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赤の竜―Dragon of Wrath―  作者: 枯田
「終わる世界の赤の竜」
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10話「少女と竜想う女将」

その日の朝、鈴は唐突に連れ出された。

「ちょっ、どこ行くんですか冬子さんっ?!」

「たまにゃ付き合いな。女同士でショッピングといこうじゃないか」

連れ出した相手は冬子である。

いつも龍機兵相手に食事作っているばかりでは、気が滅入ることもあるだろうというのだ。

ゆえに、昼の分の仕込だけ行い、後は任せてきたのである。

「そういってもどこ行くんですっ?!」

「居住区の繁華街かねえ。そこそこ近いし、何かあったとき戻るにも距離はそんなにないし」

そういいつつ、冬子は歩を進めていく。

どうにもこうにも手を離してくれないので、鈴は仕方なく諦めた。

これはついていく以外の選択肢は選べそうにないと感じたからだ。

たまにはいいだろうという機持ちもあり、鈴は冬子が運転する乗用車に乗り込んだ。

この時代、金属の塊といえる自動車の類はかなり数が減っているが、それでもないわけではない。

日本国内でも居住区は何箇所も存在する。

そういった場所への移動には、やはり自動車の類が一番楽なのである。

実際、兵団詰所にとっても自動車は欠かせない。

「あー、まあ食料をリヤカーや大八車で運べるほど、安全じゃないですよね」

「しかも大量にだからねえ。何だかんだ言って便利な道具だよ」

そういって笑う冬子に、鈴は苦笑いを返していた。


三十分ほど乗用車を走らせると、空までを覆ったドーム上の居住区が見えてくる。

内地に近い場所で、できるだけ海岸からは離されていた。

竜は空を飛ぶが、基本的に海からやってくるからだ。

一歩入れば、そこは周りを瓦礫に囲まれている兵団詰所とは違い、かつての人類の繁栄を色濃く残していた。

「あんたもここに住んでたんかい?」

「いえ、私はもう少し海に近いところにいました。今は、ないですけど……」

「悪いこと聞いちまったね……」

居住区は完璧に安全な場所というわけではない。

鉄でできた防壁と強化ガラスのドームに覆われたその場所は兵団詰所にある職員のシェルターと同じで、強力すぎる竜の攻撃の前には破壊されてしまう。

たいていの竜であれば侵入を許しはしないが、たいていではないレベルの伝承竜相手では防ぎきれないのだ。

なお、説明が遅れたが、シェルターの鉄板や居住区の防壁は鉄でできていても竜に食われないように加工されている。

もっとも、そのための精製方法でできるのは決して多くはなく、今は居住区やシェルターの防壁にしか使われない。

だが、それでも、少しずつ人は竜がいる世界で生きられるように対応してきていた。

とはいえ。

「ここは地図だとどこになるんです?」

「昔の地図に合わせると池袋になるはずさね」

「けっこう人がいるんですね」

「埼玉なんかの内地ほどじゃないねえ。今じゃ海から遠いところのほうがはるかに安全で人気もあるよ」

通常の襲撃が基本的に海からなので、当然海から遠い場所のほうが安全となる。

そして内地が安全なのは、竜が海から来るというだけではない。

「昔はそこにいたんですけどね。空から来たヤツにやられちゃって」

「一年前の大襲撃じゃ安全なところなんてなかったんだ。命があるだけめっけもんさ」

「龍機兵が戦ってくれるようになって、ようやく安全になったってことですよね……」

前線で龍機兵が戦っていることで、空からの侵入もできるだけ防いでいるからだ。

どういう方法を使っているのか、実は兵団詰所近くの前線に竜をおびき寄せているのだという。

そのため、今、内地は安全だと言えた。

「それに感謝するのは悪いことじゃない。ただ、思い詰めるもんでもないよ」

「別に、思い詰めてなんか……」

「ま、だから気晴らしに連れてきたんだけどね。今日は楽しもうじゃないか」

そういうと、冬子は繁華街の公営駐車場に乗用車を止めた。



冬子の言うとおり、確かにいい気晴らしになった。

鈴はまだ十五才。

もし、竜が出現しなかったのなら、普通に高校にいって、部活に精を出したり、懸命に勉強したり、年相応に恋をして、青春を謳歌していただろう。

そんな未来の可能性が、居住区にはまだある。

さすがにこの居住区には学校は存在しないが、鈴と同年代の少年少女たちの姿も多々あった。

「冬子さんっ、これ可愛いかもっ!」

「いいねえ。夏樹も連れてくるんだったかな」

「そうですよ。せっかくのお出かけなんですし」

可愛らしい服やアクセサリーといったものを選んでいるとそれだけで楽しい。

「美味しい~♪」

「太るよ鈴♪」

「太らない体質なんですよーっと♪」

「ケンカ売ってんね、あんた」

甘いケーキに、豪華なパフェと、甘いものは別腹の言葉通り、いくらでも食べてしまいたくなる。

「あっ、これ新刊でてたんだ♪」

「ああ。この作者生き残ってたんだねえ」

「買って帰っていいですか?」

「あんたの金だよ。好きにしな」

現実が空想を凌駕しても、こと恋愛物語はやはりいつだって夢見ていたくなる。

そんな、竜の襲撃を乗り越えて失われなかったものの数々。

ただ純粋に、難しいことを考えずに、そういったものを楽しむだけの時間を送れることが嬉しい。

だから。


バケモノはバケモノに任せとけばいいのよ


その言葉を聞くまで、それが如何に幸運なことなのかを、どれだけの犠牲の上に平穏な時間が築かれているのかということを、鈴は忘れていた。

振り向けば、自分たちと同じように平穏を楽しんでいる少年少女たちが歩いている。


あんなのと戦うなんて絶対死ぬからなあ

そーそー、好き好んでバケモノになることないって

どこの誰だか知らないけど、迷惑なもん生み出したよな

だから暴れたいだけの連中に任せとけばいいんだって


思わず立ち上がろうとした鈴の腕を、冬子が押さえ握り締める。

顔を顰めてしまいそうなほどの痛みに、思わず苛立ちの目を向けた。

だが、そこにはどこか辛そうな顔で、でもしっかりと自分を睨みつける冬子の顔があった。

「ガマンしな」

「だって……」

「いいからガマンしな」

本当なら、思いっきり横っ面を引っぱたいてやりたい。

でも、冬子は決してそうさせまいと更なる力を込める。

「わかり……、ました……」

「いい子だ」

そうしてしばらくの間じっとしていた二人は、彼らが見えなくなるのを確認すると、すっと立ち上がる。

「……何か聞きたいかい?」

「冬子さん、何か知ってるんですか?」

「まあ、蛮場との付き合いは長いからね」

ならば聞きたいと答えると、冬子はあまり人に聞かせる話ではないといい、乗用車のところまで戻ろうという。

もはや楽しめる気分ではないため、鈴は素直に従うのだった。



乗用車に戻ってからも、二人はしばらく口を開かなかった。

何を言えばいいのか、お互いに迷っているような雰囲気が漂う。

だが、このままでは埒が明かないと考えた鈴は、とりあえず思いついたことを聞いてみる。

「冬子さんは、龍機兵についてどこまで知ってるんですか?」

「蛮場が話した以上のことは知らないよ」

「どうすれば龍機兵になれるかとかは?」

「……『竜の血』に関しちゃ、少し聞いてるかな。あんたも聞いたかい?」

鈴が肯くと、冬子は一つため息をつく。

「もともと、アタシの姉さんが蛮場の恋人だった時期があったんだ。あいつとはその頃に知り合った」

「えっ、まさか夏樹くんって……」

「違うよ。姉さんは『竜の血』の研究に没頭した蛮場についていけなくなってね。別れてから義兄さんに出会ったんだ」

冬子は語る。

以前語ったが、冬子の姉は事故によって右脚が動かなかった。

丈太郎はそんな彼女のため、義肢の研究をしていた。

その過程で発見したのが『竜の血』である。

「前に言ったっけね、龍機兵は人間に擬態してるって」

「はい」

「蛮場は、その擬態能力だけを生かした限りなく生身に近い義足を作ろうとしてたんだよ」

実のところ、丈太郎一人でやっていたことではない。

義肢の研究をしていたころはともかく、丈太郎が『竜の血』を発見してからは、チームを組んで研究に取り組むようになった。

「ちーむ?」

「秘密裏だけど、でかいところが動いてたらしいよ。蛮場は『竜の血』を見っけたことで、そこが作った研究チームの一人になったんだ」

それ以来、丈太郎は研究に没頭するようになった。

結果として冬子の姉と別れる羽目になったのは本末転倒だが、それ以降も『竜の血』の研究は続けていたという。

「思えば、あの頃にあいつは『竜』に取り憑かれたんだ。だから、もう姉さんの恋人には戻れなかったんだろう」

「蛮場さんのこと、嫌ってるんですか?」

「アタシゃあいつを許さないよ。一生ね。竜を解き放った人間なのは間違いないんだ」

何故か、そう言いつつも寂しそうに微笑む冬子に、鈴は言い表しようのない想いを感じ取る。

しかし、それを言及することはできなかった。

「それが、今から六年前の話だよ」

「六年……、あれ竜の襲撃って一年前ですよね?」

「ああ。でも蛮場たちは五年前には襲撃が来ることがわかってたそうだ」

「えっ?」

「考えてごらんよ。竜の襲撃に備えた居住区なんぞ、一朝一夕でできるもんじゃない」

「あっ!」

冬子の言うとおり、詰所のシェルターも、居住区の防壁も短い期間でできるものではない。

準備していたのである。

いずれ来るだろうXデイのために。

少しでも多くの人間を守るために。

さらには。

「自分たちも竜の力を得て、戦えるようになるための準備もしてたのさ」

「じゃあ、龍機兵って五年前から集めてたんですか?」

「いんにゃ、あの襲撃のときの龍機兵は蛮場を含めて五人だ。自分たちだけでケリをつけるつもりだったのが、予想外に竜が増えてたらしくて、仕方なく集めてるそうだ」

「増える?」

「そうさ。増えたんだ。最初はたった一匹だった。せいぜい十センチのね」

それが何故、いまや数万とも言われるほどの大群となっているのか。

一体いかなる方法で増えていったのだろうかと鈴は不思議に思う。

というか、そもそも最初の一匹とはなんなのか?

「さっきのアタシの姉さんの話で思いつかないかい?」

「さっきのって、あっ!」

「そうだ。蛮場たちは竜の血を人間の義肢の材料として使うつもりだった。ならやらないはずがない」

「動物実験……」

「ああ。ラットを使った動物実験。最初の一匹はそうして生まれたんだ」

冬子が聞いた話では、たった十センチでもとんでもない力があったという。

檻に入れれば、使われている鉄を食って大きくなる。

凶暴で人や生物を襲う。

苦労して編み出したのが、実は強化ガラスの檻だったのだ。

「ガラス?」

「何でか知らないけど、竜はガラスは喰えないらしい。だから居住区のドームに使われてるんだよ」

最も普通のガラスでは割られてしまうので、竜の攻撃に耐える強化ガラスを作り、同時に竜に喰われない金属を加工してできたのが居住区の防壁なのである。

「話が逸れたね。蛮場たちは何とかしてその一匹を閉じ込めた。危険だけど、『竜の血』を知るための大事な研究材料でもあるからね」

だが、五年前のある日。

その最初の一匹が逃げ出してしまった。

その際、何かの事件があったというが、詳細は知られていない。

「そのことは蛮場も話そうとしなかったからアタシゃ知らないよ。ただ、その一匹が逃げ出したことで、事態は悪いほうに進んだんだ」

「その一匹って子どもでも作ったんですか?」

「どうだかねえ。それよりも確実な方法があるっていってたよ」

「確実な方法?」

「その一匹は殺されてるだろうってさ」

矛盾していると鈴は思う。

最初の一匹が殺されているならば、竜が増えるのはおかしいではないか。

むしろ、何の被害もなくなったと思うべきだろう。

小さくても凶暴だったという最初の一匹。

死んでいてくれるなら、これほどありがたいことはないはずだ。

今の未来につながるはずがない。

「鈴、あんたも聞いたはずだ。『竜の血』は、一滴でも生物の血を媒介に増殖するんだよ」

「それは聞いてますよ?」

「どこで殺されたかもわからない。そんな竜が流した血は誰が処理すんだい?」

「あ……」

「わかったかい。流された血を近くにいた動物が舐めたらどうなる?」

それが、竜が増えた理由としてもっとも考えられるものだった。

死んだだろう最初の一匹が流した血を、他の動物が舐める。

そのことによって竜となる。

それは一匹二匹ではないだろう。

そうなれば、一匹の竜が流した血によって、竜が何倍にも増えていく。

「それだけじゃない。蛮場は竜が目覚めたことによって、自分が見っけた以外の『竜の血』も目覚めたんじゃないかって言ってたよ」

それが『竜の血』だけならまだいい。

丈太郎は凝結していた『竜の血』を発見したという。

誰が作ったのかはわからないとも。

ならば、もし、『竜の血』が古から伝わるものであれば、どこかに竜そのものが眠っている可能性だってある。

『竜』と名付けられた人類の手に負えない古代兵器が。

「五年前に蛮場たちはそれに気づいた。そして自分たちの罪に気づいた。だから龍機兵になった」

「でも、倒しきれないくらい増えてた……」

「ああ。だから集めることにするしかなかった。まさかその中に自分の弟分が入ってくるとは思わなかったそうだけどね」

丈太郎の罪は重い。

例えチームであり、当時、丈太郎と共に龍機兵になった五人が同じような罪を背負っていたのだとしても、あまりにも重い。

だからこそ、鈴をこちら側に引っ張り込みたくはないのだ。

「蛮場はあくまであのガキを人間のままでいさせたくて、知り合いか友達を作るためにあんたを兵団に置いたんだ」

「そう、だったんだ……」

それが、丈太郎が兄貴分として諒兵にしてやれる最大限の償いだったのだろう。

しかし、それ以上を求める気はなかったという。

龍機兵が竜の力を手に入れた人だというのは詭弁だ。

実際は、ただのバケモノに過ぎないと丈太郎自身が考えているからだ。

だが。

「あんたも年頃だ。何かのきっかけで好いた惚れたって気持ちが生まれる年だかんね。だから、あのガキを嫌えとは言わないよ」

「冬子さん……」

「ただ、線引きはキチッとしな。あんたもアタシも守られてりゃいいんだよ」

「でもっ、辛いの……見てるだけなんて……」

「鈴……」と、冬子は鈴の切ない声に悲しそうな目を向ける。

「冬子さんは平気なのっ?!何にもできないことを気にしないでいられるのッ?!それが好きな人相手でもッ!」

そう叫ぶ鈴の言葉を聞くと、冬子は組んでいた腕を握り締める。

「……鉄の腕でもいいから、抱きしめてほしかったよ」

「えっ……」

「姉さんと別れたとき、嬉しかったんだ……。もう姉さんに遠慮しなくていいんだって、そう思ったから……」

鈴の目に映る冬子の顔は、いつもの女将でも、職員のまとめ役でもなく、一人の女だった。

鈴と同じような想いに苦しむ女の顔をしていた。

「冬子さん……」

「でも、アタシが勇気を出したときは、もう遅かった。あいつは人間を捨ててた……」

金属の鱗が生えた腕で自分を拒絶した相手に、冬子は近づけなかった。

それでもいいと言えなかった。

喉まで出掛かった自分の気持ちを冬子は呑み込んだ。

自分が近づくことが、想う相手の一番の痛みになるということが理解できてしまったから。

「だから、アタシはあいつを一生許さない。枯れた婆さんになっても面倒見させてやるんだよ」

「ごめん、なさい……」

「いいんだよ」

泣きそうな顔で、それでも無理やり作った冬子の笑顔を見た鈴の頬を、一粒の涙がつたっていった。






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