第6話 海王様爆誕
第6話です!
前回、人魚姫ルナに助けられた……ではなく、助けた伊織。
しかしルナは伊織を見て「海王様」と呼び始めてしまいました。
本人はただの転生者。
周囲は伝説の存在。
いつものように認識がまったく噛み合いません。
今回は海王伝説の正体や、人魚王国に伝わる昔話も少しだけ明らかになります。
それでは、第6話「海王様爆誕」をお楽しみください!
「まさか……海王様……?」
夕暮れの海辺で。
ルナは震える声でそう呟いた。
私は首を傾げる。
「かいおうさま?」
「はい……」
「誰それ?」
ルナが固まった。
私も固まった。
数秒間の沈黙が流れる。
波の音だけが聞こえていた。
「ご存じ……ないのですか?」
「知らない」
即答だった。
ルナは信じられないものを見る目になった。
私はむしろ困惑していた。
海王とは何だろう。
王様だろうか。
海の偉い人だろうか。
「魚の親分みたいな?」
「違います!」
全力で否定された。
なぜか少し傷付いた。
ルナは慌てて説明を始める。
「海王様とは伝説の存在です!」
「へぇ」
「海を統べる神獣です!」
「へぇー」
「世界中の海を支配した偉大なる王です!」
「すごいね」
完全に他人事だった。
私は魚を焼きながら相槌を打つ。
ルナは焦っていた。
「もっと驚いてください!」
「いや急に言われても」
私には関係ない話である。
神様とか王様とか面倒そうだ。
むしろ関わりたくない。
「で、その海王様がどうしたの?」
ルナはごくりと唾を飲んだ。
そして私を指差した。
「伊織さんです」
「違うよ」
即答だった。
今度は私の番である。
ルナが固まった。
「え?」
「違う違う」
「でも!」
「私は海老崎伊織」
「はい」
「普通の女の子」
「そこは違うと思います」
なぜだ。
私はまだ十代くらいの見た目だし女の子だろう。
ルナは頭を抱えた。
「まずその触角です!」
「触角?」
私は頭を触る。
いつもの触角だった。
「海王様の特徴そのものです!」
「そうなの?」
「赤い触角は海王の証とされています!」
「へぇ」
初耳だった。
だが偶然ではないだろうか。
世の中には似た人もいる。
たぶん。
「それにその尻尾!」
「尻尾」
「伝承と一致しています!」
「でも伊勢海老だよ?」
「海王様です!」
会話が成立しない。
私は魚をひっくり返した。
じゅう、と美味しそうな音がする。
「伊織さんは海竜を倒しました」
「魚だよ」
「海竜です!」
「魚」
「海竜」
「魚」
「海竜」
平行線だった。
ルナの中では巨大魚が海竜になっているらしい。
私はあれを夕飯だと思っている。
認識に大きな差があった。
「それに海の生き物の位置も分かるのでしょう?」
「触角でなんとなく」
「海王様だからです!」
「違うと思う」
私はため息を吐いた。
この子、全然信じてくれない。
その時だった。
触角がぴくりと反応する。
「ん?」
私は海を見る。
「どうしました?」
「魚が来る」
「魚」
数秒後。
ばしゃっ。
大きな魚が海面から飛び上がった。
私は反射的に飛び付く。
「捕まえた」
魚を抱えて着地する。
我ながら見事だった。
しかしルナは口を開けたまま固まっていた。
「い、今……」
「夕飯追加」
「違います!」
ルナが叫ぶ。
「予知です!」
「魚探知だよ」
「予知です!」
「魚探知」
「予知」
駄目だった。
全然伝わらない。
私は焼き魚を渡した。
ルナは受け取る。
しかし視線はずっと私から離れない。
「本当に違うんですか?」
「違う」
「本当に?」
「本当に」
「絶対?」
「絶対」
私は断言した。
なぜなら私は知っている。
前世では普通の会社員だった。
神獣でも王でもない。
毎日働いていた一般人だ。
「私はただの転生者だと思う」
「転生者?」
「うん」
もちろん異世界人に伝わるかは分からない。
案の定、ルナは首を傾げていた。
私は説明を諦めた。
「とにかく海王じゃない」
「ですが……」
「違う」
「しかし……」
「違う」
「でも……」
「違う」
十回くらい繰り返した。
結果。
ルナは黙った。
説得成功である。
私はほっとする。
これで話が終わった。
そう思った。
だが。
ルナは小さく呟いた。
「海王様は謙虚なのですね……」
「聞こえてる」
全然信じていなかった。
私は頭を抱えた。
その頃。
海の遥か深く。
人魚王国では大騒ぎになっていた。
「姫が行方不明!?」
王城に悲鳴が響く。
兵士たちが慌ただしく動き回る。
人魚王は青ざめていた。
「ルナを探せ!」
「総員出動だ!」
王国中が混乱していた。
そんな中。
一人の老神官が古い水晶へ手をかざす。
王族の位置を探る秘術だった。
やがて水晶が光る。
映し出された映像を見て。
神官は凍り付いた。
「ば、馬鹿な……」
「どうした!」
人魚王が叫ぶ。
神官は震える指で映像を指差した。
そこには。
海辺で魚を焼く白髪の少女。
赤い触角。
赤い瞳。
赤い尻尾。
そして隣で正座するルナの姿。
神官の顔から血の気が引く。
「海王様……」
王城が静まり返った。
「姫様が……」
神官は震えながら呟く。
「海王様を発見してしまわれました……」
その瞬間。
人魚王国に激震が走った。
一方その頃。
「この魚おいしいね」
「はい、海王様」
「だから違うって」
私のスローライフは、本人の知らないところでどんどん大事になっていくのだった。
第6話を読んでいただきありがとうございます!
ついに伊織が「海王様」認定されました。
もちろん本人は全力で否定しています。
ですが、勘違いコメディのお約束として、否定すればするほど周囲は納得してくれません。
今回から本格的に「海王伝説」が動き始めます。
そして伊織の知らない場所では、もっと大きな騒動が起ころうとしていました。
次回は第7話「漁師娘ミナ」。
伊織にとって初めての、普通に接してくれる友達が登場します。
……たぶん普通です。
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