表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
36/41

第36話 魔王軍襲来

第四部「魔王軍編」開幕です。


転生者連合の騒動がひと段落したと思った伊織。

ようやく海辺で静かに魚を焼ける……はずでした。


しかし、海の向こうからやって来たのは、まさかの魔王軍大艦隊。


戦争か、襲撃か、それとも――?


今回も伊織本人の意思とは関係なく、事態は勝手に大きくなっていきます。

転生者連合。

それは、勇者、賢者、商人、合理主義者という、方向性の違いすぎる転生者たちが、ひとまず喧嘩をやめるために作られた組織である。

そして私は、そのリーダーにされた。

本人の意思はない。

同意もしていない。

むしろ全力で嫌がった。

だが、世の中にはどうにもならないことがあるらしい。

私は家の前で焼き魚を食べながら、ため息をついた。

「リーダーって何するんだろう……」

正直、分からない。

分かりたくもない。

できれば一生分からないままでいたい。

隣ではミナが干物をかじっていた。

「伊織ちゃんの場合、座ってるだけでいいんじゃない?」

「それならまだいい」

「でもたまに会議とかあるかも」

「嫌だ」

「たまに書類とか」

「嫌だ」

「たまに世界の命運とか」

「もっと嫌だ」

私は魚を一口食べる。

うん。

今日の焼き加減は良い。

皮がぱりっとしている。

これこそ大事なことだ。

世界の命運より焼き魚。

少なくとも私にとってはそうだった。

その時。

海の方から、ルナが水柱と一緒に現れた。

「海王様!」

「おはよう」

「おはようございます!」

ルナは今日も元気だった。

人魚姫なのに、最近は完全にこの村に馴染んでいる。

海から出てくる頻度が高すぎる。

「本日は転生者連合発足後、初めての平和な朝ですね!」

「そうだね」

平和。

良い言葉だ。

私はその言葉が大好きだ。

面倒ごとがなく、誰も騒がず、魚が焼けて、温泉が湧いて、昼寝できる。

それが平和である。

私は空を見上げた。

青い空。

穏やかな海。

市場の方から聞こえるにぎやかな声。

温泉街の湯気。

少し騒がしいけれど、昨日までの転生者戦争に比べればずっとましだ。

ようやく。

ようやく静かな日常が戻ってきたのかもしれない。

そう思った。

その瞬間。

私の触角が、ぴくりと動いた。

「……ん?」

嫌な感覚だった。

遠い。

けれど大きい。

海の向こうから、何かが来ている。

一つではない。

二つでもない。

もっと多い。

たくさん。

ものすごくたくさん。

私は焼き魚を持ったまま、海を見た。

水平線の向こう。

まだ何も見えない。

でも触角が反応している。

波の流れ。

船の揺れ。

大量の気配。

それがこちらへ向かっていた。

「伊織ちゃん?」

ミナが首を傾げる。

「どうしたの?」

「なんか来る」

「なんか?」

「船。たぶん、いっぱい」

その言葉に、ルナの表情が少し変わった。

人魚族だからか、海の異変には敏感らしい。

彼女はすぐに海へ目を向けた。

「確かに……海流が乱れています」

「観光船かな」

「この規模で観光船はないと思う」

ミナが苦笑する。

それはそう。

観光船だったら嫌だ。

でも、観光船じゃなかったらもっと嫌だ。

私は心の中で祈った。

どうか、ただの大量の魚群でありますように。

しかし。

しばらくして、港の見張り台から鐘が鳴った。

カンカンカンカンカン!

それは、警戒の鐘だった。

市場がざわめく。

温泉街の人々が海へ振り返る。

漁師たちが慌てて船を岸へ戻し始める。

そして、見張り台の男が叫んだ。

「船団だ!」

嫌な予感。

「巨大な船団が来るぞぉぉぉ!」

ものすごく嫌な予感。

私はゆっくり立ち上がった。

水平線の向こうに、黒い影が見え始める。

一隻。

二隻。

三隻。

いや、もっと。

十隻を超えている。

大きな帆船が、海を埋め尽くすように並んでいた。

黒い帆。

赤い紋章。

禍々しい装飾。

船首には、角のある魔物の像。

誰がどう見ても普通の商船ではない。

村の空気が凍った。

そして誰かが叫んだ。

「魔王軍だぁぁぁ!!」

その瞬間。

村中が大混乱になった。

「魔王軍!?」

「なんでここに!?」

「戦争か!?」

「海王様の村が狙われたぞ!」

「宿の客を避難させろ!」

「市場の商品をしまえ!」

「温泉客を出すな!」

「いや、温泉客を逃がせ!」

「どっちだよ!」

あちこちから声が上がる。

観光客たちは悲鳴を上げ、商人たちは荷物を抱え、漁師たちは港へ走る。

宿屋の女将さんが客を誘導し、温泉街の従業員たちが湯上がり客に服を着せている。

その横で、なぜか土産物屋だけは海王様非常用饅頭を売り始めていた。

たくましい。

たくましすぎる。

私は海を見たまま固まっていた。

「魔王軍って……」

言葉が出ない。

転生者戦争が終わったばかりなのに。

今度は魔王軍。

展開が早い。

速すぎる。

もう少し日常回を挟んでほしい。

「海王様!」

和也が走ってきた。

手には剣。

顔は完全に勇者だった。

「魔王軍です!」

「見れば分かる」

「ついに来ましたか……!」

「来なくていい」

和也は海を睨む。

その目は真剣だった。

さすが勇者。

魔王軍と聞いて、迷いがない。

こういう時だけ本当に頼もしい。

普段は魚釣りを奥義にする人だけど。

「海王様、下がっていてください」

和也が剣を抜く。

刃が朝日に光る。

周囲の冒険者たちも武器を構えた。

転生者連合の護衛たちも集まり始める。

「俺が食い止めます」

「いや、待って」

私は慌てた。

「まだ何もされてないよ」

「しかし魔王軍です」

「でも攻撃してきてないし」

「魔王軍です」

「会話しよう?」

「魔王軍です」

駄目だ。

勇者モードの和也は、魔王軍という単語に強い反応を示しすぎる。

そこへアリサが飛んできた。

本当に飛んできた。

魔法で。

「状況は?」

「魔王軍の大艦隊」

大輔も護衛を連れて現れた。

「最悪ですね。物流再開初日に魔王軍とは」

レオンも静かにやってくる。

「戦力分析を始める」

「始めないで」

私は言った。

だが、全員すでに臨戦態勢だった。

アリサは空中に魔法陣を展開し、船団の数を数え始める。

大輔は商人たちへ避難経路を指示している。

レオンは地図を広げ、港の防衛線を冷静に計算している。

和也は剣を構え、完全に前線へ出る気だ。

転生者連合、仕事が早い。

早すぎる。

「海王様!」

ルナが水の槍を作り出す。

「人魚王国も海上防衛に入ります!」

「待って。みんな待って」

私は両手を上げた。

「まだ何も分かってないから」

「ですが、あれは魔王軍の艦隊です」

ルナが真剣に言う。

「人魚王国にも伝わる、魔族の軍船です」

「そうなの?」

「はい。黒帆に赤角紋。魔王軍外洋艦隊の印です」

詳しい。

とても詳しい。

できれば知らなくてよかった。

村長も杖をつきながら走ってきた。

「海王様!」

「今度は村長」

「ついに魔王軍が攻めてまいりましたぞ!」

「攻めてきたかどうかまだ分からないよ」

「海王様を恐れた魔王が、先に仕掛けてきたに違いありません!」

「なんでそうなるの」

「海王様の威光が魔界にまで届いたのです!」

届かないでほしい。

迷惑である。

その間にも、魔王軍の大艦隊は近付いてくる。

黒い帆が風を受け、海面に影を落とす。

船の側面には大砲のようなものが並び、甲板には角や翼を持つ魔族たちが見えた。

数が多い。

本当に多い。

村の港に入りきるのだろうか。

そういう問題ではない気もする。

「距離、三百!」

見張り台から声が飛ぶ。

「二百五十!」

和也が剣を構える。

冒険者たちが息を呑む。

アリサの魔法陣が輝きを増す。

ルナの周囲に水が集まる。

レオンは冷静に言った。

「先制攻撃は非推奨だ。相手の目的が不明」

「珍しく同意」

私は頷いた。

和也がこちらを見る。

「ですが、攻撃されてからでは遅いかもしれません」

「それはそうだけど」

大輔が口を挟む。

「まずは交渉の余地を確認しましょう。戦闘になれば村の被害が大きすぎます」

「そう、それ」

私は大輔を指差した。

「戦うと村が壊れる。修理が面倒」

「理由が海王様らしいですね」

和也が感動した。

違う。

私は建物の修理とか謝罪とか補償とかが嫌なだけだ。

それに。

戦争なんて起きたら、温泉も市場も宿屋もめちゃくちゃになる。

せっかくみんな頑張って作った場所だ。

私は自分のスローライフを壊されたくない。

同じくらい、村の人たちの生活も壊されたくなかった。

「とにかく、攻撃しない」

私は言った。

「向こうが話す気あるか確認しよう」

その言葉に、周囲がざわめく。

「海王様が交渉を望まれたぞ」

「さすが、戦を避けるお心」

「海王様の慈悲だ」

違う。

ただ戦いたくないだけである。

大艦隊は港の手前でゆっくり停止した。

黒い帆が一斉に畳まれていく。

その光景は、かなり迫力があった。

威圧感がすごい。

船首の魔物像がこちらを睨んでいるように見える。

村人たちは震え、観光客は宿屋の陰に隠れ、冒険者たちは武器を握る手に力を込めた。

やがて、中央の一番大きな船から、小舟が下ろされた。

数名の魔族が乗っている。

先頭にいるのは、背の高い男性の魔族だった。

青黒い肌。

長い角。

銀の鎧。

背中に黒いマント。

いかにも強そう。

そして怖そう。

小舟は静かに港へ近付く。

和也が一歩前に出た。

剣を構えたまま。

「止まれ!」

魔族たちは港の手前で小舟を止めた。

代表らしき男が立ち上がる。

周囲の空気が張り詰める。

私は思わず後ろへ下がった。

だが、ミナが背中を押してきた。

「伊織ちゃん、前」

「押さないで」

「一応、海王様なんだから」

「一応じゃなくて違う」

ルナも隣で頷く。

「海王様、堂々となさってください」

「堂々としたくない」

しかし、なぜか私が前に出る流れになっていた。

和也が私を守るように剣を構える。

アリサが魔法陣を維持する。

大輔が護衛を控えさせる。

レオンが状況を見ている。

村中の視線が私に集まる。

やめてほしい。

本当にやめてほしい。

私はただ朝ごはんを食べていただけなのに。

魔族代表の男は、港へ降り立った。

一歩。

また一歩。

重い足音が響く。

和也が剣をさらに構えた。

「それ以上近付くな」

魔族代表は和也を見た。

そして、少しだけ目を細める。

「勇者か」

「そうだ」

「貴殿と争うつもりはない」

「信じられると思うか?」

「信じるかどうかは、そちら次第だ」

和也の緊張が高まる。

まずい。

このままだと剣が出る。

私は慌てて言った。

「待って待って。話し合い」

魔族代表の視線が、私に向いた。

その瞬間。

彼の表情が変わった。

驚き。

感動。

そして、なぜか深い敬意。

私は嫌な予感がした。

ものすごく嫌な予感がした。

魔族代表は一歩下がった。

そして。

その場で膝をついた。

「え?」

私が声を漏らす。

和也も固まる。

アリサも目を見開く。

大輔の笑顔が止まる。

レオンですら眉を動かした。

さらに。

小舟に乗っていた魔族たちも次々と膝をついた。

それだけではない。

船団の甲板にいた魔族たちまで、一斉に膝をつき始める。

大艦隊全体が、まるで波のように頭を下げていく。

港は静まり返った。

村人も。

観光客も。

冒険者も。

転生者たちも。

誰も何も言えなかった。

魔族代表は深く頭を下げたまま、厳かな声で言った。

「長き時を越え、ようやくお目にかかれました」

私は後ろを見た。

誰もいない。

たぶん私に言っている。

嫌だ。

違ってほしい。

「えっと……どちら様?」

魔族代表は顔を上げた。

その目は、敵を見る目ではなかった。

崇拝に近い。

ものすごく嫌な予感。

「我ら魔王軍外洋艦隊、魔王ベルゼリア陛下の命により参上いたしました」

魔王。

出た。

魔王の名前が出た。

和也が剣を握る手に力を込める。

だが、魔族代表は戦う気配を見せない。

むしろ、もう一度深く頭を下げた。

そして言った。

「海王様をお迎えに参りました」

静寂。

波の音だけが聞こえる。

私は瞬きをした。

和也も。

アリサも。

大輔も。

レオンも。

ミナも。

ルナも。

村長も。

村人たちも。

観光客たちも。

全員が同じ顔をした。

そして、全員の声が重なった。

「え?」


お読みいただきありがとうございます。


ついに魔王軍が登場しました。

ただし、伊織の前に現れる勢力がまともに敵だったことは、あまりありません。


今回も本人は「帰りたい」「魚食べたい」くらいの気持ちですが、周囲は完全に歴史的事件として受け止めています。


次回、魔王軍の目的が明らかになります。

伊織のスローライフは、また遠ざかります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ