9話「飛竜と白の少女と赤の竜」
旧東京都、有明。
以前にも襲ってきたゲオルギウスの毒竜。
誠吾と戦闘部隊はそれを相手に奮闘していた。
成竜体になれるものは全員が化身している。
だが、古竜が群れをなしてきているため、それが邪魔で仕方がない。
伝承竜だけを相手にしたいが、部隊の大半が古竜の処理に負われてしまう。
『時間がかかると毒気が辺りに充満してしまうな。仕方ないか』
「隊長ッ、古竜が多すぎっすよッ!あのデカブツまで手が回んねっすッ!」
そう声をかけてきたのは、片腕と脚までしか竜化できない若いというか、誠吾と同い年の隊員。
半竜体の龍機兵だと毒竜の毒気で受けるダメージは成竜体の龍機兵の倍だ。
下手をすると動けなくなる。
そこを古竜に狙われてはひとたまりもない。
誠吾は、隊員たちを、仲間を死なせたくなかった。
『わかってます。総員に通達。僕が化身してあの毒竜を沖合いまで吹き飛ばして抑えます。その隙に古竜撃退に集中してください』
「はいッ!」と、素直に答える隊員だったが、すぐに青ざめ、大声で叫んだ。
「そーいんたいひぃぃぃぃぃーッ!隊長が『青竜』になるぞぉぉぉーッ!」
その声を聞くや否や、龍機兵たちが慌てたように誠吾の傍から離れていく。
巻き込まれたくない気持ちは自分も理解できるが、さすがにちょっと傷ついた。
『隊員で耐えられるの春馬さんだけだからなあ。しょうがないんだけど、みんな酷くない?』
丈太郎は当然カウント外。
諒兵は遊撃部隊なので、戦闘部隊に数えられていなかったりする。
とはいえ、気にしている場合ではなく、古竜たちが離れた隊員たちの代わりの獲物として自分に寄ってくる。
いいダメージになるだろうと、誠吾は全身に力を込めた。
そして。
『ギィエェェェエェェエェェエェェェエエェイィィィッ!』
その独特な雄叫びが響いたかと思うと、辺りに凄まじいエネルギーが放たれた。
そして、全身が既に竜である成竜体の誠吾の全身から、さらに青い金属の鱗が生え、身体を覆い、変化していく。
その姿は人間とはかけ離れた『龍』そのものだ。
頭は様々な動物のパーツを組み合わせたもので、全長十メートルの蛇のように長い身体に四本の長い爪を持つ脚。
全身が真っ青なその身体を持つ者こそ『青竜』
伝承そのままの身体を再現するこの姿を、龍機兵たちは正体、真なる姿として『真竜体』と呼ぶ。
化身した『青竜』誠吾は、その大きな顎を開き、凄まじい勢いの水のブレスを吐いた。
『ヴォオォオォオォォオォオオォオオォォオオッ?』
その衝撃で、毒竜は一気に沖合いまで吹き飛ばされてしまう。
『皆さんッ、古竜の相手を頼みますッ!』
そう叫び、誠吾は単身毒竜に戦いを挑んだ。
この地を守る『龍』として。
一方、羽田。
滑走路付近の海の上で、丈太郎は海馬と表した竜と対峙する。
ギリシャ神話に語られるシーホース、ヒッポカンポスという名の怪物のごとき容姿を持つ金属でできた竜。
上半身は馬に近く前足にはひれがある。だが下半身は尾びれのある長い魚のような竜のような身体をしていた。
そんな竜が、百を超える群れとなり、まるで津波のように羽田に向かってきている。
にもかかわらず。
「おー、井波のヤツ真竜体に化身したか。なら毒竜程度にゃぁ負けねぇな」
丈太郎はのん気に誠吾の化身の様子を眺めていた。
危機感のないことこの上ない。
そんな丈太郎が視線を向けると、海馬がすぐそこまで迫ってきている。
「数揃えりゃぁ上陸できると思ったか?」
獣のような笑みを浮かべた丈太郎は、一気に周囲に七つの金属でできた蛇の頭、ヒュドラ・ヘッドを作り出した。
ヒュドラ・ヘッドが顎を開くと、そこから光が放たれる。
それだけで無数の海馬が爆散した。
だが、それでも海馬の群れの津波のような突進は止まらない。
「こりゃぁいい。ここんとこラボに缶詰で暴れてなかったかんな。おめぇら、俺のストレス解消に付き合え」
その場に殺気が満ちる。
直後、丈太郎は全身から緑色の金属の鱗を生やし、成竜体へと化身した。
自らのものも含めた八つの顎が開き、放たれた光は海面を走る海馬の群れを激しく蹂躙していくのだった。
そして、旧葛西臨海公園付近にて。
諒兵は崩れかけた瓦礫の上から、海面スレスレを高速で接近してくる無数の長い影を見つめる。
「五十ってとこか」
蛟とは日本や中国に伝わる伝承で、日本では水に棲む小型の龍、中国では同様に水に棲むが蛇に近い姿をしているといわれる。
中国では龍に至る過程にある竜とも言われ、水に棲む蝮の一種が五百年を経ると蛟になり、千年を経ると龍になると言われている。
いずれにしても、水に棲む蛇のような竜という点ではどちらも同じだ。
毒気を吐く竜でもあり、人を殺していたという伝承もある。
力はそれほど強くはないが、大群でくれば恐ろしい存在だろう。
だが、そんな蛟を群れを見つめる諒兵の身体が、赤い金属の鱗に覆われていく。
『お前らに時間かけてらんねえんだよ』
成竜体へと化身した諒兵が右腕を振るうと、炎が海中を疾る。
すると、沸騰した海水から逃れるかのように、無数の金属でできた蛇のような竜が跳ね上がった。
『俺は早く鈴のとこへ行かなきゃなんねえんだッ!』
両腕から噴き出す炎で、次々と蛟を破壊していく姿は、まさに人も竜も滅ぼすようなバケモノのものだった。
そして、龍機兵団詰所では。
義隆が運転するトラックが、飛竜を一匹撥ね飛ばしていた。
その隙に外に飛び出た鈴は、すぐに面を作り出し、両腕両脚を竜化させ、翼を生やす。
対照的にライラは、ためらいがちに両腕と両脚のみを竜化させた。
紅色の鈴とは対照的な、雪のように白い金属の竜の四肢。
純白と例えてもいいようなほど、きれいな色をしていた。
それを見て思わずきれいだと言いそうになってしまった鈴だが、先ほどのライラとの会話を思い出し、必死に呑み込む。
そして脚に力を込めて。
「待てッ、飛ぶなッ!」
義隆に止められてしまった。
「なっ、相手飛んでますよッ?!」
「副隊長の言うとおりだリン。飛竜相手に空戦は難しいなんてものではないぞ」
「えっ?」
「バンブリッジは当然知っているか。古竜が飛んでいるのとはわけが違う。飛竜は飛ぶことに特化した竜だ。空でやつらと戦えるのはドラゴン・ナイツの龍機兵くらいだろう」
古竜も翼を持つ。ゆえに飛ぶことができる。
しかし、それはあくまで空を飛ぶことができるというだけで、空を支配するほどの力があるというわけではない。
だが飛竜、ワイバーンは違う。
鳥類に近いその身体は、飛ぶことに特化している。
それを追いかけたり、逆に攻撃を避けたりするためには、飛竜と互角の飛行センスが必要となる。
それは一朝一夕の訓練で得られるものではない。
「飛べば逆に集中攻撃を受ける。だから龍機兵団では基本的に下から撃ち落すんだ」
「わ、私ブレスの狙いがまだ甘いんですけど……」
現在、鈴が持っている攻撃能力はブレスだけだ。
しかし、後方支援型とはいえ策敵がメインの鈴は敵の場所を見つけるのはうまいが、攻撃は基本的に諒兵任せなので当てるのはそれほどうまくない。
無論、古竜程度なら撃ち落せるが、飛竜となると話は違ってくる。
飛竜のスピードに追いつけるほどの攻撃はまだできないのである。
「バンブリッジはどうだ?」
「私にはこれがある」
そういってライラが右手で作り出したのは、白い金属でできたピストルだった。
「作ったのか?」
「うむ。かなり勉強したが」
「すご……」と、鈴が感心するのも無理はない。
竜の身体を使い、複雑な機構を持つ武器を作るのは、貴公すべてを理解しなければならず、至難の業と言える。
ピストルを作れるというだけで、ライラがどれだけ勉強してきたのか理解できるのだ。
「射程は?」
「一キロくらいだな。だが遠距離を狙うほど連射が利かなくなる」
「十分だ。鈴川、策敵に集中してくれ」
「はい?」
「お前が敵を捕捉し、バンブリッジが狙う。龍玉で情報交換をしながら狙撃の補助をするんだ」
「はっ、はいっ!」
『竜の血』のエネルギーを無駄に消費するより、鈴が敵の捕捉、ライラが敵の撃破と集中するほうが無駄がない。
ここではコンビを組ませるほうが逆に勝率が上がるとよしたかは判断したのだ。
「副隊長はどうするのだ?」
「……久しぶりに頭を作るとしよう」
「「は?」」と、鈴とライラが首を傾げると、義隆はすぐにこげ茶色の金属の鱗を生やし、成竜体へと化身する。
そして、本来なら翼が生えるはずの背中から、四本の竜の首が生えてきた。
「「はあぁっ?!」」
「普段は翼を生やしてるんだがな。俺はまだこの方法でしか頭を作れん」
「副隊長はヒュドラ型なのかッ?!」と、興奮した様子で叫ぶライラ。
勉強のため竜の伝承を調べているうちに、どうやらこういった知識を得ることに喜びを感じるようになったらしい。
「ああ。俺は日本の民間伝承に出てくる『五頭竜』の力を手に入れた。数は鈴川に劣るが、威力は井波に次ぐ威力のブレスを吐けるぞ」
『五頭竜』
神奈川県鎌倉市深沢に当時あったという湖に棲んでいたと言われる伝承を持つ竜である。
古くは人間を喰う悪竜として、弁財天に惚れて改心したあとは五頭竜大神と呼ばれる人間の守護竜と変わったという。
名のとおり、五つの頭を持つ龍で、分類上はヒュドラ型・獣種となる。
そんな説明を聞き、鈴が呆れた様子で呟く。
「井波さん、兵団どころか世界でもけっこうレベル高いんでしょ……?」
「並の強さでは兵団の副隊長は務まらんさ。さあ、連中痺れを切らしてきた。詰所を守るぞ。一匹ずつ確実に仕留めていけ」
「「はいッ!」」と、元気良く答えた二人は急降下してきた飛竜相手に攻撃を開始した。
七面天女の力を生かし諒兵の戦闘をサポートしてきた鈴は、策敵特化型の龍機兵と言えるだろう。
普段はブレスで敵の牽制も行うので、そこまで精度を上げることはできない。
だが、策敵に集中すれば、敵を探す程度の普段とはレベルの違う情報を得ることができる。
「ライラッ、受け取ってッ!」
「了解したッ!」
龍玉を解して入ってくる情報に、ライラは驚愕していた。
半径五百メートル四方のすべての敵の位置が、明確に、かつリアルタイムで頭に入ってくる。
さらに飛竜の移動スピードや、翼やグランドラインを基準にした現在位置における角度から、五分間先の移動予測、さらには弾丸を避けた場合の旋回方向まで計算されていた。
これだけの情報があって撃ち落せないようでは、イギリス、ドラゴン・ナイツの龍機兵の名折れだ。
「食らえッ!」
そう叫んで放たれた弾丸は、飛竜の腹に命中するや、その身体を爆発四散させた。
ライラのピストルから放たれる弾丸は炸裂弾だ。
ただし、炸裂する規模が普通の弾丸とはまったく違う。
極端な話、爆弾を撃ち込んでいるようなものなので、命中すれば一発で竜の身体を破壊できる。
さすがに龍玉を破壊することはできないが、それでも十分以上の効果があるだろう。
この弾丸もまた、ライラが自分の竜の身体から作り出したものだ。
ゆえに弾切れはない。
一発で破壊できる弾丸として制作していることもあり、実はかなり効率のいい武器となっていた。
無論のこと、一発ごとに『竜の血』のエネルギーを使うので、空腹になることはどうしようもないのだが。
「すごいよライラッ!」
「何とかいけそうだッ、リンッ、敵の捕捉は任せるぞッ!」
「おっけーッ!」
当てるために狙う時間を減らすことができれば、短時間で戦闘を終わらせられると考えたライラはそう叫ぶ。
実際、あれだけ正確に移動ルートの予測ができるなら、自分が狙うより鈴の情報に頼ったほうがはるかに効率がいい。
戦いは一人でやるものではないということを初陣で経験できたライラは非常に幸運だといえた。
一匹ずつ確実に当てられるようになれば、連射はその応用に過ぎない。
敵の捕捉を鈴がやってくれるのならば、ライラは自分の弾丸の作成と弾速の計算を行い、ポイントに撃ち込めばいい。
上空から降下してくる飛竜を狙い、ライラはピストルを連射する。
「よしッ!」
一発漏らさず命中させる。
爆散する飛竜たちの姿は、ライラにとって確かな自信となった。
(戦えるッ、私も龍機兵として戦えるッ!)
初陣で勝利を飾った者は、次の戦いに意欲を持つことができる。
慢心せずに自らを鍛えることができれば、勝利を重ねることもできるだろう。
「ライラッ、あと七匹ッ!」
「任せておけッ!」
無論、今回の戦果は鈴のサポートがあってこその戦果ではある。
その事実を理解できないほど、ライラは愚かではない。
愚かではないが、心に隙が生まれてしまうのはやはり実戦は今回が初めてであったからだろう。
戦士にとって負け戦は重要だ。
そこを生き延びることのできるしぶとさと、倒れても立ち上がれる意志の強さが養われる。
それは戦士にとって必要な強さになるのだ。
ライラがそれを得られるかどうかは、不意をついてきた『八』匹目が握っていた。
「ライラッ、副長さんッ、策敵範囲外から高速接近ッ、他のより大きいッ!」
七匹目が倒れた際、鈴は自主的にトレーニングも兼ねて策敵範囲を広げた。
広い範囲を見ることができれば、それだけ危険の察知が早くなる。
鈴は鈴で、今回の戦闘でより自分を高める意志があった。
それゆえの行動が、残りの一匹を見つけだしたのだ。
「何ッ?!」
『落ち着けバンブリッジッ!』
だが、終わったかと一瞬息をついてしまったライラは、戦闘態勢に戻るまで時間を要してしまう。
さらに。
「副長さんッ、ブレスが来るわッ!」
『ぬうッ!』
上空に飛来してきた大型の飛竜は、高速接近からのウィンドブレスというワイバーンならではの奇襲を行ってきた。
「きゃぁああぁあぁぁッ!」
「うわぁああぁああぁッ!」
成竜体に化身している義隆と違い、体重の軽い鈴とライラはその突風に吹き飛ばされてしまう。
『鈴川ッ、バンブリッジッ、体勢を立て直せッ!』
大型の飛竜は、体勢を崩した二人に向かって急降下してくる。
だが、すぐには体勢は立て直せない。
そのとき、すぐに動けたのは。
「ライラッ、伏せてッ!」
鈴だった。
戦場に出ている経験の違い。何が起こるかわからない状況で、それでも生き延びるためにどうするかを考えられること。
それが大きな違いとなって現れる。
「リンッ!」
鈴は、必死に体勢を立て直そうとするライラに覆いかぶさるように庇った。
大型の飛竜が大きな顎を広げ、二人に迫る。
ライラはその状況において、身体を動かせない。
訓練と違い、相手が殺意を剥き出しにして眼前まで迫ってくることに怯えている自分に気づく。
(そんなっ!)
それはライラにとってあまりにも大きな衝撃だった。
守るべき立場にいる自分が、ただ守られているだけでしかも恐怖に怯えているという事実はあまりにもショックだった。
だが。
『ふざけんなよ』
そんな静かな声が聞こえてきたかと思うと、大型の飛竜が悲鳴のような声を上げる。
血のように真っ赤な金属の爪が、大型の飛竜の身体を一撃でバラバラに引き裂いたのだ。
飛竜を埃のように払いのけたのは鮮血の如く赤い金属の身体と大きな翼を持つ竜。
「レッド・ドラゴン……」
成竜体に化身した『赤の竜』、すなわち諒兵だった。




