表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
37/41

第37話 海王様を迎えに来た

魔王軍大艦隊、ついに上陸。


村中が戦争の始まりを覚悟する中、魔族たちが伊織に向けて取った行動は――まさかの土下座。


「海王様をお迎えに参りました」


本人は当然、まったく心当たりがありません。


今回も伊織の否定は、周囲にまったく届きません。

港に、静寂が落ちた。

ついさっきまで魔王軍襲来だと大騒ぎしていた村人たちも、剣を抜いていた冒険者たちも、避難しかけていた観光客たちも、全員が固まっている。

理由は一つ。

魔王軍が、攻撃してこなかったからだ。

それどころか。

目の前で土下座していた。

「海王様をお迎えに参りました」

魔族代表の男は、港の石畳に膝をつき、深々と頭を下げている。

その後ろでは、小舟に乗っていた魔族たちも全員が頭を下げていた。

さらに沖に浮かぶ大艦隊の甲板でも、角のある魔族、翼のある魔族、獣のような魔族、鎧を着た兵士たちが一斉に膝をついている。

黒い帆の大艦隊。

禍々しい紋章。

どう見ても魔王軍。

なのに全員が土下座。

意味が分からない。

私はゆっくり瞬きをした。

「……えっと」

何を言えばいいのか分からなかった。

とりあえず、後ろを振り返る。

ミナがいた。

ルナがいた。

和也がいた。

アリサがいた。

大輔がいた。

レオンもいた。

全員、同じ顔をしていた。

困惑。

それ以外の感情がない。

「伊織ちゃん」

ミナが小声で言う。

「なに?」

「魔王軍って、土下座するものなの?」

「私に聞かないで」

私も初めて見た。

魔王軍土下座。

そんな言葉、前世でも聞いたことがない。

ルナは両手を胸の前で組んで、なぜか感動していた。

「さすが海王様……魔王軍ですら平伏するとは……」

「違うと思う」

「いえ! これはまさしく海王様の威光です!」

違う。

威光とかない。

あるのは触角と尻尾だけである。

和也は剣を構えたまま、魔族代表を睨んでいた。

「油断してはいけません、海王様」

「いや、向こう土下座してるけど」

「土下座からの奇襲かもしれません」

「そんな器用な奇襲ある?」

和也は真剣だった。

勇者としては正しいのかもしれない。

しかし、目の前の魔族たちは本気で頭を下げているように見える。

少なくとも、今すぐ襲ってくる気配はなかった。

アリサは冷静に魔族たちを観察していた。

「敵意は薄いですね」

「分かるの?」

「魔力の流れが攻撃用ではありません。むしろ儀礼用の陣形に近いです」

「儀礼用の土下座……」

そんなジャンルがあるのか。

大輔は商人らしく、少しだけ表情を整えた。

「これは、少なくとも交渉の余地はありそうですね」

レオンも静かに頷く。

「艦隊規模に対して、代表団の人数が少ない。攻撃ではなく接触が目的と見るべきだ」

みんな冷静になり始めている。

私はまだついていけていない。

なぜなら、魔王軍が私を迎えに来たと言っているからだ。

意味が分からない。

本当に意味が分からない。

私は恐る恐る、魔族代表に声をかけた。

「あの」

魔族代表が顔を上げる。

その目が、きらきらしていた。

怖い。

敵意がある怖さではない。

期待されている怖さだった。

「はい、海王様」

「海王様じゃないです」

まずそこからだった。

すると、魔族代表は目を見開いた。

そして、深く頷く。

「なるほど……」

「なるほど?」

「御身分を隠されるおつもりなのですね」

「違う」

「承知いたしました。我々はその御意志を尊重いたします」

「尊重できてない」

もう噛み合っていない。

一言目から噛み合っていない。

嫌な予感しかしない。

私は頭を抱えた。

魔族代表は再び頭を下げる。

「申し遅れました。我が名はヴァルガ。魔王軍外洋艦隊、第一迎海隊の代表を務めております」

「迎海隊?」

聞き慣れない言葉だった。

ヴァルガは誇らしげに答える。

「海王様をお迎えするために編成された、魔王軍直属の儀礼艦隊でございます」

「儀礼艦隊」

つまり。

あの黒い帆の大艦隊。

いかにも攻めてきましたという見た目の船団は。

歓迎用らしい。

見た目が悪すぎる。

もっと白い旗とか花とか使ってほしい。

なぜ黒帆に赤い角の紋章なのか。

完全に襲来である。

和也が一歩前に出た。

「魔王軍が海王様に何の用だ」

声が鋭い。

勇者と魔王軍。

普通なら完全に敵対関係だ。

ヴァルガは和也を見る。

「勇者よ。我々は貴殿と争うために来たのではない」

「なら、なぜ大艦隊で来た」

「礼を尽くすためだ」

「礼?」

「海王様をお迎えするにあたり、小舟一隻では失礼にあたる」

「だから大艦隊?」

私は思わず聞いた。

ヴァルガは真剣に頷いた。

「はい」

「規模感おかしいよ」

歓迎が重い。

非常に重い。

大艦隊で来る歓迎とは何なのか。

村が大混乱した時点で、かなり失敗していると思う。

ミナが小声で笑う。

「伊織ちゃん、歓迎されてるね」

「嬉しくない」

「でも敵じゃなくてよかったじゃん」

「それはそうだけど」

敵ではない。

それは本当に助かった。

でも、別の種類の面倒ごとが来た気がする。

私には分かる。

これは絶対に長引く。

その時、沖の大艦隊から一斉に音が響いた。

どん。

どん。

どん。

太鼓の音だった。

村人たちがびくりとする。

冒険者たちも武器を構える。

和也が剣を握り直す。

私も反射的に肩を震わせた。

「なに!?」

ヴァルガが慌てて頭を下げる。

「申し訳ございません! 歓迎の儀の太鼓でございます!」

「怖い!」

歓迎の音が怖い。

完全に開戦前の合図にしか聞こえなかった。

さらに船団から角笛の音が響く。

ぶおおおおおお。

低く、重く、海全体を揺らすような音だった。

観光客の一人が悲鳴を上げた。

子供が泣き出した。

土産物屋のおじさんが非常用饅頭を落とした。

「それも歓迎?」

私が聞くと、ヴァルガは気まずそうに頷いた。

「はい。魔族式の歓迎角笛でございます」

「やめて」

「ただちに止めさせます!」

ヴァルガが手を上げると、太鼓と角笛はぴたりと止まった。

港に再び静けさが戻る。

いや、ざわめきはある。

村中がざわざわしている。

当然だ。

魔王軍が来たと思ったら、歓迎だと言われたのだから。

村長が杖をつきながら前に出てきた。

「魔族代表殿」

「何でしょう」

「本当に、攻めてきたわけではないのですな?」

「もちろんです」

ヴァルガは胸に手を当てる。

「我々は、海王様に礼を尽くすために参りました」

村長は私を見る。

そして震えながら感動した。

「やはり……海王様の威光は魔王軍にまで……!」

「だから違うって」

村長は聞いていない。

村人たちも聞いていない。

「魔王軍が頭を下げたぞ……」

「海王様すごすぎる……」

「もう世界平和の英雄どころじゃない……」

「海も陸も魔界も従えるお方……」

従えていない。

誰も従えていない。

勝手に来て、勝手に土下座しているだけである。

私は助けを求めて大輔を見た。

大輔は笑顔だった。

商人の顔だった。

嫌な予感。

「大輔」

「はい」

「変なこと考えてない?」

「魔族向け海王ブランド展開の可能性を少し」

「考えないで」

「少しだけです」

「少しも駄目」

商人は本当に油断ならない。

アリサはアリサで、ヴァルガたちを興味深そうに見ていた。

「魔王軍の儀礼文化、かなり興味深いですね。魔族式歓迎太鼓と角笛……記録しておきたいです」

「研究しないで」

「少しだけ」

「少しだけって言う人たち信用できない」

レオンは冷静に状況を分析している。

「敵対ではなく接触。さらに相手は海王信仰のような認識を持っている。利用すれば人魔間の交渉材料になる」

「利用しないで」

「では調整材料」

「言い換えても駄目」

転生者連合、全員が別方向に面倒だった。

勇者は警戒しすぎる。

賢者は研究したがる。

商人は売りたがる。

レオンは利用したがる。

私は帰りたい。

その間も、ヴァルガは港に膝をついたままだった。

後ろの魔族たちも膝をついている。

沖の艦隊でも、魔族たちが全員頭を下げている。

その姿勢があまりにも長い。

だんだん心配になってきた。

「あの」

「はい」

「立っていいよ?」

ヴァルガは目を見開いた。

「よろしいのですか?」

「うん。膝痛くなりそうだし」

その瞬間。

ヴァルガの目に感動が宿った。

「海王様……我ら魔族の膝にまでお気遣いを……」

「そういう重い解釈やめて」

しかし遅かった。

後ろの魔族たちがざわめく。

「なんという慈悲……」

「膝を気遣われたぞ……」

「これが伝説の海王様……」

「ありがたき御言葉……!」

違う。

膝が痛そうだっただけ。

本当にそれだけ。

ヴァルガが立ち上がると、港の魔族たちも立ち上がった。

沖の大艦隊でも、魔族たちが一斉に立ち上がる。

その動きがあまりにも揃っていて、村人たちがまた怯えた。

大人数の統率が取れすぎている。

歓迎なのに威圧感がすごい。

私は小さくため息をついた。

「それで」

「はい」

「なんで私を迎えに来たの?」

ようやく本題だった。

ヴァルガは背筋を伸ばす。

「魔王ベルゼリア陛下が、海王様のご来臨を強く望んでおられます」

「魔王が?」

「はい」

また魔王。

勇者和也の眉がぴくりと動いた。

「魔王ベルゼリア……」

「知ってるの?」

私が聞くと、和也は頷いた。

「魔族領を統べる現魔王です。人類側では、強大な魔力を持つ危険な存在とされています」

「怖いじゃん」

「ですが近年、大規模な侵攻はほとんど行っていません。不可解なほど静かな魔王とも言われています」

静かな魔王。

少しだけ好感度が上がった。

静かなのは良い。

騒がしい人よりずっと良い。

でも会いたいかと言われると別問題だ。

「魔王さんが私に何の用なの?」

ヴァルガは恭しく答えた。

「古き盟約を果たすためでございます」

「古き盟約」

また知らない言葉が出てきた。

この世界、知らない設定が多すぎる。

私本人に関係あるような顔で出てくるのが困る。

アリサがすぐ反応した。

「古き盟約とは?」

「海王様と魔族との間に交わされた、遥か昔の約束です」

「詳細を」

アリサの目が完全に研究者になった。

ヴァルガは少し困った顔をする。

「我々下級の者が語るには、あまりに畏れ多い内容です」

「畏れ多くないので語ってください」

「アリサ、落ち着いて」

私は止めた。

止めないと質問攻めが始まる。

ヴァルガは私に向き直った。

「詳しくは、魔王城にてベルゼリア陛下より直接お聞きください」

「行かない」

即答だった。

ヴァルガが固まる。

和也も固まる。

ルナも固まる。

ミナだけが笑った。

「伊織ちゃんらしい」

行くわけがない。

魔王城。

名前がもう駄目。

絶対に面倒。

しかも魔王が待っている。

危険しかない。

私は首を横に振った。

「無理です」

「なぜでしょうか」

ヴァルガが本気で不思議そうに聞く。

「怖いから」

「我々は海王様に危害を加えるつもりはありません」

「それは分かったけど、魔王城は怖い」

「魔王城は清潔で、客室も整っております」

「そういう問題じゃない」

魔王城の設備情報を聞きたいわけではない。

「温泉もございます」

「え」

少し反応してしまった。

ミナがにやりと笑う。

「伊織ちゃん?」

「いや、別に」

ヴァルガは真剣な顔で続ける。

「魔族領には黒曜石の湯と呼ばれる名湯がございます。ベルゼリア陛下は、海王様にぜひお入りいただきたいと」

「温泉……」

黒曜石の湯。

少し気になる。

いや、かなり気になる。

だが駄目だ。

ここで食いついたら負けだ。

私は自分の頬を軽く叩いた。

「行かない」

「料理もご用意しております」

「料理」

「深海魚の蒸し焼き、魔界茸のスープ、火山塩で焼いた岩魚、黒蜜の菓子など」

「……」

気になる。

とても気になる。

魔界グルメ。

ちょっと興味がある。

でも駄目だ。

私は静かに暮らしたい。

魔王城旅行は、どう考えても静かではない。

「行かない」

なんとか言い切った。

ヴァルガは驚いた様子だったが、すぐに表情を引き締めた。

「そうですか……。やはり、簡単には御足を運ばれないのですね」

「いや、本当に行きたくないだけ」

「海王様ほどのお方が、理由もなく動かれるはずがない」

「理由はあるよ。面倒だから」

「なるほど。魔族側の覚悟を試しておられるのですね」

「試してない」

また噛み合わない。

この人、ルナと同じ系統かもしれない。

全部を深く解釈するタイプ。

とても困る。

ルナは隣で感動していた。

「海王様……魔族に対しても容易にお心を許さぬ姿勢。さすがです」

「ルナまで乗らないで」

「ですが、海王様を敬う魔族の姿勢は本物に見えます」

「そこは私もそう思うけど」

本物だから困る。

敵意がない。

だからこそ断りにくい。

魔族代表ヴァルガは、再び背筋を伸ばした。

そして、港から沖の艦隊へ向けて手を上げる。

何かの合図らしい。

すると。

大艦隊の甲板で、魔族たちが一斉に動き出した。

まさか攻撃かと思って、和也が剣を構える。

だが違った。

甲板の魔族たちは、巨大な布を広げ始めた。

黒い船の上に、白い文字が浮かび上がる。

『祝・海王様御帰還』

「帰還してない!」

私は叫んだ。

さらに別の船にも布が掲げられる。

『魔王軍一同、海王様を歓迎いたします』

『海王様万歳』

『海の守護者よ、魔族領へ』

重い。

歓迎が重すぎる。

港にいた村人たちがどよめく。

「魔王軍が歓迎幕を……」

「海王様、魔族にも人気……」

「すごい……」

観光客の中には、なぜか拍手している人もいた。

商人たちはすでに屋台を出そうとしている。

「魔王軍歓迎記念饅頭、今なら半額!」

やめてほしい。

商魂が強すぎる。

大輔がそれを見て頷いていた。

「やはり需要がありますね」

「そこ分析しないで」

私は疲れていた。

朝から大艦隊。

魔王軍。

土下座。

歓迎太鼓。

歓迎幕。

魔王城への招待。

情報量が多すぎる。

一日分の面倒を完全に超えている。

いや、一年分くらいある。

私は両手を上げた。

「ちょっと待って」

全員が止まる。

「私は状況が分かってない」

正直に言った。

「魔王軍がなんで私を海王様って呼ぶのかも分からないし、古き盟約とか知らないし、魔王さんにも会ったことない」

ヴァルガは真剣に聞いている。

私は続けた。

「だから、今日は一旦帰って」

「帰る……」

ヴァルガが衝撃を受けた顔をした。

少し罪悪感がある。

でも仕方ない。

「いきなり大艦隊で来られると村が混乱するから」

「それは……申し訳ございません」

ヴァルガは深く頭を下げた。

「我々は礼を尽くしたつもりでしたが、人界の流儀を理解しておりませんでした」

「うん。かなり怖かった」

「重ねてお詫び申し上げます」

意外と素直だった。

魔族なのに、かなり礼儀正しい。

少しやりづらい。

「では、小規模な使節団のみ残ることをお許しいただけますか」

「え?」

「海王様のお返事をお待ちするためです」

「待たなくていい」

「いえ。魔王ベルゼリア陛下より、必ず海王様を丁重にお迎えせよと命じられております」

「命令が重い」

また面倒なことになってきた。

和也が低い声で言う。

「海王様。魔族を村に残すのは危険です」

ヴァルガがすぐに答える。

「我々は争いを望まない」

「信じきることはできない」

「それも当然だ」

ヴァルガは和也に向かって頭を下げた。

「勇者よ。我々はこの地の民に危害を加えぬと誓う」

和也は少し戸惑った。

魔王軍に頭を下げられる勇者。

なかなか珍しい光景だ。

アリサが言う。

「監視付きなら、情報収集の機会にもなります」

大輔も続ける。

「小規模なら受け入れ可能です。宿泊費も取れますし」

「大輔」

「冗談です。半分」

「半分」

レオンは冷静だった。

「排除するより、管理下で接触した方がリスクは低い」

「管理って言うとレオンっぽいね」

「事実だ」

私は悩んだ。

正直、断りたい。

でも完全に追い返すと、また大艦隊で来そうだ。

それは困る。

村も混乱する。

それなら、少人数で滞在してもらった方がましかもしれない。

「じゃあ」

私は慎重に言った。

「少人数だけなら」

ヴァルガの顔が輝いた。

「ありがとうございます!」

「ただし、騒がない。太鼓鳴らさない。角笛吹かない。土下座もしすぎない」

「土下座も、ですか?」

「港が詰まるから」

「承知いたしました」

本当に分かっているだろうか。

少し不安だ。

その後、魔王軍の大艦隊は沖へ下がることになった。

村の港には、ヴァルガを含む数名の使節団だけが残る。

大艦隊がゆっくり向きを変えると、村人たちはほっと息をついた。

だが、完全には安心できない。

なぜなら、魔族の使節団が村に滞在することになったからだ。

しかも彼らは、私を見るたびに深々と頭を下げる。

「海王様」

「海王様」

「海王様」

そのたびに周囲がざわめく。

「魔族が伊織ちゃんに頭下げてる……」

「海王様、また肩書き増えたね」

ミナが笑う。

「増やしたくない」

私は本当に疲れていた。

夕方。

ヴァルガたちは宿屋へ案内された。

宿屋の女将さんは最初こそ震えていたが、魔族たちがあまりにも礼儀正しく代金を前払いしたため、すぐに商売人の顔になった。

「魔族様ご一行、三部屋ですね!」

たくましい。

この村の人たちは強い。

ルナはずっと感動していた。

「魔族まで海王様を敬うとは……海王様の伝説は、種族を超えて広がっていたのですね」

「広がらなくていい」

和也はまだ警戒している。

「俺は見張ります」

「休んでね」

「海王様のためなら!」

「休んでね」

アリサは魔族文化について質問したそうにしている。

大輔は魔族領との交易を考えている。

レオンは魔王軍との外交ルートを分析している。

みんな忙しそうだった。

私は家へ帰った。

ようやく静かになった。

と思ったら、家の前に観光客が集まっていた。

「魔王軍に迎えられた海王様の家だ!」

「新しい名所だ!」

「今日は歴史的な日だぞ!」

やめてほしい。

本当にやめてほしい。

私は扉を閉め、布団に倒れ込んだ。

一日が長すぎた。

魔王軍は敵ではなかった。

少なくとも今は。

それは良いことだ。

でも、私を海王様として迎えに来た。

魔王が会いたがっている。

古き盟約という知らない話まで出てきた。

面倒ごとの匂いしかしない。

私は天井を見上げる。

「なんで魔王軍まで来るの……」

答えはない。

その時、窓の外からヴァルガの声がした。

「海王様」

私はびくっと起き上がる。

「なに?」

窓を開けると、ヴァルガが家の前で片膝をついていた。

土下座はしない約束だったので、片膝らしい。

それも十分目立つ。

「本日は突然の訪問、誠に失礼いたしました」

「うん」

「ですが、我らの思いだけはどうかお伝えしたく」

「なに?」

ヴァルガは真剣な目で私を見た。

「魔族は皆、海王様の御帰還を待ち望んでおります」

「帰還してない」

「そして魔王ベルゼリア陛下は、必ずや海王様にお会いしたいと仰せです」

「だから」

私は深く息を吸った。

今日、何度も言おうとしていたこと。

一番大事なこと。

これを言わないと始まらない。

いや、終わらない。

私ははっきりと言った。

「人違いです」


お読みいただきありがとうございます。


魔王軍、まさかの敵対ではなく歓迎でした。

しかも歓迎の規模が重い。


伊織はただ静かに暮らしたいだけなのに、また新しい勢力から「海王様」扱いされてしまいました。


次回は、伊織が全力で本人否定をします。

ただし、否定すればするほど話がややこしくなります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ