1話「緋(あか)い少女と雷雨の神」
爆炎が上がる。
その中を、一匹の、意外なほど小さな竜が悠然と進んでくる。
その小さな一匹を、その場にいた龍機兵たちは倒せない。
「ジェネラル・ラナマンッ!」
「ラナマン少将ッ、このままでは危険ですッ!」
口々に、その場にいた龍機兵たちは自分たちのリーダーの名を呼んだ。
五人の龍機兵の一人、アラステア・ラナマンの名を。
「避難しなさい。ここは私が抑えます。これは私たち五人の咎人が贖わねばならない罪なのですから」
そう答えたのは普段は穏やかな雰囲気で皆を安心させる笑みを浮かべている大柄な黒髪の青年のアラステア。
だが、今は厳しい表情を崩さない。
目の前の小さな一匹の竜を、まるで恐ろしい悪魔を見るように、しかしながらとても悲しそうに見つめていた。
同胞である丈太郎が龍機兵団と共に海の怪物と戦っていた。ほぼ同時刻のことである。
アメリカ西海岸でも有名な大都市であるロサンゼルス。
そこから少し南に下ったところに、アメリカの龍機兵の軍隊『U・S・ドラグナー』の基地があった。
アメリカの国土は広大だ。
そのため、内陸部でも人が立ち入れないような大自然がある。
グランド・キャニオンなどは最も有名な例だろう。
実は、そういったところにも竜が存在している。
人が立ち入らないところで成長し、大きくなると人を襲うようになる。
以前も語ったが、島国の日本やイギリスの場合、竜はたいてい海から来る。
だが、アメリカのような大陸を国土とする国家の場合、山から来ることも多い。
単純に山脈だけではなく、大渓谷もそういった場所になる。
今や自然とは人の敵を育む場所なのだ。
U・S・ドラグナーの基地がロサンゼルスにあるのは、太平洋から来る竜を撃退するためだ。
北太平洋を挟んで日本の龍機兵団があることから、この二つの軍隊で太平洋から来る竜を撃退している。
そして、ロサンゼルスという大都市がグランド・キャニオンという内陸部でも竜が多く存在する場所に近いという理由があった。
なお、東海岸の場合、そのエリアはイギリスのドラゴン・ナイツがその飛行能力を生かして竜を撃退してくれている。
少しばかり地理の勉強をするなら、中国の龍機兵の軍隊が、インド洋を中心として、オーストラリアやアフリカ大陸までを襲撃してくる竜の群れを撃退している。
対して、ロシアの龍機兵の軍隊は北極海、北氷洋中心に東欧やカナダといった国の防衛も行っている。
すべての国が丈太郎が製作した竜の餌を利用して、できるだけ移動距離を少なくするように努力している。
今の時代、ほとんどの国々が手を取り合うようになったのだ。
皮肉なことに、竜が世に解き放たれたことで、国同士の連携が却って強くなった。
人を差別している余裕が、今の人類にはないのである。
さて、そんなU・S・ドラグナーの基地、通称『ドラゴンズ・ネスト』に、無粋な来客があった。
久々に渓谷側から来た古竜の群れである。
そんな招かれざる客を、U・S・ドラグナー陸戦隊隊長『ウィルフレッド・リーヴィス』は同じ龍機兵の仲間たちを連れて迎え撃った。
「Hey!困ったお客さんたちは丁重にお帰り願えよッ!」
「ラジャーッ!」の掛け声と共に、龍機兵たちは迫り来る古竜の群れを撃退していく。
ウィルフレッドは、両腕両脚のみを濃い緑色の金属へと竜化させ、その中を率先して飛び込んでいった。
「そりゃァッ!」
強力な右フックで古竜の腹をぶち抜く。
信じられないパワーである。
返す刀のように振り向くと今度は左ストレートで古竜の顔を砕いた。
ウィルフレッドの戦闘方法はボクシングだ。
彼はもともとスラム出身の孤児だったが、ボクシングと出会い、その優れたパンチ力でスターダムを駆け上がる『予定』だった。
だが、彼の夢は儚く砕け散った。
パンチ力に比べ、あまりに脆い拳によって。
本気で打つと自分の拳のほうが負けてしまい、とてもではないがリングで戦えなかったのだ。
荒れた彼はスラムのギャングにまで身を落とす。
そして一年前、竜の襲撃が始まったのである。
例えギャングでも、仲間が竜に食い殺される姿はあまりにショッキングだった。
根が仲間想いの彼は、敵を討とうと拳の骨が粉々になっても竜を殴り続けたが効くはずもない。
両腕がボロボロになった状態で助けられた彼には何も残っていなかった。
一年前の大襲撃の際、世界を守るべく戦った五人の龍機兵の一人が、アメリカで仲間を集め始めたことを知るまでは。
「キャップッ、調子いいなッ!」
と、仲間の一人が声をかけてくる。
その声に、ウィルフレッドは陽気に答えた。
「ハハッ、俺の拳は本物のアイアン・ナックルだからなッ!」
龍機兵がプロボクサーになることはできない。
もはや人間ではないからだ。
それでも、戦う場所がリングの上ではなくても、ボクシングで戦えるということはウィルフレッドにとっては幸福なことだ。
だから。
「隊長ッ、ワームだッ!」
古竜のほとんどが撃退された後、地中から巨大なミミズのような竜、ワームが一匹、勢いよく顔を出してくる。
楽に十メートルはある。けっこうな大物だ。
それでもウィルフレッドはニヤリと笑うだけだ。
「気づいてたさ。コレが伝承竜の感覚なんだな」
本当につい最近のことだが、彼は伝承竜の力に届いた。
普通の龍機兵と違い、その感覚は鋭い。
感覚が鋭いだけではない。
漲る力が、この程度のワームならば今のままでも倒せるということを教えてくれている。
自分を喰らおうと上から襲いかかってくるワーム。
「ガァオォオオォオォオオォオォオォオッ!」
だが、ウィルフレッドは怯むことなく、逆に天に届かんとばかりに拳を突き上げた。
『ギョゴオォオオォォォォオォオッ?!』
直撃を喰らったワームは、自分に何が起きたのかわからないとでも言いたげな悲鳴を上げて、弾け飛ぶ。
勝利を確信したようなポーズを決めるウィルフレッドの眼前で、ワームの身体は崩れ去ったのだった。
「よしっ、竜どもの反応は残ってるか?」
「今ので最後だキャップ。小さい群れだったようだ」
「OK。ネストに戻るぜ、飯だメシ」
仲間が陽気に返事をするのを聞きながら、ドラゴンズ・ネストに向かおうとするウィルフレッド。
そんな彼の感覚に引っかかるものがあった。
見ると、ドラゴンズ・ネストの通用口の前に、一人の少女が立っている。
けっこう背が高い。髪の毛は青みがかった黒のショートヘアで、スタイルはなかなかのものだ。
活動的な黒のジャケットとロングパンツが良く似合う。
顔立ちから見て東洋系だろう。
ただ、どう見ても少女だった。まだ成人していないだろう。
「Oh、俺たちのファンか?」
「モンスターラバー?あんまりいい趣味じゃないねえ」
と、そんな軽口を叩く隊員たちに対し、ウィルフレッドは少女を鋭い視線で見つめる。
「どうしたキャップ?」
「ああ、先に戻っててくれ。あとジェネラルに俺は迷子の保護をしてると『必ず』伝えてくれ」
そう言ってウィルフレッドは少女を指し示す。
竜が闊歩するこの時代、安全な場所などないが、それでも居住区やこの場所、ドラゴンズ・ネストは比較的安全だろう。
あのままにはしておけないとウィルフレッドは説明する。
「ちゃんと保護しろよー、キャップはスケベだからな」
「うるせっ、俺はフェミニストだぜ」
隊員の軽口にそう答え、その背が見えなくなるまで見送ると、ウィルフレッドは襲いかかってきたナイフを腕を竜化させて『弾き』、バックステップで距離を取った。
「ジョークにも程があるぜ。Heyプリティガール、その力はどうやって手に入れた?」
「答えなきゃいけない?」
意外なほど、あっさりと少女は聞き返してきた。
正直に言って、口を開いてくれると思っていなかっただけに、ウィルフレッドは驚く。
もっとも、少女の両腕と両脚に青黒い金属の鱗が生え、竜と化している以上の驚きはないが。
その手には同じ色の金属でできたナイフが握られていた。
アメリカにも、今、日本にいる二人の女の龍機兵の情報は来ている。
だが、目の前の少女はそのどちらにも当てはまらない容姿をしている。
つまり、三人目ということになる。
「答えてくれると、俺がハッピーになれる」
「あなたはアンハッピーのほうが似合うと思う」
「Oh……」
なかなか辛辣な評価にウィルフレッドはため息をつく。
少しでも情報を引き出したいところだが、わかるのは目の前の少女が龍機兵でしかも伝承竜の力を持っているということだ。
だからこそ、今のウィルフレッドは気づくことができた。
「龍機兵と戦うのは初めてだから、私に倒されてくれると助かる」
「No、俺も一応隊長なんでね。倒されると仲間の士気にかかわる」
「そう。なら勝手に倒すだけ」
そう言うや否や、少女は地を蹴り、一気に迫ってくる。
生半可な覚悟では本当に倒されると判断したウィルフレッドは、両腕両脚を竜化させて迎え撃った。
U・S・ドラグナーの総責任者であるアラステア・ラナマンは、執務室で今後の合衆国内の防衛について頭を悩ませていた。
広い国土をどう効率よく守るか。
農業大国でもあるアメリカは実はかなり多くの農業型居住区が存在する。
今は食糧の輸出はほとんど行われていないが、龍機兵という大食らいを賄う上ではこれほどの利点はないからだ。
今後、確実に竜に襲われないような輸送機が開発されれば、アメリカは再び輸出を始める予定でもある。
その目処もそろそろ立ち始めそうなので、当然、農業型居住区は今後重点的に守る必要がある。
だからといって他の居住区をないがしろにはできない。
U・S・ドラグナーは龍機兵の軍隊としてはかなり数が多く、他の国と違って部隊を分けることが可能だが、それでも数に限りがある。
そういった点を考えていかなければならないことに、アラステアは頭を抱えていた。
今は他に考えるべきことがあるからだ。
「クラーケンはやはり日本に向かいましたか。バンの仮説は当たっているのかもしれませんね……」
自分の仲間である丈太郎は、一ヶ所に竜を集められるように竜をおびき寄せる仕掛けを造った。
それでも、最近の日本は大物の伝承竜の襲撃が多い。
それに対して、丈太郎はある仮説を立てていた。
アラステアとしては、その仮説は当たっていてほしくなかった。
以前『抱く者』ファフニールを倒した『彼』には感謝したいからだ。
今、そのおかげでU・S・ドラグナーの戦力が上がっている。
何より、少年の未来を閉ざしたいとは考えたくない。
それがアラステアの性格だった。
そんな彼が一つため息をついたとき、コンコンとドアがノックされる。
「はい、どうぞ」
「失礼します」と、そういって一人の龍機兵が部屋に入ってきた。
「何かありましたか?」
「キャップから報告です。通用口付近に少女がいたので保護していると」
「少女?一人でですか?」
「私もその場にいましたが、一人でした」
「ネストの職員でしたか?」
「いえ、見覚えがありませんでしたね。目立つ容姿なので一度見ていれば忘れません」
「そうですか……。わかりました、報告ありがとうございます」
「いえ、それでは失礼致します」
敬礼して出ていく若い龍機兵を見送ると、アラステアは立ち上がる。
何故だか、酷く胸騒ぎがするのだ。
ひょっとしたら、今はクラーケンと交戦状態に入っただろう龍機兵団よりも、恐ろしい事態になるような気がしてならない。
そう感じたアラステアは、窓を開ける。
そして額から金属の鱗を生やした。
それは面当てのようになり、さらに額の中心から伸びた金属の鱗が角を形成する。
「少し見てみますか。通用口付近でしたね」
そう呟くと、アラステアは神経を研ぎ澄ますかのように目を閉じるのだった。
ゴウッと凄まじい風切り音をさせながら放たれた左ストレート。
しかし、少女は飛び上がって避けると、拳に足をかけて空中を舞った。
身が軽いどころの話ではない。
勘の良さといい、相当に戦闘慣れしている。
それも、竜との戦闘に慣れているのだ。
この少女の情報は何処にもない。
しかし、これだけ戦えるのならば、もっと知られているはずだ。
いったい何処で竜の力を手に入れ、また、鍛えてきたのか。
「Hey、そろそろ名前くらい教えてくれないか?」
「ナンパするの?」
「君みたいなプリティガールなら、是非お願いしたいね」
軽口でごまかしてはいるものの、ウィルフレッドは内心では焦っている。
相手が竜の力を使いこなしていることが理解できる。
自分が手に入れた伝承竜としての血が、ビンビンと反応しているからだ。
「私、ナンパは嫌い」
「Oh、Sorry、君と仲良くしたいだけなんだ」
「それをナンパって言うのッ!」
初めて声を荒げた少女の瞳が、比喩ではなく、本当に燃えた。
危険だと感じたウィルフレッドは、強烈な右フックを放つ。
「ッ?!」
さすがに少女も驚いたらしいが、ウィルフレッドはそれ以上に驚いた。
少女の瞳で見られた瞬間、右腕が燃え出したのだ。
火を消すために思い切り拳を振ったのである。
もっとも今のウィルフレッドの拳は本気で振ると凄まじい拳圧を放つ。
少女が驚いたのはそのためだ。
完全な接近戦型のファイターだと思っていたのだろう。
中距離に届く攻撃を放ってくることが予想外だったのだ。
「見ただけで燃え上がらせるなんて、実に情熱的な瞳だね、ガール」
「……ゴメンなさい」
「Why?」
「あなたのこと舐めてた」
少女が放つ殺気が増大する。
すると額から頬にかけて面当てのように金属の鱗が生えてきた。
さらに背中に竜の翼が生える。
先ほどまでよりも、ビシビシと強い威圧を放ってくるのをウィルフレッドは感じていた。
『此処からは本気で殺しにいく』
「もっと可愛い言葉を使ってほしいな、プリティガール」
そう言いつつも、自身も成竜体にならなければならないほどの状況になったことを理解する。
しかし。
「やめておきなさい。智巳」
その声が聞こえてくるや否や、目の前の少女の殺気があっさりと萎んでいった。
呼応するかのように、翼や額の金属の鱗も消える。
両腕両脚を竜化させたままなのは、こちらの動きを警戒しているためだろう。
「どうして?」
「その人はかなり加減してくれているわ。言ったでしょう?男性は半竜体から地道に鍛えるから、私たちより竜としての能力が低くても強くなれるのよ」
智巳と呼ばれた少女が振り向くと、いつの間に現れたのか、一人の少女が立っているのが見えた。
智巳と違い、そこそこ背は高いがスレンダーな美少女だ。
清楚さを感じさせる白いワンピースを身に纏っている。
こちらの少女は明らかにアメリカ人ではない。
東洋、もっと正確にいえば日本人だろう。
彼女は悠然と歩いて近寄ってくる。
物腰に品があるところを見ると、どこかの令嬢である可能性が高い。
しかし、何よりも目を引くのは、腰までありそうなほどの長い真っ赤なストレートヘアと血のような赤い瞳。
その赤は例えるならば『緋』の色。
忘れたくても忘れられそうにない強い印象を与える少女だった。
「レディ、こんな場所に何の御用です?」
「あら、それなりに弁えているのですね、ミスター」
少女は品よく微笑む。
だが、ウィルフレッドは智巳と対峙していたときよりも、はるかに緊張していた。
全身の血が警鐘を鳴らしている。
今、目の前にいるのは、自分たち龍機兵がバケモノだと感じるようなとんでもない存在だと。
「ラナマン博士にご挨拶を、と思いまして」
「ジェネラル・ラナマンに?」
「そう言えば、今は少将になっていらっしゃいましたね。私、ラナマン博士とは旧知の仲なので、ついうっかり」
そう言って少女は微笑む。
その微笑みは普通の男が見れば魅了されてしまうような美しいものなのに、ウィルフレッドには心臓を鷲掴みしてくるような恐ろしさが垣間見える。
「ジェネラルにこんな美しいレディの知り合いがいたとは驚いた。隅に置けないな」
「フフッ、ラナマン博士だけではありません。サー・バンブリッジ、プロフェッサー・クレンコフ、王老師、そして蛮場先生とも親しくさせていただきました。私にとって命の恩人とも言える方々ですから」
今は、五人の龍機兵と呼ばれる者たちの名前がすらすらと出てくる。
それだけで、この少女が異常な存在だとウィルフレッドには理解できた。
「そう、ですね。旧知の仲であることは間違いありません。ただ、彼女に命の恩人と言っていただけるとは思っていませんが」
その言葉と共に現れたのは今はジェネラルと呼ばれるアラステア。
「ジェネラル……」と、呟くウィルフレッドを見る余裕もないらしい。
アラステアは驚愕の眼差しで少女を見つめ、そして呻くように呟く。
「生きて、いたんですか……。麗佳さん」
アラステアの言葉に、麗佳と呼ばれた少女は美しくも恐ろしい笑みを見せたのだった。




