12話「赤の竜と白い少女の想い」
食事の後、思い思いに休憩を取っていた戦闘部隊。
その隊長である誠吾と副隊長の義隆が丈太郎の執務室へと呼び出された。
そこでは、既に呼び出されていたらしい諒兵が二人を待っていた。
その姿に疑問を持った義隆が尋ねかける。
「バンブリッジの件は?」
「鈴一人のほうが話が通じるみてえだし、俺はこっちに来た」
「何かあったのかい?」
「いろいろ悩んでんだと、アイツ」
だが、今はそれを話している場合ではない。
そのことを理解している丈太郎が、会話に割って入ってくる。
「その話ゃぁ後回しだ。ガチでやべぇんでな」
「伝承竜ですか?」
「体格だけならマジで過去最大級のな」
その言葉と、丈太郎の真剣な眼差しで全員の顔つきが変わる。
戦士の顔へ、と。
そんな彼らの顔を見て、丈太郎は満足そうに肯くと、モニターに画像を映しだした。
とたん、全員の顔つきが微妙なものに変わる。
「こいつは活きのいいのを刺身で食うのが一番旨いぞ」
「そうなると何百人前かな?」
「さすがに俺でも食い切んねえな」
「食えねぇよ、ど阿呆ども」
と、丈太郎がボケる全員に突っ込む羽目になってしまった。
「冗談はさておき、こいつは伝承竜か蛮場?」
「形状はどう見てもタコなんですが……」
「コイツも竜なのかよ。こないだの牛といい、何でもアリだな」
以前、自分が一人で戦うはめになった牛に化身する竜を思いだし、呆れ顔の諒兵である。
「伝承なんざそんなもんだ。コイツの名前ぁクラーケン。ロシアから情報貰ったんだが、北氷洋からこっちを目指してるらしい」
「……北欧神話に出てくる海の怪物ですね」
「なるほどな。タコの怪物として有名だし、形状は合ってるのか」
一応納得した全員だが、過去最大級の伝承竜だ。
しかも、まだ襲撃の気配がないころに会議をするのだから、かなり危険な可能性がある。
のん気に蛸刺しの話などしている場合ではないことは理解していた。
「過去最大級とのことですが、正確な大きさはわかるのですか?」
「画像から計算してみたが、頭のてっぺんから足の先までで九十七メートルだ」
「は?」
あまり非現実的な数値に、誠吾も義隆も、そして諒兵までが耳を疑ってしまう。
「過去最大級っつったろ。今まで来た連中の倍はある」
「でかすぎんだろ……」
「僕が真竜体に化身しても楽に十倍近いんですが……」
「成竜体の龍機兵では相手にならんぞ、蛮場」
「てか、どうやってそこまで成長したんだよ」
諒兵の言葉は、誠吾や義隆の疑問でもある。
今までここまで成長している竜はいなかった。
海の中でならば、誰にも知られず百メートル近くまで成長することができるのだろうか。
「そうじゃぁねぇ。春馬、クラーケンの伝承は知ってっか?」
「……そういうことか」
「ん?」
「クラーケンと言えば、島ほどもあると言われる巨大さがすべてに共通の伝承になってますね」
義隆に代わり、誠吾が納得したような表情で答えると、義隆も丈太郎も肯いた。
「そうだ。コイツぁ伝承の影響で膨れてやがるだけだ。まだ生まれたてなんだよ」
「これでかよッ?!」と、諒兵は思わず声を荒げた。
生まれたてで百メートル近いとなれば、今後成長すればどれだけ巨大な怪物になるというのだろう。
信じられない伝承竜である。
「だからだ。コイツにゃぁ『総力戦』を仕掛ける。そして狙うのぁ龍玉破壊だ」
「本気ですか?」と、誠吾が驚愕した様子で尋ねてきた。
「あぁ。どっちにしたってコイツを上陸させねぇためにゃぁ俺が真竜体に化身するしかねぇかんな」
「八岐大蛇が復活か……」と、義隆も驚愕の表情を隠せない。
実は単純に巨大さで言えば、丈太郎の八岐大蛇のほうが『今は』大きいのだ。
山々を跨る巨体という伝承を持つ八岐大蛇もまた伝承の力で大きくなる。
もっとも、丈太郎はただ単に膨らんだだけではなく、中身も鍛え上げてきているが。
もっとも、それで丈太郎が抑えたとして、誰が龍玉を破壊するのだろうと諒兵は疑問に思う。
「諒兵、『抱く者』、ファフニール倒したときのこと覚えてっか?」
「……あの、白い火かよ?」
ファフニールの龍玉を砕いた諒兵の白い炎。
その力でクラーケンを消す。
すなわち、竜の血に記録された伝承に戻すということだ。
そうすれば復活するとしてもかなり先で、うまくいけば龍機兵の中にクラーケンの力を手に入れる者が出る可能性も出てくる。
丈太郎は、それが最良の結果だと考えていた。
「だから、もっかい出せ」
「アレからずっとやってっけど出ねえんだよ」
諒兵としても、凄い力であることは理解している。
それ以上に、あの時は自分の中の炎と自分の心が一つになった気がした。
炎に呑まれたのではなく、自分の心が白く輝く炎に成ったような感覚があったのだ。
だから訓練を重ねているが、いまだ一度も出せていない。
そのことを説明するが、丈太郎の言葉は変わらなかった。
「死ぬ気で出せ。コイツは今回潰せねぇと世界中で災厄になる」
今後、人や生物を襲って血を吸収していくと、クラーケンは真の怪物へと育つ。
その前に潰さなければならないのだという。
龍玉を残すことも許されない。
龍玉が残っていれば、伝承竜の復活は容易いからだ。
「そうなっと、しょっちゅう百メートル近ぇデカブツを相手にしなきゃぁなんねぇ。こっちが参っちまう」
「だからってムチャ言うなッ!」
「さすがに難しいのでは?」
この件に関しては、はっきり言って無謀な挑戦なので、誠吾も諒兵の擁護に回ってきた。
それでも。
「できなきゃぁ、鈴やライラに危険が及ぶ。今回ぁ二人とも出さねぇが、次ぁそもそも俺たちがいねぇ可能性もある」
そうなれば、残された鈴たちは前線に出ざるを得ない。
いや、そもそも日本が残っているかどうかも怪しくなる。
「ふざけんなよ……」
と、そんな話を聞いた諒兵は、さすがに鬼のような形相を見せた。
しかし、丈太郎は少しも怯まず、同じ言葉を言い続ける。
「ふざけちゃぁいねぇ。だから死ぬ気で出せ。おめぇの炎にかかってんだ」
「上等だ。クラゲだかフランケンだか知らねえが俺が潰してやる」
「あと、鈴とライラにゃぁ、明日ぁ詰所の防衛だっつっとけ」
「わかったよ」
そう答えると、諒兵は足早に執務室を出ていく。
「井波、おめぇはできるだけ温存だ。ギリギリまで真竜体にはなんな」
「了解しました」
と、誠吾は一礼してから出ていった。
そして、義隆は一つため息をつく。
「きついか?」
「きちぃなぁ。何でアイツらを死地に向かわせなきゃなんねぇんだか……。地獄に落っことされたほうが気ぃ楽だ」
そう呟きながら項垂れる丈太郎に、責任者の重圧を感じて義隆は同情する。
「大人の責任だ。逃げられん」
「容赦ねぇな、春馬」と、丈太郎は苦笑した。
「俺も部下を死なせたからな。今はせめて若いやつらの盾になれるように戦うだけだ」
「頼むぜ」
「ああ」
そう答えて執務室から出ていく義隆を見ながら丈太郎はまた一つため息をつくのだった。
一方。
冬子からライラの様子を聞いた鈴は、彼女の自室の扉の前まで来た。
今は一人でいたいというライラ。
そうさせておくべきかもしれないとは思うが、それでも、できる限り早く伝えておかなければならない。
気持ちが落ち着いてしまったら、ライラはまたその感情にフタをしてしまう。
フタができていない今こそが、ライラの心に届くチャンスなのだ。
「ライラ、いる?」
答えは返ってこない。
だが、いることはわかる。
それが鈴の七面天女の力だから。
鈴は諒兵を守るためにその力を求めたのだから。
それはきっと、ライラも同じはずなのだ。
「そのままでいいから聞いてて。私ね、ライラの竜の力は、ライラ自身が求めたものだと思うの」
かつて誠吾が諒兵に言った言葉は、そののち鈴も聞いていた。
人が手に入れられる力は、心から求めたモノしかない。
だから、ライラの力も、ライラ自身が心から求めたものであるはずなのだ。
「お兄さんと同じで、お兄さんたちを守れるくらい強い竜の力を求めたんだと思う」
それは決して間違いではない。
その力を正しく使うことができれば、多くの人を守ることができる。
それが、ライラが欲した『ウェールズの赤い竜』の力であることに間違いはない。
だからこそ、これだけは聞いておきたい。答えが返ってこなくても。
「ライラが欲しかったのは色なの?貴族の証なの?」
もし、それであるというのなら、龍機兵になる意味などない。
龍機兵になる必要すらない。
ただ、自分が貴族であると、騎士であると証明したかっただけだというのならば。
「私が、龍機兵になったのは、諒兵のこと、守りたいって思ったから」
それが鈴の始まりで、その思いは今も変わらない。
変わらないから、諒兵に普通の日常を与えたい。
龍機兵だから。
バケモノを倒すバケモノなんかで終わってほしくないから。
「この国はね、自分に火の粉が降りかからない限り、周りのことを気にしない人も多いの」
だから、前線で戦う龍機兵を気遣う一般人は少ない。
必要以上に関わらないよう、兵団詰所に来る人も少ない。
ほんのわずかな人々が龍機兵たちに優しくする程度だ。
それでいいと、鈴には思えなかった。
守ってくれる人たちの存在を遠いものだと思いたくなかった。
何より、諒兵のことを自分と違う世界の人間だと思いたくなかったのだ。
「私、龍機兵を守る龍機兵がいてもいいと思うの。私はそうなりたかった。だから龍機兵になった。そういうのもありなんだと思う」
ライラがイギリスの民をブリテンの貴族として守りたいというのが、建前だけではないのならきっと伝わる。
「諒兵を守れる力が私は欲しかった。ライラは何を守りたくて力が欲しくなったの?」
その答えは、ライラの口から聞きたい。
そういって鈴はその場を離れる。
自分の言葉が届いていることを祈って。
その途中、鈴は諒兵に声をかけられた。
「あっ、蛮兄の用事ってなんだったの?」
「ああ。明日はお前とバンブリッジで詰所の防衛してくれとよ」
「何かあるの?」
「知らねえよ」と、諒兵は興味なさそうな顔を見せる。
「あんたは?」
「前線の見回りだよ。井波の旦那が沖合いのほう見に行くからだとさ」
「ふ~ん……」と、鈴は諒兵の顔をじぃーっと見詰める。
その様子に諒兵は訝しそうな表情を見せる。
「何だよ?」
「べーっつにぃっ!」
何となくだが、鈴は諒兵が嘘をついていると感じた。
そして、諒兵が嘘をつくときは、たいてい自分を面倒にかかわらせないようにしているときだと鈴は理解している。
つまり、明日はかなり大きな問題が発生するはずだ。
それでも、付いて行こうものなら意地でも止めようとするだろう。
ここは素直に聞いておくべきだと鈴は考える。
「わかった。ライラには……」
「部屋にいるんだろ?外から声かけりゃ聞こえんだろ」
「きつい言い方しないでよ?」
「同じこと伝えるだけだ」
そういってスタスタと歩いていく諒兵を見詰めながら、鈴は不安を感じるのだった。
ライラは再び一人で膝を抱えてベッドに座っていた。
食事を持ってきてくれた冬子は、泣き出したライラに何も言わず、ただあやすように抱きしめてくれた。
先ほどまでドアの向こうにいた鈴は自分が求めたのは色ではないと、貴族として民を守るための力だと言った。
さらに鈴自身は諒兵を守れる力を求めて龍機兵になったと。
それは決して間違いではないと思う。
思うのだが、心が受け入れようとしてくれない。
白い竜の力を。
ブリテンの、ウェールズの貴族としての自分が、母の血を受け入れようとしてくれない。
(わかってる。自分の心次第だってことは。でも……)
どうしても、自分が望んだ理想と正反対の真実とも言える白い竜『グウィバー』を、受け入れることができなかった。
みんなに優しくされてしまうことが辛いのに。
情けないと思うのに。
一歩を踏み出すことができずにいた。
すると。
「バンブリッジ、いるか?」
今度は諒兵が来たことに、ライラは驚く。
そもそも敵対していた相手だ。
自分に対して何を言おうというのだろうと思う。
「兄貴から伝言だ。明日は鈴と一緒に詰所の防衛だとよ。伝えたぜ」
すると、踵を返して去っていくような足音が聞こえてくる。
(えっ?)
それだけ?
そう思ってしまったライラは、考えるよりも早く動きだしていた。
ガチャンとドアを開けると、背中を向けていたのだろう、顔だけ振り向いた状態で諒兵が立ち止まっている。
「どした?」
「あっ、いや……、今のは?」
「兄貴から伝言だっつったろ。明日は鈴と一緒に詰所の防衛だ。しっかりやってくれ。俺は前線の見回りに出るかんな」
先ほどと同じ内容のセリフをもう一度言ってくる。
それ以外に言うことなどないとでもいうような態度で。
それが、逆にライラの口から言葉を引きだした。
「お前は……、今の私に言いたいことはないのか?」
「何をだ?」
「……情けないと思っているのだろう?」
倒そうとした相手に情けをかけられた。
まるで相手にならず、逆に自分の弱さを見抜かれた。
そして今も、一人で引きこもってしまっている。
情けないと思われないほうがおかしいとライラは考える。
だが、返ってきたのは無慈悲な答えだった。
「お前が何してようが俺の知ったこっちゃねえ。俺は、人のことまで気にしてられるほど強くねえんだ」
「それは……」
「それでも力を手に入れちまった。だから、最初は死に場所を求めて戦ってた」
「なっ……」と、驚くライラを無視して諒兵は続ける。
『赤の竜』
憤怒の化身である魔王、サタン。
その化身たる竜。
そんな力を、まだ高校生になるくらいの少年に背負えるはずなどない。
一歩間違えれば世界を滅ぼす力など、扱い切れるはずがない。
だから、諒兵は死に場所を求めて戦っていた。
せめて人間として終われるように。
「でも、鈴は今の俺でいいって言いやがった。魔王に殺されるなってな」
「聞いている……」
「しかも、アイツまで龍機兵になっちまった。こっち側になんぞ、来るもんじゃねえのによ」
人の心を持ちながら、人ではない存在と化した自分たち龍機兵。
その中でも忌み嫌われる『赤の竜』
諒兵は、人の世界に居場所などないのかもしれない。
でも、鈴はそんな諒兵の傍にいようとする。
その居場所になろうとする。
だから。
「俺は鈴を独りぼっちにはしねえって誓った。そのために今は戦ってる。でも、強くねえから俺は鈴を守るだけで精一杯だ」
「お前は……」
「だからだ、自分のプライドくれえ自分で守りやがれ。お前の面倒まで見てられねえんだよ」
何も言い返せなかった。
でも、今までで一番心に突き刺さった。
せめて、人として最低限の強さを持たなければ、自分は息をするだけの死人に過ぎないと気づかされた。
自分の、ライラ・バンブリッジという一人の人間のプライドを守ることもできないままではダメなのだ。
でも、思わず愚痴が出てしまう。
「お前は、優しくないな」
「優しくされたきゃ他のヤツに頼めばいいだろ。面倒かけんな」
「そうしよう」と、そういってライラは苦笑する。
そんなライラを見てから、諒兵は背を向けて歩き去っていく。
そして、その姿が見えなくなったころ。
「でも、お前の言葉が一番ありがたい……」
そう呟く自分の頬にうっすらと赤みが差していることに、ライラは気づかないふりをした。




