第7話 漁師娘ミナ
第7話です!
人魚姫ルナからは「海王様」と崇められ、村では「邪神の眷属」と恐れられる伊織。
そんな彼女の前に現れたのは、一人の元気な漁師娘でした。
今回登場するミナは、伊織にとって初めての「普通の友達候補」です。
……もっとも、触角を見た第一声からして少し普通ではないかもしれませんが。
スローライフ作品らしく、のんびりした交流回となっています。
それでは、第7話「漁師娘ミナ」をお楽しみください!
異世界生活六日目。
私は人生で初めて正座をされていた。
「海王様」
「違う」
「海王様」
「違う」
「海王様」
「違うってば」
目の前にはルナ。
相変わらず信じてくれない。
私は魚を焼きながらため息を吐いた。
「どうしてそんなに海王様だと思うの?」
「だって海王様ですし」
「理由になってないよ」
会話が成立しない。
しかしルナは真剣そのものだった。
困ったものである。
私は話を変えることにした。
「今日は魚以外も探そうかな」
「海王様が?」
「伊織だよ」
ルナは微笑んだ。
全然分かっていない笑顔だった。
その時だった。
触角がぴくりと動く。
「ん?」
人の気配。
しかも近い。
私は反射的に海の方を見る。
すると遠くの砂浜を誰かが歩いていた。
小柄な少女だ。
肩には籠を背負っている。
「人だ」
私は少し嬉しくなった。
村を追い出されて以来、人と話す機会が少なかったのだ。
一方でルナは緊張していた。
「どうしましょう」
「どうもしないよ」
「ですが」
「普通に話せばいいじゃん」
私は手を振った。
少女はこちらに気付く。
そして。
全力で走ってきた。
「おーい!」
元気いっぱいだった。
私は少し驚く。
今までの村人は私を見るなり逃げていたからだ。
少女はあっという間に目の前へ到着した。
茶色い髪。
日に焼けた肌。
元気そうな笑顔。
「やっと見つけた!」
「え?」
「海竜を捕まえた人!」
「魚だよ?」
「海竜だって聞いた!」
またその話だった。
私は軽く頭を抱える。
少女は気にせず自己紹介した。
「私はミナ!」
「私は伊織」
「知ってる!」
「知ってるの?」
「村で噂になってるもん!」
嫌な予感しかしない。
私は恐る恐る尋ねる。
「どんな噂?」
「海を支配する邪神!」
「帰る」
即座に立ち上がった。
ルナが慌てる。
「海王様!」
「今すぐ帰りたい」
風評被害がひどい。
私はただ魚を獲っていただけなのに。
ミナは大笑いした。
「あははは!」
「笑い事じゃないよ」
「だって全然違うじゃん!」
私は少し驚いた。
今まで誰もそう言わなかったからだ。
「怖くないの?」
「何が?」
「触角とか」
ミナは私の頭を見た。
数秒沈黙。
そして。
「触っていい?」
「え?」
「触っていい?」
予想外の返答だった。
私は固まる。
ミナの目は輝いていた。
「すごく気になる!」
「そこ?」
「そこ!」
村人たちは災厄扱いした。
ルナは神様扱いした。
ミナだけ反応がおかしい。
「だめ?」
子犬みたいな目だった。
私は少し考える。
「まあいいけど」
「やったー!」
ミナは飛び跳ねた。
そして。
そっと触角へ触れる。
「わあ」
感動していた。
「柔らかい」
「そう?」
「動いた!」
触角がぴくぴく動く。
くすぐったい。
「やめて」
「面白い!」
ミナは楽しそうだった。
私は少し恥ずかしくなる。
ルナはなぜか衝撃を受けていた。
「海王様の御触角を……」
「その言い方やめて」
変なものみたいである。
ミナはしばらく触角を堪能していた。
そして満足そうに頷く。
「うん」
「何が?」
「伊織ちゃんいい人」
私は首を傾げた。
「触角触っただけで分かるの?」
「分かる!」
よく分からない理論だった。
だが悪い気はしない。
ミナは岩に腰掛けた。
「村の人たち馬鹿なんだよ」
「そうかな」
「そうだよ」
即答だった。
「伊織ちゃん怖くないじゃん」
「ありがとう」
私は少し嬉しくなった。
異世界へ来て初めてだった。
普通に接してくれる人。
普通に笑ってくれる人。
それだけで心が軽くなる。
「ミナは漁師なの?」
「お父さんが漁師!」
「へぇ」
「私は手伝い!」
なるほど。
だから海に詳しいのだろう。
その後もしばらく話した。
前世の話はできない。
転生のことも言えない。
それでも不思議と会話は弾んだ。
気付けば昼になっていた。
「もう帰るね!」
ミナが立ち上がる。
「また来る?」
「もちろん!」
彼女は笑顔だった。
「友達だもん!」
その言葉に。
私は少しだけ目を見開いた。
友達。
異世界へ来て初めてできた友達だった。
「うん」
自然と笑みが浮かぶ。
「またね」
「またね!」
ミナは元気よく手を振りながら去っていった。
私はその背中を見送る。
なんだか温かい気持ちだった。
「良い子だね」
「はい」
珍しくルナも同意した。
私は空を見上げる。
異世界生活は思ったより悪くない。
家がある。
魚もある。
友達もできた。
理想のスローライフに近付いている気がした。
その時だった。
触角がぴくりと反応する。
「ん?」
海の方から。
とんでもない数の気配が近付いてくる。
魚ではない。
人だ。
しかも大量。
私は首を傾げた。
「何だろう」
一方その頃。
海の彼方では。
人魚王国の精鋭部隊が海面を進んでいた。
「海王様をお迎えしろ!」
「姫様を保護せよ!」
数百人規模の大遠征。
人魚王国始まって以来の大事件だった。
もちろん伊織は知らない。
自分のスローライフが、またしても大きく揺らごうとしていることを。
第7話を読んでいただきありがとうございます!
ついにミナが登場しました!
ルナが「海王様信者」だとしたら、ミナは「触角大好き少女」です。
恐怖よりも好奇心が勝ってしまうタイプなので、邪神だろうが伝説だろうが気にしません。
伊織にとっても、異世界で初めて気楽に話せる友達ができた記念すべき回になりました。
ただし、本人が望んでいた「静かな一人暮らし」は少しずつ遠ざかっているような気もします。
次回は第8話「海辺の共同生活」。
ルナとミナが毎日のように遊びに来るようになり、伊織のスローライフに大きな変化が訪れます。
果たして伊織は平穏な生活を守れるのでしょうか。
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