11話「赤い竜と紅の少女と白い少女の願い」
ライラは一人、ベッドの上で蹲っていた。
負けたことは仕方がない。
経験の差が出たことも今なら理解できるし、ならばその差を埋められるよう自分も経験を積めばいい。
しかし、諒兵に自分の気持ちを看破されたことが辛い。
居心地の良すぎるこの場所に来てしまったことで、噴き出してしまった本当の想い。
許せないのは自分だ。
自分の身体に流れる人としての血だ。
半分だけでもブリテンの貴族の血が流れているのだから、周りも認めてくれると思っていた。
周囲の視線から、そうではないと気づき、必死に貴族の娘として努力した。
自分が蔑まれれば、父も兄も蔑まれる。
所詮は■■■の血が流れる娘だと。
父は母を愛し、兄もまた良き息子として自分の母を立ててくれていた。
それなのに、母のせいで蔑まれると暗い気持ちが生まれてしまう。
だから、必死に努力してきたのに。
「どうして、私の翼は白いんだ……」
白い鱗が、白く輝く翼が自分の努力を否定する。
お前は■■■■人の娘、だと。
そんな取り留めのない想いにときおり涙を流す。
ゆえにコンコンというノックの音を聞きながらも、ライラは応えなかった。
きっと鈴だろうと思ったからだ。
本当に気さくで親切で人懐こいから、自分のことを心配してくれたのだろう。
だが、今は会いたくない。
綺麗な赤い翼を持つ鈴に会うと、酷いことを言ってしまいそうだから。
「アタシだよ。開けとくれライラ」
「オカミ?」
「ご飯だよ。お腹空いてるんだろ?」
「……すまない。感謝する」
実際、飛竜との戦闘ではかなり弾丸を作ったので、空腹だった。
『飢餓状態』のことを考えれば食べておくべきだろう。
そう考えたライラがドアを開けると、声の主、冬子が中に入ってきた。
設えられた机の上に、まだ十分に温かい食事を載せる。
その中に、分厚くて長細い形をしたクッキーのような菓子があった。
「これは……」
「ショートブレッドだよ。調べて作ってみたんだ。ちょっと食べてみてくれるかい?」
本場の味がわからないために自己流だという冬子手製のショートブレッドを摘む。
口の中でほろほろと崩れる甘いお菓子は、懐かしい味がした。
また、涙が零れてくる。
情けない。
そう思うのに、優しくされることに甘えたくなってしまう。
「ごめんなさい、ごめんなさい、かあさまぁ……」
「泣いていいよ。独りぼっちでこんな遠くまで来たんだからさ」
今はただ子どものように泣いていたい。
縋りついて泣き続けるライラを、冬子はあやすように優しく抱きしめていた。
そのころ。
「これじゃねえのか?」
「ちょっと読ませて」
詰所の中には資料庫がある。大半は丈太郎が研究のために集めた資料なのだが、様々な竜の伝承も資料として集められていた。
その中で、鈴は諒兵が取り出した一冊の本を受け取り、パラパラとめくっていく。
『グウィバー』
アーサー王伝説には二匹の竜が登場する。
一匹がウェルシュ・ドラゴンこと、ウェールズの赤い竜。
もう一匹が白い竜。その名を『グウィバー』という。
詳細は省くが、ウェルシュ・ドラゴンもグウィバーも、伝承において民族を象徴する竜である。
ウェルシュ・ドラゴンはウェールズに住んでいたブリトン人。
グウィバーは渡来してきたサクソン人という民族を指している。
当時、戦争をしていたこの民族を象徴するため、伝承においてもウェルシュ・ドラゴンとグウィバーは戦うことになる。
その戦いはコーンウォールの猪と呼ばれた王、すなわちアーサー王が登場し、サクソン人を破るまで続くことになるのだという。
資料を声に出して読み上げながら、鈴はライラの白い鱗を思い浮かべる。
なお、声に出したのはまったく読む気のない諒兵に聞かせるためだったりする。
それはともかく。
「蛮兄が調べろって言ったし、この白い竜『グウィバー』がライラが持ってる竜の力なんだわ」
「何か、バンブリッジの兄貴の敵っぽいな」
「そうね。でも、そこまで気にするものなのかなあ?」
伝承に出てくる白い竜は、内容から考えれば征服しに来た侵略者の象徴だ。
アーサー王の英雄伝承においては悪役なのだろうが、それはもうはるか昔の話である。
この時代を生きるライラがここまで気にするものでもないだろう。
「だったら、この白い竜そのものじゃなくて、なった理由が問題なんじゃねえのか?」
「理由?」
「あいつ、白くなったことがイヤだったみてえだ。あいつ自身になんか理由があんだろ」
「そか。それはさすがに資料じゃわかんないよね」
そうなると、知っている人物に話を聞くしかないと、鈴は諒兵を引きずって丈太郎のラボに向かう。
そこで会ったのは意外な人物だった。
丈太郎の紹介でライラのことを説明してくれたのは他でもない。
五人の龍機兵の一人、アーサー・ウェルシュ・バンブリッジ。
つまりライラの兄その人だった。
モニターの向こうから、彼はライラの生い立ちについて説明してくれたのだ。
「後妻の娘?」
「腹違いなんか」
[そうだ。ライラの母は私の乳母を務めてくれた女性で、父の後添いになった]
もともとアーサーの実の母が病弱の身で無理にアーサーを産んだためにすぐに他界。
その際、当時のバンブリッジ家当主、つまりアーサーとライラの父がアーサーの乳母として雇ったのがライラの実の母だったという。
[生さぬ仲ではあったが、実の母とほとんど触れ合ったことのない私にとっては母そのものだ。関係が悪くなるようなことはなかった]
「なら、ライラとも仲いいんですよね?」
[無論だ。私にとっては大事な妹だし、母は私もライラも分け隔てなく接してくれた]
「じゃあ、何が問題なんだろ?」
少し逡巡した様子のアーサーに代わり、丈太郎が口を開く。
「今じゃ珍しかねぇが、ライラのおふくろさんてなぁドイツ系移民の子どもなんだよ」
「そのせいで、ライラは同世代の子どもからは疎まれていたのだ」
「えっ、何でっ?」と、鈴は思わず驚きの声を上げてしまう。
要は苛められていたということだからだ。
[ドイツ系となればどうしてもゲルマン民族、すなわちサクソン人を連想してしまうのだ]
「あっ、本にも書いてあったっけ……。伝承だとブリトン人の国をサクソン人が征服しにきたとか」
そして、そのサクソン人の象徴が白い竜『グウィバー』である。
忌み嫌われるということは、今のイギリスではそうはないだろうが、受け入れにくい存在でもあろう。
今も自分たちは赤い竜の子孫だと謳うウェールズの民がいるくらいなのだから。
「あいつが許せねえのは、その血か」
[そうだ。赤の竜よ。今思えばライラが龍機兵になることに拘ったのは、自分の中の血を否定したかったのだろう]
自分の母がドイツ系移民の子だったとしても、自分は誇り高きウェールズの貴族の血を引く娘だと、ブリテンの騎士であると。
誰よりもライラ自身が認めたかったのだ、自分自身を。
だが、竜としての力はサクソン人を象徴する白い竜。
ライラは自分の血に、自分の希望を打ち砕かれていたのである。
「どうしようもねえんじゃねえか?」
[そうだ。どうしようもない。ライラが自分自身を受け入れられない限り、我々にはアドバイスのしようがない]
問題がライラ自身にある以上、諒兵たちにはどうしようもない。
ライラが自分で自分の竜の力を受け入れられない限り、どうすることもできないのだ。
「グウィバーってなぁ竜としちゃぁウェルシュ・ドラゴンに匹敵する強力な伝承竜だかんな。それ自体ぁわりぃもんじゃねぇ」
[鍛え方次第では天空の覇者にも成り得る。マッハを超える最速の機動力こそがグウィバーの竜としての力なのだ]
「飛竜っつうかワイバーンみてえだな」
[グウィバーの伝承の中には、ワイバーンそのままの姿であるというものもあるからな]
竜の伝承において、形状はそれほど固定されていない。
伝承に合わせて変化するのが竜の形状である。
グウィバーは伝承によっては翼を持つ蛇の姿をしているとも言われる。
もっとも、アーサー王の伝説において、ウェルシュ・ドラゴンが四足の竜なので、グウィバーもそれに近いイメージになっているが。
いずれにしても、今のままではライラは龍機兵にも人にも成り切れない状態なのである。
そんな中、ずっと黙っていた鈴が口を開いた。
「ライラは、龍機兵になったきっかけはウェールズの赤い竜の力を手に入れるためって言ってました」
[それは……]
「それで不思議だったんですけど、アーサーさんがいる状態で、ライラが赤い竜になることってできたんですか?」
「そいつぁ無理な話だ。強力な伝承竜になれんのぁたいてい一匹。アーサーがウェルシュ・ドラゴンになった以上、同じ竜にゃぁなれねぇ」
これに関しては、伝承で群れをなしているような怪物や竜でない限り、不可能な話となっている。
強力な伝承竜となれば、たいてい一匹を指すので、アーサーと同じウェルシュ・ドラゴンになることはできない。
これは七面天女の鈴、八岐大蛇の丈太郎も同じだ。
強力な伝承竜となると、同じ竜の力を持つ龍機兵は複数生まれることはないのである。
「初めて会ったとき、ライラはアーキンさんのコカトライスを嫌ってる様子はなかったんです。むしろ誇らしく思ってるみたいでした」
[ふむ。ライラはドラゴン・ナイツの騎士たちは私同様に尊敬できる心を持っているからな]
「はい、だから、私はアーサーさんもアーキンさんもライラにとってはおんなじだと思います。同じ『ウェールズの赤い竜』なんだって」
「違うって兄貴が言っただろ」と、諒兵が突っ込む。
「そうじゃないのよ。イギリスを守る竜って意味で言うなら、どんな竜であっても『ウェールズの赤い竜』になれるんじゃないかって思うの」
[ほう……]
能力、伝承と言ったものではなく、イギリス、ユナイテッド・キングダムを守る竜こそが『ウェールズの赤い竜』だと鈴は言いたいのだ。
それはバーナードのコカトライスでも、ワイバーンでも、ウェルシュ・ドラゴンでも、何より『グウィバー』でも変わらない。
心の持ち方こそが、イギリスを守護する竜と伝えられる『ウェールズの赤い竜』になれるか否かを決める。
イギリスを含め、欧州を守る龍機兵の軍隊『ドラゴン・ナイツ』
それこそが『ウェールズの赤い竜』たち。
そう思えることこそが大事なのだと鈴は語る。
[それは、とても良い考えだ]
「それで思ったのが、ライラはきっと尊敬するお兄さんと同じようにって思って、『グウィバー』になったんじゃないかと思うんです」
「ああ、そういうことか」と、鈴の言葉で諒兵は理解できたらしい。
納得したような表情見せる。
すると、丈太郎が話してみろと声をかけてきた。
「ウェルシュ・ドラゴンに匹敵する竜を、自分の国のイギリスで探したら『グウィバー』ってのしかいねえんじゃねえか?」
「……ウェールズに限定すっとなっと、そうかもしんねぇな」
[一つの伝説に語られる言わば好敵手だ。これほどわかりやすい互角の竜の伝承もなかろう]
無論のこと、欧州には様々な竜の伝承があるのだから、探せば出てくる可能性はある。
あるのだが、一番身近な兄のウェルシュ・ドラゴンに匹敵するとして思いつくのは確かに『グウィバー』しかない。
それが真実かどうかはわからない。
実のところ、ライラの身体に流れるサクソン人の血が白い竜の力を呼んだ可能性のほうが高い。
でも、そう思うことが、信じることができるなら、兄と互角の竜の力として白い竜の力を得たということが、ライラにとっての真実となる。
「リン・スズカワ」
「あっ、はい」
「頼む、ライラにその思いを伝えてやって欲しい。そうすれば、ライラはきっと誰よりも迅く飛べるようになる」
「はいっ!」
そう元気良く答えた鈴に、アーサーは感謝の意を込めて頭を下げていた。
五分後。
鈴は諒兵と共に丈太郎のラボを後にしていた。
その場には、モニターに映るアーサーと丈太郎のみ。
[あの娘が龍機兵になったのは運命のように思える。赤の竜を導いたというのもわかるぞ、バン]
「俺もそう思いてぇな。いい娘っ子だしよ」
そういって、世界を守る龍機兵のリーダーたちが笑っていると、大声で割り込む者がいた。
[おいバンッ、起きてっかッ!]
「どしたローベルト?」
「何かあったのか?」
割り込んできたのは、ロシアを守る龍機兵たちの総責任者、ローベルト・クレンコフだった。
ローベルトは慌てた様子で捲くし立ててくる。
[北氷洋からそっちにやべえのが向かってるぞッ、楽に百メートル近くはあるッ!]
「んだとぉッ?!」
[どんな伝承竜だッ?!]
[それなんだがこれを見てくれ。うちの水棲部隊が撮影した画像だ。ほとんど真っ黒だが影の形でわかる]
そういってローベルトが自分が映るモニターに表示したのは、かなり巨大な竜だ。
ただ。
「……マジでこれか?」
[デビルフィッシュのようだが……?]
[まあ、タコにしか見えねえよなあ?]
実際、それはどう見てもタコだった。
大きさはまさにバケモノと言っていいサイズだが、形状は日本人にとっては馴染み深い食用の生き物に酷似している。
実際に食べられるかどうかはともかくとして。
[これは伝承竜なのか?]
[わからん。バン、お前はどう見る?]
「……コイツを竜って呼ぶのぁどうもなぁ」と、丈太郎はポリポリと頭を掻いた。
このどう見てもタコとしか思えない怪物を竜に分類していいのかと丈太郎やアーサー、そしてローベルトも思っているらしい。
「こりゃぁ移動してるとこ撮ってんのか?」
[ああ。泳ぎ方もタコそっくりだ]
[あまり気分のいいものではないな]
イギリスにおいてはデビルフィッシュと呼ばれて忌み嫌われていた生き物がタコの類だ。
さすがに今は多少なりと文化交流の面から食用であることも受け入れられているが、イギリス人としてあまりタコは好きではないらしい。
だが、丈太郎としては無視するわけにもいかない。何しろ日本に向かっているというのだから。
そしてアーサーとしても無視はできない。
今、日本には大事な妹がいるのだから。
仕方なく、その画像を睨みつけるように見つめる丈太郎は、タコで言えば胴体に相当する部分に違和感を持つ。
[ローベルト、タコの頭の上ぇ拡大してくれ]
「胴体って言えば俺でもわかるぞっ!」
そう文句を言いつつも、ローベルトは言われた通りに画像を拡大する。
「牙だ……。コイツ頭が上についてやがる」
[何ッ?!]
「ローベルトッ、今度ぁ足の先映せッ!」
[おっ、おうッ!]
慌てた様子で画像を切り替えたローベルトに礼を述べるのも惜しみ、丈太郎は凝視した。
「こっちゃぁ足じゃぁねぇ。頭だ」
「何だとッ?!」
「何なんだバンッ?!」
「そうか。アレにゃぁドラゴンって伝承もあった。そう考えりゃぁコイツぁ確かに伝承竜だ」
納得したように呟く丈太郎に対し、まだ正体が掴めないアーサーとローベルトが問い詰める。
「北欧神話の海の怪物だ。おめぇらのほうが詳しぃだろ?」
[まさかコイツ、クラーケンか?]
[クラーケンだとッ!]
「間違ぇねぇ。クラーケンにゃぁドラゴンだったって伝承もある。コイツの形状ぁでけぇ頭と短い身体が本体で、脚の代わりに生えてんのぁたぶん尻尾だ。それが竜の頭と首になってやがる。こいつぁ、分類上ぁ俺と同じヒュドラ型だ」
『クラーケン』
北欧神話に語られる巨大な海の怪物で、たいていはタコやイカの姿で描かれるが、丈太郎の言うとおり、ドラゴン、さらにはエビなどの甲殻類であるという言い伝えもある。
さらに、その名称は捻じ曲がったもの、曲がりくねったものを意味する言葉の語源であったとも言われている。
タコやイカの姿で描かれるのは、墨を吐くという伝承があるのと同時に、曲がりくねった腕を意味しているためでもあるらしい。
特筆すべきはその『巨大さ』であり、伝承で島ほどの大きさであるとも伝えられる。
その場にいる誰もが唖然としてしまうが、この怪物が、今日本に向かっているということこそが大きな事実だ。
「ローベルト、どんくれぇで日本に来る?」
[わかんねえが余裕はそんなにはねえぞ。コレを撮ったのは一時間前で、そのころはまだウランゲリ島の近海で気配が発生したばっかだった。それからベーリング海峡を目指して移動を始めてる]
海峡を越えればベーリング海。そして北太平洋。
日本は目と鼻の先に位置する。
「早ければ明日の昼には襲撃があるぞ、バン」
「わかってる。こっちゃぁ準備に入る。アラステアと九垓のジジイに連絡してくれ。通り道のカナダやアメリカぁ襲われるかしんねぇ。あとジジイにゃぁ日本に来たときゃぁ最悪、出張ってもらう」
「わかった。そちらは任せておけ」
「こっちも追跡続けるぞ。あくまで日本に向かってるだけでこっちが襲われる可能性もあるからな」
「頼んだぞッ!」
そう答えた丈太郎はすぐに通信を切り、誠吾と義隆に連絡をつける。
怪物が日本に迫る。
その危機を伝え、何としても人を守り、生き残る準備を始めるために。




