13話余話「願う少女と誓う少年と優しい時間」
数日後。
珍しく丈太郎がラボではなく、執務室の机で突っ伏していた。
その様子を呆れた表情で誠吾が、少し面白そうに義隆が眺めている。
「蛮場博士……」
「責任者は辛いな」
「あーったく、鈴の龍機兵団入りを認めさせんのに、こうまでゴネるたぁ思わなかったぜ……」
と、机に突っ伏したまま愚痴る丈太郎。
実のところ、龍機兵は国に兵士として登録されている。
そのためには資格を持ち、試験をクリアした上で、龍機兵になるための丸薬を与える許可が要るのだ。
だが、鈴は無試験の上、諒兵の血を呑んで化身してしまった。
龍機兵の血を呑むということ事態、これまではなかった。
だが鈴が実例を作ってしまったことで、一部には試験不要論が出てきている。
危険性を流布しているので龍機兵になろうという者は少ないが、その少ない中に強硬に自分たちを認めろというものが出ているのだ。
その件もあり、相当にゴネられたらしい。
「ですが、血を呑んだというのなら、『彼』という前例があったのでは?」
「諒兵の野郎ぁ魔王種だかんな。えげつねぇたぁ思ったが血を呑むとバケモノになるって伝えた」
もっとも、そのために諒兵は監禁か処刑という案も出たのだが、そこは少ない戦力を増強するためということで抑えている。
実際、極端な話、諒兵が完全な竜となったなら、その処刑は自分たちが行うのだ。
それが皮肉なことに諒兵を生かす唯一の道だった。
だが、そう考えると別の疑問が湧いてくる。
「あの娘はシェンロン型・神種だろう。お前の弟分よりは好意的に見てくれたんじゃないのか?」
「だからだ」
「はい?」
「神種で日本初の女の龍機兵だかんな。政府が内地の特別防衛をさせてぇってゴネたんだよ」
鈴は今のところ、竜化しても人間的な部分がかなり残っている。
半竜体でも、男は生まれ持つ闘争本能から忌み嫌われるが、女である鈴は、そこまで凶暴と思われていないらしい。
「見た目がいぃかんな。傍に置いても怖くねぇとさ」
「差別だなあ」
「ブロマイドでも売り出すか、蛮場」
「小遣い稼ぇでどぉすんだ……」
あまりの扱いの差に誠吾はため息をつき、義隆は面白そうに意見する。
それに対する突っ込みも力のない丈太郎である。
「とはいえ、龍機兵団入りは認めさせたのでしょう?」
「あぁ。鈴の七面天女の能力は策敵とサポートが基本だ。姿を隠す竜でも見つけられる」
「それは凄い」
「空ぁ飛ぶのも自在だかんな。諒兵と組ませて群れじゃなくはぐれもんを潰させる」
「それはあの娘の希望でもあるのか?」
「まあ、馬に蹴られたかぁねぇかんな」
そういって苦笑する丈太郎に、誠吾と義隆も苦笑を返す。
大人から見れば可愛らしい恋なのだが、それでもどこか応援したくなってしまうのが鈴の魅力なのだろう。
意を唱えるものはいなかった。
兵団詰所、食堂の厨房にて。
「ほら鈴っ、野菜炒め五つだよっ!」
「はいっ!」
「次はサンマっ、あとしょうが焼きが待ってるかんねっ!」
「はいぃーっ!」
と、そんな感じで鈴は冬子にこき使われていた。
鈴が龍機兵になったことで職員の中には怯える者もいた。
だが、冬子が厨房のスタッフとして容赦なくこき使い、さらに鈴も必死に冬子の言葉に従っているので、いつの間にかそんな空気は薄くなった。
龍機兵といえど、言葉が通じる人間が変化したにすぎない。
危険性がないわけではないが、過剰なほど距離を取ればいいというものでもないということが伝わり始めているらしい。
そして、龍機兵たちの食事が終わった後。
「飯」と、言葉少なに諒兵が頼みに来る。
「今日はアタシが作るかい?」
「……がんばります」
ニヤニヤしながらいってくる冬子の言葉に対し、鈴は残る力を振り絞って答える。
さすがに毎日というわけではないが、鈴としてはできるだけ自分が作りたいのだ。
そんなわけで。
「もー、冬子さん容赦ないよー」
「いいんじゃねえか?変わんねえでいてくれんのは嬉しいんだろ?」
「そりゃそうだけど」と、鈴は二人前の食事を食べつつ、三人前を食べる諒兵と話していた。
実際のところ、鈴はこちら側に来てしまった。
そうなれば人と距離が開く。
実際、鈴は兵団の龍機兵の寮に棲むことになってしまったのだ。
こればかりはどうしようもない。
それでも、普段は今までのように接してくれる人たちがいることが嬉しい。
ちなみに鈴はもともと細身であったため小食だったが、龍機兵になって一気に倍以上に増えた。
龍機兵は力の源である竜の血を自力で作れる。
だが、その材料は普段の食事で、力を発揮するほど物凄く腹が減るのだ。
普段の活動量でも常人の三倍。
戦闘後はその三倍はいく。
そこから見れば鈴はいまだに小食である。
龍機兵にしては、だが。
そんなわけで、鈴の食事量の変化には驚く以前の同僚たちだが、鈴自身の性格が全然変わらないので、今では普通に接してくれる人のほうが多くなった。
それでも、鈴がバケモノと呼ばれる身になったことは間違いない。
だから。
「お前は、独りぼっちにゃさせねえ」
諒兵はそう呟く。
「えっ?」
「何でもねえよ」
小さい声だったせいか、鈴の耳には届かなかった。
にもかかわらず、鈴は笑う。
「あんたと一緒にいるから何があっても平気だもん」
はっきりとそう告げる鈴に、諒兵は面食らい、そして苦笑するしかない。
自分の運命に、何の関係もない少女を巻き込んだ。その後悔はきっと消えない。
だからこそ、この優しい時間を守ろう。
諒兵はそう誓う。
そして、そんな諒兵だからこそ、自分の想いを曲げずに生きようと鈴は願っていた。




