13話「少女と少年と紅の竜」
諒兵は確かにファフニールの一撃を受け止めた。身体『全体』を使って。
その結果は。
「ク、ソが……」
「諒兵ッ!」
前足を受け止めたまでは良かったが、その爪が深々と腹に食い込むことになってしまった。
爪が刺さった腹から真っ赤な血が流れでる。
それだけではない。
「カハッ!」と、諒兵は思わず血を吐いた。
はっきり言って無理があった。あまりにも体格差がありすぎるのだ。
むしろ、受け止められたことのほうが奇跡だろう。
普通なら、吹き飛ばされているのが当たり前だからだ。
そんな奇跡を成し遂げたのは。
「てめえなんぞに……、鈴は殺させねえ……」
龍機兵の力でもなく、赤の竜の力でもなく、諒兵の男としての意地だった。
食い込んだ爪を決して離そうとはせず、諒兵は叫ぶ。
「クソ兄貴ッ!頭一つこっちに回せッ!」
シェルターを守る丈太郎の緑色した金属の蛇の頭、ヒュドラヘッドに鈴を運ばせるために。
(イヤッ!)
そんな声を聞いた鈴の心の声が叫ぶ。
イヤだと。ここで守られているだけなのは。
これからも守られるだけで、諒兵の苦しみの上で生を謳歌するなんてことは。
そんなある意味ではあまりにも『人』らしい生き方なんていらない。
仮令、バケモノと呼ばれることになったとしても。
(私はあんたを守りたいのよッ!)
残る力を振り絞って地を這い、諒兵の身体を使って立ち上がる鈴。
「このオオバカヤロウッ!じっとしてろッ!」
「バカでいいわよ……それであんたを守れるなら……」
「りッんむッ?!」
ためらうことなく、鈴は血に塗れた諒兵の唇に自分の唇を重ね、諒兵の血を呑み込んだ。
とたん、身体が熱くなる。
さらに激痛が走った。
瓦礫の中にあった金属が鈴の身体に突き刺さる。
「アァアアァァァアァァアァアァアアッ?!」
それがまるで溶鉱炉に溶けるように身体に吸収されていくと、鈴の頭に膨大な量の情報が入ってきた。
驚くことに、その中には諒兵の記憶まであった。知りたいと感じた鈴は、まずはそこに目を向ける。
諒兵は、竜に抗い、龍機兵となった。
しかしそれは、人にとっても、竜にとっても、そしてその他のすべて、いわば世界にとっての敵である『赤の竜』
その力を得た諒兵は、もはや孤独に死ぬしかない。
そう、諒兵自身が思っていることを鈴は知った。知ってしまった。
(ふざけないでよっ!私はあんたに死んでほしくないっ!)
仮令どんな姿でも、どんなに忌み嫌われるバケモノでも、鈴が守りたいのは『今』の諒兵だ。
だから人間に戻らなくてもいい。
でも『世界の敵』になんかさせない。
もし仮にそうなったときには、自分の命を捧げよう。
どこまでも一緒にいるために。
そのためには。
鈴は、自分の脳を蹂躙する膨大な情報に再び目を向ける。
(力が欲しい。でも……)
ただの竜ではダメだ。
力のある竜でなければ。
そう願い、情報を睨みつける。
すると膨大な情報の中に理解できるものと理解できないものが存在することに気づく。
(……字?)
その一番の違いは『文字』だった。
読める文字で表されているものと、読めない文字で表されているものがある。
(そっか。コレ世界中の文字なんだわ)
それが何を表しているのかなど考えるまでもない。
世界中に存在する竜の伝承を表しているのだ。
(もっと正確に言えば、竜になるための実行プログラム……)
連なる文字は文章であり、同時にその竜を顕現させるための実行プログラムそのもの。
ならば。
(バクチはできない。でも読める中にきっとあるッ!)
自分が求める力が必ずある。
日本人である鈴が読める文字は日本語になる。
ならば、日本に伝わる強力な竜を、自分と親和性の高い竜を見つけだす。
そう覚悟した鈴の前に現れたのは……。
『あんたッ!私の力になりなさいッ!』
鈴は迷うことなくその文字を、『七面天女』と書かれた文字を抱き締めた。
それは時間にして数秒のことだっただろう。
鈴が悲鳴を上げた後、少しだけすべてが止まったかのようになった。
だが。
キィアァァアァアァァアァアアァアアッ!
凄まじい雄叫びを上げた鈴から放たれた威圧は、諒兵どころかファフニールまで弾き飛ばした。
鈴の首元に赤い玉、龍玉が構成される。
さらに、その身体から紅色の金属でできた鱗が生えてくる。
その鱗は脇腹の傷を治すどころか、潰れていた右脚まで瞬時に竜の脚と化しめた。
さらに、鈴の周囲に紅色をしたシェンロン型の竜の頭の前半分が六つ浮かんでいる。
その形状は頭というより仮面だった。
その様子を呆然と見ていた冬子が丈太郎に問いかける。
だが、丈太郎自身、呆然としている様子だ。
「……初っ端であそこまで真竜体に近づけるヤツぁ今までいなかった。まさか鈴川は狙ったってぇのか?」
鈴の姿はまだ身体の一部が竜化しただけに見えるのに、丈太郎はそう呟く。
鈴の姿は、他の龍機兵とはだいぶ異なるらしい。
疑問を感じた冬子は丈太郎に問いかけた。
「狙った?ありゃいったい何の竜なんだい?」
「日本の竜でな。名前ぁ『七面天女』っつぅ」
「……女神様みたいな名前だね」
天女といえば、日本では女神を表す言葉だ。冬子が神様みたいだというのも無理はない。
「あぁ。ありゃぁ日本に伝わる竜の女神だ」
「……マジなのかい?」
「大マジだ」
そう答えた丈太郎の顔を、冬子は呆然と見つめてしまう。
『七面天女』
山梨県にある七面山に祀られる仏教系の神の名である。
山岳信仰、すなわち山そのものに神秘性を見いだした人々に崇拝される存在で、その伝承は様々なものが存在する。
名前のとおり女性であるが、同時に赤い竜、正確には『紅龍』の化身と呼ばれており、れっきとした竜の一つでもあった。
「竜は人間の敵だろう?竜の神様なんているのかい?」
神という言葉を当てはめるなら、誠吾が四神の一体である青竜だが、冬子はせいぜい青い色をしているだけだと思っていた。
それはほとんどの人が思っていることでもある。
竜に違いがあるなどと思うはずがない。
竜は人を襲い、喰らうものだと一年前から知られているのだから。
「神が人間の味方だって誰が決めた?」
その言葉に冬子は目を見張る。
だが丈太郎の言葉は正しいと言えた。
実のところ、日本では特に神とは祟る存在だ。
正しく祀らなければ多くの人を犠牲にする。
その点で見れば神もまたバケモノといってもいいだろう。
「神も悪魔も同じだ。人間じゃぁねぇ。人間の味方になれんのぁ人間だけだ」
だからこそ、龍機兵になることを、そして龍機兵を集めることを決めた。
超常的な力を持つ古の機械である竜。
その中に、味方になるものなど一匹もいない。
ならば人の意志で竜の力を扱い、戦えるようになるしかない。
そうしてできたのが竜の力を得る丸薬であり、それを呑んだ龍機兵たちなのだ。
「興味があんなら後で教えてやらぁ。ただ簡単に言やぁ竜にゃ型と種別がある」
「型と種別?」
「姿かたちと性質だ。俺なら『ヒュドラ型・神種』っつぅのさ」
姿かたちは見れば大体は見分けがつくが、性質は見ただけではわからないが、行動を見れば理解できるという。
理性的なもの。
本能的なもの。
そして感情的なもの。
「神と獣と魔王、俺たちも竜もそれで分けられる。あのデカブツは獣種、つまり獣だ」
確かに本能に従って動いていたファフニールは、獣というのが一番近い。
だが、冬子としては。
「あんたが神ってのが納得いかないね」
「俺だって納得しちゃぁいねぇよ。きっと祟るほうの神だ。神話じゃぁ悪役だしなぁ」
「でも、鈴が神様か。それは少しわかるよ」
感情に突き動かされて人を助けてしまうような少女だ。
優しすぎるその性格を思うと、神という言葉を当てはめたくなる。
ただし、今の話の流れだと、残る一つが誰なのかが見えてくる。
「日野は……」
「魔王種だ」
予想通りの答えに冬子はため息をつく。
諒兵がこの世に災いを齎す存在なのは間違いないのだろう。
ただ、その血を呑んで生まれ変わった鈴が神の竜の力を得た。
単なる皮肉か。
それとも鈴の想いの成せる業か。
後者であってほしいと冬子は思う。それほどに純粋で強い愛情の力だと思いたかった。
目の前で竜化した鈴の姿に諒兵は呆然としてしまう。
まだ一応は半竜体になるのだろう。
全身が竜と化してはいない。
だが、威圧感は成竜体の龍機兵並みにある。
いずれにしても、鈴は自らの意志で人であることを捨ててしまった。
よりにもよって、諒兵の血を呑んで。
「鈴ッ!」
「あー、だいじょぶ。聞こえてるわ」
「お前……」
「後悔はしてないわよ。私はあんたを守るって決めたから」
「んだと?」
「『憤怒』から、あんたを守るの。だからあんたが『死』んだら、私も死ぬ」
その言葉で、鈴が、諒兵の持つ竜の力が何なのか理解していることがわかる。
諒兵の心を飲み込もうとする炎、『憤怒』に諒兵の心が負けたとき、諒兵は本当に死ぬ。
そして人も竜も滅ぼす『赤の竜サタン』が目覚める。
それが真の滅亡への第一歩となるだろう。
「だから負けないでよ。心までバケモノにならないでよ。あんたがあんたでいる限り、私も死なない。魔王じゃなくて、あんたが本物の『赤の竜』になればいいのよ」
「めちゃくちゃだぜ……」
「無理は通すもんよ」と、そういって鈴はニコッと笑う。
無理を通して力を得ただけに、鈴の言葉には自信が溢れていた。
『ゴァアァァアァアアァァアァアアァッ!』
そこに、無粋な雄叫びが響く。
鈴の放った威圧に押されたファフニールが、再び戦意を高めたのだ。
「チィッ!」
「こんなヤツ相手に負けてらんないわよ諒兵ッ!」
「ケッ、誰に言ってやがるッ!」
そう答えると諒兵は雄叫びと共に一気に全身を竜化させる。
血のように赤い色の竜、『赤の竜』へと。
「邪魔させないからッ、思いっきりぶっ飛ばしちゃえッ!」
『上等だッ!』
そう諒兵が答えるよりも早く、鈴は翼を広げて飛び上がる。
邪魔者、つまり上空を舞うワイバーンを始末するためだ。
奇声を上げて襲いかかるワイバーンたちを、周囲に浮かぶ竜の仮面から放つ紅色の光で撃ち落す。
驚くことに、後ろから奇襲しようとしたワイバーンも、まるで視えているかのようにあっさりと撃墜した。
怯えたのかさらに上空に逃げる敵を見て、鈴はいったん降下する。
「……ごめんなさい。冬子さん」
「いいよ。わかってたことさ」
言いつけを守らなかったこと。
何より、自分の意志で人を捨ててしまったことを謝りたかったからだった。
「ただし飯時の手伝いは続けてもらうよ。人手が足んないんだから」
「はいっ♪」
こちら側に来てしまった以上、常に一緒にはいられないだろう。
それでも、自分のことを人としても必要としてくれることに鈴は感謝する。
そして。
「蛮場さん……」
「おめぇに竜の血の話ぃするんじゃなかったなぁ」
「後悔はしてないです」
「後悔ってなぁ後でするもんだ。だから今ぁ前だけ見てろ。諒兵のこと頼まぁ」
「はいッ!」
さらに、アドバイスをするつもりか、丈太郎は言葉を続けた。
「あと、さっきの戦い見てたが、おめぇは『視』えんだな?」
「あっ、はい。このお面が見てるものが頭に入ってきます。あと、なんか竜の弱点とかも見えるみたいです」
そういって周囲に浮かぶ竜の仮面を指す鈴。
実際、この仮面が見ているものが、鈴には視えていた。
何故視えるのかまではまったく理解できないのだが。
「必要な知識ぁ後でいい。諒兵が届けばあのデカブツを消せる」
「消す?」
「一瞬でいい。諒兵に右腕に炎を集めるように言え。限界を超えて高めれば、白い炎が出せるかしんねぇ」
「白い炎?」
「詳しぃ話ぁ後回しだ。まずぁヤツを倒すぞ。『鈴』、デカブツの攻撃を見極めろ。諒兵がダメージ受けすぎねぇよぅにサポートすんだ」
「はいっ、行ってきますッ!」
元気よくそう答えて再び舞い上がる鈴。どうやら空を飛べるようになったことがかなり気に入ったようだ。
そんな鈴を見て、丈太郎と冬子はため息をつく。
「後の処理が面倒になんなぁ」
「あんたの義務だろ。何とかしな」
助ける気のない冬子の言葉に丈太郎は苦笑してしまう。
丈太郎の罪が消えることはない。
今の鈴の姿はその象徴の一つとも言える。
「あの性格が変わらねぇことを祈りてぇやなぁ」
「それは、大丈夫だろうさ。女は強いんだよ」
はっきりとそう断言してくれたことが、わずかばかり救いになったように感じる丈太郎だった。
ファフニールの大きさは、これまで諒兵が戦ってきた竜の中では最大だ。
まともにやりあっては勝ち目がない。
ブレスを吐いたとしても、この体格差では効果はほとんどないだろう。
どうする?
そう考えていると鈴の声が聞こえてきた。
「諒兵ッ、そいつひっくり返してッ!」
『んあ?』
「下側にあるのよッ!そいつの弱点っていうか核みたいなのっ!」
さすがに諒兵は鈴よりも早く龍機兵になっているので、鈴が『核』といったものが何かピンと来た。
それは自分たちにとっても核であり、弱点であり、本体でもある。すなわち龍玉のことだ。
しかし、その弱点はもっとも強固な金属の鱗『逆鱗』に覆われているため、どんな攻撃も効果がない。
それは今まで竜と戦ってきたことで知っているし、丈太郎や兵団も当然のことと理解している。
だが、鈴は否定してきた。
「蛮場さッ、蛮兄が右腕に炎を集めろってッ!」
『どういうこった?』
「わかんないけど何とかなるんでしょッ!」
『おいおい……』
いくらなんでも大雑把過ぎるだろうと諒兵は苦笑したくなる。
同時にそれが鈴の強さなのだと感じ取った。
一直線で大雑把で楽天的。それは龍機兵になっても変わらない。
そんな鈴に確かに救われている自分がいる。
『責任とれよ』
「それはこっちのセリフよ」
『あ?』
「初ちゅーだったんだから♪」
『恥ずかしいこと言ってんじゃねえドアホッ!』
してきたのはそっちだろう、自分のせいではないと言いたいところだが、そんな状況ではない。
そんな状況ではないのだが、あまりにも軽いノリに自分の中にある炎のことさえ忘れそうになる。
なのに、むしろ戦意は高まった。
こんな、もしかしたら送れていたかもしれない平穏な、優しい時間こそを守っていきたいと。
その思いを右腕に込める。
「そのまま力ぁ込めてろ。ひっくり返してやらぁ」
「兄貴」
「気ぃ抜くな」と、そういったのはいつもの数倍、五メートルはあろうかという金属の蛇の頭。
丈太郎の正体である八岐大蛇の頭の一つは、ファフニールが腕を振り上げた瞬間を狙って光を放った。
『ゴアァアァァアァアッ?!』
何が起きたのかわからないとでもいうような叫び声を上げたファフニール。
光の直撃を受け、無様にひっくり返されたのだ。
「そこッ!」
そう叫んで鈴が照らした光は、ファフニールの腹側、心臓辺りの位置にある逆様の鱗『逆鱗』を指し示す。
行けるか?
一瞬、悩んでしまった諒兵だが、この状況を作り上げた鈴の思いを無駄にはできない。
自分を守ると、自分の中の炎から守るのだといった鈴。
そのために竜の血を呑んでしまった鈴。
間違いなく、巻き込んでしまったのは自分だ。
ならばそんな鈴を傷つけさせない。
独りぼっちにはさせない。
何があろうと守る。
だから。
『てめえは消えろォォォオォオォォオッ!』
そう叫んで振り下ろした竜の右腕は、逆鱗に直撃した瞬間白く燃え上がる。
パキィンッという音が響いたかと思うと、ファフニールの身体がガラガラと崩れ、中にあった竜の血が空気に溶けるように消滅していく。
それは、一つの戦いの終わりであり、新たなる戦いの始まりを示していた。




