悪アラステアが出張ることになったとしても、抑え切れねぇってことぁねぇ。陸上の竜が一気に百メートルクラスまで成長することぁ少ねぇしな」
[自然現象を操るパロロコン、その力を持つアラステアはジゥガイ老師に次ぐ天候操作の力を持つからな。倒せない相手などそうはいないのだが……]
いったい何が起きたというのか。
不安感がその場を満たしていたところ、ようやく二つのモニターが起動した。
[揃ってんな]
[待たせてすまんのう。年を取ると動くのが億劫で適わん]
大柄なロシア人とのんびりした台湾人の老人、ローベルトと九垓だ。
ようやく話ができると丈太郎が口を開く。
「龍機兵が何言ってやがるクソジジイ。つぅかローベルト、いってぇ何が起きた?]
[詳しい話はアラステアからだ。もうすぐ来る。アイツ今ネストの立て直しでアメリカ中を飛び回ってるからな]
その言葉に引っかかるものを感じたのは丈太郎だけではなかったらしい。
問い質したのはアーサーだった。
[ドラゴンズ・ネストを立て直すというのはどういう意味だ?]
[まるで相当なダメージを受けたような言い方じゃのう]
[ああ。アメリカのドラゴンズ・ネストが『半壊』した]
あっさりとそう答えたローベルトに、その場にいた全員が目を見開く。何故なら。
「おい、あそこの戦力ぁロシアと並んでトップだぞ。どうやったら半壊すんだ?」
龍機兵の軍隊の中でも、もっとも強大な戦力を持つのがアメリカとロシアだからだ。
そんな国の基地が半壊したとなれば、とんでもない大物の伝承竜が襲ってきたことになる。
[俺もそう聞いただけだ。ただ今のネストの画像を見たが、マジで半壊してやがった]
そう答えたローベルトは、無残な姿になったドラゴンズ・ネストの画像を映しだす。
彼の言うとおり、基地は半壊という有様だった。
ここまでできる伝承竜が発生したとは考えたくない一同である。
[ドラグナーの龍機兵にも被害が出てるらしい。普通の龍機兵の中には、再生まで一ヶ月はかかるヤツもいるそうだ]
[いったい何じゃ。其処までの力を持つ伝承竜とは?]
さすがにのんびり屋の九垓も厳しい目つきになる。
これほどの力を持つ伝承竜が自分の国に来たとしたら、果たして防衛できるのかと心配になったからだ。
そこに。
[遅れてしまいました。申し訳ありません。皆様方]
ようやく件のアラステアが姿を現した。
[アラステア、いったい何が起きたのだ。ただ事ではあるまい?]
[アーサー、バン、ローベルトさん、老師、私たちの罪が顕現したのです]
アラステアは懺悔するかのように伏し目がちになって答えてくる。
しかし、それでは誰にもわからない。
「ストレートに言えや。話が見えねぇぞ」
[コレは私の龍玉の記録です。この画像を見ていただければわかるでしょう]
丈太郎の言葉に答えるかのように、アラステアは一枚の画像を映しだした。
そこに映っているのは、白いワンピースを身に纏った赤く長い髪の一人の少女だった。
「誰だ?」
「日本人、ですね。髪の色がかなり珍しいですが……」
義隆、誠吾が画像を見てそう呟くが、肝心の丈太郎が反応しない。
不審に思って様子を見ると、目を見開き、脂汗を流して、震えていた。
その様子に異変を感じた義隆がほかのモニターを見ると、アーサー、ローベルト、そして九垓までも同様になっている。
「アラステア……」
[生きて、いたんです……]
[これは、神の奇跡ではあるまい……]
[悪魔の仕業、かの……]
[喜んで、やりたいけど、なあ……]
丈太郎、アラステア、アーサー、九垓、そしてローベルトが呻くように呟く。
「蛮場博士、この少女は?」
「今の話の流れから察するに、アメリカで起きた問題にこの少女がかかわっているんだろう?」
そんな誠吾と義隆の問いに対し、丈太郎は答えない。
「アラステア、間違いねぇのか?」
[間違いありません。あれから五年、彼女は生きていました]
[アラステア、彼女の力は何だったのだ……?]
アーサーの問いかけに対し、アラステアは諦めたような表情で答えた。
[……『淫果の蛇』……]
その言葉を聞いて、更なる驚愕が襲いかかったのように、五人の龍機兵全員が固まってしまう。
「蛮場博士ッ!」
さすがに話についていけない誠吾が声を荒げて詰め寄る。
丈太郎は観念したかのように、大きく深呼吸すると説明を始めた。
「……この娘っ子の名ぁ『東堂麗佳』っつぅんだ」
「東堂?いや、まさか……」
「さすがに春馬ぁ知ってっか。そのまさかだ。東堂財閥のお嬢さんだよ」
「日本でも有数の名家にして資産家じゃないですか」
「あぁ、そこの一人娘だ」
それを受けて、今度はアーサーが説明してくる。
[我々五人は、以前そこの依頼で研究チームとして集まったことがある]
「まさか、『竜の血』の研究チームの出資者は……」
[そうじゃ。東堂家だったのじゃよ]
義隆の言葉に対し、肯定してきたのは唯一の老人とも言える九垓だった。
[俺たちはそこで極秘裏に『竜の血』を使った人体補強の研究をしてたんだ]
[持病で身体の弱い者、障害を持つ者、そういった人々を救う力が『竜の血』にはあると考えたのだ]
[それはすべて、東堂家のご令嬢であった麗佳さんを救うためでもありました]
「えっ?」
「お嬢ぁ、難病持ちだったんだ。十歳以上になっと生きられる確率ぁわずか五パーセントってぐらいのな」
丈太郎の意外な言葉に、誠吾が目を見開いた。
画像に映っている少女、麗佳の姿は難病持ちなどとは想像もつかないほど生き生きとしているからだ。
むしろ、極端な表現だが、殺しても死なないくらいの強さを感じてしまう。
それは何故か。
[お嬢さんの両親がの、研究がなかなか進まないことに痺れを切らしたのじゃ]
[我々が集められたとき、レディ麗佳は既に十歳だった。もはや一日一日が死出の旅路を行くようなものだったのだ]
[嬢ちゃんを助けたい。親御さんはもうそれしか考えてなかったんだろうなあ]
[そして、ご両親は麗佳さんのために厳重に保管されていたはずの『竜の血』を持ち出して呑ませたのです]
それは、あまりに驚愕の事実となる。
五人の龍機兵は最初の龍機兵ではなかった。
それよりも前に、龍機兵になってしまった者がいた。
それが。
「お嬢ぁ、一番最初に『竜の血』を呑んで、龍機兵になっちまった人間だ」
始まりの龍機兵。
それは東堂麗佳という少女だったのである。




