13話「海の怪物と白い少女の誓い」
翌日、午前十一時。
旧千葉県の南、海上自衛隊館山航空基地跡地に、龍機兵団は集結していた。
「随分遠くまで来るんだな?」
「あんなデカブツ東京湾に入れられっか。湾に入る前に仕留めんだよ」
諒兵の疑問に丈太郎が素直に答える。
全長百メートル声の大型の竜だ。
東京湾内部で暴れられたら、神奈川や千葉の居住区が壊滅してしまう可能性がある。
ゆえに湾内部ではなく、近海で仕留めることを丈太郎は決めていた。
「そういや何であいつら東京湾に入ってくるんだ?」
「んぁ?」
「鹿島や九十九里から上陸したっていいじゃねえか?」
実際、太平洋から来るならば、千葉や茨城から上陸するほうが手間が少ない。
東京湾からだと房総半島を迂回しなければならないからだ。
ましてクラーケンは北氷洋から来ている。
極端な話、北海道に上陸してもいいのである。
なのに何故わざわざ東京湾を目指すのか。
理由は至極単純なものだった。
「餌撒いてんだよ」
「あ?」
「東京湾の底にゃぁ、俺が作った海水を血に近い成分に変える装置を沈めてあんだよ。古竜や野良の伝承竜がその匂いに釣られるようにな」
他に上陸しないように、竜が求める物を作り出しているのだという。
もっとも、血に近いというだけで血ではないため、エネルギーにはならないそうだが。
「他を戦場にしねえためだ。俺たちゃぁ数が少ねぇかんな」
「なるほどな」と、納得した様子の諒兵だった。
そこに、声がかけられる。
「蛮場博士、成竜体になれるものは全員終結。半竜体の兵士は館山城で待機しています」
「さすがにコレだけ近づいてくると俺でもわかるな。近いぞ蛮場」
兵士たちの状態を説明する誠吾に、近づきつつあるクラーケンを感じる義隆だった。
肯いた丈太郎は、全身に気合いを込める。
「……よし、キッチリ仕留めんぞ」
「完全に化身するんですか?」
「今はちぃと難しいやな。アイツと同じくれぇにしとかねぇと、俺が仕留められちまう」
完全に化身すれば実に五百メートル近い巨体を持つ八岐大蛇だが、今の丈太郎がそれをやると呑まれる可能性があるという。
これは五人の龍機兵全員が同じで、完全化身はしないと互いに誓っている。
幸い、完全化身をしなければならない相手は、一年前の大襲撃で大半を破壊しているので、それが必要になることはほぼないという。
「俺たちができんのぁ足止めだ。諒兵、後ぁ頼む」
「……わかってる」
なんだかんだといって、一番無茶をしているのが兄貴分の丈太郎であることを諒兵は理解している。
だから、それだけを答える。
そして。
「行くぞ。下がってろ」
神話に語られる怪物が、その場に顕現した。
凄まじい雄叫びが詰所まで聞こえてきた。
防衛ということで、鈴とライラは詰所の屋上から周囲を見ていたのだが、その雄叫びに思わず目を見張る。
「リンッ、アレだッ!」
「うそ、あっち館山でしょ……、肉眼で見えるわよ?」
八つの尾に八つの尻尾を持つ巨大な大蛇。
巨大な頭と身体に、八つの足を持つ怪物。
それが、海の上で戦っていた。
さすがに見えるとは言っても、詰所からではせいぜい豆粒くらいにしか見えないが、それでも巨大であることがよくわかる。
「詰所にいろと言っていた理由はコレか。リン、アレを『視』ることは可能か?」
「やってみる」
そう答えた鈴は、展開していたドラゴン・フェイスを直列に並べた。
広範囲を認識する状態から、遠距離を認識する状態。
単純に言えば望遠鏡をイメージしたのだ。
「やったっ!情報送るわライラ」
「頼む」
形状は肉眼でも見えるが、状況はわからない。
それも含め、鈴は『視』えたものをそのままライラの龍玉に送る。
「八つの頭の蛇は……、ドクターがそうだったな」
「そうね、頭の形状に覚えがあるわ。アレが八岐大蛇なんだ」
それにしても巨大である。
楽に百メートルはあるのだろうから。
コレが丈太郎の真の姿というのなら、正直驚きしかない。
問題はもう一匹だ。
「おっきな頭と体だけで腕も足もない。ただ、尻尾みたいのが八本あるけど……、ていうかタコっぽい?」
「デビルフィッシュ……。そうか、『クラーケン』だ」
「あっ、名前聞いたことあるわ」
「北氷洋、北欧神話の巨大な海の怪物。あれも伝承竜なのか……」
伝承とは様々なものを取り込んで膨らんでいく。
元の伝承とはかけ離れた存在になることも有り得るのだ。
ゆえに、竜であったクラーケンが、タコのような形状になることも有り得ないことではない。
「よく見るとあの足、頭と首なのね。ヒュドラ型か」
「リン、他に古竜はいるか?それと兵団の者たちは?」
「いないみたい。アイツ一匹だけよ。成竜体になれる人はみんな一緒に戦ってる。諒兵もいるわ」
「一匹といってもあのサイズだ。総力戦を仕掛けるしかなかろうな」
その総力の中に自分と鈴が入っていないのが、正直に言って悔しく思うライラである。
「ライラどうする?」
「何?」
「ここで、見てる?」
そう聞いてきた鈴の表情は既に決意を固めている様子だった。
館山に、今は激戦区となっている場所に行こうというのだろう。
だが、あそこに行くためには少なくとも飛べる必要がある。それだけではない。
「半竜体の兵士がいないということは、ブレスの流れ弾でも死ぬ可能性がある。私たちは……」
「うん、飛べるけど成竜体にはなれない。私、最初に覚醒したとき、かなり肌残ってたもん」
鈴は最初の覚醒時、翼を生やし、両腕両脚、そして額から頬にかけて竜化していた。
実はライラもほとんど同じで、胴体、特に腹部が生身のままだった。
半竜体としてはかなりの部分が竜化しているといえるが、コレで成竜体とは言わないはずだ。
男の龍機兵で成竜体になれるものは、立ち姿こそ人間に近いだけで、全身が竜と化す。
その防御力は生身とは比べ物にならない。
竜のブレスを受けても耐えられる程の堅さの者いるのだ。
それに比べたら、鈴やライラはあまりにひ弱に見える。
この状態で、あの戦場に行くのは危険すぎる。
さらに鈴とライラが行けば、他の者たちや、真竜体の丈太郎が二人の危険を気にしすぎて満足に戦えなくなってしまうかもしれない。
足を引っ張るだけだ。
ならば、此処から見守り、勝利を信じて待つ。
それが二人が出すべき正しい答えだ。
「でも、行きたいよ……」
「リン」
「私の知らないところで諒兵が死んじゃうのはヤだよ……」
それは、ライラがかつて兄アーサーや執事バーナードに感じた想いと同じだ。
自分が知らないところで家族が死んでしまうなど、心が耐えられない。
置いていかれたくない。
それが、それこそがライラが龍機兵の力を求めた理由だった。
アーサーやバーナードやイギリス、ドラゴン・ナイツの仲間たち、そして日本で得た友リン、そして……。
それはまだぼんやりしていたが、心に棲む大切な人たちと同じようで、少し異なる場所に誰かがいるのは確かで、何故だか少し顔が熱くなる。
でも、もし、置いていかれてしまったら。
手を伸ばすこともできない場所で待っていて、結局帰ってこなかったら、残された自分にできるのはきっと泣くことだけだ。
強く生きるなんて、できそうにない。
それは、鈴も同じなのだろうとライラは思う。
弱いのだ。
自分たちは。
だから、いつも、どんなときでも、大切な人たちの傍にいたい。
「私も、行きたい」
「ライラ……」
「我ながらみっともないと思う。リン、私は誰かを守りたくて龍機兵になったわけではない。兄様やバトラーやみんなと同じ場所にいたかっただけなんだ」
ただ、そのために得た竜の力が白い竜の力だった。
だから、自分はドラゴン・ナイツの仲間たちとは違うのではないかとずっと不安だった。
子どものころのように避けられてしまうのではないか、と。
抱えていたコンプレックスを、白い翼が刺激してしまった。
「今ならわかる。私がグウィバーの力を手に入れたのは、きっと戒めだ」
「戒め?」
「自分のプライド、誇りを自分で守れない。何かに縋ろうとする。そんな弱い自分と向き合うために、私が求めたんだ」
ライラ・バンブリッジとして。
バンブリッジ家の令嬢として。
ウェールズの貴族として。
ブリテンの騎士として。
守るべき誇りも守れないような弱い自分を受け入れるために、コンプレックスの象徴でもある白い竜は自分の元へと舞い降りたのだ。
だから。
「私は白き竜として、ウェールズだけではなく、世界を守る『ウェールズの赤い竜』と成る。私自身のプライドを守るために」
「おっきいのか小さいのかわからない願いね」
「ああ。でもお前も変わらないだろう?」
「へっ?」
「世界の敵と呼ばれる竜と言えど、一人の人間を守ろうというのだから」
世界を守る者と世界の敵を守る者。
しかし、守りたいのは自分のプライドと自分の大切な人。
それはあまりにも大きな、それでいてちっぽけな願いだ。
自分を、そして好きな人を守る。
たったそれだけの願いなのだから。
「だからリン。コレだけは伝えておこう」
「なに?」
「レッ……、いや、リョウヘイが魔王に、世界の敵になったなら、私の命を懸けて戦い、私の手で倒す。他の誰にもその役目は渡さない」
鈴はかつて、諒兵が魔王になったとき、共に死ぬと誓った。
だから、鈴にはライラの言葉の意味がわかる。
魔王にさせないために命を懸ける想いがあるなら、魔王にならないことを願いつつも、そうなってしまったときは命を懸ける想い。
鈴とは異なりながらも、ライラも『赤の竜』の背を追う少女となったのだ、と。
「そんなことにはさせないわ」
「ああ、させないでくれ。それが私の人としての願いだ」
ゆえに、鈴とライラは、穏やかに微笑んでいた。
そんな二人のもとに、ぽーんっと小さな袋に入れられたお菓子が投げられてくる。
「これ、ショートブレッド?」
「オカミが作ったものだ。えっ?」
「話は終わったかい?」
そう言って少しばかり苦笑いしながら現れたのは冬子だった。
彼女が投げてよこしたらしい。
「冬子さんっ、危ないですよっ!」
「シェルターの中にいたのではなかったのか?」
「あんな大声、聞こえないはずないだろ。あのバカ、ムキになっちまってさ」
どうやら、雄叫びの声の主を聞き分けたらしい。
何となく『愛の力』だと思った鈴とライラだが、口には出さなかった。
「説教するからきちっと連れて帰ってきとくれ。途中でお腹空いたらそれ食べな」
「冬子さんは?」
「ここで待ってるよ」
「オカミは強いな……」
傍にいたいがために龍機兵になった自分たちとは正反対の言葉を口にする冬子に、鈴もライラも感心してしまう。
「けったいなもん呑む気にならなかっただけだよ」
「私たちそれ呑んだんですけど……」
「人それぞれってやつさね。でも、おかげであんたたちに頼める。ほっとくと地獄に逃げようとするからね、あのバカ」
「地獄は逃げる場所なんですか?」
「アイツにとっちゃあね」
何故か、それで納得してしまう鈴とライラだった。
冬子にお礼を言うと、二人はショートブレッドの袋を一緒に買ってきたポーチにしまう。
そして、屋上の端に立ち、すうっと大きく息を吸い込んだ。
「龍機兵団っ、七面天女鈴川鈴っ、いっきまぁーすっ!」
「ドラゴン・ナイツッ、ライラ・グウィバー・バンブリッジッ、出撃するッ!」
気合いを入れて名乗りを上げた二人は、その翼を大きく広げる。
紅色の翼と純白の翼。
目の覚めるようなコントラストに冬子は目を細め、飛び立つ二人を見送るのだった。
そのころ、房総半島館山沖。
そこは百メートル近い怪物が激突する凄まじい戦場と化していた。
八岐大蛇と化した丈太郎は、八つの頭それぞれに意識を分散する。
言うなれば、八人の丈太郎が連携して戦うのだ。
対して、クラーケンの頭を持つ八本の足もまた、連携して襲ってくる。
たまに、本体と言うべき巨大な頭が襲ってくるという状態だった。
『諒兵ッ、まだ見つかんねぇのかッ!』
巨体に合わせたような凄まじい声が辺りに響き渡る。
先ほどから、諒兵だけではなく、誠吾や義隆、他の成竜体の龍機兵は、たまに襲いかかってくるクラーケンの足を攻撃したり、避けたりしながらある一点を探していた。
竜の弱点、すなわち逆鱗である。
『見つかんねえんだよッ、焦らせんなッ!』
怒鳴り声に近い声だったためか、諒兵の返事はまさに怒鳴り声だった。
同様に探している誠吾が意外そうに呟く。
『この伝承竜、逆鱗を隠すタイプなのか……』
実のところ、伝承竜には逆鱗を見せるタイプと隠すタイプがいる。
たいていの場合、頭のした、喉もとの位置に逆鱗があるのが見せるタイプ。
成竜体の龍機兵は皆同じで、古竜も同様である。
対して、クラーケンのように喉元に逆鱗がないタイプは隠すタイプとなる。
逆鱗は竜の鱗でもっとも堅い部分であり、ほぼどんな攻撃でも通用しない。
それにより、身体を砕かれても龍玉だけは守るということが可能だ。
だが、慎重な伝承竜はその上で逆鱗を隠す。
触れさせることも許さないのだ。
クラーケンは、その巨体を考えれば生半可なことでは倒されないだろう。
ならば、逆鱗は見えやすい位置にあると考えていた龍機兵団の一同だが、逆に見えにくい位置に隠してあることに驚かされると同時に、焦りも感じてしまう。
『蛮場もいつまでも化身していられん。急がんと』
そう呟く義隆の言葉どおり、丈太郎に限らず、真竜体への化身はタイムリミットがある。
真竜体はエネルギーを大量消費するため、飢餓状態になりやすいのだ。
現状でも百メートル近い八岐大蛇が飢餓状態となったら、最悪の怪物が誕生してしまう。
もっともそうなる前に化身を解くだけの理性が丈太郎にはあるが、そうしてしまうとクラーケンを抑えられなくなる。
急がなければ、その場にいた全員がそう思っていると、風を切るような轟音と共に、白い光が現れ、そして叫んだ。
『トルネード・ブレスッ!』
とたん、凄まじい竜巻のブレスが放たれ、クラーケンの巨体がバランスを崩した。
丈太郎はすかさず八つの頭を操ってクラーケンの巨体を倒す。
だが、今のブレスは誰のものか?
『ライラ速いよ~』
『当然だリン。我がグウィバーは最速の竜。空を飛ぶスピードなら誰にも遅れは取らないぞ』
遅れてきたらしく、どこか間の抜けた鈴の声に、毅然としたライラの声が答える。
場の空気が和んでしまうような二人の少女の会話に、誰もが呆然としていた。




