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第5話 人魚姫ルナ

第5話です!


海辺で順調にスローライフを満喫している伊織。

しかし異世界のお約束は、なかなか平穏を許してくれません。


今回は海で出会った一人の少女が物語に大きな変化をもたらします。

そして伊織の触角が、またしても妙な誤解を生むことに……。


本作初の人魚キャラクターも登場!


それでは、第5話「人魚姫ルナ」をお楽しみください!

 異世界生活五日目。

 私は人生最大の悩みを抱えていた。

「魚、多すぎる……」

 目の前には巨大魚。

 昨日捕まえたやつである。

 どう考えても一人で食べ切れる量ではない。

 洞窟の前に横たわる巨大な魚体を見て私はため息を吐いた。

「冷蔵庫欲しいなぁ」

 文明のありがたみを痛感する。

 しかし無いものは仕方ない。

 私は今日も魚を切り分けていた。

 すると。

 触角がぴくりと動く。

「ん?」

 危険反応ではない。

 魚でもない。

 何かが海の方から近付いている。

 私は立ち上がった。

 最近では触角の反応にも慣れてきた。

 かなり信頼している。

「何だろう」

 海を見る。

 波は穏やかだった。

 だが沖合に何か浮かんでいる。

 白いものだ。

 ゆっくりこちらへ流されてきている。

「流木?」

 違う。

 大きさがおかしい。

 私は海へ走った。

 浅瀬まで入る。

 近付く。

 そして固まった。

「人じゃん!」

 少女だった。

 長い青髪。

 白い肌。

 ぐったりしている。

 私は慌てて抱き上げた。

「大丈夫!?」

 返事はない。

 意識を失っているようだ。

 私は急いで浜辺へ運んだ。

「えーっと、こういう時どうするんだっけ」

 前世の知識を総動員する。

 確か呼吸確認。

 意識確認。

 それから――

 その時だった。

「ぶはっ!」

 少女が突然大量の水を吐き出した。

 私は飛び退く。

「うわっ!」

 少女は何度も咳き込んだ。

「げほっ……げほっ……」

「よかった、生きてる」

 心から安心する。

 少女はゆっくり目を開いた。

 綺麗な蒼い瞳だった。

「ここは……?」

「海辺だよ」

「海辺……」

 少女はぼんやり周囲を見回す。

 そして私を見る。

 数秒沈黙した。

 私は笑顔を作る。

「大丈夫?」

 少女の目が見開かれた。

「え?」

「ん?」

「え?」

「え?」

 なぜかお互いに見つめ合う。

 少女の視線が私の頭へ向く。

 触角だ。

 次に腰へ向く。

 尻尾だ。

 少女の顔色が変わった。

 真っ青になった。

「ど、どうしたの?」

「触角……」

「うん」

「赤い……」

「そうだね」

 毎日見てるから知ってる。

 少女は震え始めた。

 私は少し不安になる。

 もしかして村人たちと同じ反応だろうか。

 また怖がられるのだろうか。

「もしかして気持ち悪い?」

「ち、違います!」

 即答だった。

 予想外である。

 少女は勢いよく首を振った。

「そんなことありません!」

「そ、そう?」

「はい!」

 ものすごい勢いだった。

 私は少し安心する。

 話が通じそうだ。

「私は海老崎伊織」

「伊織……様」

「様はいらないよ」

「え?」

「普通に伊織でいいから」

 少女は困惑していた。

 なぜだろう。

 私は首を傾げる。

「君は?」

「ルナです」

「ルナちゃん」

「はい」

 少女――ルナはぺこりと頭を下げた。

 礼儀正しい子だった。

 私は魚を指差す。

「お腹空いてない?」

 ルナは巨大魚を見た。

 固まった。

 目をぱちぱちさせる。

「これ……海竜ですか?」

「魚だよ」

「海竜ですよね?」

「魚だよ?」

 認識に差があった。

 ルナはしばらく巨大魚と私を交互に見ていた。

「伊織さんが?」

「捕まえた」

 ルナが絶句した。

 なぜだろう。

 私は魚を獲っただけなのに。

 しばらくしてルナは恐る恐る尋ねた。

「もしかして海の魔物も倒せたりしますか?」

「危なそうなのは逃げるかな」

「逃げる……」

 ルナは難しい顔になった。

 何か考え込んでいる。

 私は気にせず魚を焼き始めた。

 最近ようやく火起こしに成功したのだ。

 偶然雷が落ちた木から火種を確保できたのである。

 運が良かった。

「食べる?」

「いただきます」

 ルナはお腹が空いていたらしい。

 夢中で魚を食べ始めた。

「美味しい……」

「よかった」

 私は微笑んだ。

 誰かと食事をするのは久しぶりだった。

 少し嬉しい。

 夕日が海を赤く染める。

 穏やかな時間だった。

「そういえば」

 私は尋ねた。

「なんで海で流されてたの?」

 ルナの動きが止まる。

「あ……」

 気まずそうな顔をした。

「実は……」

 言いかけて口を閉じる。

 何か事情がありそうだった。

 私は無理に聞かないことにした。

「言いたくなかったらいいよ」

「すみません」

「誰にでも事情はあるし」

 私だって転生者だ。

 触角も生えている。

 人には言えないことの一つや二つある。

 ルナはなぜか感動したような顔をしていた。

「お優しいのですね」

「普通だと思う」

「いえ……」

 ルナはじっと私を見る。

 その視線が妙に真剣だった。

 少し照れる。

「どうしたの?」

 するとルナはゆっくり立ち上がった。

 そして私の前へ来る。

 赤い瞳。

 赤い触角。

 伊勢海老の尻尾。

 ルナはそれらを見つめる。

 やがて震える声で呟いた。

「まさか……」

 私は首を傾げた。

「ん?」

 ルナの瞳が大きく揺れる。

 まるで信じられないものを見たような表情だった。

 そして。

「まさか……海王様……?」

 その言葉に。

 私は盛大に首を傾げることになるのだった。


第5話を読んでいただきありがとうございます!


ついに人魚王国の姫、ルナが登場しました。


伊織から見れば「海で助けた女の子」なのですが、ルナから見れば話は別。

赤い触角と不思議な能力を持つ伊織は、どう見ても伝説の存在にしか見えません。


そしてラストでは、ついに飛び出した「海王様」という単語。

もちろん本人は全力で否定する予定ですが、果たして周囲は信じてくれるのでしょうか。


次回は第6話「海王様爆誕」。

勘違いがさらに加速していきます。


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