11話「少女と群れと『抱く者』」
兵団詰所に帰ろうか。
そういってきた冬子に、鈴は素直に肯いた。
今は楽しめる気分ではないし、むしろ、猛烈に諒兵の姿が見たくなってしまったからだ。
そして、ひょっとしたらと思う。
「……さっきの話は内緒だよ。誰にも言わないどくれ」
「はーい♪」
「……興味あんだろうけど、ヘンなこと想像するんじゃないよ」
「わかってますよう」
大人の恋話なので想像するなというほうが無理であろう。
もっともあまり話すべきことではないとも感じていた。
あんなに辛そうな顔をして話されたことを言いふらすほど鈴は子どもではないのだ。
その後は雑談をしつつ居住区の入り口まで来ると、門番に止められてしまう。
「何かあったんですか?」
「前線に竜の大群が襲来しているとの連絡がありました。襲撃が終わるまで防壁を開けることはできません」
「何だってッ?!」
「ご協力願います」
こういった状況においては、その居住区のルールに従うしかない。
そうしなければ被害が出てしまうからだ。
結局、鈴と冬子は池袋の居住区に閉じ込められることになってしまった。
再び駐車場まで戻ってきた二人は、先ほどと違い、ずいぶんと閑散としている繁華街の様子を見る。
「さすがに早いね」
「避難したんですか?」
「警報は出てないから、たぶん自主避難だろうね。シェルターはいつでも開いてるはずだし」
冬子の言葉通り、居住区にもシェルターはある。
たいていの竜を防ぐ防壁があるため、内地に近い居住区ではシェルターを利用するほどのことはそうはないのだ。
竜の襲撃は広報、注意報、警報の三段階で知らされる。
同時に人の避難は、勧告、指示、命令の三段階となっている。
厳しい言葉になるほど、危険だということだ。
ただ、今はたいていの場合、前線で抑えられるため、注意報や指示となることもほとんどない。
警報が出るとしたら伝承竜の襲撃があったときくらいである。
だが、それでも一年前の襲撃の記憶を忘れられるものはそうはいない。
襲撃があれば、人は皆が自主的に避難するようになっていた。
「……よそもんのアタシたちが行くべきじゃないか」
「……ですね」
居住区に押し込められるようになったことで、人はよく言えば連帯感が強まった。
だが、余所者を排除するという悪い面も顕在化してきた。
危機的状況においては、誰も彼もというより、身内や知り合いといった近しい者同士で守りあうのだ。
だが、人にそれを否定することはできない。
誰だって自分を中心に生きている。
見も知らぬ他人を助ける余裕を持っているほうが珍しいのだ。
それは実は平和な世界でも変わらない。
ならば、平和でない世界においては当然のこととなってもおかしくなかった。
「街頭モニターで戦闘の様子見えますか?」
「いや、無理だろ。居住区には配信しないらしいし」
そういえば、まだ居住区に住んでいたころ、龍機兵の戦闘の様子を見た覚えがないと鈴は思いだす。
そのころは興味がなかったので気にしてなかったが、今は気になって仕方がない。
だが、冬子にいわせると変に興味を持たれても困るし、人々のトラウマを刺激することも考えられるので、戦闘映像の配信はしていないとのことだった。
「詰所は?」
「あそこは前線に近いかんね。状況がわかんないと困るんだよ」
当然といえば当然のことである。
戦況が悪化した際には避難しなければならないため、職員自身で状況把握ができるように配信しているということだ。
「いずれにしても、店もやってないわけじゃないし、どこかで暇を潰してよう」
「はーい」
実際、それしかやることがないので、鈴は素直に従うのだった。
旧東京都品川区、大井埠頭。
そう呼ばれたところで、戦闘部隊は既に戦闘準備を整えていた。
「のんびりしてるな」
「そうですねえ。今日はやる気ないのかな。それなら、来なければいいのに」
と、水平線に見える古竜の群れを眺めながら、誠吾と副隊長の『春馬義隆』はそんなことを話す。
実際、群れの侵攻速度はいつもに比べてのんびりしていた。
竜もたまには休みたいのだろうか。
自然界でそんなことを言っていれば、飢えて死ぬだけなのだが。
「数はいつもの倍くらいはいるが、今日は気楽に撃退できそうだな」
「毎度毎度伝承竜に来られても困りますよ。今日はできるだけ半竜体で行きましょう。僕らにだって息抜きは必要ですから」
「手を抜くのか?」
「スタミナの問題もあります。成竜体はお腹が空きますからね」
「確かに数を考えると長期戦になる可能性は高いか。わかった、そう伝達しておく」
「お願いします、春馬さん」と、誠吾が頭を下げると、隊長がペコペコするものではないと義隆は苦笑しながら、他の龍機兵をまとめ始める。
「……ただ、嫌な気配だけは消えないな。大群が来るせいだと思いたいけど」
そう呟きつつ、それでも今は眼前の古竜の群れを撃退することに集中しなければと誠吾は意識を集中させる。
しかし、そんな誠吾の頭に声が響いてきた。
[井波ッ、そっちに伝承竜はきてっかッ?!]
「いえ、大群ですが古竜だけです」
いつもなら戦闘はほぼ任せっきりの丈太郎が、こっちの様子を気にしていることに驚く。
そのことから、何かまずい問題が起きたのではないかと誠吾は察知した。
案の定、誠吾の答えを聞いた丈太郎は予想通りの依頼をしてきた。
[戦闘部隊を何人か詰所の防衛に回してくれッ!]
「蛮場博士、どうしました?」
[居住区近くに伝承竜の反応が出たッ!俺が出張るレベルかしんねぇッ!]
「何ですってッ?!」
「俺と諒兵で何とかすっから詰所の防衛と前線を任せてぇんだッ!」
「わかりました」
そう答えると、誠吾は義隆に前線の指揮を頼む。
「嫌な予感は当たるなあ……」
そういってため息をついた誠吾は、すぐに詰所に向かって飛び立つのだった。
とりあえず、場合によっては逃げなければならないと考えた鈴と冬子は、喫茶店のテラス席でお茶を頼み、適当に雑談していた。
さすがにここで先ほどの話の続きはできない。
というより、居住区内では竜の話がしにくい。
居住区内の住民たちが気にするからだ。
ゆえに適当に場をつなげるような話をしていた。
「何かわかりました?」
「んー、情報はないね。電話してみたんだけど、大群だけど大きいのはいないってさ」
そういって冬子は携帯通信機器をいじる。
ある程度の情報収集、そして電話ができるもので今でも存在していた。
もっとも、そういった精密機械を作る工場はたいていが地下に潜っている。
竜の襲撃後、こういったものが失われる可能性を恐れた人間たちが、予め作っておいたのだという。
とはいえ、つながるのは詰所の職員くらいである。
何故なら。
「蛮場のラボは電話ないしねえ」
「そうなんですか?」
「連中は核を使って通信できるんだよ。だからあいつは今は電話は持ってないんだ」
「というか、一応あそこの最高責任者なんだから、連絡手段くらい持ってるべきじゃ……」
「そのあたり無責任なんだよ。根っからの研究者なのさ」
本当にロクデナシだという冬子の困ったような顔を見ると、鈴も苦笑してしまう。
「まあ、大きいのがいないなら、危険なことにはならないですよね」
「大群だから時間はかかるだろうけど、大丈夫だろうさ。蛮場が出張るような事態にゃならないよ」
丈太郎の正体は、かつて兵団詰所を襲った鋼鉄の牛に化身する竜の実に数十倍の大きさの竜だとは前述している。
そんなのが戦う事態となれば、もはや怪獣大戦争といった様相だろう。
人間など踏み潰されるだけだ。
ただ、鈴としてはそれ以外にも気になることはある。
「諒兵は出るのかな……」
むしろ、それが一番気になるのだ。
ゆえに、そんな言葉が出てしまう。
そんな鈴に対し、冬子はため息まじりに答えた。
「数が多いから漏れるやつもいるだろ。そういうのを潰していくくらいじゃないか?」
そして、その程度であれば、諒兵が負けることはまずない。
それは先の戦闘が証明しているといえるだろう。
「一匹二匹、ちっこいのと戦い続けるくらいなら、日野は負けないだろうさ」
「えっ?」
「イヤ、負けると思うのかい、あんた?」
「じゃなくて、冬子さんが諒兵のこと苗字で呼ぶの初めて聞きましたよ?」
「ああ。あんたがあんまり思い詰めてるから、『あのガキ』って言い方するのも悪い気がしただけだよ」
鈴のことは手のかかる妹みたいに思ってるからね、と、冬子が苦笑いするのを見て鈴は思う。
根は優しくて情の深い女性なのだな、と。
そんなことを考えると、唐突に空が暗くなった。
「あれ?」
「雲だろ。日が翳ったくらいで驚くもんじゃないよ」
そういって笑う冬子に、鈴も笑い返すが、いきなり周囲から悲鳴が聞こえてくる。
まるで、一気にパニックになったように。
周囲の様子からおかしいと感じた鈴と冬子はいまだに暗い空を見上げ、そして呆然とした。
「なに、こいつ……」
「でかい……、三十メートル以上ある……」
そこに、居住区のドームの上に覆い被さっていたのは、人間から見れば、山のようだとすら思えるほど巨大な竜だった。
兵団詰所にて。
諒兵は訓練場で待機していた。群れからはぐれた竜が出たときに倒しに行くためだ。
鈴のことが気にならないわけではないが、だからこそ自分が話しかけていい人間とも思えない。
疎遠になるならそのほうがいいと思うのだ。
自分はもう、まともな死に方ができる存在ではないのだから。
龍機兵として生きていくことに後悔はない。
誠吾の言葉ではないが、力は欲しがらなければ手に入らない。
この力を求めたのは自分自身。
なら、せめて人を守るために使おう。
自分がまともな人間だったころの証として。
「高校生が考えることじゃねえな」と諒兵は苦笑する。
諒兵も今は十五才。
竜の襲撃がなければ、普通に高校に進学し、苦手な勉強に頭を抱え、慣れない部活のチームプレイに苛立ち、万一があれば恋愛をして、青春を謳歌していた可能性もある。
しかし、それは今は考えられない未来だ。
竜の襲撃の原因が丈太郎にあることは知っている。
だが、そのことを責める気はない。
責めたところでどうしようもないし、丈太郎には丈太郎の思いがあったのだろうから。
「諒兵ッ!」
物思いに耽っていた諒兵のところに、珍しく慌てた様子で丈太郎が駆け寄ってくる。
「今すぐ池袋の居住区に飛ぶぞッ!」
「どうした?」
「やっけぇなんが来た。兵団ぁ向こうまで回せねぇ」
「わかった。けど、やけに慌ててんな」
伝承竜がいきなり急襲してくるのは今に始まったことではない。
むしろ、伝承竜が来ることがわかっていれば、覚悟を決められるのでそこまで問題になることはない。
余程の大物でもない限り。
「大物かぁしんねぇ。かなりでけぇ伝承竜だ」
「なら急ぐか。けどよ、ここはどうすんだよ?」
「戦闘部隊をちぃとばかし……」
「僕が守るよ」と、そういって会話に割り込んできたのは誠吾だった。
「井波、おめぇが来たんか」
「向こうは古竜の群れだけでしたから。今は春馬さんが指揮してくれてます」
「あぁ、伝承竜がいねぇなら、春馬が上手くやってくれんだろ」
「ですが、今ここで聞いておきたいですね」
「なんでぇ?」
「蛮場博士。貴方は人としてのすべてを捨てたのではなかったのですか?」
そういった誠吾の顔は表情がなく、氷のように冷たい顔をしていた。
誠吾は家族を竜に殺されている。竜によって人生を狂わされたと言っていいだろう。
その復讐のために龍機兵になった。
誠吾はある意味では龍機兵に相応しい、人としては終わっている人間だった。
ただ、それでも、竜を解き放った原因たる人間を恨まずにはいられなかった。龍機兵という新たな仲間を得たために。
捨てたはずだった人としての思いを、彼らと共にいることで、新たに育んでしまっていたのだ。
ゆえに、誠吾は丈太郎を恨む気持ちを消すことができないのだ。
そんな誠吾の問いに対し、丈太郎は苦渋に満ちた表情で答える。
「生きるってなぁ辛ぇやな。いくら捨てても大事なもんができちまう。あいつまで死なせたら、俺がまだ生きてる意味が見ぃだせねぇ」
「思い通りに行きませんね。お互いに……」
そう呟いた誠吾の表情は、どこか丈太郎の言葉に共感しているような印象を受ける。
だが、話についていけない諒兵にとっては、無駄に慌てたり、問答しているようにしか見えなかった。
話が進まないので、ストレートに問い質す。
「兄貴、いったい何が起きてんだよ?」
「池袋に女将と鈴川が行ってんだ。そこを伝承竜が襲ってる」
その言葉を聞くなり、諒兵の表情が一気に変化した。
鈴のいる場所を伝承竜が襲っていると知って、怒らないわけがない。
「一番最初に言えドアホッ!」
のんびり話している時間も惜しいとばかり、諒兵は一気に赤の竜へと化身し、凄まじい勢いで飛び立つ。
「すまねぇな」
「人を守るのは僕たち龍機兵の使命、そういったのは貴方ですよ蛮場博士。お互い、もう捨てた命でしょう。惜しむ暇があったら一匹でも多く道連れにするべきです」
「あぁ」と、そういって丈太郎も背中から金属の翼を生やして飛び立った。
その姿を見て誠吾はため息をつく。
「僕としては、それでも巻き込まれた人間として、龍機兵の未来を考えたいですけどね……」
そう、呟きながら。
呆然と、山のように巨大な竜を見上げていた鈴と冬子だが、ドームで起きている異変に気づく。
「……イヤな音してません?」
「してるね。ミシミシいってるみたいだ」
二人の言葉どおり、上空でミシッ、ミシッという音がしている。
音は次第に大きくなり、異変ははっきりと目に見えるかたちで現れてきた。
「……ひび、入ってません?」
「入ってるね。少しずつ大きくなってるよ」
強化ガラスでできているドームにひびが入ってきているのだ。
竜の襲撃に耐えるほどの強度を誇る強化ガラスが、かかる力に耐え切れず、苦しんでいるようだ。
そして。
「冬子さんッ!」
「建物の下に隠れるよッ!」
ドームは断末魔の悲鳴を上げるかのように、大きな音を立てて砕けた。
竜の襲撃に耐えられるほどの硬さのガラスを頭に受ければ、それだけで即死してしまう。
鈴と冬子はすぐに降り注ぐガラスの雨を避けようと建物の下に逃げ込んだ。
住民の悲鳴と、警戒警報を示すサイレンが鳴り響く中、鈴は怒鳴るように問い質した。
「何なんですかあいつッ?!」
「アタシゃ竜に詳しかないんだよッ!蛮場に聞いとくれッ!」
それでも、古竜ではなく伝承竜であることは間違いないと冬子は答えた。
もっとも、これだけの大きさなら古竜であっても脅威だろうが。
だが、冬子の言葉は間違いではない。
丈太郎がここにいれば、戦闘部隊を避けるため前線を避けてきたのだろうと分析したはずだ。
誠吾が『抱く者』と呼んだ、強力な伝承竜。
その名を『ファフニール』
北欧やドイツに伝わる神話の伝承において英雄シグルズに倒された竜だ。
その特性は強欲さにある。
宝物をかき集め、その上に宝物を抱くという伝承で知られる竜なのだ。
ゆえに、恐ろしく強いのは前足の力だ。腕力と言い換えてもいい。
宝物を抱き寄せ、決して離さないその腕力は強すぎる力で全てを抱く。
攻撃に使えば、全てを抱き潰す。
純粋なほど力だけの竜。
それが『ファフニール』である。
普通の竜の襲撃であれば、十分に防ぎきっただろう強化ガラスも、ファフニールに抱き締められれば土くれと変わらない。
ゆえに、砕けてしまったのである。
「あんなヤツ近づいただけで殺されちまう。シェルターに逃げるよ鈴」
「はいっ!」
「あんた、竜から逃げるときのルールはわかってるね?」
冬子が厳しい表情でそう問い質してくると、鈴は複雑そうに顔を顰める。
だが、仕方無さそうに答えた。
「……見捨てて、逃げる……」
「そうだ。殺されそうなヤツ、ケガしてるヤツは見捨てるんだ。アタシゃあんたが殺されそうになっても見捨てるからね」
「……はい」
「その代わり、あんたもアタシが殺されそうになっても見捨てるんだ。二人死ぬより、一人生き残るほうがマシなんだからね」
それが、竜から逃げる、生き残るための絶対的なルールとなっていた。
一年前の大襲撃では、助け合おうとして一緒に殺された人々が山といた。
一人で逃げていれば助かった命が多く失われた。
ゆえに、この時代に広く流布された一人でも多く助かるルール。
それが『見捨てて逃げる』ことだ。
肉食動物に狙われ続ける草食動物が、生き残るために当たり前にやっていることだ。
力の自由の世界で、力無き者が生きるための方法なのである。
「わかってますっ!」
「信じたよ。運よくお互い生き残ったら、美味しいもん作ってやるからね」
それでも、こんな会話を最期の言葉にはしたくない。
そんな思いを鈴は呑み込んでいた。




