第33話 転生者戦争勃発
いつもお読みいただきありがとうございます!
前回、黒崎レオンの思想が明らかになりました。
勇者は人々の自由を守りたい。
賢者は知識と研究の自由を守りたい。
商人は市場と流通の自由を守りたい。
そしてレオンは、世界を効率よく管理すべきだと考えています。
同じ転生者でありながら、目指す未来はまったく違うもの。
その対立は、ついに各地へ広がり始めます。
一方、伊織本人はいつも通り、魚を焼いて静かに暮らしたいだけなのですが……。
第33話「転生者戦争勃発」、どうぞお楽しみください!
戦争。
その言葉を聞いた時、私は魚を焼いていた。
じゅうじゅうと脂が落ちる。
いい匂いがする。
皮がぱりっと焼けて、身はふっくら。
完璧だった。
だから私は思った。
戦争とか、今じゃなくてよくない?
「海王様!」
家の扉が勢いよく開いた。
和也だった。
朝から全力である。
私は焼き魚を皿に移しながら振り向く。
「扉は静かに開けて」
「すみません!」
「で、なに?」
「戦争です!」
私は箸を止めた。
「……聞き間違いかな」
「戦争です!」
聞き間違いではなかった。
私は魚を見る。
焼き加減は最高。
ご飯もある。
味噌汁っぽいスープもある。
なのに話題が戦争。
食欲が下がる。
「関わりたくない」
即答だった。
和也は真剣な顔で首を横に振る。
「そういうわけにはいきません!」
「そういうわけにしたい」
「レオンが動きました」
黒崎レオン。
元ゲーマー。
超合理主義。
世界は管理されるべきだと言っていた新しい転生者。
そして、前回。
転生者同盟と真正面から対立した。
私は嫌な予感がしていた。
嫌な予感は大体当たる。
本当にやめてほしい。
「レオンは王都の貴族と一部商会を味方につけました」
和也が説明する。
「さらに傭兵団、冒険者ギルドの一部、物流拠点も押さえています」
「早くない?」
「早いです」
和也が頷く。
「恐ろしいほど合理的です」
私は魚を一口食べた。
おいしい。
現実逃避にちょうどいい。
「で、何が戦争なの?」
「転生者同盟と、レオン派の衝突が始まりました」
「えぇ……」
本当に嫌だった。
私はただ魚を食べたいだけなのに。
世界はなぜ私を放っておいてくれないのか。
その時、窓の外から大きな鐘の音が鳴った。
カンカンカンカン。
村中に響く警戒の鐘。
私は箸を置いた。
「……魚、冷めるんだけど」
「海王様!」
「だから関わりたくないってば」
だが、その願いは叶わなかった。
外へ出ると、村は混乱していた。
観光客たちがざわつき、商人たちが荷物を抱えて走り回る。
宿屋の前には人だかり。
市場では店主たちが大声で情報を交換していた。
「王都方面の街道が封鎖されたぞ!」
「海王ブランドの荷馬車が止められた!」
「レオン派が通行税を要求しているらしい!」
「勇者様の部隊が向かったって!」
「賢者様の研究所も何か始めたぞ!」
何か始めた。
それが怖い。
賢者の何かは、大体ろくでもない。
私は近くにいたミナを見る。
ミナは魚籠を抱えたまま目を丸くしていた。
「伊織ちゃん、大変だよ」
「見れば分かる」
「市場の干物が出荷できないって」
「それは困るね」
「あと観光客が帰れないって」
「それも困るね」
「あと海王様見学ツアーが中止になるかもって」
「それは別にいい」
むしろ中止してほしい。
心から。
しかし観光客たちは違った。
「海王様見学ツアーが中止!?」
「そんな!」
「このために三日かけて来たのに!」
「サイン会は!?」
「触角は!?」
触角はイベントではない。
私の体の一部である。
その時、海の方から水柱が上がった。
ルナだった。
「海王様!」
「今度はなに?」
「人魚王国にも連絡が入りました!」
ルナは真剣な顔をしている。
珍しく、いつものきらきらした信仰の目ではない。
「王都近海を通る商船が、レオン派の管理下に置かれ始めています」
「海まで?」
「はい。海の通行を統制すると宣言しているそうです」
海まで管理するつもりらしい。
本気で世界を支配するつもりなのか。
私は思わず遠くの海を見た。
波はいつも通り静かだった。
だが、その向こうで大きな何かが動いている。
触角がぴくぴくと反応した。
船。
人。
魔力。
緊張。
嫌な流れだった。
「海王様」
ルナが私を見つめる。
「人魚王国は海王様の味方です」
「私は何もしてないよ」
「海王様が望まれるなら、海の全軍を動かします」
「望まない」
即答だった。
軍とか動かさないでほしい。
本当に。
その頃、転生者同盟本部では、さらに事態が悪化していた。
会議室に入ると、地図が机一面に広げられていた。
和也、アリサ、大輔。
全員そろっている。
顔が真剣だった。
私は帰りたくなった。
「海老崎さん」
大輔が口を開く。
「状況はかなり悪いです」
「よくないね」
「王都方面の流通網が分断されました」
地図上には赤い印がいくつも付いている。
街道。
港。
宿場町。
商業都市。
そこにレオン派の勢力が広がっていた。
「早すぎる」
アリサが低い声で言う。
「まるで事前に攻略ルートを知っていたかのようです」
「元ゲーマーだから?」
私は何気なく言った。
アリサが私を見た。
「あり得ます」
「え、冗談だったんだけど」
「彼はこの世界をゲーム盤のように見ています。重要拠点、資源、兵站、情報網。先に押さえるべき場所を理解している」
「兵站ってなに?」
「戦いを続けるための補給です」
「戦わなきゃいいのに」
本音だった。
和也が拳を握る。
「俺はレオンを止めます」
「どうやって?」
「正面から話します」
「前回それで対立したよね」
「今度は剣も必要になるかもしれません」
やめて。
急に勇者らしくならないで。
魚釣りで奥義とか言っていた頃に戻ってほしい。
大輔は深刻な表情で続ける。
「私の商会も攻撃を受けています」
「攻撃?」
「物理的な襲撃ではありません。価格操作、契約妨害、物流封鎖、偽情報の拡散です」
「地味に嫌なやつだ」
「ええ。商人にとっては十分な戦争です」
アリサも資料を広げた。
「私の研究所にも干渉がありました」
「なにされたの?」
「魔導具の材料供給を止められました。さらに研究員の引き抜きも行われています」
「怖い」
「極めて不愉快です」
アリサの周囲に魔力が揺れた。
怖い。
研究者を怒らせるのはよくない。
和也、大輔、アリサ。
三人ともレオンと対立している。
そしてレオンは、それぞれの弱点を正確に突いていた。
勇者には正義の正面衝突。
賢者には研究資源の封鎖。
商人には物流と契約の妨害。
合理的すぎる。
嫌な相手だ。
「で」
私は恐る恐る聞いた。
「私は何すればいいの?」
全員が私を見る。
嫌な沈黙。
すごく嫌な沈黙。
和也が口を開く。
「海王様には、同盟の象徴として――」
「嫌」
大輔が続ける。
「海王ブランドの信用維持のために――」
「嫌」
アリサも続ける。
「海老人族に関する戦略的価値を――」
「嫌」
三連続で断った。
私は椅子から立ち上がる。
「私は関わりたくない」
はっきり言った。
「戦争とか、支配とか、管理とか、そういうの本当に無理」
会議室が静かになる。
私は続けた。
「私は静かに暮らしたいだけ。魚釣って、温泉入って、昼寝したいだけ」
本当に。
本当にそれだけだ。
世界をどうこうしたいわけじゃない。
英雄になりたいわけでもない。
海王様でもない。
ただの伊織でいたい。
だが。
そう言った瞬間、和也が目を輝かせた。
嫌な予感。
「さすが海王様……」
「違う」
「争いを望まぬそのお心!」
「違う」
アリサが頷く。
「究極の中立思想ですね」
「違う」
大輔も納得した顔をする。
「どの勢力にも肩入れしないことで、調停役としての価値が高まります」
「違うってば!」
誰も聞かない。
本当に誰も聞かない。
私の本音は、なぜか高尚な思想に変換されていた。
やめてほしい。
その時。
本部の扉が開いた。
商会の使者が飛び込んでくる。
「大変です!」
大輔が立ち上がる。
「何がありました?」
「王都北部で、勇者様を支持する冒険者と、レオン派の管理部隊が衝突しました!」
和也の表情が変わる。
さらに別の使者が入ってきた。
「賢者様! 東の魔導都市で、研究者たちがレオン派の管理令に反発しています!」
アリサの眉が動く。
さらに三人目。
「会長! 南の港で商船同士の睨み合いが始まりました! 海王ブランドの積荷を巡って、各商会が対立しています!」
大輔が小さく舌打ちした。
混乱が同時に広がっている。
勇者勢力。
賢者勢力。
商人勢力。
レオン派。
全部がぶつかり始めていた。
私は頭を抱えた。
「だから戦わなきゃいいのに……」
誰も聞いていない。
その日の午後。
村にも影響が出始めた。
温泉街の宿屋では、王都から逃げてきた商人が部屋を取り合っていた。
市場では、干物の価格が急に上がった。
観光客は帰るに帰れず、逆に増えている。
なぜか混乱を見物しに来た人までいた。
「転生者戦争が始まったらしいぞ!」
「ここが海王様の本拠地だって!」
「安全そうだ!」
安全じゃない。
勝手に本拠地にしないでほしい。
私は家へ戻ろうとした。
しかし家の前にも人がいた。
記者っぽい人。
商人っぽい人。
冒険者っぽい人。
そして観光客。
全員が私を見る。
「海王様!」
「今回の戦争について一言!」
「どの勢力を支持されますか!」
「海王様は世界をどう導かれるのですか!」
私は一歩下がった。
無理。
本当に無理。
「関わりたくない」
そう言った。
本音だった。
だが、その言葉を聞いた記者が目を輝かせる。
「海王様、争いへの不参加を表明!」
「中立宣言だ!」
「各勢力に冷静さを求める深いお言葉!」
「違う!」
叫んだが遅かった。
その日の夕方には、村中に号外が貼られていた。
『海王様、中立を宣言』
『争いを超越せし海の守護者』
『転生者戦争、海王様の判断に注目集まる』
私は壁に貼られた号外を見つめた。
「なんでこうなるの……」
ミナが横で苦笑する。
「伊織ちゃん、もう何言っても伝説になるね」
「嫌すぎる」
ルナは感動している。
「さすが海王様です。中立の立場から世界を見守られるのですね」
「見守らない。寝たい」
「深いです!」
「浅いよ」
本当に浅い。
ただ眠いだけである。
夜。
海辺の村は不思議な熱気に包まれていた。
観光都市としての明かり。
商人たちの怒号。
冒険者の足音。
人魚兵の見回り。
勇者を支持する者。
賢者の研究を守ろうとする者。
商人の自由な市場を守ろうとする者。
そして、レオンの管理を受け入れようとする者。
世界が分かれ始めていた。
私は家の中で布団にくるまる。
外がうるさい。
ものすごくうるさい。
眠れない。
スローライフどころではない。
「戦争って、もっと遠いところで起きるものじゃないの……?」
呟いても、答えはない。
その時。
触角がぴくりと動いた。
海の向こう。
陸の向こう。
複数の気配が同時に動いている。
大きな流れが、この村へ向かっている。
私は嫌な汗をかいた。
「まさか……」
翌朝。
村の入口に、三つの使者団が同時に到着した。
勇者を支持する冒険者たち。
賢者の研究者たち。
商人連合の護衛たち。
そして、少し遅れて。
黒い旗を掲げたレオン派の使者団。
全員が同じことを言った。
「海王様の判断を仰ぎに参りました」
私は扉の内側で固まった。
関わりたくない。
関わりたくない。
関わりたくない。
だがもう。
私の家の前が、転生者戦争の中心になっていた。
第33話をお読みいただきありがとうございました!
今回はついに「転生者戦争」が始まってしまいました。
とはいえ、伊織本人はもちろん戦う気ゼロです。
むしろ焼き魚を食べたい。
温泉に入りたい。
昼寝したい。
関わりたくない。
それだけです。
しかし、世界は伊織を放っておいてくれません。
勇者を支持する者。
賢者の研究を守ろうとする者。
商人の自由な流通を守ろうとする者。
そして、レオンの管理思想に賛同する者。
それぞれの勢力が動き出し、海辺の村にも混乱が押し寄せてきました。
伊織の「関わりたくない」という本音すら、周囲には「中立宣言」と受け取られてしまう始末です。
本人の意思とは関係なく、海王様の言葉はどんどん大きな意味を持ってしまいます。
ラストでは、各勢力の使者団が伊織の家の前に集結しました。
逃げたい伊織。
判断を仰ぎたい周囲。
そして、止まらない転生者同士の対立。
次回、第34話「伊織が仲裁」。
ついに伊織が、嫌々ながらも転生者たちをまとめることになります。
もちろん本人は、世界を救うつもりなどまったくありません。
引き続きよろしくお願いいたします!




